【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

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最終幕 五 「凍神さん。後は貴方にお任せします。」

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     五

「それが貴方の幸運の始まりですか?それとも、苦労の始まりですか?」
 揶揄するような口調でヒョウは尋ねる。二人の会話は、瑣末な世間話のような口調で淡々と進んでいく。
 緊迫感も緊張感もなく、リンはヒョウの肩に頭を乗せて船をこぎ始めていた。
「幸運ではありませんね。孝造に疑いを持っていましたが、記憶の欠落に気付いたのは少し経ってからです。初めは私を陥れようとしているのかと疑いもしました。しかし、どうも違いました。あの男の記憶から、その夜に起きた出来事が抜け落ち、代わりに何の変哲もない日常が上塗りされていたんです。気付いた時には、正直ホッとしました。孝造は秘密を抱えたまま生きられるような器用さは持ち合わせていませんし、嘘も下手です。忘れてくれたことによって、無駄な配慮の必要がなくなった、そう思いました。けれど、現実はうまくいかないものです。警察から死の押し売り師事件として認定したと内々に報告があり、これで事件が終わったと思った矢先、あの男は言うのです。『探偵を雇って、事件を解決させろ。』と。何故、解決した事件を、うまく処理した問題を、わざわざ掘り起こさなくてはいけないのか?」
 大儀そうに息をつく水島。世の理不尽を嘆くように、力なく笑っている。
「もう正直どうしていいか分かりませんでしたよ。それで、全てを諦めました。私の全情報網を駆使して、優秀な探偵の情報を集めました。この地方で活動できて、尚且つ、優秀で有能な探偵を。そして、貴方達を選びました。誰かの手で終止符を打って欲しかったのかもしれません。」
 そして、水島は全て話し終わったというように笑顔を浮かべると、ソファから立ち上がった。
「さあ、これが今回の事件の全てです。私は全てをお話しました。凍神さん。後は貴方にお任せします。あの孝造のことも含めて、事件を解決してください。」
「お断りします。」
 即答。躊躇も、迷いも、配慮も、同情も、責任感もなく、ただ一言の返答。微笑を浮かべ、足を組んだまま、立ち上がる様子も見せないヒョウ。
 あまりに意外な返答に、水島は対処すら出来ずにしばらく固まっていた。
「大団円が欲しいのならば、そういうものは名探偵殿にお任せするべきでしょう。全ての面倒な問題を両肩に背負って、素晴らしい働きを見せてくださるはずですよ。名探偵ですから。」
 軽く頷いて、肩を竦めて見せるヒョウ。足を組み替えて、軽くため息をついてみせる。
「これでも、私は貴方の能力を大いに買っているのですよ。ですから、名刺も差し上げたのです。後は貴方の好きになさって下さい。宿主を殺すも生かすも貴方の自由です。先程も言ったはずですよ。医者に見えない男で、金額さえ払えば無理は通ると。」
「しかし、私は罪を犯し告白しました。貴方は逮捕しないんですか?探偵が犯罪者を見逃すということですか?」
 ムキになり反論する水島。眼鏡を取ったせいで、常になくなることのなかった余裕がなくなり、冷静沈着な態度も消え、感情的になっている。こちらの方が、きっと本来の水島の姿なのだろう。
 ヒョウは飽き飽きとした顔で大きくため息をついて呆れていた。
「現行犯でない限り、官憲ではない探偵に逮捕権はありませんよ。それに、見逃す見逃さないと言っても、私は貴方と会話しただけです。自首を勧めて欲しいのならば、私ではなく正義感溢れる名探偵殿に相談して下さい。物事には適性というものがありますから。」
 微笑で話を結ぶと、ヒョウは隣に座るリンの肩を揺すった。
「さあ、リン。そろそろ起きて下さい。」
 重そうな瞼を何度も開閉させて、リンが目をこする。
「もう終わったの?」
「はい、そろそろ行きますよ。」
 ヒョウの肩から頭をどかし、リンは欠伸を繰り返す。
 ヒョウは足を解くとソファから立ち上がった。
「では、水島サン。失礼しました。」
 微笑を浮かべて一礼するヒョウ。
 リンも慌てて立ち上がる。
 水島は足掻くように縋るように声を上げた。
「待って下さい!」
「何ですか?」
 返ってきたのは冷ややかな視線。
 水島は落ち着くために、一度深呼吸をした。
「何故、記憶喪失ということに気づいたんですか?」
 幾分落ち着いた声音で尋ねる水島。どんな状況下にあっても失われない鉄の自制心がやっと動員されている。
 ヒョウは頷いた。
「いいでしょう。貴方の質問にも答えましょう。」
 どちらもソファに再度腰掛けることなく、起立したまま向かい合った。
「巧サンの遺体と面会したときの頭痛です。私は、以前、催眠によって人工的に記憶を捜査された人間が、記憶をフラッシュバックさせられる実験に立ち会ったことがありまして。孝造氏の反応はそれに似ていたというだけです。あとは、そうですね。孝造氏が犯人だと仮定した場合に、彼の行動には辻褄の合わないものが多すぎるということですね。はっきりとした確信があったわけではありませんよ。」
 二人の会話の間も、リンは襲ってくる睡魔と必死に戦っていた。ぶら下がるようにヒョウの腕に捕まり、閉じてしまいそうな目を意志の力でこじ開けている。
 ヒョウはそんなリンを微笑ましく見つめながら、水島の質問に答えていた。
「死の押し売り師の犯行ではないと確信している理由はなんですか?」
 次の質問に、ヒョウは少し言い淀むように沈黙した。だが、すぐに水島へ微笑を向ける。
「企業秘密と言いたいところですが、いいでしょう。答えましょう。確信した理由は、殺害方法にあります。あのシリアルキラーは、素手で首を絞めることだけを目的にしているんですよ。そのためだけに、いつも握力を鍛えているんです。そんな男が、わざわざ凶器を用いますか?鍛え抜かれた握力で、悲鳴すら上げさせずに犯行を行う男が、そんな回りくどいことをするとは思えません。」
 そして、ヒョウは歩き始める。もう話は終わりだと言わんばかりに。
 今度は水島も声を掛けることが出来なかった。
 全てを終えたというように脱力してうな垂れる水島。
 だが、扉に手をかけたヒョウが、室内へと振り返った。
「一つ言い忘れていました。多分、今日中に名探偵主催の茶番劇が催されます。いくらか疑似餌を蒔いておきましたので、意外な趣向になっていると思います。貴方も楽しみにしていて下さい。」
予言のように、不吉な神託のように、いつまでも室内にはヒョウの言葉がこだましていた。
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