いきすだま奇譚

せんのあすむ

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被害者

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「自分だけが一方的な被害者で、すべて他人が悪いとか思ってんだよ。事件を起こす奴ってのはな」

凄惨な事件現場で吐き捨てるようにそう言ったのは、車居くるまいという刑事だった。既に刑事として二十五年のキャリアを持つベテランである。

その車居の言葉を、

「はあ…そんなもんスか」

と、あまり真剣に捉えずに殆ど聞き流すようにして聞いていたのは、まだ刑事になって三年目の、刑事としてはまだヒヨッコと言っていい若い笹節ささぶしだった。昔気質の車居にしてみれば何のために刑事になったのかもさっぱり分からない、<今時の若者>という笹節のことは、まるで宇宙人のような存在だった。

だが、同時に、危ういものも感じていた。

笹節は、何事にも淡白な今時の若者のように見えて、その内側にはほの暗いものを抱えていることは、車居には分かっていた。

と言っても、人間ならばそんなものは誰しもが持っているものだとも言えるし、車居本人にも覚えのあることだった。だからそれだけなら良かったのだ。

それだけなら。

しかしある日を境に、笹節が何の連絡もなく署に現れなくなった。

『あいつ……』

車居の胸に、どうしようもない胸騒ぎが湧き上がる。

そんな中で、川に、中年女性の遺体が上がったという通報が入り、笹節のことも気になりながら車居は現場へと向かった。

その女性は、何者かに首を絞められた上で川に投げ落とされたものだと推測された。検死の結果、川に落とされた時点では実はまだ生きていて、直接の原因は溺死と判明した。

当然、殺人事件として捜査本部が立てられ、車居も捜査に加わることとなった。

まずは被害者の身元の特定だ。化粧は最低限しかされておらず、所持品の類はなく、着衣にも乱れはなく、履物は樹脂製のサンダルで、いかにも近所に回覧板でも届けに出ただけというような気軽な格好だった。

外見の特徴と歯の治療痕から、被害者の身元は主婦の<笹節敦子ささぶしあつこ>と判明した。

『笹節…?』

その時点で捜査本部の誰もが察した。連絡もなく署に来なくなった笹節の母親だった。

母親が他殺体で発見され、その息子である笹節は連絡が取れない。

こうなれば当然、何らかの事情を知ってるものと見做されて重要参考人として追われるのは当然のことだった。

車居は思った。

『ああいう、無感情な奴が事件を起こした後にすることと言えば……』

そして市内のネットカフェをしらみつぶしに当たり、わずか三日後にはその足取りを掴んだ。<笹井>と偽名を使ってはいるが、監視カメラの映像からも笹節に間違いないと思われた。事件当日の夜にそのネットカフェで翌日の昼まで過ごしていたようだ。

さらにその日の夜からまた別のネットカフェで一夜を明かしたことも掴んだ。

しかも、使われたパソコンの履歴を確認するとずっとアダルトサイトばかりを閲覧していたようである。

『自分の母親を殺した後にアダルトサイト三昧か。いい御身分じゃねえか、笹節』

車居には予感があった。

『こいつは、本気で逃げる気ねえな』

その予感の通り、笹節は、母親の遺体発見の一週間後、偽名を使ってネットカフェに滞在していたところを発見され、逮捕された。

「なんで俺がいるのか分かるな、笹節」

「…はい」

特に抵抗するでもなく、笹節は車居によって手錠を掛けられ、連行された。

取り調べに対し笹節は、

「俺の人生にあれこれ口出ししすぎなんですよ、あの人は。だから邪魔させないためにと思って……」

と、まるで他人事のように淡々と供述したという。

警察学校に通い、警官になり、刑事を志望してそれを実現して刑事にまでなっておきながら、母親に『あれこれ口出しされた』などという些細な理由で殺すなど、本当に意味の分からない事件だった。

世間ではこれを、『些細なことで人を殺す異常者の犯行』のように思うだろう。

しかし車居の感想はまったく逆だった。

「よくもまあ、そこまで殺意を練り上げたもんだよ。お前にとっておふくろさんは、それほどの<加害者>だったってことか?」

取り調べで車居にそう問い掛けられた時、それまで無表情だった笹節がまるでテストの点を褒められた子供のように笑顔を浮かべたのだった。

「僕を分かってくれたのは、あなただけですよ。車居さん……」

笹節にとって自分はあくまで<被害者>であり、母親は<加害者>だったのだ。それを、<良い子の仮面>を被りひた隠しにし、そして殺意を磨きに磨いて実行に移したのである。

「あの人はね、言ったんですよ。刑事ドラマを見ながら、

『あんた、刑事になったってのにパッとしないね。こんな風にカッコよくできないの? ホント何やらせてもダメね』

って。あの人はね、現実とドラマの区別もつかない低能のクセに厭味だけは天才なんですよ……」

幼い頃から<厭味の天才>に心を殺され続けた<被害者>が、閾値を超え遂に加害者に変貌した事件であった。

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