蒼天の雲(長編版)

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二部 古河 壱

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「姉上様は、遠くへお嫁に行きやるのか」

「そうじゃなア」

「左衛門じいが申しておったゆえ。姉上はご自身から何も申されぬし、父上や母上も子供には関係ないからと教えてくださらぬ。ならば千代自らお聞き致しまいたほうが早いと思うて」

 さて、志保が遠く古河へ嫁ぐことが決まると、北条家の身辺は再び慌しくなった。彼女の衣装や古河殿へ奉じる大枚など、父氏綱と継母の近衛氏があれこれ指図するのを尻目に、志保は今日も早雲寺へ詣でる。手をつなぎながら石段を登り、鳥居をくぐると、小さな弟が、はや、つぶらな瞳に涙をためてこちらを見ている。

「姉上様が、遠くへ行きやるとなれば、お千代はどうすれば」

「お千代殿はそのようにご心痛か」

 京では天皇の代替わりがあり、年号もまた永正から大永に変わった。その大永元(一五二一)年、彼女の同腹の弟はようよう、数えで七ツあまりになったのであるが…。

「ふむ…」

 答えに詰まって差し俯く彼はまだまだ幼い。志保は苦笑しながらその顔を覗きこんだ。

 北条の姫に恥ずかしくない、しかし故入道の「二十一か条」に背かぬよう、華美過ぎぬ嫁入り支度をと周囲が張り切っているうちに、境内の桜の葉がいつの間にかまた赤く色づき、時折吹きすぎる風がそれを境内の砂利の上へ散らせたりしている。

「そうじゃ。姉が参るのはの、下総の古河という所にござりまする。ここからはずいぶんと遠いのう」

 数日来の雨が去ってまた高く青く澄み切っている秋空を見上げ、小さな手を握り直しながら志保は遠い目をした。



 彼女が嫁ぐことになった古河公方家の情勢は、どんなものであったろうか。

 関東公方が古河へ移ることになった原因は、先だって述べたとおりである。早雲入道の義兄の父にあたる今川範忠によって鎌倉を追われた公方家には、御料所(主に公家、天皇や将軍などの直轄地をさす)が当代公方高基の祖父、成氏のころには鎌倉周辺の相模と、下河辺荘一帯の二つあった。古河はそのうち、下河辺荘の中心都市である。

 そこから上がる「収益」は、鎌倉府を追われたとはいえ、関東公方やそれに従う者たちの胃袋を常にたっぷりと満たすことが出来たという。また、渡良瀬川や利根川など水上交通の便もよく、少し移動すれば公方家にとっての味方である岩松氏や佐野氏とすぐに連絡を取り合うことが出来る。さらには、当時辺りに散らばっていた大小の湖沼や湿地などが、いわば天然の要害となっていたし、これらの水の流れを関宿城で主に制していたのが、これまた公方家の重臣である簗田一族だったのだ。

 よって、成氏がここへ本拠を移したのは最もな考えであると言えよう。古河へ腰をすえた成氏は、その後の内紛を経てようやく文明一四(一四八三)年、幕府と和睦、『古河公方』として正式に成立し得たのだ…。

 だが、そんな危うい橋を渡ってから半世紀も経っていないことをケロリと忘れ、政氏と高基が争い続けたことも先に述べた。原因は、親子二人の政治路線の違いなのである。

 関東管領山内上杉を政氏は支持し、高基は伊豆にあって着々と力をつけてきている新勢力の北条を利用しようとした。目指すところは同じ古河公方の権威と名誉回復ながら、後者がより積極的な革新の方向を目指していたのは、たれの目にも明らかである。

 簗田高助や、正室の父である宇都宮氏を当初は頼った古河高基であったが、いかんせん父政氏にはやはり代々培ってきた管領上杉家との繋がりもさることながら、他の重臣、小山氏との密接な関係もある。ゆえに、一旦は北条のことを「所詮は成り上がりよ」と言い捨てはしたものの、公方家の中ばかりでは味方は増やせぬと見たのであろう。志保の祖父入道、早雲が扇谷上杉縁故の三浦氏をも滅ぼして、着々と基盤を広げていくのを知り、一転してもとより北条へ好意を抱いていた簗田高助を仲立ちに、「つきあい…」を求めてきたのが志保の生まれた永正元年のこと。

 その後、ほぼ三年おきに公方家で内紛が起きていたことも述べた。結果的には子である高基が父を追い、古河城へ入ることで正式な三代目古河公方となったのであるが…。

「どうして古河へ参られるのが、姉上でなければならぬ」

「ウン…」

 弟の手を握ったまま、志保は喉に何かが詰まったように頷く。それきり黙ってしまった志保とつないだままの手をゆすってお千代殿が再び言った。

「お千代は、嫌じゃ。寂しゅうござりまする。古河へ行かれたら、もうそれきりこちらへは戻ってはこられぬのではありませぬか?」

「そのようなこと…」

 弟と同じ目の高さにしゃがんで首を振りながら、しかしあり得ぬことではないと志保は思う。

 
 三浦氏と北条が繰り広げていたあの戦いの間に、古河政氏は小山氏の支持を失って扇谷朝良を頼り、武蔵国岩付城へ遁走したという。あれから三年、高基の弟である義明にも兄弟結託して背かれて、朝良死去の後は武蔵久喜館へ引っ込んだそうな。

(親子で相争うとはなア。それこそ寂しいことよ)

