いきすだま奇譚

せんのあすむ

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いきすだま

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入学式が終わったあと、初めて学校の廊下で出会った時、思ったの。

(なんて素敵な人なんだろう)

その時から、私は貴方が好き。

「君も同じクラスなんだ。よろしくね」

そう言って笑ってくれた貴方も私が好きになったはず。そう、きっときっと。

同じクラスになって一ヶ月。

席替えで隣同士になったこと、神様に感謝した。

そして、私はどんどん日差しが眩しくなって行く今日も、貴方へのお弁当を作って貴方の姿を探す。

「今日はさ、オフクロが寝坊して、弁当を作ってくれなかったんだ」

なんて時々貴方がぼやいていたのが、とても気の毒だったから。

春に一度、勇気を振り絞って最初に作ってあげたお弁当を「うまい」って喜んでくれたその顔は私だけのもの。それをもう一度、ううん、何度でも見たいから。



だけど、暑い夏が過ぎて日差しが柔らかくなって…いつの間にか貴方の側に私以外の女がいる。

…ものすごく邪魔だ。

きっと彼女は私達の仲をうらやんで、裂こうとしてるに違いない。

貴方だって、にこやかにその子と話をしてるけど、内心は迷惑なはず。だって私がお弁当を持って近づいたら、いつだって済まなさそうな顔をして笑うもの。

だから私も負けていられない。

「山本君。一緒にお弁当食べない? ほら、山本君の好きなの、一杯作ったのよ」

貴方をこの女から守るために、今日も頑張るの。

すると貴方はやっぱり少しだけ迷惑そうな顔をして、

「ごめん、今日は彼女と食べるって約束してたんだ」

と、傍らの女を振り返る。

「だからまた今度ね」

ごめんね、って言いながら、彼は私の元を去る。

…しょうがないわね。

拓哉君は優しいから、あんな女の相手もしてあげなくちゃいけないのよね。

私は自分へそう言い聞かせながら、教室に戻る。運動部に入ってる彼のことだから、部活の終わった後だときっとお腹がすくに違いない。二学期になって少し離れてしまった彼の席の上へ、

「後で食べてね」

そんなメモと一緒に、私はそのお弁当を置いた。

翌朝、日直の仕事があって早目に登校した私の席に置いてあったのは、空っぽになったお弁当箱。

(良かった、食べてくれたんだ)

「よ、おはよ」

密かに喜んでいたら、ペアを組んで日直当番になっている男の子がやってきて、私が持っているお弁当箱を見て言った。

「それ、俺も一緒に食ったぜ。てか、アイツ、すげえ嫌そうな顔して、食えないって言ってたから、

俺がほとんど食っちまったんだけどさぁ、美味かった、さんきゅー」

嫌そうな顔…体の具合でも悪かったのかな。

(大丈夫かしら)

その男の子へ曖昧に笑い返して、私は彼のことを少し心配した。

「…やあ。おはよ」

「おはよう」

でも、しばらくして登校してきた彼が、元気そうだったんで安心したのよね。

「お弁当、どうだった?」

それに、少しでも食べてくれたのには違いない。それが嬉しくていつものように尋ねたら、

「…美味かったけど、もう別に作ってくれなくていいよ」

やっぱりどこか、体の調子は悪いみたい。素っ気無い返事が返ってきた。

ああ、きっと彼女のせいだ。彼女の相手を無理にしているから、彼は疲れているんだ。

(監視、しなくちゃ)

だから夜、家に帰ってベッドへもぐりこみながら、私は決心して目を閉じる。

そしたら体がなんだかとても軽くなった。

夢を見ているのかもしれない。それならそれでいい。邪魔で憎いあの女の元へ…私と彼のことを邪魔しないように言いに行かなくちゃ。

彼女の家なんて知らなかったはずなのに、気が付けば私は誰かの部屋の隅にいた。

ベッドの上で髪をとかしたりしている彼女を、じっと見つめる。

私の気配に気付いたのか彼女は振り返り、怯えた目をした。

(近づかないで。これ以上私達に近づかないで)

