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第五幕 三 「この時期に何かあったのでしょうか?」
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三
「質問を続けて宜しいですか?」
「は、はい。」
「では、事件前夜などに、変わったことなどありませんでしたか?」
「変わったこと・・・。警察にも聞かれたんですけど、ありませんでしたよ。だって、変な音とか聞いたり不審な人がいたりしたら、その時に問題になるはずですからね。」
形式的な質問では、新事実は出てこない。資料にあるだけの情報以上のものは、ないとでも言わんばかりに。
「そうですか。やはり、怪しい兆候はないということですね。」
落胆したわけではなく、確認するように呟く。ヒョウにとっては予想していた事態だったのだろう。
だが、成果のないことにイツ子は焦り始めた。
「あ、あの、他には何か質問ありませんか?探偵さんのお役に立ちたいんですけど。」
何か手柄のなるようなことをして自分をアピールしたいのだろう。このまま質問を終わらせてはくれなそうなイツ子は食い下がるようにして、ヒョウを引きとめようとする。
ヒョウは、虚空を見上げて少し考え込む。
イツ子は、ヒョウの次の言葉をじっと待った。
「あの、つかぬ事をお伺いしても宜しいですか?事件には直接関係ないことですが。」
「ええ、何でしょう?」
話を続ける絶好の機会に、イツ子は迷うことなく頷いた。
ヒョウは何気なく素っ気なく尋ねる。
「息子の巧サンのことなんですが。」
「ああ、坊ちゃんなら、いつも温室にいますよ。」
イツ子は心得たとばかりに話し始める。坊ちゃんと巧を呼ぶのは、小さな頃からこの家に仕えているので、幼少時の彼を知っているということなのだろう。
「でもね、坊ちゃんは、誰ともお会いにならないと思いますよ。坊ちゃんは、何年も、奥様の温室にこもったままで、人と会おうとなさらないんですよ。昔は、私共にも笑って挨拶をして下さる明るい子だったんですけどね、いつからか、温室にこもるようになってからは、笑いかけては下さらなくなってしまって。」
イツ子は、事件の話とは違い、沈痛そうな面持ちで巧について語っていた。その表情は温室について説明した時の庭師の老人と同じだった。
「まるで、引きこもりです。朝食の時と夕食の時は、旦那様のお言いつけもあって食堂に顔を出されますけど、後は寝室に戻るまで、殆ど誰とも顔を合わせずに温室にいますよ。特に、この時期は昼食もお取りにならないんです。しょうがないので、昼食は温室にお運びしてるんですけど。」
大きくため息をつくイツ子。この吉岡家の者にとって、息子の巧は心痛の問題のようだ。いつの間にか目の前のヒョウへの興味は薄れ、どこか遠くを見つめているようなイツ子は、息子のことが心配でたまらないといった様子だった。
イツ子の話に興味を惹かれたように、ヒョウは質問を続ける。
「この時期というと?」
「お盆の時期です。それが終わって、少しだけ涼しくなり始めると、昼食はお取りになれるようにはなるんですけど。」
「この時期に何かあったのでしょうか?」
「さあ?私には分かりません。」
イツ子は隠しているのではなく、本当に知らないようだった。
「では、そろそろ私は失礼します。」
イツ子の話に満足し、ヒョウは唐突に退室の挨拶を始めた。
ハッと我に返り、イツ子は何とかひきとめようとまくし立てるように話しかける。
「あの、他に、何か聞きたいことはありませんか?事件のことも、あと、他にも。」
「いえ。これ以上は、貴方のお仕事に差し支えてしまうでしょうから。こちらの部屋の掃除にいらしたのでしょう?」
ヒョウは壁際に追いやられ忘れ去られた掃除道具に視線を向けた。
「邪魔者は退散します。色々とご協力有難うございました。それでは、お仕事頑張って下さい。」
微笑を残してヒョウは歩き始める。イツ子の制止など気にもかけない。
