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第七幕 六 「殺人狂が、人を殺した。ただ、それだけの事にこだわりすぎだ!」
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六
二人のやり取りを見ていた竹川が、慌てて警部の代わりを務める。
「あの、理由はいくつかありますが、大きく分けると首に刻まれた傷と、怨恨や金銭トラブルなどの殺害される理由が被害者側に見当たらないこと。それに、目撃者もなく悲鳴も上がらなかったことです。これは、先の死の押し売り師の犯行と酷似しています。」
「動機と傷と悲鳴ですか・・・・。」
軽く頬杖をつき、考えるヒョウ。
警部は決して表に視線を合わせないようにしながら、小さな声で呟く。
「そんな奴に説明する必要なんてない。」
ヒョウの次の言葉を待つように、警部以外の視線がヒョウに集まる。
だが、ヒョウは頬杖を解くと、肩を竦めて見せた。
「ほら、見ろ。」
警部は嬉しそうに笑っている。ヒョウが答えられないことを子供のように喜んでいる。
しかし、警部の喜びも束の間、今度は説得を完了したはずの者達から離反者が現れる。
「でも!僕自身、警察の判断には納得がいっていないんです!」
プロファイラーが警部に反旗を翻し、勇気を振り絞るように声を上げた。
「何故、今回に限り凶器を使ったのか?素手にこだわっていたような男がですよ?そこは、やはり見過ごせません!」
「異常者のことなど分かるわけがないだろ!殺人狂が、人を殺した。ただ、それだけの事にこだわりすぎだ!」
味方に裏切られたような気がしたのだろう。警部の怒号は、計算やテクニックと言うよりは、理性を忘れて怒鳴り散らしたような声音だった。
「まあまあ警部。彼にも思うところはあるでしょう。」
肩で息をしている警部を宥める霧崎。プロファイラーと警部の間に割って入り、中を取り持つように双方に笑顔を見せる。
「お前も、警部の話も分かっているんだろ?」
名探偵の仲介により、元々仲違いをするタイプではない二人は、持っていた怒りの矛を収める。それでなくても、このチームのような四人組は同じ方向を向いているので、意見が揃いやすいはずなのだ。
だが、ハーモニーを作ろうにも、確実に不協和音を作り出す因子が傍に存在しては、ハーモニーは完全にならない。いくら修正しようとも、無駄だ。
「くっくっくっ。」
不協和音因子であるヒョウは、警部に哄笑を向けた。酷く冷たい、嘲笑のような響き。
「何を笑っている!」
額に青筋立てて、警部が怒りをむき出しにしている。そうでもしないとこの涼しげな笑い声に対抗できないとでも言うように。
「血圧が上がりますよ、警部殿。高血圧を医者から指摘されているのでしょう?」
「大きなお世話だ!」
涼しげな声音と怒号は拮抗している。それは、異様なハーモニーだ。温度も違い、音も違い、世界すら違って、存在する次元すら違うような。
「それにしても、警部殿。貴方のお怒りはご尤もでしょう。分かります。」
「お前なんぞに分かってたまるか!」
「くっくっくっ、警察は必死なのでしょう?もしも、コピーキャットなどが出てしまえば、そう考えるだけで、恐ろしいことですからね。」
警部の顔色に蒼白さが加わる。赤黒く怒った顔色に青が加わっては、もう紫色だ。不健康さを感じずにはいられない。
「な、何のことだ?」
忍び寄るように、這い寄るように、ヒョウの声音は響く。
「分かっているのでしょう?こんなに厳重な緘口令を布いておいて、どこから情報が漏れるというんです?そうなれば、内部の犯行を疑う他ありませんからね。ご心痛お察ししますよ。」
「ば、バカなことを言うな!」
全てのヒョウの言葉を打ち消そうと、あらん限りの大声を警部は上げる。
「くっくっくっ、シリアルキラーに心変わりを期待するのも分かりますよ。」
しかし、警部の大声などものともせずに、ヒョウの声音は警部の耳に入り込んだ。
そして、ヒョウは傍らのリンを抱き上げる。
「作戦会議はもういいでしょう?それとも、他に何か目新しい情報でもおありですか?」
ヒョウの言葉に誰も頷くものはいない。
誰に遠慮するでも、誰に合わせるでもなく、ヒョウはそのまま一同に背を向けた。
「それでは、私たちはそろそろ失礼致します。」
ヒョウの歩みは止まらない。誰も、その背中に制止は掛けられない。
唯一、名探偵だけがその背中に声を掛けることが出来た。
「おい、凍神。明日も出席してくれるか?」
会議の発起人であり、幹事である役割柄から、霧崎は背中に尋ねる。
ヒョウは室内から出る一歩手前で振り返った。
「そういえば霧崎サン。一つだけよろしいですか。」
振り返ったヒョウの顔には華やかで楽しげな微笑が浮かんでいる。
霧崎は微笑に気後れしながら頷いた。
「ああ、何だ?」
「実は、先程の事件についての霧崎サンの情報についてのことなのですが。もしも、そのまま検討していたとして、何かの結論を導き出したのならば、それは依頼者の望みに適うことなのですか?」
あくまでも淡々と尋ねるヒョウ。顔の微笑は変化すらしない。
霧崎はヒョウを真っ直ぐに射抜くように、力強い視線を向けた。
「俺は、どんなものであれ、真実を追究するつもりだ。」
「そうですか。分かりました。」
納得したわけではなく、相槌のように返して、ヒョウは歩き始めた。