言うだけ言うと、心がまた軽くなった。そこで私は、爽快な気分で目を覚ます。



それから毎晩、私は彼女に忠告をしにいった。

そのたびに彼女は怯えた目で私を見て、けれど彼にまといつくのをやめない。

一体どうしたら、彼女を分からせることが出来るのだろう。



やがて柔らかだった風も、どんどん冷たくなっていった。

まだ少し早いけど、もちろんクリスマスプレゼントだって作り始めてる。二人で巻いて一緒に歩ける、長い長いマフラー。

喜んでくれたらいいな。

教室の窓から眺めることの出来る運動場では、今日も枯葉交じりの少し冷たい風と一緒に、彼が一生懸命走っている姿を見ることが出来る。この色、きっと彼と私に似合う、なんて、とても幸せな気分に浸りながら、私は放課後、教室の自分の席に座りながら編み針をせっせと動かし続ける。



どれくらいの時間が経ったんだろう。気が付けば辺りはすっかり暗い。教室の時計を見上げて

(まだ5時半なのに)

苦笑しながら席から立ち上がって電気のスイッチを押したら、

「やあ、あのさ」

「あら、貴方は」

確か彼の友達の一人…だったかな?私には彼以外どうでもいいから、あまり良くは知らないけれど、とにかく他のクラスの男の子が、扉を開いて顔を出した。

そしておずおずと、

「あんまりアイツに近づかないほうがいいよ? っていうか、もう近づかないでやってよ。アイツ今、彼女と本格的に付き合ってるんだしさ」

「うそ」

「うそじゃないって。アイツらもともと幼馴染だったし。そりゃ仲もすぐに良くなるよ」

それを聞いて、一度に食欲が無くなった。

「あげる」

「わ、マジ?」

だから私は、今日もあの人のために作ったお弁当…部活の後に食べてくれるだろうと思っていたお弁当を、その男の子へ押しつける。

そしてそのまま私は机に突っ伏した。

(…違うわよね。貴方が好きなのは私よね?)

言い寄ってこられたから、仕方なく付き合ってるのよね?

だって…貴方が私を嫌いになるはずなんてないもの。

「ごちそうさん。ま、ショックなのは分かるけど」

しばらくして、その男の子が私の隣の席へお弁当を置く気配がして、

「あまりしつこいのも嫌われるぜ? アイツ、かなり迷惑してるみたいだしさ。君だってかわいいんだから、とっとと他の男、みつけたほうがいいんじゃねえの?」

教室の扉が開いて、

「例えば俺とかさ、なーんてね、あはははは」

また締まる音がした。

(嘘だよね…あんな人の言うことなんて信じないんだから…だって、私達の愛は本物で)

目を閉じながら考えていたら、いつの間にかまた私は空を飛んでいた。

そして大好きなあの人の元へ。いつものように体がとても軽くなって、どこへでも飛んでいけそうな気分。

(貴方はどこにいるの?)

まだ帰っていないはず。だからまた会って話をしたい。

そして飛んで飛んで…やっと見つけた。

暗くなって明かりに照らされた屋上。そこに彼はいる。けれどそこには、

(あの女…!)

彼と楽しそうな会話をしている図々しい女がいて、私を認めて驚いた顔をする。

そして…私は彼女を思いきり突き飛ばすのだ。

「優子!」

咄嗟に彼が手を伸ばす。けれど間に合うはずがない。彼の悲鳴が、あたりに響き渡って…

(なんていい気味)