扉が閉まってしまっては、さすがにイツ子も追いかけては来られなかった。
「質問を続けて宜しいですか?」
「は、はい。」
「では、事件前夜などに、変わったことなどありませんでしたか?」
「変わったこと・・・。警察にも聞かれたんですけど、ありませんでしたよ。だって、変な音とか聞いたり不審な人がいたりしたら、その時に問題になるはずですからね。」
形式的な質問では、新事実は出てこない。資料にあるだけの情報以上のものは、ないとでも言わんばかりに。
「そうですか。やはり、怪しい兆候はないということですね。」
落胆したわけではなく、確認するように呟く。ヒョウにとっては予想していた事態だったのだろう。
だが、成果のないことにイツ子は焦り始めた。
「あ、あの、他には何か質問ありませんか?探偵さんのお役に立ちたいんですけど。」
何か手柄のなるようなことをして自分をアピールしたいのだろう。このまま質問を終わらせてはくれなそうなイツ子は食い下がるようにして、ヒョウを引きとめようとする。
ヒョウは、虚空を見上げて少し考え込む。
イツ子は、ヒョウの次の言葉をじっと待った。
「あの、つかぬ事をお伺いしても宜しいですか?事件には直接関係ないことですが。」
「ええ、何でしょう?」
話を続ける絶好の機会に、イツ子は迷うことなく頷いた。
ヒョウは何気なく素っ気なく尋ねる。
「息子の巧サンのことなんですが。」
「ああ、坊ちゃんなら、いつも温室にいますよ。」
イツ子は心得たとばかりに話し始める。坊ちゃんと巧を呼ぶのは、小さな頃からこの家に仕えているので、幼少時の彼を知っているということなのだろう。
「でもね、坊ちゃんは、誰ともお会いにならないと思いますよ。坊ちゃんは、何年も、奥様の温室にこもったままで、人と会おうとなさらないんですよ。昔は、私共にも笑って挨拶をして下さる明るい子だったんですけどね、いつからか、温室にこもるようになってからは、笑いかけては下さらなくなってしまって。」
イツ子は、事件の話とは違い、沈痛そうな面持ちで巧について語っていた。その表情は温室について説明した時の庭師の老人と同じだった。
「まるで、引きこもりです。朝食の時と夕食の時は、旦那様のお言いつけもあって食堂に顔を出されますけど、後は寝室に戻るまで、殆ど誰とも顔を合わせずに温室にいますよ。特に、この時期は昼食もお取りにならないんです。しょうがないので、昼食は温室にお運びしてるんですけど。」
大きくため息をつくイツ子。この吉岡家の者にとって、息子の巧は心痛の問題のようだ。いつの間にか目の前のヒョウへの興味は薄れ、どこか遠くを見つめているようなイツ子は、息子のことが心配でたまらないといった様子だった。
イツ子の話に興味を惹かれたように、ヒョウは質問を続ける。
「この時期というと?」
「お盆の時期です。それが終わって、少しだけ涼しくなり始めると、昼食はお取りになれるようにはなるんですけど。」
「この時期に何かあったのでしょうか?」
「さあ?私には分かりません。」
イツ子は隠しているのではなく、本当に知らないようだった。
「では、そろそろ私は失礼します。」
イツ子の話に満足し、ヒョウは唐突に退室の挨拶を始めた。
ハッと我に返り、イツ子は何とかひきとめようとまくし立てるように話しかける。
「あの、他に、何か聞きたいことはありませんか?事件のことも、あと、他にも。」
「いえ。これ以上は、貴方のお仕事に差し支えてしまうでしょうから。こちらの部屋の掃除にいらしたのでしょう?」
ヒョウは壁際に追いやられ忘れ去られた掃除道具に視線を向けた。
「邪魔者は退散します。色々とご協力有難うございました。それでは、お仕事頑張って下さい。」
微笑を残してヒョウは歩き始める。イツ子の制止など気にもかけない。
扉が閉まってしまっては、さすがにイツ子も追いかけては来られなかった。
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