【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

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最終幕 八 「今回の事件は悲劇としか言いようがありません」

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     八

 しばしの沈黙と静寂。
 その後、同情的な声音で霧崎は先を続ける。
「悲鳴が上がらないということは、圧倒的な力による一瞬の絶命を意味します。非力な女性にはそんなことは無理だと思うかもしれません。そこが正に杏子さんの狙いでした。非力な女性にも犯行は可能だったんです。アイデアとチャンスさえあれば。」
 杏子はもう反応もしない。虚ろな瞳で床を見つめたまま、身動き一つせずに固まっている。
 一同の視線は杏子に集まり、何らかのアクションを期待していたが、何も起きはしなかった。
 一同の聴覚は、名探偵の演説に向けられている。
「凶器に細長い紐を用意します。紐の片端は門の柵の一本に、しっかりと結んでおきます。そこで、野村さんを門の前に呼び出します。そして、彼が目を瞑っている間に彼の首に紐の輪をかけます。後は、全身全霊の力を込めて空いている紐の片端を一気に引っ張るだけです。」
 実演するように、霧崎は紐を引っ張る真似をする。紐を肩に担ぎ、背負い投げのように、重い荷物を引っ張っているように、パントマイムは繰り広げられる。
「野村さんには、交際の申し出を受けると偽って呼び出したのでしょう。野村さんは何の疑いも抱かずに彼女の元へと喜び勇んで辿り着き、キスでも期待して要求どおりに目を瞑った途端、絶命してしまったんです。その後、彼女は隠蔽工作をより強固なものにするために、聞きかじった知識で、野村さんの首に傷を刻みます。」
 名探偵の演説も、少しずつ終盤へと向けて加速していく。
 誰もが静聴する中、興奮と緊張は高まっていく。
「探偵の所に出入りしていた時に、貴方は死の押し売り師の噂を聞いたんでしょう?あの探偵もさすがに死の押し売り師の存在は知っていました。門の柵の一本にも、何か細いもので擦れて塗料が剥げてしまった跡を見つけました。深夜に闇の中で作業していたのでしょうから、紐を外すのに精一杯で気づかなかったのでしょうが。アリバイも、巧さんと貴方が互いに主張しているだけで、崩すのは容易いでしょう。」
 名探偵は、そこで言葉を止めると、ステージから降りた。
 一歩一歩、犯人と名指しした杏子へと向かって近づいていく。
「何か、反論はありますか?杏子さん。」
 杏子の瞳から、一粒の涙が流れ落ちる。
「アリバイは巧様に聞いて下さい・・・。私は、あの日、彼と一緒にいました・・・。彼の、ベッドにいました・・・・。」
 あまりに虚しく響く反論。弱々しく響く声は、やっと一同に届けられる。取り乱すこともなく、杏子は静かに涙を流し続ける。
「全ては巧さんとの愛のためだったんですね?」
 名探偵は、同情と優しさから、泣き続ける杏子の肩を抱いた。
「事件の裏に隠されていたのは、こんなにも切ない思いだったんです。俺は、彼女を一方的には責められません。今回の事件は悲劇としか言いようがありません。」
 高らかに事件の終結宣言がなされる。
 痛ましげな視線が杏子には集まった。
 重々しいため息をつきながら、警部は杏子へと近づいていく。
 全ての成り行きを見守っていた支配者の孝造は、鼻を鳴らすと威厳に満ちた足取りで広間から早々に立ち去っていった。その後を、水島が無言で追っていく。
 使用人も去っていき、警部も杏子を連れて去っていく。
 室内には探偵とプロファイラーが残された。
 本日の主役・名探偵には、盛大な賛辞が贈られる。
「すごいです。勉強になりました、霧崎さん。」
「私も手伝いましたからね。霧崎さん、報酬分けてくださいね。」
「さすがは名探偵ですね。」
 霧崎を中心に集った取り巻きの一人が、目敏くヒョウを見つけ声を掛ける。それは、皮肉な顔つきをした榊原だった。
「貴方も、今回は完敗といったところですね。悔しいですか?」
 鼻で笑うように、唇の端を持ち上げで歪んだ笑みを作る榊原。
 霧崎も、嬉しそうに握手のための手を差し出した。
「これで一勝一敗だな、凍神。今回もいい勝負だった。」
 だが、グランドピアノと同化したようなヒョウは、差し出された手を無視した。
「名誉は名探偵にこそ相応しいですね。」
 微笑と呟きを残して、早々に引き上げていく。
 傍らにはリンを伴い、敗者でありながら勝者のような超越者のような足取りで。
 名探偵が主役の茶番劇は、問題もなく予定通りに幕を閉じた。
 耳に残るほどの賞賛が、名探偵には与えられていた。
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