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第二幕 探偵達のお茶会 一
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第二幕 探偵達のお茶会
一
午後三時。
壁に掛けられた精巧な細工の時計が、オルゴールで時間を知らせている。
探偵達は広間で午後の優雅なティータイムを過ごしていた。
「君は今回の依頼、どうするつもりだ?」
「私は、うーん。どうしたらいいのか正直困ってます。だって、成功報酬ってことは、私が一番初めに事件を解決しなくちゃいけないってことですよね?」
「そうだな。きっと。成功したら払うのが成功報酬だからな。」
「それなら、私には万に一つも入らない報酬です。霧崎さんや榊原さん、それに凍神さんがいるのに、私には無理だなぁ。私、他の探偵さんと一緒になるのも初めてだし、推理対決なんてことになったら、どうしよう。」
第一秘書の水島に案内されて、一行は警察到着までの時間を広間で過ごすことになっていた。ソファ、テレビ、ピアノなどの数々の調度品は、広い室内を狭く見せることもなく、彩を加えるために存在しているようで、人が使い込んでいるようには見えなかった。
ソファに向かい合うように座りながら、霧崎と琉衣が楽しいティータイムを過ごしている。霧崎の名声に気を遣っているのか、琉衣は時折敬語らしきものを混じらせながら出されたクッキーをかじっていた。霧崎は名探偵の余裕なのか、後輩の琉衣の質問に嫌な顔一つせずに答えていた。
「どうしようなんて謙遜しなくてもいい。君だって優秀な探偵なんだろ?正々堂々といい勝負をしよう。」
「そんなことないんだけどな。あっ、そうだ。協力したりしてみませんか?霧崎さんのお手伝いを私がしますから、成功報酬の三分の一くらい分けてください。」
おねだりをする子供のように、琉衣は霧崎にウインクして見せた。
思わず笑ってしまう霧崎。
二人の会話は終始和やかなムードで進んでいた。
だが、今まで二人の会話の外にいた榊原が、琉衣の態度を鼻で笑った。
「君は事件を前にして、報酬のことしか考えないのか?」
今まで二人から離れた場所に座り、ノートパソコンを広げていた榊原。パソコンの画面から眼を離さずに、手を動かしながら、小ばかにしたように続ける。
「秘書の水島がつまらないことを言っていたが、僕には君とアイツが選ばれた理由が分からないね。」
刺々しい口調。榊原には他人と仲良く会話するという技能が欠けている。
榊原の会話への闖入は、和やかなティータイムを一変させた。
「榊原さん、ムカつく。」
「やれやれ、反論も出来ないのか君は。」
口を尖らせる琉衣にため息をついてみせる榊原。
一触即発の二人の雰囲気に、霧崎が大人の態度で割り込んだ。
「まあまあ二人とも。探偵は事件を前に口喧嘩をするものじゃないだろう?」
「はーい!」
名探偵の言葉は二人にとって絶大らしく、若い二人はそれぞれに恭順の意思を見せた。大きく返事をする琉衣に、不服ながらも渋々頷いて見せる榊原。
二人の態度に満足そうに頷く霧崎。
「ところで、榊原。お前は今回の依頼、どうするんだ?」
会話に榊原が入ってきたので霧崎は質問の矛先を榊原へと向けた。
榊原はパソコンから視線を上げた。名探偵・霧崎への配慮だろう。
「僕は、まだはっきりとは決めていません。結論は、警察の情報を吟味してから出すことにします。」
「そうか。お前もあまり乗り気ではないということか。」
「はい。」
探偵同士の腹の探り合いではなく、腹を割った探偵達の密談。霧崎という名探偵の存在は、霧崎自身の人柄をもプラスして、午後のティータイムを有意義で穏やかなものにしていた。刺々しい榊原すらも包み込んでしまうのは、さすが名探偵というところだろう
「霧崎さんは乗り気なんですか?」
今度は反対に榊原が尋ねた。
霧崎の答えには琉衣も関心を寄せているのだろう。霧崎の顔を見つめて、霧崎の言葉を待っている。