私は思わずクスクス笑っている。

無様にひしゃげたカエルのような格好で、あの女ははるか下の地面に横たわっている。

…そして私は自分の体に戻っている私を発見するのだ。

机の上に突っ伏していた上半身を起こして窓の外へ目をやると、グラウンドにまだ残っていた人たちが大騒ぎをしている。



…私達の邪魔をしていた目障りな女は、こうして消えた。

そしてクリスマスまで後2日。

私は彼を慰めるのに忙しい。あんな女でも、いなくなったことを憐れんであげているなんて、本当に彼はなんて優しい人なんだろう。

「ねえ、元気出して?」

あれから毎日、私は彼と一緒に下校している。

だけど彼は俯いたきり、私の方を見ようともしない。いい加減、照れるのは止めて欲しいな。

「気の毒な事故だったのよ…ね?」

「ああ…」

私が何を言っても、「ああ」ばかりでまともな返事が返ってこない。帰り道の歩道橋から眺める車のイルミネーションはとても眩しくて、私達を祝福しているみたいなのに。

だから私もウキウキしながら、明るく言ったのだ。

「それにしても彼女の驚いた顔ったら…よっぽどびっくりしたのね。せっかく楽しそうに話をしてたのに残念だったわねえ」

すると彼はぴたりと足を止めた。

「何故知ってる?」

そう言って私を見た彼の顔。

「や、やだな、怖い顔」

さすがにちょっと怖くなる。なのに彼は、

「あの時、屋上には確かに俺たち二人しかいなかった。その場にいなかった君が、何故アイツのあの時の顔を知ってる?」

って。

歩道橋の下を、無数の車が走っていく。ちょうど真ん中で立ち止まり、彼はまるでテレビドラマの刑事のような顔をしている。私を真っ直ぐ見詰めてくれてる。それに気付いたら、さっきまでちょっとだけ感じてた怖さなんてどこかに行っちゃった。

「やっと私を見てくれたのね?」

私は嬉しくなって笑いながら、

「はい、クリスマスプレゼント。あったかいでしょ?」

通学カバンと一緒に下げていた紙袋から、用意していた可愛いラッピングのプレゼントを取り出して、彼の首へ長いマフラーをかけた。

「…やめてくれ」

だけど彼は怖い顔のまま、せっかく私が心を込めて編んであげたマフラーを払いのけた。そのマフラーは風に舞って…手すりに引っかかって車道のほうへひらひらたなびいてる。

「ひどい…」

どうしてそんなことするの? 貴方のために心を込めて編んだんだよ。なのに彼は、

「答えろ。君が何故、あの時の彼女の顔を知ってるんだ。気のせいだって俺は笑い飛ばしてたけど…アイツはいつも眠るときに君の姿を部屋の中で見ていたと言っていた。信じたくはなかったけど」

とか言いながら1歩ずつ、私の方へ近寄ってくる。もう、ムードないんだから。照れ隠しにしてもちょっとやりすぎじゃないかな。

「答えろ…君がアイツを殺したのか」

「そんなこと、問題じゃないでしょ? だってあんな女、私達の邪魔をするあんな女なんか必要無いもの」

「やめてくれ…黙れ!」

そして彼は私に飛びかかってきた。

「そんな乱暴にしないで。女の子って繊細なんだから」

私はクスクス笑いながら、咄嗟に彼を避ける。するとそのまま彼はバランスを崩して。でも手すりに引っかかってたマフラーがちょうど彼の首に絡んで一緒に車の流れの中へ……。

「あらあら…やんちゃが過ぎちゃったのね」



歩道橋の上から、私のマフラーを首に巻いて、壊れた人形のようにめちゃくちゃな格好した彼の姿を見ながら、私はクスクス笑い続ける。なんだかとっても気分がすっきりしてた。

「ああ、よかった…これでもう誰も貴方に言い寄ったりしないね」

メリー・クリスマス。神様がくれた粋で素敵なプレゼント。

そうよ、これからもずっとずっと、貴方は私だけのもの。

救急車の音を遠くに聞きながら、彼の姿をスマホに納める。

「さっそく待ち受けにしなくちゃね」

と、彼の写真を待ち受けに設定しながら、私は家に帰ったのだった。



FIN~

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