 いくら考えが違うからとは言って、実の父を居城から追い落とすような真似が、果たして己にできようかと、志保は思わずわが身と比べて嘆息した。

『違いよ、考えの違いじゃ』

 かつて祖父をなじった父を、祖父が笑って許したのが思い出される。父とて、決して本気で祖父をなじったのではない。祖父と父の間には、まごうことなき「親子の間の信頼」がずっしりと存在していたし、それはまた、今の己と父の間にもあると、志保は確信を持って言えると思っている。

 なのに古河公方家では、結託して父を追い出したはずの兄弟が、兄が古河公方の地位に着いた途端、その兄弟の間でまた争っているのである。高基の弟、義明が兄を支持していた千葉家重臣の原氏から下総小弓城を奪い、そこへ居座って「小弓公方」と称し、兄の地位を脅かしているのだ。

 小弓公方は扇谷上杉や安房の里見氏、常陸の小田氏や多賀谷氏など、関東公方を支持する豪族の大半を味方につけ、古河側の根木内城や小弓側の名都借城などで激戦を繰り広げた。一旦は簗田高助の居城である関宿城まで迫る勢いであったそうな。

 ゆえに、簗田高助は北条の力を借りようと、しゃにむに志保を自身の娘分としたがったのである。政略的にはともかく、父氏綱がそのような「戦のるつぼ」へ、自分の娘を送り込むことを限り無く躊躇したのも親子の情として無理もない。

(源氏の血を引く将軍家とその連枝は、よくよく肉親で争うことの好きなお家柄と見えるの…)

 だがそこへ、血族の端々にいたるまで大事にした平氏の血を引く己が入れば、と考えて、志保は体中が熱くなるのを感じた。

(いにしえより、身内を大事に考えるのが平氏の血ゆえ、もしか私が争いの架け橋となれたなら…これが、「おなごの戦い」なのであろう)

 関東公方の重臣が名指しで北条の助けを求めるようになったということは、父の言うように、関東における北条の力がいずれの豪族諸氏にも無視できぬほどに大きくなりつつある、ということではないか。

 相模湾へ流れ込む河より採れる豊富な金も、北条の力を大いに伸ばした。城下町としての面目を改めだした小田原にも上方より続々と人は集まり、戦は北条の領土のはるか外側を描く弧の向こうで起きているようなものである。小田原だけでなく、北条の治めるほかの地のいずれにおいても、

「北条殿が必ず守ってくださる…」

 と、人々は信じて平和を満喫しているように見えた。

「姉はなあ」

 しかし、戦が起きるところに民の悲劇もまた必ずある。かつて己が参加した戦の折、飢えた民を瞼に思い描いて志保は再び言った。

「我らの治める地でばかりではなくて、公方様のもとでも、皆が幸せに暮らせるように…こなた様のおじじ様と約束しまいたゆえ、古河へ参りますのじゃ。約束はの、必ず守らねば成らぬものじゃによって」

「…ウム」

「大丈夫。もしも公方様のところからも争いがなくなりまいたら、いつでもこなた様のお顔を見に戻ってまいれましょう…アア」

 ぷっと膨らんで紅い弟の頬を、白い両手で包んで彼女は笑う。

「戦の無い世の中に…それはなあ、父上やこなた様次第かもしれませぬがなア」

「はい…?」

「それゆえ、もしも姉にまた、こうやってお会いになりたければ、こなた様が偉くおなり下され。約束して下さるかの」

 要領を得ず首をかしげる弟の様子に、昔の己が被る。微笑を刻んだまま、志保は口癖になった言葉をそんな弟へ告げた。

「なります。きっとなるゆえ、姉上様も」

「おお、お約束いたしましょう。お千代殿が偉くなられまいたら、また小田原へ戻ってこようとなあ」

(そうじゃ。約束は守らねばならぬ) 

 小さな小指へ、細く長い小指が伸ばされる。その姿を夕日が照らして、境内の砂利へ二人の長い影が伸びた先へ、

「おひい様!」

 小さな髷を変わらぬ調子で降りたてながら、松田左衛門が現れた。

「じい」

「いつまでお待ちしましてもお戻りがないゆえ、じいが参りまいた。さあさあ、冷えるゆえ、お千代様も。籠を用意してござる」

 まるで実の孫のように、志保の背を己の手で覆わんばかりにして、左衛門は二人を石段の下へ待たせてある籠へと導く。

(じいも年を取ったのう)

 嫁入りは、霜月吉日である。いよいよひと月あまりのちに古河へ輿入れするとなって、改めてこの宿老の姿を見やれば、

(心労ばかりかけたゆえに)

 皺も増えた。志保が幼い頃にはところどころにあったはずの黒髪は、いつのまにか全て白髪に変わり、その白髪もめっきり薄くなった。

 だが、左衛門は己の年をものともせず、今でも古河公方や小弓公方との折衝に心を砕いている。特に彼が苦労しているのは、志保が古河へ送り込まれる道中、いつ小弓公方側の豪族の襲撃を受けるやもしれぬというので、その護衛の兵を選び出すことらしい。

「おひい様。このじいも古河までお供致しますぞ」

 志保が揺られる籠の外から、左衛門が声をかけた。

「何、古河まではこのじいが幾度となく通い慣れた道。確かに遠くはござりまするが、目をつぶっていてもご案内できまする。ご安堵くださりますよう」

「ふふ」

 古河公方側からも護衛の兵を出すと言ってきてはいるが、その古河そのものが常に臨戦状態なのである。花嫁御寮のために割ける兵はいかばかりであろう。実質、あてにならぬと思っておいたほうがよいかもしれぬ。