「俺は、断るつもりはないよ。」
霧崎は穏やかな笑顔のまま、自信に満ちた声音で答えた。
榊原も琉衣も身を乗り出すようにして、尋ねる。
「どうしてですか?」
「理由はいくつかある。先ず第一に、俺は受けた依頼は断らない。これが俺の仕事のスタンスだから。第二に、目の前に追求すべき真実がある。だったら、とことん追求する。これは、俺個人のモットーだ。」
「かっこいいー。」
あまりに青臭い理想のようにも聞こえるが、概ね好評のようだ。琉衣の黄色い歓声が響き、榊原も悪い顔はしていない。実力が伴うせいなのだろう。
「榊原、お前が乗り気でない理由を聞いてもいいか?」
琉衣の黄色い声援に照れながら、霧崎が話題を元に戻す。自分への賞賛を受け取りすぎないところが名探偵の奥ゆかしさだろう。
「あっ、はい。断定的なことは言えませんが、この事件、何か裏がありそうなんです。」
「裏?」
この一言で室内に漂っていた霧崎への賞賛ムードが一転し、探偵達の顔には鋭さが戻る。
「はい。一ヶ月前の事件ですが、多分、この秘書の殺人事件だと思うんです。」
ここで榊原は、自分の手元のノートパソコンの向きを変え、霧崎に見せた。
ノートパソコンのディスプレイには、新聞記事が映し出されていた。殺人事件といっても、他に重大な国際社会の記事が一面トップを飾っているため、簡潔に事実を伝えただけの小さな記事になっている。
「これか。確かに、一ヶ月前にここの屋敷で起きた事件なら、これ以外はないだろうな。」
「秘書か・・・。あの水島って人の他にもいたんだぁ。」
霧崎と一緒に琉衣もディスプレイを覗き込んでいる。
「で、この事件のどこに裏を感じるんだ?」
霧崎が不敵に微笑んで尋ねている。彼自身は、もう榊原の言いたいことを察しているのだろう。それでも、確認するように試すように尋ねる。
「探偵を四人も雇うところです。」
「だろうな。」
榊原の答えに満足し、霧崎は同意した。
だが、琉衣だけが分かっていないようで首を傾げている。
「何でおかしいの?」
一
午後三時。
壁に掛けられた精巧な細工の時計が、オルゴールで時間を知らせている。
探偵達は広間で午後の優雅なティータイムを過ごしていた。
「君は今回の依頼、どうするつもりだ?」
「私は、うーん。どうしたらいいのか正直困ってます。だって、成功報酬ってことは、私が一番初めに事件を解決しなくちゃいけないってことですよね?」
「そうだな。きっと。成功したら払うのが成功報酬だからな。」
「それなら、私には万に一つも入らない報酬です。霧崎さんや榊原さん、それに凍神さんがいるのに、私には無理だなぁ。私、他の探偵さんと一緒になるのも初めてだし、推理対決なんてことになったら、どうしよう。」
第一秘書の水島に案内されて、一行は警察到着までの時間を広間で過ごすことになっていた。ソファ、テレビ、ピアノなどの数々の調度品は、広い室内を狭く見せることもなく、彩を加えるために存在しているようで、人が使い込んでいるようには見えなかった。
ソファに向かい合うように座りながら、霧崎と琉衣が楽しいティータイムを過ごしている。霧崎の名声に気を遣っているのか、琉衣は時折敬語らしきものを混じらせながら出されたクッキーをかじっていた。霧崎は名探偵の余裕なのか、後輩の琉衣の質問に嫌な顔一つせずに答えていた。
「どうしようなんて謙遜しなくてもいい。君だって優秀な探偵なんだろ?正々堂々といい勝負をしよう。」
「そんなことないんだけどな。あっ、そうだ。協力したりしてみませんか?霧崎さんのお手伝いを私がしますから、成功報酬の三分の一くらい分けてください。」
おねだりをする子供のように、琉衣は霧崎にウインクして見せた。
思わず笑ってしまう霧崎。
二人の会話は終始和やかなムードで進んでいた。
だが、今まで二人の会話の外にいた榊原が、琉衣の態度を鼻で笑った。
「君は事件を前にして、報酬のことしか考えないのか?」