「明日も都合がつけば参りましょう。」
最後に呟きだけを残して、黒い背中は去っていく。
後に残された者に、作戦会議を続けようとするものはいなかった。
二人のやり取りを見ていた竹川が、慌てて警部の代わりを務める。
「あの、理由はいくつかありますが、大きく分けると首に刻まれた傷と、怨恨や金銭トラブルなどの殺害される理由が被害者側に見当たらないこと。それに、目撃者もなく悲鳴も上がらなかったことです。これは、先の死の押し売り師の犯行と酷似しています。」
「動機と傷と悲鳴ですか・・・・。」
軽く頬杖をつき、考えるヒョウ。
警部は決して表に視線を合わせないようにしながら、小さな声で呟く。
「そんな奴に説明する必要なんてない。」
ヒョウの次の言葉を待つように、警部以外の視線がヒョウに集まる。
だが、ヒョウは頬杖を解くと、肩を竦めて見せた。
「ほら、見ろ。」
警部は嬉しそうに笑っている。ヒョウが答えられないことを子供のように喜んでいる。
しかし、警部の喜びも束の間、今度は説得を完了したはずの者達から離反者が現れる。
「でも!僕自身、警察の判断には納得がいっていないんです!」
プロファイラーが警部に反旗を翻し、勇気を振り絞るように声を上げた。
「何故、今回に限り凶器を使ったのか?素手にこだわっていたような男がですよ?そこは、やはり見過ごせません!」
「異常者のことなど分かるわけがないだろ!殺人狂が、人を殺した。ただ、それだけの事にこだわりすぎだ!」
味方に裏切られたような気がしたのだろう。警部の怒号は、計算やテクニックと言うよりは、理性を忘れて怒鳴り散らしたような声音だった。
「まあまあ警部。彼にも思うところはあるでしょう。」
肩で息をしている警部を宥める霧崎。プロファイラーと警部の間に割って入り、中を取り持つように双方に笑顔を見せる。
「お前も、警部の話も分かっているんだろ?」
名探偵の仲介により、元々仲違いをするタイプではない二人は、持っていた怒りの矛を収める。それでなくても、このチームのような四人組は同じ方向を向いているので、意見が揃いやすいはずなのだ。
だが、ハーモニーを作ろうにも、確実に不協和音を作り出す因子が傍に存在しては、ハーモニーは完全にならない。いくら修正しようとも、無駄だ。
「くっくっくっ。」
不協和音因子であるヒョウは、警部に哄笑を向けた。酷く冷たい、嘲笑のような響き。
「何を笑っている!」
額に青筋立てて、警部が怒りをむき出しにしている。そうでもしないとこの涼しげな笑い声に対抗できないとでも言うように。
「血圧が上がりますよ、警部殿。高血圧を医者から指摘されているのでしょう?」
「大きなお世話だ!」
涼しげな声音と怒号は拮抗している。それは、異様なハーモニーだ。温度も違い、音も違い、世界すら違って、存在する次元すら違うような。
「それにしても、警部殿。貴方のお怒りはご尤もでしょう。分かります。」
「お前なんぞに分かってたまるか!」
「くっくっくっ、警察は必死なのでしょう?もしも、コピーキャットなどが出てしまえば、そう考えるだけで、恐ろしいことですからね。」
警部の顔色に蒼白さが加わる。赤黒く怒った顔色に青が加わっては、もう紫色だ。不健康さを感じずにはいられない。
「な、何のことだ?」
忍び寄るように、這い寄るように、ヒョウの声音は響く。
「分かっているのでしょう?こんなに厳重な緘口令を布いておいて、どこから情報が漏れるというんです?そうなれば、内部の犯行を疑う他ありませんからね。ご心痛お察ししますよ。」
「ば、バカなことを言うな!」
全てのヒョウの言葉を打ち消そうと、あらん限りの大声を警部は上げる。
「くっくっくっ、シリアルキラーに心変わりを期待するのも分かりますよ。」
しかし、警部の大声などものともせずに、ヒョウの声音は警部の耳に入り込んだ。
そして、ヒョウは傍らのリンを抱き上げる。
「作戦会議はもういいでしょう?それとも、他に何か目新しい情報でもおありですか?」
ヒョウの言葉に誰も頷くものはいない。
誰に遠慮するでも、誰に合わせるでもなく、ヒョウはそのまま一同に背を向けた。
「それでは、私たちはそろそろ失礼致します。」
ヒョウの歩みは止まらない。誰も、その背中に制止は掛けられない。
唯一、名探偵だけがその背中に声を掛けることが出来た。
「おい、凍神。明日も出席してくれるか?」
会議の発起人であり、幹事である役割柄から、霧崎は背中に尋ねる。
ヒョウは室内から出る一歩手前で振り返った。
「そういえば霧崎サン。一つだけよろしいですか。」
振り返ったヒョウの顔には華やかで楽しげな微笑が浮かんでいる。
霧崎は微笑に気後れしながら頷いた。
「ああ、何だ?」
「実は、先程の事件についての霧崎サンの情報についてのことなのですが。もしも、そのまま検討していたとして、何かの結論を導き出したのならば、それは依頼者の望みに適うことなのですか?」
あくまでも淡々と尋ねるヒョウ。顔の微笑は変化すらしない。
霧崎はヒョウを真っ直ぐに射抜くように、力強い視線を向けた。
「俺は、どんなものであれ、真実を追究するつもりだ。」
「そうですか。分かりました。」
納得したわけではなく、相槌のように返して、ヒョウは歩き始めた。
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