(もう、他国同士の盟約など当てに出来ぬ時代になってしまっているのかもしれぬのう) 

 そう思い、志保は思わず失笑した。

(それを『当てにさせる』ために、私は古河へ嫁ぐのではなかったか…『約束』は守らねば、とのう)

 齢十八。麗質が多い一族の血を引いたせいか、瞳は大きく涼しげである。笑うと左の頬にはうっすらと笑窪が出来る。顎から肩にかけての線は娘らしく細く、一見、穏やかそうではあるが、その実、男顔負けの激しい気性を秘めているとは、初めて志保に接した人間はたれも思うまい。幼い頃、祖父入道が似ていると言った彼女の祖母、小笠原氏の肌の白さと、祖父の力強い意思の宿った瞳を彼女は受け継いだらしい。

「おひい様。古河へは船を使って参る予定にござりまする。真理谷海軍も護衛に加わりまいたゆえ、お心安う」

「…フム」

 籠の中で志保は頷いて、その大きな目を伏せる。真理谷海軍とは、かつて三浦義意と姻戚関係にあった真理谷氏に属する海軍であり、三浦氏滅亡の後は北条へ下った。

「まずは、簗田殿の関宿城を目指しまいて、相模湾から江戸へ、そして川へ入り、逆川を遡りまする。なかなかに良い眺めにござる」

 左衛門が得々と話し続けるのをなんとなしに聞きながら、

(義意様)

 志保は初恋の人の姿を思い描いた。その正室は三崎城が陥落する寸前に城外へ落とされ、

 早雲入道の前に引き出されたが、

「…そのままお届けいたせ」

 との彼の言葉により、実家である真理谷氏の元へ丁重に送られた。義意との間に子は無かったらしいが、義意戦死後は髪を下ろし、泣き続けて枯れる様にこの世を去ったという。

(そのような世にせぬために…戦の無くならない世であれば、せめて泣く人間が少なくなる世に近づけるために…おじじ様)

「逆川沿いの関宿城からは、古河城はほんの目と鼻の先。簗田殿とのご対面の後は、存分に関宿で疲れを癒されまいて後、古河へ向かわれたがよいと」

「左衛門」

「は」

 周囲の人のざわめきが、小田原城に近づいてきたことを彼女に教える。古河への道のりを思い描いているらしい左衛門へ、志保は籠の窓を少し開けて話しかけた。

「まだひと月は先のこと…じゃが、これからひょっとして言う折もないやも知れぬによって、先に申しておく。…今まで世話になりまいた」

「おお?」

 すると馬上の左衛門は、驚いたように皺深い目を丸くして二、三度しばたたいた後、

「おひい様らしゅうない。突然何を申されまするやら…この老いぼれに勿体無うございます」

「否」

 まだ飯時にはずいぶんと間のある時刻である。だが、もう秋の夕闇は小田原城の周りまで迫っており、藁を焼いたような香りがつんと志保の鼻をつく。大手門の前で自ら籠を降り、弟の手を握りながら、

「志保はなあ、こなたを第二の祖父とも思うておる」

 後につき従う左衛門へ彼女は語りかけた。

「…は…いやはや、なんとも」

 すると左衛門は、いよいよ恐縮して、懐から出した手ぬぐいで額の汗を拭うのだ。

「古河に参るまで、今少し面倒をかけまするが、よろしゅう頼むぞえ」

「それはもう、何におきまいても…はは、は…」

 そこで、左衛門はふと、志保から目線を外して藍色の空を仰いだ。

「…年を取りますと、涙もろくなっていけませぬなア」

「なんの」

 いつでも正直な彼に、志保も思わず微笑を漏らしながら、

「ほれ、まだまだ手間のかかるお千代殿もござるのじゃ。こなたにはもっと長生きしてもらって、おじじ様の代わりにお千代殿も見てもらわねばのう」

「おお、おお。まこと、左様でござりまいた。まだまだ踏ン張らねばなりませぬな」

 歩きながら話している間にも、夕闇は濃く彼らを包んでいく。西日へ向かって三羽ばかり、飛んでいくのは雁の親子でもあろうか…。



 やがてその日は来た。

(…十八年)

「おひい様、お支度、全て整いまいてござりまする」

「ありがとう」

 己が使ってきた部屋をもう一度見渡して、志保は告げに来た乳母へ微笑う。

(戦が少なくなれば、再び…)

 小田原へ遊びに来ることも出来よう。

(おじじ様、志保はこれより古河へ参りまする。どうぞ力をお貸し下さりませ)

 祖父へ心の中で語りかけてから、志保は敷居を踏んで廊下に出た。

「しょう様。八重も共にありますれば」

「うん」

 その後へ付き従いながら、八重が言うのへ頷いて、

「大丈夫。お天道様は何処までもつながっておると、おじじ様も申されておった。ならばなあ、古河へ参ってもおじじ様は志保を守っていて下さる」

「はい。八重も、市右衛門の代わりにしょう様をお守り致しまする所存にて、御心を安んじられますよう」

 すると八重も笑って言ったのである。

「アア、そうじゃなあ」

 そこで主従は顔を見合わせて微笑った。すでに霜月も半ばを過ぎ、吐いた息は白く濁る。

 小田原より古河までは、船で三日ほどの道程である。かつて三浦氏の居城であった三崎城より程ない距離にある港までは輿で、それよりは船で海路を北東にとって相模湾を左手に見、当時は江戸湾に直接流れ込んでいた利根川の他、平川、渡良瀬川の三本の川のうち、渡良瀬川を遡る予定だと、左衛門が張り切って言ったのを、父母の待つ部屋へ向かいながら志保は思い出す。