今まで二人から離れた場所に座り、ノートパソコンを広げていた榊原。パソコンの画面から眼を離さずに、手を動かしながら、小ばかにしたように続ける。
「秘書の水島がつまらないことを言っていたが、僕には君とアイツが選ばれた理由が分からないね。」
刺々しい口調。榊原には他人と仲良く会話するという技能が欠けている。
榊原の会話への闖入は、和やかなティータイムを一変させた。
「榊原さん、ムカつく。」
「やれやれ、反論も出来ないのか君は。」
口を尖らせる琉衣にため息をついてみせる榊原。
一触即発の二人の雰囲気に、霧崎が大人の態度で割り込んだ。
「まあまあ二人とも。探偵は事件を前に口喧嘩をするものじゃないだろう?」
「はーい!」
名探偵の言葉は二人にとって絶大らしく、若い二人はそれぞれに恭順の意思を見せた。大きく返事をする琉衣に、不服ながらも渋々頷いて見せる榊原。
二人の態度に満足そうに頷く霧崎。
「ところで、榊原。お前は今回の依頼、どうするんだ?」
会話に榊原が入ってきたので霧崎は質問の矛先を榊原へと向けた。
榊原はパソコンから視線を上げた。名探偵・霧崎への配慮だろう。
「僕は、まだはっきりとは決めていません。結論は、警察の情報を吟味してから出すことにします。」
「そうか。お前もあまり乗り気ではないということか。」
「はい。」
探偵同士の腹の探り合いではなく、腹を割った探偵達の密談。霧崎という名探偵の存在は、霧崎自身の人柄をもプラスして、午後のティータイムを有意義で穏やかなものにしていた。刺々しい榊原すらも包み込んでしまうのは、さすが名探偵というところだろう
「霧崎さんは乗り気なんですか?」
今度は反対に榊原が尋ねた。
霧崎の答えには琉衣も関心を寄せているのだろう。霧崎の顔を見つめて、霧崎の言葉を待っている。
「俺は、断るつもりはないよ。」
霧崎は穏やかな笑顔のまま、自信に満ちた声音で答えた。
榊原も琉衣も身を乗り出すようにして、尋ねる。
「どうしてですか?」
「理由はいくつかある。先ず第一に、俺は受けた依頼は断らない。これが俺の仕事のスタンスだから。第二に、目の前に追求すべき真実がある。だったら、とことん追求する。これは、俺個人のモットーだ。」
「かっこいいー。」
あまりに青臭い理想のようにも聞こえるが、概ね好評のようだ。琉衣の黄色い歓声が響き、榊原も悪い顔はしていない。実力が伴うせいなのだろう。
「榊原、お前が乗り気でない理由を聞いてもいいか?」
琉衣の黄色い声援に照れながら、霧崎が話題を元に戻す。自分への賞賛を受け取りすぎないところが名探偵の奥ゆかしさだろう。
「あっ、はい。断定的なことは言えませんが、この事件、何か裏がありそうなんです。」
「裏?」
この一言で室内に漂っていた霧崎への賞賛ムードが一転し、探偵達の顔には鋭さが戻る。
「はい。一ヶ月前の事件ですが、多分、この秘書の殺人事件だと思うんです。」
ここで榊原は、自分の手元のノートパソコンの向きを変え、霧崎に見せた。
ノートパソコンのディスプレイには、新聞記事が映し出されていた。殺人事件といっても、他に重大な国際社会の記事が一面トップを飾っているため、簡潔に事実を伝えただけの小さな記事になっている。
「これか。確かに、一ヶ月前にここの屋敷で起きた事件なら、これ以外はないだろうな。」
「秘書か・・・。あの水島って人の他にもいたんだぁ。」
霧崎と一緒に琉衣もディスプレイを覗き込んでいる。
「で、この事件のどこに裏を感じるんだ?」
霧崎が不敵に微笑んで尋ねている。彼自身は、もう榊原の言いたいことを察しているのだろう。それでも、確認するように試すように尋ねる。
「探偵を四人も雇うところです。」
「だろうな。」
榊原の答えに満足し、霧崎は同意した。
だが、琉衣だけが分かっていないようで首を傾げている。
「何でおかしいの?」
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