【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子(@電子コミック配信中)

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カーテンコール

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      カーテンコール
     
 暑さがどれだけ厳しくても、暦は過ぎていく。
 晩夏。
 残暑は、まだまだ厳しく、猛暑日の更新は続いていく。気象庁の予想通り、今年の夏は猛暑だった。熱中症の患者の数も増加し、ニュースではひっきりなしに暑さの話題を取り上げている。
 しかし、どんなに暑さが地上を支配しようとも、この場所だけはそんな暑さとは無縁だった。
『凍神探偵事務所』
 事務所の代表であり、事務所のただ一人の探偵である凍神ヒョウは、本日も汗一つかかずに涼しげな微笑を湛えている。
 空調設備の手柄でもあるのだろうが、室内は夏という季節に無視されたような涼しさだった。
 静寂の支配する室内に響くのは、遠くで響く蝉の声だけだ。夏という季節が過ぎ去っていくのを必死に押しとどめるかのように、蝉達は啼き続けているが、もう勢いは失っていた。余韻のように、最後の余力を振り絞っているような啼き声は、哀愁を感じさせる。
 特に何をするでもなく、ヒョウは椅子に座っていた。
 デスクの上には、今日の新聞がたたんで置いてある。一面を飾るのは、大会社の社長の自殺の記事だ。吉岡孝造(65)、朝、部屋で首を吊っているのが発見された。関連記事の中には、後継者として秘書の男が指名されたということが書いてあった。
 新聞にすら興味も示さず、椅子の上で身動き一つしない。ヒョウは緩やかに経過していく時間の流れに身を置くことを楽しんでいるようだった。
「よお!」
 そんな緩やかな時間の流れる室内に、快活な挨拶が響く。
 ヒョウはあからさまに顔をしかめた。
「表には休業という看板を出しておいたはずですが。」
「そっか。」
 納得したわけでもなく相槌を打ち、勧められもしないのにソファにどかっと腰を下ろす男。ニコニコと笑い、涼しさしか感じなかった室内に、明朗な空気を齎す。
 腰を下ろしたところで、何をするよりも先に、ポケットからいつものように握力を鍛えるための器具を取り出した。
 ヒョウがすかさず男を睨む。
「耳障りな音を響かせるのは止めてください。」
「まだ、何もしてないだろ?ちぇっ。」
 口を尖らせて抗議する男。だが、器具はポケットの中にしまいこんだ。
 すぐに機嫌を直し、男はソファから立ち上がる。
 室内にある色々なものを興味本位に眺め、しきりにうんうんと頷く。
 そして、デスクの上に飾られた一輪挿しの前で足を止めた。
「なあ、ヒョウ。この青バラだけどさ。何で、こんなに青いんだ?」
 触りはしないものの、一輪の青バラをしげしげと眺める男。
 ヒョウは視線も向けずに質問を返した。
「青バラが青くてはいけないのですか?」
「だって、俺、この前、偶然青バラを見に行ったんだよ。研究所で展示されてるヤツな。でも、あれはどう見てもスミレ色だったな。青色の色素の定着が難しいとか、他の花の色素をどうとか、そんなこと説明してたけどさ。でも。」
 唸りながら、男は一輪挿しから青バラを引き抜いた。
「これは、どう見ても真っ青だろ?白バラに青い色を吸わせてるわけでもない。俺はこの事務所の庭に青いバラが生えてるのを知ってるよ。」
 目の前に青バラをかざしながら、男は肩を竦める。
 ヒョウは一輪挿しを一瞥すると、独り言のように呟いた。
「世界には表に出るための真実と、そうではないモノが存在するんですよ。」
「ふーん。」
 つまらなそうに頷きながら、男は一輪挿しに青バラを戻す。
 ヒョウは今度は男を一瞥した。
「それで、本日はどのようなご用向きで?」
 微笑を浮かべずに、冷たい顔のまま尋ねる。愛想も仰々しさもない。
 男は不敵に笑うと、しばらくヒョウの顔をじっと見つめた。
「本当は分かってんだろ?」
 勿体つけられることを苛立っているようでいて、駆け引きを楽しんでいるような男の声音。瞳に輝くのは悪戯な光だ。
 ヒョウはしれっとした顔のまま、首を振った。
「一応、ココは探偵事務所なのですよ。」
 視線が交錯した後、男の口元が歪な形に開いた。
「俺の目的は、お前の首だ。なあ、絞めさせてくれよ。」
「嫌です。」
 ヒョウの顔に微笑が浮かぶ。あくまでも軽い口調で、即座に断る。だが、椅子に座ったままで、逃げるどころか立ち上がることすらしない。
「私に触れていいのは、美しいモノだけです。貴方も分かっているでしょう?」
 微笑は圧力を増し、眼前の男と対峙するようにサファイアの双眸がきらめく。隙のない完璧な空気を纏った探偵は、いくら待っても綻び一つ出さない。
 二人はしばらく睨み合っていたが、結局男が折れる。
「分かってるよ。俺の負けだ。」
 肩を竦めてため息をついてみせる男。だが、態度とは違い、瞳はまだ諦めていない。
「それに、楽しみはもうすこし取っておかないとな。」
 楽しそうに呟き、男は立ち上がる。
 ヒョウは顔を上げた。
「おや?お帰りですか?」
「忙しいんだよ、俺も。」
 悪戯な笑みで、男はどこか揶揄するような声音を出した。
 ヒョウは男の態度を気にせずに、どこまでも涼しげなまま続けた。既に、視線は移動しており、男の顔を見てはいない。
「貴方は、死の押し売り師と呼ばれているらしいですね。」
「何じゃ、そりゃ。」
 困惑で眉をしかめて、男は首を傾げた。
 男の困惑など、無視してヒョウは新聞に視線を落とす。読んでいるわけではなく、眺めているだけだ。
「先日、名付け親に会いましたよ。危く殺されかけました。」
 何処までも涼しげに、他人事のように報告するヒョウ。
 だが、男の顔に走ったのは、怒りだった。憎悪と呼んでも、敵意と言っても、相応しい。悪感情の権化のような表情だった。
 机の上の書類の中から、一枚の紙片を取り出し、男へと向けて放るヒョウ。
「この男です。」
 何事もないかのように、あまりにさりげない動作。
 男は悪感情の全てを剥き出しにしたまま、ひらひらと空中を舞う紙片をもぎ取った。
 仇を見つめるように、じっと穴が開くほど紙片を見つめ、男は鼻息を荒くする。
 ヒョウは机に頬杖をつきながら、男の姿を見つめていた。
 紙片を握りつぶした男が、出口へと向けて足早に歩き始める。
 そんな男の背中に、ヒョウは楽しげに声を掛けた。
「おや?どちらへ?」
「けしかけておいて、何言ってやがる!」
 怒号だけを残して、足音は去っていく。
 室内には再び静寂が訪れた。
 そんな室内に、鈴の音が響き、リンが顔を出す。
「先生、誰か来てなかった?」
 如雨露を持ったまま、リンが顔を覗かせている。
 ヒョウは微笑を浮かべて首を振った。
「いいえ。」
「ふーん。」
 興味なさそうに納得すると、リンは如雨露を持ったまま、庭へと去っていった。
 室内にはヒョウだけが残される。
「今回も興味深い事件でした。」
 満足そうに響く独り言。
 机の上には、紅いインクと今日の新聞が置かれていた。
                          
                          閉幕
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