 現存する関宿城は利根川と江戸川に左右を挟まれた中州のような土地にあるが、これは江戸時代になってから徳川家康が手を加えたためで、当時の川の流れは現代とはかなり違っていた。

 当時の渡良瀬川の源流は赤麻沼であったらしい。当時の地図によれば、ちょうど沼から川が流れ出す場所付近に古河城がある。渡良瀬川流域には、他にも大山沼、長井戸沼などの沼ばかりでなく、大小の河川も無論流れていた。関宿城は当時の渡良瀬川と常陸川に挟まれており、まさに「古河城の前衛拠点」だったのだ。

(どのようなお方か…簗田殿、晴氏様)

 その関宿城の主が、梁田高助である。

 己を猶父(ちち)のごとく思われよ、疾くこちらへ参るように、と、直接志保宛に何度も寄越した手蹟の最後を、必ずそう締めくくった彼と古河公方とは、代々簗田の娘が古河高基を除く公方の嫡子に嫁ぐほどに、密接な姻戚関係にあるらしい。たとえて言うなら、京の足利将軍家と日野家のようなものか。

「父上様、継母上様。志保が参りました」

 天守の広間の入り口で、志保は手を仕えた。襖はことごとく開け放たれており、気心の知れた家臣のほぼ全てが左右に並んでいる。

「おお…そうか、そうか…これ、志保。もそっと側へ」

「はい」

 奥からかけられた父の言葉に軽く頭を下げ、志保は家臣の間を進む。八重やその他、北条より古河へ向かう侍女や武士どもらと共に、志保は父氏綱の前へ進んで再び膝をつく。継母、近衛氏の後ろへ控えている乳母の手には、昨年生まれたばかりの異母弟(後の為昌)が抱かれていて、キョトキョトとした目を姉へ向けた。

「父上様。まこと、お世話になりまいた」

「…うむ」

 志保が切り出すと、氏綱は顎を引き、喉に何かを詰まらせた風に頷く。

「ご心配、ご面倒ばかりかけまいて…志保は、父上様や継母上様のご恩を、幾千代かけてありがたく」

 その父の顔をまっすぐ見つめながら続けた彼女の言葉を、

「志保」

 氏綱は腕組みをして背を反らしながら、遮った。

「はい」

「確かに古河は遠いがの。永の別れになるような物言いを致すでない」

「ふふ」

 その言葉に志保は思わず笑い、しんみりと静まり返っていた家臣の間にもホッと微笑が漏れる。

「いつでも、のう…こなたが父と小田原を思えばいつでも、父もこなたと古河を思うであろう。故殿(早雲)もきっと、こなたの側にいつもおわす。こなたは北条早雲の孫娘。それを常に胸に思うての」

「はい…父上様も、継母上様と末永く睦まじゅう…どうかお元気で」

「やれや、めでたや。皆、祝え!」

 そこで突然、氏綱は立ち上がって扇をぱっと広げた。

「我が家から、関東将軍家へ嫁入る者が出でた! なんとめでたいことではないか。さあさ、祝い騒げ! それ、そのように辛気臭い顔を並べておるものではないわいの」

 「お固い」氏綱に似合わぬその言葉に、年老いた家臣たちも頬を緩めて笑い出す。

 大永元年霜月。こうして志保は住み慣れた小田原を離れて遠く古河へ向かったのであった。



 古河は、伊豆と違って内陸である。

「おひい様。お寒うはござりませぬか」

「否」

 左衛門が気遣って、さらに小袖を一枚着せ掛けようとするのへ、

「帰ってこのほうが涼しいくらいじゃ」

 志保が手を振って言うと、

「なんと。今は昼でござりまするから。ま少し経って日が落ちまいたら、たちまち寒うなりまする。さあさあ」

 左衛門が強引に彼女へ小袖を着せかけるのへ、志保は苦笑しながらなすがままに任せた。

 三浦半島周囲も、早雲から氏綱へ代が変わってしばらくするうちに、北条の治めるところになった。陸路を治めるのは皆、北条配下の豪族ばかりで、三崎へ着くまではそれらが守りとなったが、

「これよりは、敵の地の近くも通りまする。おひい様には危険の及ばぬように致しますが、万が一のことがありまいたら故殿にも若…いえ、氏綱様にもこのじいが顔向けできぬゆえ」

「…分かっておるわえ。それゆえ船底でじっとしておれと申すのであろう」

「簗田殿らのお迎えと行き会うまでは、そうして頂ければありがたく存知まするが」

「このような景色を眺めるのは初めてゆえ、今しばらくここにいさせて下され」

「…やれやれ」

 彼女の言葉に、左衛門は苦笑しながらその後ろに控えた。志保もまた、己の乗っている船の周りを厚く覆う味方の原氏や真理谷武田氏などの海軍船団を見やりながら、

(大げさな…)

