【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子(@電子コミック配信中)

文字の大きさ
54 / 82

第七幕 七 「闇の匂いが強くなってきました。この辺りで何か起きるかもしれませんね」 

しおりを挟む
     七

 客室に戻り、リンをベッドに座らせたヒョウは、笑みを深くして椅子に座っていた。
 作戦会議での思わぬ収穫に、仮面のような微笑も消失し忍び笑いを漏らしている。
「婚約破談ですか・・・。いったい誰の仕業なのでしょう?」
「先生、楽しそうだね?」
 ヒョウにつられて楽しそうにしているリンは、いつもなら飛んではしゃぎまわるというのに、おとなしくベッドに座っていた。うずうずとしてはいるが、ヒョウに座らせられたまま、動こうとはしていない。
 リンに向けて微笑み、ヒョウは長い足を組む。
「ええ、楽しいですよ。少しずつカードが揃ってきましたから。これで悲劇を彩ることが出来そうです。」
 底なしの闇をサファイアの瞳に湛え、悠然と構えているヒョウ。
 リンはそんなヒョウを恐れるでもなく、真正面から何事もなく見つめていた。
「先生。警部、怒ってたね。」
「そうですね、警部殿は本気で信じているのですよ。情報がどこからも漏れることなどないと。警部殿がもう少し深くインターネットを嗜んでおられたら、既に情報が漏洩していることが理解できるでしょうに。末端というのは、いつも光が当たりにくいものですが、都市伝説ほどの噂ならば、どこにでも落ちているでしょうに。誰も知らない孤島で起きた事件などでもありませんし、関係者が全て死亡しているわけでもありませんし。」
 実に流暢に溢れていくヒョウの言葉。
 リンはヒョウの言葉の半分も理解していないのかもしれないが、ヒョウは気にせず続けた。リンも特に質問をしない。
「人の口に戸など立てられませんよ。現に、我々は警察関係者でなくても知っているのですから。他にも、たくさんいるでしょう。」
「先生。」
 いつもならば、この辺りでヒョウに抱きつくリンだが、ベッドに座ったままでヒョウに呼びかけた。
「先生のトコ、行けない。」
 ヒョウへと両手を伸ばすリン。ワンピースの裾から見え隠れする、膝の包帯が痛々しい。
 ヒョウは組んでいた足を解き椅子から立ち上がると、リンの隣に座った。
 リンが、早速甘えるようにヒョウに抱きつく。
「それにしても、名探偵殿や横山サンは、これからどう動くのでしょうか?楽しみですね。」
 遠足を前にした子供のように、気分を弾ませているヒョウ。とても、殺人事件を前にした探偵の表情とは思えない。死や被害者に対する敬意はなく、状況を玩んでいるようだ。
 黒い手袋に包まれた手でリンの髪を梳きながら、ヒョウは夢心地で続ける。
「闇の匂いが強くなってきました。この辺りで何か起きるかもしれませんね。」
 少しずつ陽は傾き始め、太陽の光は弱くなる。
 無邪気なほどのヒョウの笑み、瞳に湛えているのは底なしの闇と計り知れない狂気、そして理性と知性のひらめきは閃光のように鋭い。全てを含んだ得体のしれない禍々しさを放つサファイアの輝き。
「リン、楽しみですね。シリアルキラーとコピーキャット。名探偵と女探偵。引きこもりとメイド。主人と秘書。警部とプロファイラー。誰がどう動き、それぞれの運命に絡み合うのでしょうか?」
「先生、お腹すいた。」
 ぐうーっと、リンのお腹の無視が鳴るのと、リンの呟きは同時。リンの体内時計はこと食事に関してはあまりに正確だ。
 ヒョウはリンに笑みを向ける。サファイアの双眸からは、もう先程までの禍々しさは消えていた。
「そうですね、そろそろ夕食でしょうか?」

 コンコンコン

 タイミングを見計らったかのように、扉を叩く音がする。
「夕食の時間です。」
 扉の向こうから聞こえたのは、メイドの杏子の声だ。
 ヒョウはリンを軽く抱き上げて立ち上がる。
「はい、分かりました。」
 扉に声を掛けて、扉を開く。
「すみません、杏子サン。」
 リンを抱ええたままのヒョウが扉から顔を出すと、杏子は驚いたように二人を見つめた。
「あっ、あの!リンちゃんの怪我、そんなに悪いんですか!」
 自分の足で歩くのではなく、抱えられて出てきたリンを見て、杏子の顔は凍りついた。杏子の視線はリンの膝の包帯に定まったまま動かない。使用人として客に怪我をさせたという責任も相まって、杏子は下げられる限りの角度で頭を下げた。
「申し訳ありません!私がいたのに。」
「いえいえ、そんな。貴方は迷子になっているリンを助けてくださったのですから。こちらが感謝しているくらいですよ。」
「いえ、私のせいです。」
 顔を上げない杏子。土下座すらしそうな勢いだ。そんな杏子を微笑で見下ろして、ヒョウはリンを抱えたまま首を横に振る。
「違いますよ。彼女の責任を負うのは私の役目です。貴方は気になさらなくて結構です。」
 涼しげな声音は、杏子の謝罪をお門違いとでも言いたげだ。
 杏子は様子を窺うように顔を上げた。
「あのー、リンちゃんの怪我は大丈夫なんですか?お医者様とか呼んだ方がいいですか?」
 恐る恐る尋ねる杏子に、ヒョウは首を振る。
「大丈夫ですよ。骨などには異常はありません。立って歩けないような傷ではないのですよ。ただ、私が用心を重ねるためと、彼女への謝罪を込めて抱き上げているだけです。笑われてしまうかもしれませんが、過保護なんですよ、私は。」
 微笑は悪戯に輝く。
 抱えられたままのリンも、鈴の音で肯定を響かせた。
 そこで、ようやく杏子は背筋をピンと伸ばした。
「そうなんですか・・・。」
 まだ謝り足りない杏子だったが、そんな杏子を急かすようにリンのお腹の虫が鳴く。
 ぐうー
「お腹すいた。」
 お腹の虫の鳴き声とリンの呟き。怪我などなかったかのようなリンの素直な食欲に、杏子はどこか安堵したように笑い出す。
「分かりました。食堂までご案内しますね。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

処理中です...