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第五幕 二 「はい。事件のことですね」

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     二

「あら?」
 開いた扉から顔を出したのは、一人の女性だった。お仕着せを着ているところから、この家の使用人だということは分かる。中年女性特有の好奇心と遠慮なさを兼ね備えたバイタリティーに溢れるその女性は、二人の姿を目にした途端に瞳を輝かせた。
「もしかして、貴方達が旦那様の仰っていた探偵さん?」
「ええ、そうですよ。」
 行く手を塞いでいるその女性に、仮面の微笑は答える。
 女性はヒョウと目を合わせた途端、頬を染めて少女時代に忘れてきたはずの恥じらいの残り香を取り戻していた。持っていた掃除道具を、壁に追いやり、髪を撫で付ける。
「あ、は、初めまして。私は、メイド頭の笠原逸子です。イツ子と呼んでくださいね。」
 視線にメッセージを乗せて、軽くシナを作ってみせるイツ子。
 微笑を動かさぬままのヒョウは、イツ子へと大仰に頭を下げた。
「申し遅れました。私は凍神ヒョウと申します。お察しの通り、探偵をやっております。」
「まさか、探偵さんがこんなに素敵な方なんて思ってませんでした。お会いできて、とっても光栄です。」
 恥じらいの後のミーハーさ。生命力の強さは類を見ない。テンションと血圧が一気に上がったようで、興奮して口数が増えていく。今、イツ子の脳内では多量のドーパミンが分泌されているのだろう。
「本当に何でも聞いて下さい。ご期待に沿えるように頑張りますから。」
 胸を張り、ポンとたたくイツ子。
心強い申し出に、ヒョウは頷いた。
「有難うございます。助かります。」
 メイド頭という役職柄、イツ子はこの家のことに関してかなりの情報を持っているだろう。どうでもいいような小さなゴシップから、事実かどうかも分からない疑惑まで、好奇心という原動力において、どこにでも耳をそばだてていそうな上、見てはいけないものをも見てしまいそうなほど、妙に目敏そうだ。その上、協力態度が良好で口も滑りやすくなっているのだから、ヒョウにとっては願ってもない助っ人だった。
「いえいえ、旦那様からも協力するようにって言われてるんですよ。どうか気にしないで下さいね。」
「では、事件のことをお聞きしても宜しいですか?」
ヒョウが質問を向ける。
すると、イツ子は水を得た魚のように生き生きと目を輝かせ始めた。
「はい。事件のことですね。」
「ええ。まず、貴方は事件のことをどの段階でお知りになりましたか?」
「私は、朝、もう一人のメイドの杏子ちゃんと一緒に仕事を始めていたら、突然、水島さんに呼ばれたんですよ。それで、警察を呼ぶって聞いたんです。いつも通りにしてろって言われたんですけど、そんなの無理ですよね?仕事はしましたけど、気になって、窓から覗いたりはしましたよ。そのうち、警察がやってきて、あの事情聴取って言うんですか?話を聞かせてくれとか言われて。ドラマみたいなんで、緊張しちゃったんですけどね。」
 勢い込んで、嬉しそうに話すイツ子。沈痛そうな面持ちで事件を語った庭師の田上とは大違いだ。その上、要約されていないイツ子の話は、要領を得ないほど長い。質問が契機になって、思いつくままに喋り続ける。堰を切ったかのような怒涛の言葉の奔流は、話し相手を得たことでとどまることを知らなかった。
 話の隙を上手く見つけて、ヒョウはイツ子の話に指針を示すように、質問する。
「野村サンはどんな方でした?」
「野村君は、明るくて元気が良くていい子でしたよ。探偵さんには敵わないけど、少しかっこよかったし。ほら、あの韓国の俳優の誰だったかに少し似ているでしょう?まさか、殺されるなんて私は今でも信じられませんよ。いったい、誰があんなにいい子を殺したんですかね?探偵さん、誰なんですか?」
 韓流スターの話を交えるイツ子さん。どうやら、時流に乗るのも得意なようだ。
「それを今調べているんですよ。」
「あっ、そうでしたね。すみません。」
 ヒョウの微笑の魅力により、イツ子の喋りが一時中断される。頬を染めるイツ子は、井戸端会議好きの詮索好きの性格の発露と、若くていい男への興味の狭間を行ったり来たりしていた。
「いえ。貴方のお話はとても参考になりますよ。貴方のおかげで、事件の謎が解け、犯人が分かるかもしれません。」
 頬を染めるイツ子を持ち上げるように、ヒョウは誉め言葉を並べる。
 イツ子は前で組み合わせた手をもじもじと握り合わせていた。
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