 と、苦笑する。だが、左衛門にしてみれば、主君より預かった姫を守るにはこれでも足りぬと思っているのである。

 江戸湾より渡良瀬川へ入り、嫁入りの船団は上流へと向かう。この時代は、現代や江戸時代よりもさらに海が内陸まで迫っており、太田道灌の築いた江戸城も海の間近であった。

 古河高基へ反旗を翻した「小弓公方」義明の所領なども江戸城と同様、江戸湾をぐるりと囲むように面しており、小弓公方がその気になれば、

「北条の嫁入りを妨害する…」

 のは造作も無かったに違いない。幸い、彼らも先だって古河公方がたと争った傷が中々癒えぬらしく、さらにはこちらの備えが厚いのを見て、手出しをしかねている模様ではあるのだが…。

(まこと、天然の要害)

 船べりに手をかけ、涼しい風に吹かれながら志保は周囲を見回した。

 利根川、渡良瀬川、常陸川、思川…さらりと聞いただけでも、指を繰りながら数えねば成らぬほどに、この坂東平野を大小の河川が縦横無尽に流れている。それらに囲まれるようにして存在している湿地には野生の馬が駆けたり、百姓どもが戦渦の後の畑の手入れをしたりしているのが見える。

(小田原にも劣らぬいい眺めじゃの…お千代殿にもいつか見られるであろうか)

 小田原へ「残してきた」小さな弟の、目に雫を一杯にためた顔を思い出し、志保はそっと、冷たくなった両手を胸の前で組み合わせた。

(これらの要害に守られてござれば、志保は安泰にござりまする。おじじ様、どうかお千代殿をお守りくださりませ)

 平野を網の目のように流れる川ゆえに、平野に居住している豪族達の主な交通手段は当たり前の事ながら船であった。小弓公方も豪族の所有する船団で攻め寄せたはいいが、これら河川を前にして、さすがに攻めあぐんだものと見える。小弓義明が兄より奪おうとしている古河城は、関宿城よりさらに奥、大山沼のほとりにあるのだ。

「おひい様。それ、夕刻になりまいた。明日には関宿へ付きましょうゆえ、今宵は早くお休みなされませ」

 広大な湿地地帯を、日は刻一刻と西へ傾く。

(小田原のほうへ…)

 それを見やる志保へ、

「さあさあ、お風邪を召されてはなりませぬ。中へお入りくだされ」

 せかせかと左衛門が言うのへ苦笑しながら頷いて、彼女は船室へ向かった。



 さて、関宿城である。

「まだ見えられぬようでござりまするなあ」

 天守へ上ると、辺りの地形は一望の下。欄干に手をかけ、身を乗り出さんばかりにして江戸湾方面を見やる城主、簗田高助へ、

「まあ、急いても仕方あるまい。こちらからも覚えのある者どもを向かわせておるのだろう」

 その後ろから、鷹揚に笑ったのはこれなん、古河高基であった。

 先に氏綱が、

「娘をもらっていただくゆえ…」

 と、志保の嫁入りが正式に決まってから、大枚をことあるごとに奉じ続けたのが、戦費につぐ戦費で手元不如意に陥っていた公方家を助ける結果になった。また、大枚を奉じても氏綱が常に腰を低くし、あくまで古河公方を推戴しているのだという態度を(文面の上だけであったとしても)崩さなかったのが、いたくお気に召したらしい。

 だもので、高基は先だって「成り上がりじゃ」と、北条へ吐き捨てた言葉をケロリと忘れた。志保がまずは関宿へ立ち寄ると聞いて、小弓公方との戦いが一旦休止した合間を縫い、古河城からわざわざ前衛であるこの城へ足を運んだものである。

「聞けば、北条の者どもら、原や真理谷武田の水軍を従えて参るというではないか。であれば、義明が何か仕掛けようと企んでも手も足も出まい」

「ははあ…」

 楽観的な主君の言葉に、高助は鬢を掻いて苦笑しながら曖昧に頭を下げた。その足元には、「外孫」に当たる幸千代王丸(後の古河藤氏)がかむろ姿でまとわりついている。その頭を何となしに撫でながら、

「若殿は、こちらへは?」

 高助が尋ねると、

「参らぬと申した」

 苦虫を噛み潰したような声で、返事が返ってくる。

「…ふウむ」

 困ったものだと高助は嘆息を漏らし、高基は腕組みをして鼻の穴から大きく息を吐いた。

「婚礼は花嫁到着の三日後。これはもう動きませぬし、若殿がわざわざこちらへ参られる必要もござりませぬが」

「ううむ」

 主従は、そこで同時に嘆息した。

 そもそも、この婚礼に乗り気であったのは古河高基と簗田高助など、いわば婿の周りの人間だったのである。肝心な「婿」の古河晴氏はといえば、高助の娘であった正室を亡くしてから、

「嫁など、たれでも同じじゃ。こちらが突けば応と答えて受ける。ただそれだけのこと」

 と、公言して憚らぬ。また、こちらは後難をさすがに恐れているのか、はっきりとは言い出さないが、

「いかに力があるとは申せ、土臭い北条の娘など片腹痛い」

 と、考えているようなのだ。

 とにかく、自身は「誇り高い…」源氏の血を引く者である。なるほど、元は中央将軍家に使えて身分が高かったかもしれぬが、伊豆へ流れてそこへ居つくうち、都の香りが土臭さに取って代わった北条の孫娘が継室として己の元へ来るなど、

