31 / 82
第五幕 二 「はい。事件のことですね」
しおりを挟む
二
「あら?」
開いた扉から顔を出したのは、一人の女性だった。お仕着せを着ているところから、この家の使用人だということは分かる。中年女性特有の好奇心と遠慮なさを兼ね備えたバイタリティーに溢れるその女性は、二人の姿を目にした途端に瞳を輝かせた。
「もしかして、貴方達が旦那様の仰っていた探偵さん?」
「ええ、そうですよ。」
行く手を塞いでいるその女性に、仮面の微笑は答える。
女性はヒョウと目を合わせた途端、頬を染めて少女時代に忘れてきたはずの恥じらいの残り香を取り戻していた。持っていた掃除道具を、壁に追いやり、髪を撫で付ける。
「あ、は、初めまして。私は、メイド頭の笠原逸子です。イツ子と呼んでくださいね。」
視線にメッセージを乗せて、軽くシナを作ってみせるイツ子。
微笑を動かさぬままのヒョウは、イツ子へと大仰に頭を下げた。
「申し遅れました。私は凍神ヒョウと申します。お察しの通り、探偵をやっております。」
「まさか、探偵さんがこんなに素敵な方なんて思ってませんでした。お会いできて、とっても光栄です。」
恥じらいの後のミーハーさ。生命力の強さは類を見ない。テンションと血圧が一気に上がったようで、興奮して口数が増えていく。今、イツ子の脳内では多量のドーパミンが分泌されているのだろう。
「本当に何でも聞いて下さい。ご期待に沿えるように頑張りますから。」
胸を張り、ポンとたたくイツ子。
心強い申し出に、ヒョウは頷いた。
「有難うございます。助かります。」
メイド頭という役職柄、イツ子はこの家のことに関してかなりの情報を持っているだろう。どうでもいいような小さなゴシップから、事実かどうかも分からない疑惑まで、好奇心という原動力において、どこにでも耳をそばだてていそうな上、見てはいけないものをも見てしまいそうなほど、妙に目敏そうだ。その上、協力態度が良好で口も滑りやすくなっているのだから、ヒョウにとっては願ってもない助っ人だった。
「いえいえ、旦那様からも協力するようにって言われてるんですよ。どうか気にしないで下さいね。」
「では、事件のことをお聞きしても宜しいですか?」
ヒョウが質問を向ける。
すると、イツ子は水を得た魚のように生き生きと目を輝かせ始めた。
「はい。事件のことですね。」
「ええ。まず、貴方は事件のことをどの段階でお知りになりましたか?」
「私は、朝、もう一人のメイドの杏子ちゃんと一緒に仕事を始めていたら、突然、水島さんに呼ばれたんですよ。それで、警察を呼ぶって聞いたんです。いつも通りにしてろって言われたんですけど、そんなの無理ですよね?仕事はしましたけど、気になって、窓から覗いたりはしましたよ。そのうち、警察がやってきて、あの事情聴取って言うんですか?話を聞かせてくれとか言われて。ドラマみたいなんで、緊張しちゃったんですけどね。」
勢い込んで、嬉しそうに話すイツ子。沈痛そうな面持ちで事件を語った庭師の田上とは大違いだ。その上、要約されていないイツ子の話は、要領を得ないほど長い。質問が契機になって、思いつくままに喋り続ける。堰を切ったかのような怒涛の言葉の奔流は、話し相手を得たことでとどまることを知らなかった。
話の隙を上手く見つけて、ヒョウはイツ子の話に指針を示すように、質問する。
「野村サンはどんな方でした?」
「野村君は、明るくて元気が良くていい子でしたよ。探偵さんには敵わないけど、少しかっこよかったし。ほら、あの韓国の俳優の誰だったかに少し似ているでしょう?まさか、殺されるなんて私は今でも信じられませんよ。いったい、誰があんなにいい子を殺したんですかね?探偵さん、誰なんですか?」
韓流スターの話を交えるイツ子さん。どうやら、時流に乗るのも得意なようだ。
「それを今調べているんですよ。」
「あっ、そうでしたね。すみません。」
ヒョウの微笑の魅力により、イツ子の喋りが一時中断される。頬を染めるイツ子は、井戸端会議好きの詮索好きの性格の発露と、若くていい男への興味の狭間を行ったり来たりしていた。
「いえ。貴方のお話はとても参考になりますよ。貴方のおかげで、事件の謎が解け、犯人が分かるかもしれません。」
頬を染めるイツ子を持ち上げるように、ヒョウは誉め言葉を並べる。
イツ子は前で組み合わせた手をもじもじと握り合わせていた。
「あら?」
開いた扉から顔を出したのは、一人の女性だった。お仕着せを着ているところから、この家の使用人だということは分かる。中年女性特有の好奇心と遠慮なさを兼ね備えたバイタリティーに溢れるその女性は、二人の姿を目にした途端に瞳を輝かせた。
「もしかして、貴方達が旦那様の仰っていた探偵さん?」
「ええ、そうですよ。」
行く手を塞いでいるその女性に、仮面の微笑は答える。
女性はヒョウと目を合わせた途端、頬を染めて少女時代に忘れてきたはずの恥じらいの残り香を取り戻していた。持っていた掃除道具を、壁に追いやり、髪を撫で付ける。
「あ、は、初めまして。私は、メイド頭の笠原逸子です。イツ子と呼んでくださいね。」
視線にメッセージを乗せて、軽くシナを作ってみせるイツ子。
微笑を動かさぬままのヒョウは、イツ子へと大仰に頭を下げた。
「申し遅れました。私は凍神ヒョウと申します。お察しの通り、探偵をやっております。」
