【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

夢追子(@電子コミック配信中)

文字の大きさ
81 / 82

最終幕 十二 「触るな」

しおりを挟む
      十二

「待って、待てよ!」
 竹川の呼びかけは、怒りに変わっていた。人懐っこさなど全てかなぐり捨てて、一目散にヒョウの背中目掛けて走っていく。竹川の顔に浮かんでいたのは、剥き出しの憎悪だった。
 ヒョウと竹川の距離が、あと一歩というところまで近づく。
 針のような視線で黒い背中を射抜き、引き止めるための腕を竹川は振り上げた。
 憎悪の対象となった黒いスーツの肩を、握りつぶすような強さで捕らえる。
 だが、捕らえるはずの手が掴んだのは虚空だった。
 半歩分、横に身体をずらし、ヒョウは竹川の襲撃をかわしていた。
 敵意を剥き出しにした氷のような視線で、竹川を睨みつける。
 両者の敵意と憎悪が火花を出してぶつかる。
「触るな。」
「うおおおおおおおお!」
 廊下に響く絶叫。
 力の限りの咆哮。
 憎悪は理性を打ち砕く、憎悪は武装する。それは、全て、敵意に対しての防衛反応だった。最善で最悪の対処方法だった。
 竹川は手の届く範囲にあった美術品を握り締め、高く高く振り上げる。
「うわああああ!」
 憎悪は引き金を引き、鈍器は振り下ろされた。
 しかし、残ったのは沈黙。訪れたのは静寂。
 床には粉々になった美術品の残骸が散らばっていた。鈍器は役目を果たさずに、ただ破壊されただけだった。
「気安く触れないでいただけますか?私を穢す権利など、誰にもありはしないのですよ。」
 先に口を開いたのは、凍りつきそうな怒りを含んだヒョウだった。激昂するのでもなく、頭に血を上らせるのでもない。血の気が引いていくような怒りは、感情の爆発などよりも空恐ろしかった。
 ヒョウの冷たい怒りに、竹川の頭は急速に冷えていく。激昂も、血の気も、恐怖の前には、全てが無意味になる。
 眼前の黒服の男という存在は、生物の根幹的恐怖を呼び起こさせた。
「あ・・・・、う・・・・・。」
 口をパクパクとさせるだけで、言葉が出てこない竹川。
 そんな竹川の耳に、眼前の男の齎した言葉は静かに響いた。
「大丈夫ですよ。貴方の楽しみを奪うつもりはありませんから。警察相手に、くだらぬままごとでも続けていてください。」
 黒い背中は去っていく。
 足が震えて立っているのが精一杯な竹川は、黒い背中を追うことはなかった。追えるはずもなかった。
 
  悲劇は終わった。
   茶番劇も終わった。
    全ての演出を手がけた死神は、
      それぞれの登場人物に何を残したのだろう。
      残り香のような闇の存在は、
        誰に気づかれるわけでもない。
        だが、確実に巣食っている。
          消えることはないだろう。
          ああ、蝉が啼いている。
           夏を惜しむように、蝉が啼いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、謂れのない罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
明琳は国を統べる最高位の巫女、炎巫の候補となりながらも謂れのない罪で処刑されてしまう。死の淵で「お前が本物の炎巫だ。このままだと国が乱れる」と謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女として四度人生をやり直すもののうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは後宮で巻き起こる怪事件と女性と見まごうばかりの美貌の宦官、誠羽で――今度の人生は、いつもと違う!?

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

処理中です...