「我らを貧乏公方と侮って、金の力で娘を押し付けた」

 としか取れぬものらしい。

「北条の力など借りずとも、己の手で我が家の権威などすぐにでも取り戻してみしょう」

 とも晴氏は言うのである。

 若いだけにそう思い込むと、その考えから抜け出せないのだろう。

「何度も申し上げるようで、非常に恐縮でおざるが」

 その晴氏と、父の高基とはおかしいほどに似ていない。高基祖父、成氏から代々「伝わっている」らしい丸くかつ長い鼻に細い目は、「亀若殿」には、

(どうやら受け継がれなかったものらしい…宇都宮殿の血のおかげかのう)

 己の目の前で、主君はその鼻の穴を不満げに膨らませている。すると丸い鼻の、その穴までも丸く広がって、

「これからは、既存の勢力だけではこの公方家を維持出来ませぬ」

 話しかけながら、高助はふと、こみ上げてくる笑いを堪えるのに苦労した。晴氏は、生母宇都宮氏に似たらしい。

「公方家には、新しい血が必要…晴氏様へは、恐れながら舅でもあったご縁も持ちまして、手前もよっくとお説き申し上げたつもりではござりまするが」

「いや、それはのう。よく分かっておる。我らものう、いつまでも古いものにしがみついて、じりじりと己の力が磨り減っていくのを指をくわえてみているほど愚かではないわえ」

 彼の言葉に、この「革新的」な主君は何度も頷いた。高助は、正室として入れた娘を亡くしている。晴氏との間に一子があるとはいえ、私情を抑えて新たに他家の娘を継室として迎える…それも己が仕える公方家の名誉と権威の維持のために…というのは、よほどの献身的な心と、強い精神力を持っている人間でなければ出来ぬだろう。

 簗田高助の真実の心はともかく、高基の目にはそれが「至上の忠心」のように見える。

「とまれ、今宵でなくんば明日にも、北条の姫君はこちらへ到着なされましょう。体面の座を設けますれば、上様ご自身であの、志保とか申す姫君の器量を測られまいては如何」

「おお、それも一興。北条には知らせぬままでの。いきなり…というのが良い」

「ははは。では、そのように取り計らいましょう」

 いつしか辺りは闇に沈んだ。城周りばかりでなく、民の灯す明かりも平野のあちこちに見える。

(はて、我らが懇望した北条の姫)

 主君の後について天守を降りながら、高助は太い眉を寄せて、まだ見ぬ「娘分」を思い描いてふと足を止めた。

(公方のお家にとって吉となるか凶となるか)

 もともとは、双方の利害一致による婚姻である。それゆえに、これから先、もしも思惑が違えばこのような関係など、途端に無意味なものになり下がる。何よりも、「若殿」晴氏自身がこの婚礼にまるきり乗り気ではないのだ。

(噂によると、関東管領扇谷家とも縁のあった三浦氏との戦いにも、自ら所望して出たほどの「猛々しい」姫君であるそうじゃが)

 最低限、あの「少し扱いの難しい若殿」晴氏のご機嫌を、上手く取れるおなごであればそれでよい、そう願いながら、

「殿、こちらより迎えに出した原殿よりご伝言にござりまする」

「ふむ、左様か」

 自分を呼びに来た家臣へ、彼は頷いた。

「上様は先に夕餉を済まされまして、孫君とともに寝所へはやばやとお引き上げになられまいた」

「フム」

 先に立つ家臣の後へついて歩きながら、高助はもう一度、背後を見る。

(あの明かりのように、北条の姫が公方家の前途を照らす鍵の一つになれば)

 己だとて、好んで戦をしているわけではない。北条故入道の実力は聞き知っているものの、その息子の実力は未知数。とはいえ、その勢いを古河公方のために利用せぬ筋はない。

 階段を降りながら、吹き降ろしてきた秋の夜の風に高助はぶるりと身をすくめた。今宵はことのほか冷えるらしい…。



 翌日は、下河辺荘一帯に初霜が降りた。雲ひとつない晴天の中を、公方側の迎えと自身の水軍とに護られながら、花嫁を乗せた船は静かに関宿城の側の岸に到着した。

 水夫が船と岸を板でつなぐ。簗田高助が関宿城の家臣をほぼ全て連れて迎えに出た中を、

「おお、これは松田殿か。遠路はるばるご苦労にござる」

 北条方が船内から出てくるのが続々と見える。その先頭にまず、顔見知りの北条の老臣が立っているのを見て、高助が声をかけると、

「これは簗田殿。こちらこそ、お家よりの迎えの水軍、ありがたく存知まする。それのみにてもお心苦しゅう思うておりまいたのに、高助殿自ら我らを岸までお迎えとは」

「いや、何」

 恐縮したように松田左衛門が頭を下げるので、高助は公方家の重臣らしく、鷹揚に笑って言った。

「下河辺荘は朝晩が冷える。昨晩も非常な寒さで、船の中の姫君は如何なされておいでかと案じておったのじゃ。何分、我らが懇望した姫君なれば」

「ほ、これは大層なお気遣い。ますます恐れ入りまする」

「して、姫君は大事無いかの。寒さでお風邪など召されなんだか。手前どもの城の門まで、籠を用意してござるが…どちらへおわす」

「は、こちらのお方にて」

「格下」の姫を迎えるにしては、予想外の丁重さである。左衛門が額に汗して掌を上にし、派手ではないが趣味の良い小袖を被ったとある女性が岸へ降り立つのを助けるのを見て、