「まさか、探偵さんがこんなに素敵な方なんて思ってませんでした。お会いできて、とっても光栄です。」
恥じらいの後のミーハーさ。生命力の強さは類を見ない。テンションと血圧が一気に上がったようで、興奮して口数が増えていく。今、イツ子の脳内では多量のドーパミンが分泌されているのだろう。
「本当に何でも聞いて下さい。ご期待に沿えるように頑張りますから。」
胸を張り、ポンとたたくイツ子。
心強い申し出に、ヒョウは頷いた。
「有難うございます。助かります。」
メイド頭という役職柄、イツ子はこの家のことに関してかなりの情報を持っているだろう。どうでもいいような小さなゴシップから、事実かどうかも分からない疑惑まで、好奇心という原動力において、どこにでも耳をそばだてていそうな上、見てはいけないものをも見てしまいそうなほど、妙に目敏そうだ。その上、協力態度が良好で口も滑りやすくなっているのだから、ヒョウにとっては願ってもない助っ人だった。
「いえいえ、旦那様からも協力するようにって言われてるんですよ。どうか気にしないで下さいね。」
「では、事件のことをお聞きしても宜しいですか?」
ヒョウが質問を向ける。
すると、イツ子は水を得た魚のように生き生きと目を輝かせ始めた。
「はい。事件のことですね。」
「ええ。まず、貴方は事件のことをどの段階でお知りになりましたか?」
「私は、朝、もう一人のメイドの杏子ちゃんと一緒に仕事を始めていたら、突然、水島さんに呼ばれたんですよ。それで、警察を呼ぶって聞いたんです。いつも通りにしてろって言われたんですけど、そんなの無理ですよね?仕事はしましたけど、気になって、窓から覗いたりはしましたよ。そのうち、警察がやってきて、あの事情聴取って言うんですか?話を聞かせてくれとか言われて。ドラマみたいなんで、緊張しちゃったんですけどね。」
勢い込んで、嬉しそうに話すイツ子。沈痛そうな面持ちで事件を語った庭師の田上とは大違いだ。その上、要約されていないイツ子の話は、要領を得ないほど長い。質問が契機になって、思いつくままに喋り続ける。堰を切ったかのような怒涛の言葉の奔流は、話し相手を得たことでとどまることを知らなかった。
話の隙を上手く見つけて、ヒョウはイツ子の話に指針を示すように、質問する。
「野村サンはどんな方でした?」
「野村君は、明るくて元気が良くていい子でしたよ。探偵さんには敵わないけど、少しかっこよかったし。ほら、あの韓国の俳優の誰だったかに少し似ているでしょう?まさか、殺されるなんて私は今でも信じられませんよ。いったい、誰があんなにいい子を殺したんですかね?探偵さん、誰なんですか?」
韓流スターの話を交えるイツ子さん。どうやら、時流に乗るのも得意なようだ。
「それを今調べているんですよ。」
「あっ、そうでしたね。すみません。」
ヒョウの微笑の魅力により、イツ子の喋りが一時中断される。頬を染めるイツ子は、井戸端会議好きの詮索好きの性格の発露と、若くていい男への興味の狭間を行ったり来たりしていた。
「いえ。貴方のお話はとても参考になりますよ。貴方のおかげで、事件の謎が解け、犯人が分かるかもしれません。」
頬を染めるイツ子を持ち上げるように、ヒョウは誉め言葉を並べる。
イツ子は前で組み合わせた手をもじもじと握り合わせていた。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜
南 鈴紀
キャラ文芸
妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。
しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。
掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。
五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。
妖×家族の心温まる和風ファンタジー。
離縁の雨が降りやめば
碧月あめり
キャラ文芸
龍の眷属である竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の契約花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六になるときに龍神との離縁が約束されている。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止む。
雨がやめば、離縁された花嫁は次の龍神の花嫁を産むために美雲神社を去らなければいけない。
だが、葵には龍神との離縁後も美雲神社に留まりたい理由があった。
幼い頃から兄のように慕ってきた御蔭という人の存在があるからだ。
白銀の髪に隻眼の御蔭は美しく、どこか不思議な雰囲気を纏っているが美雲神社の人間からは《見えない存在》として扱われている。
御蔭とともにいることを願っている葵だが、彼のほうは葵に無頓着のようだった。
葵が十六の誕生日を迎えた日。不思議な雨が降り始める。習わし通りであれば三日降り続いたあとやむ雨が、なぜか十日以上も降りやまず……。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる