【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

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最終幕 四 「貴方がシラを切れば、事件は迷宮入りですよ。」

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     四

「こんなところで如何ですか?」
「さすがですね。」
 水島は反論も否定もせずに、納得したように頷いた。
 そして、微かに微笑を浮かべながら、薄いレンズの眼鏡を外した。
「やはり、私の情報は正しかったようです。」
 眼鏡を取った水島は、酷く人間的な感情の溢れた声音を出した。眼鏡がなくなっただけで、水島の雰囲気は柔らかく和やかになる。機械のように冷然とした男に、温かな血が流れていく。水島にとって、眼鏡は鎧のようなものだったのだろう。
 水島の温かな微笑とは違う、血の通っていない仮面の微笑を浮かべているヒョウ。
 鏡のように同一だった二人は、いつの間にか正反対の雰囲気を醸し出していた。
「おや?シラを切るつもりはないのですか?貴方がシラを切れば、事件は迷宮入りですよ。先程も言ったように、今回の件に関して言えば、私は貴方がたを犯人として断定出来ないのですよ。自白がなければ、証拠不十分で不起訴となるでしょう。完全犯罪。そんなものの一つになるのかもしれません。それだというのに、」
「いいんです。」
 ヒョウの申し出を水島はきっぱりと断った。肩の荷が下りたような清々しい顔で、柔らかな微笑のまま首を振る。
「私はこれでも人を見る目がある方だと思っています。貴方を前に私はシラを切ることが出来るとは思えません。私は貴方を過小評価していないつもりです。私は貴方に勝てません。」
 素直に負けを認め、気持ちのいいくらいに往生際がいい。
「私が隠蔽工作をしました。全てお話します。」
 毅然とした態度で宣言すると、水島は大きく深く息を吐き出す。
「実は、あまりに事が上手く運び過ぎて、少し落ち着かなかったんです。運が良かったということなんですが、運というのは、いつまでも続かないものですから。」
 全てに納得したように、満足したように、水島は微笑む。達観したような超越したような、悟りの表情だ。
「あの日、事件の夜、孝造の私室までやってきた野村は言いました。『巧の秘密を知っている。』と、そして、それを利用して伸し上がろうと画策していたようです。孝造に取引を持ちかけていました。孝造は、手がけていた巧の婚約が破談になったことで気が立っていました。野村はタイミングが悪かったんです。アイツが巧の秘密を使って婚約を破談させ、せっかく闇に葬った事件で将来を台無しにしようとしている。孝造は、怒りのあまり、野村の胸倉を掴んで持ち上げました。気付いた時には遅く、野村は窒息死していました。」
 あくまでも淡々と語る水島。俯瞰していたように、傍観していたように、当事者ではないように、客観的に事件を語っている。
「そして、やっと怒りを納めた孝造は、今度はパニックになりました。人を絞め殺したのですから、当たり前といえば当たり前でしょう。『どうにかしろ!』と、私は怒鳴られたので、いつも通り、どうにか処理しなければと思いました。その時、ふと思い出したんです。何かの折に小耳に挟んだ噂を、死の押し売り師と呼ばれるシリアルキラーの話です。絞殺。ということは、偽装も、もしかしたら出来るんではないか?連続殺人の被害者が、一人増えたところで、たいしたことないのではないか?そこで、私は、聞いたとおりに野村の鎖骨の辺りに文字をカッターで刻みました。乱れた衣服を直し、固く締まって伸びてしまったネクタイを新しいものに変え、そして、野村を台車に乗せて、誰にも見られないように門の前に運びました。」
 事務処理の報告のように水島は語る。所詮、彼にとって、今回の隠蔽工作も仕事のうちだったのだろう。眼鏡という鎧を着けて、仕事という戦いに出る。そこは、どこか非日常的で、自分ではなく他人のようなもの。本当に恐ろしいのは快楽殺人者などではなく、事務処理として何事もなくこなせるようになってしまう普通の者たちなのかもしれない。眼鏡という鎧を脱いで温かな血の流れた水島だったが、淡々と他人事のように語る姿は冷徹さなどよりも根の深い空恐ろしさを感じさせた。
「ですが、全てを終えて部屋に帰ってみると、孝造は何事もなかったかのように仕事をしていました。書類に目を通し、私に言うのです。『何処へ行ってたんだ!全く、お前ともあろうものが。』そこにいたのは、いつも通りの孝造でした。そして、早朝、事件が発覚しました。私は、自分の隠蔽工作にあまり期待していませんでした。ですが、奇怪しなことが起きました。アリバイを聞かれたあの男が、当たり前のように私と仕事をしていたと言うのです。長年一緒にいて、あの男が嘘をつく癖は知り抜いていましたが、あの時、孝造は嘘をついていませんでした。」
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