「おお、こちらが。なんと清(すが)しい姫君ではないか」

 高助は感嘆の声を上げた。

「はい、我らが掌中の珠、志保様にござりまする。我らが申すのも異なことながら、まことに聡明で愛らしく、かつしっかりしたお方にて」

 すると、左衛門は他愛なく顔を崩す。それを見ながら、

「左衛門。それを『親馬鹿』と申すのじゃ」

 志保は苦笑して、思わず口を出していた。二人の会話を聞いていた双方の家臣から、途端にどっと好意の笑いが漏れた。

(これは、なかなか面白い姫君じゃ)

 高助もまた、好意の目でもって改めて志保を見る。

(清々しい瞳をしておりながら、なるほど、己から戦へ出たいと言うただけあって、気性も勝っておるようだの)

 そう思いながら、

「さてさて、遠路はるばる、お疲れであろ。部屋を用意しまいたゆえ、そちらでゆるりと休まれたがよい」
「はい、ありがとうござりまする」

 促すと、志保は「公方家の重臣」を見上げて、怖じることなくはきはきと礼を述べた。それがいよいよ「面白く…」思え、

「どうじゃな、姫君…志保殿は」

 自分から立って、志保を用意の籠へ案内しながら、高助は慎ましく半歩遅れて付いてくる志保を振り返り、話しかけた。

「あの水流を、遡ってこられたのであろ。この坂東は、こなたの御目にどう映られたかの」

「はい」

 すると、志保はこっくりと頷いて、

「すばらしい眺めでござりまいた。伊豆は、海がすぐ山の近くに迫っておりまするゆえ、志保はこれほどの平野を見たのは初めてにござりまする。耕地にも不自由せぬであろうと」

「ふむ」

「まさに、天然の要害でござりまするなあ。いざとなれば、この網のような水路が護うてくれましょう。さすがは、初代成氏様が選ばれた土地。民百姓も安んじて畑仕事に精を出せておりましょう」

「…ふゥむ…」

(うむ、気に入った! これはまっこと、面白い姫じゃ)

 初対面で物怖じせずに、公方家の重臣である自分へこれだけのことを述べられる人間は他にいない。香を嗅ぎ分け、茶を点てる姫ならば、他にもいくらでもいるであろうが、

(こういう姫こそが、これからの公方家に必要なのではないか…)
 
 いつでも、どこから攻めて来られてもおかしくない時代に移りつつある。ましてや今、古河公方は小弓公方という自家製の爆弾を懐に抱えているのだ。

「ささ、こちらへ」

 そして志保が通されたのは、小ぢんまりとしていながら、さやさやと木の葉の音も快い、関宿城の南の一室であった。

「ゆるりとくつろがれよ」

 言い置いて、上機嫌で高助は去っていく。北条より付き従ってきた八重たち侍女が、早速荷解きなど始める中を、志保は独り、縁へ立って庭を眺めた。

(万事、贅沢な造りであるかと思うたが)

 京ぶりに憧れて、けれど京には一度囚われの身として行ったきり、二度とゆくことが出来なかった公方家初代、成氏の好みを反映して、この関宿城も贅沢を凝らした作りかと思っていた志保は、奥へ小さい築山が築かれ、川を模した白砂の敷かれた上に紅葉の散る庭を見渡して微笑を漏らした。

 そこへ、

「おやおや。これはどちらのお子でいらせられるのかの」

 かむろ姿に、草履などを履かぬ白足袋のまま、土を踏んで幼い童子がこちらへ駆けてくる。見たところは二、三歳といった幼さで、志保が声をかけると、驚いたようにつぶらな瞳を見張り、物珍しそうに縁へ近づいてきた。

「おお、良いお子じゃ。御名を聞かせたまわれ」

 小さな手が、その目の高さに合わせてかがんだ志保の頬を軽く叩く。

(お千代殿が赤子であった頃のような)

 その愛らしさに、志保が目を細めていると、

「幸千代王と申す」

 縁の角を曲がり、太い声の主が姿を現した。

「そこもとが志保殿か。余が古河三代目、高基じゃ」

「貴方様が。これは失礼を仕りました」

 縁の会話を聞きつけたのだろう。慌てて侍女どもも部屋の中から出てきて、志保と同じように高基の前へ手を仕えた。

「遠路、まことにご苦労であった。お疲れであろ」

「いえ…」

 関東の将軍家だからと尊大に構えていようと予想していたが、案外に物腰は柔らかい。

(少し太り肉におわすの…)

 年のころは、父氏綱とさほど変わらぬと聞いた。しかし、高基の顎は父よりも多く肉を蓄えている。それは腹の周りも同様で、全体的にどこか丸っこい。

「どこまでも広がる平原の、すばらしい景色を楽しみながら参りまいた」

「ふむ」

 高基は志保の答えを聞いて、さもあらん、とばかりに満足そうに頷く。

「これはの、余の孫じゃ」

 そして、彼の側へ駆け寄ったかの幼子の頭へ手を載せながら、

「余の世継ぎ、晴氏と高助の娘との間の子での」

「ああ、左様でござりましたか」

「今日はな、そこもとを始め、北条のものを驚かせようと思うて関宿へ参った」

「まあ…それはもう、十分に驚きまいた」

「そうか、そうか。ははは」

「ふふふ」

 そしてこの、代々の古河公方の中で、唯一その名に「氏」を持たぬ現当主は、その代わりにいささかの茶目っ気と、らしからぬ腰の軽さを持ち合わせているらしい。

 志保の前へどっかりと腰を下ろした高基と二人、声を合わせて笑いあっていると、高基来訪を知らされたらしい松田左衛門が、あたふたと廊下へ姿を現して、

「これはこれは、高基様。公方御自ら足をお運びくださいますとは」

 上機嫌の高基を前に、また汗を掻いている。

「よいよい。余がそうしたいからそうした。気遣いは無用じゃ。それにしてものう」

「は」

 限りなく恐縮する左衛門の隣を、幸千代王丸が通り抜けて志保の前に立った。再び彼女の頬を小さい手が触れる。思わずにっこりと笑った志保と孫息子の様子に目を細めながら、

「北条の姫は、肝が据わっておるの」

「は、いやはや、これはどうも」

 すると、左衛門はますます身を縮こまらせて恐縮する。そんな、北条家の顔見知りの家臣を、手にした扇で口元を隠しながら、高基は面白そうに見やった。

「そうじゃ、八重。あれを持ちや」

「はい」

 幸千代王丸に己の頬をなすがままにさせて、志保は後ろへ控えていた八重へ言いつけた。

「小田原より、幸千代王様へ土産を持参いたしました」

「ほう。それはお心使いの細やかなこと」

 程なく戻ってきた八重から張子の虎を受け取って、

「幸千代様。これはこの志保が、幸千代様にと思うて持って参ったお土産にござりまする。お気に召して頂けると嬉しいのですがの」

 言いながら、彼女は幸千代王丸の小さな手へそれを渡した。

「父氏綱が京より呼び寄せた職人に、特別に作らせまいた玩具にござりまする」

 渡された途端、歓声を上げた幸千代王丸を、志保は目を細めて見つめる。

「お気に召して頂けたようでござりまするなあ。なんと、おかわいらしい」

「うむ、うむ」

(肝が据わっておるだけでなく、よく気の付く姫御前…)

 同じように再び目を細めて、孫と新しい嫁を見やりながら、高基は満足の吐息を漏らした。

(さすがは高助。目の付け所が違うわい)

 代々、簗田の娘をもらう慣習を蹴って、宇都宮氏の娘を正室にした高基である。なのに、簗田高助はその自分に不満を抱くどころか、家の将来を案じて次代公方に素晴らしい嫁を見つけた。

(となると問題は、晴氏だけじゃの)

 実の息子を思い、高基は膨らませて丸くした鼻の穴から、ふうっと息を吐き出す。小弓公方と一触即発のこの時期、せっかく北条からの力添えをも得られるようになったというのに、父子の心が一つでないというのは、真に困るのだ。

 高基自身も、永正九年にその父政氏を古河から追って、家臣である小山氏の元へ走らせた経歴を持っている。永正十一年に政氏は、小山、佐竹、岩城などの味方の豪族と共に古河へ迫ったのだが、高基側にやはり宇都宮氏の娘を妻とし、名将として名高かった結城政朝が味方について政氏側をさんざんに打ち破ったため(高林合戦)、高基が古河公方の地位につくことがほぼ決まったのである。その二年後には、小山氏も高基側へ寝返り、政氏はやむなく高基へ公方の地位を譲って武蔵久喜館へ引退したのだが…。

 せめてこれ以上、親子で争う愚を繰り返すまいと、昨年も高基は古河へ父政氏を招いて対面の座を設けた。だが、

(やはり、父子で争うというのは、後味の悪いもの…)

 目指したものは同じなのだ。だが、双方の考えは、一旦かけちがうとどこまでも間が悪く食い違っていく。親子喧嘩でという言葉で片付けてしまうには、公方という家はあまりにも大きすぎた。

「これだけではござりませぬぞ。まだまだたんと用意してござるゆえ、他にもお気に入りを見つけてくだされませ」

 考え込む高基の前で、志保が幸千代王へ微笑んで、八重が側に置いた大きな箱を手前に引き寄せる。

(だが、これほどの嫁ならば)

 今日、高基が息子の先妻の子を連れ、突然関宿を訪れたのは、悪く言えば北条の姫が「先妻の子…」を見て、どのような顔をするかを試みるためである。

 貴人は、側女を持つのが当たり前。公方の家に嫁いでくるからには、夫たる人間の、他の妻の子が何人いようと平気の平左であるという表情を、分別のある女性なら作ることが出来よう。また、そうするのが当たり前である。だが今、幸千代王へ笑いかける志保の表情は、決して作り物などではないのが、高基だけでなく、その場にいたたれが見ても分かった。

「幸千代はのう、そこもとを気に入ったようじゃ」

「まことでござりまするか。それはうれしゅうござりまする。なあ、幸千代様。私がこれよりは、こなた様の母。仲ようしてくだされや」

 高基と志保の言葉で、周囲の人間の間にも和やかな空気が流れる。だが、そこへ、

「川の砂に飽かして京から呼び寄せた職人どもに作らせたにしては、まこと、しみったれた玩具よの。子供だましとはよう言うたものじゃ」

 どかどかと荒い足音がしたかと思うと、庭先から新しい人物が姿を現した。

「我らが京へ参ったことが無いゆえ知らぬと思うて、馬鹿にしておる」

「晴氏!」

「おお、父上もこれにござったか。これは失礼。晴氏、ただ今到着してござる」

 その若い人物は、そこで初めて気づいたように、高基を見た。

「こなた、こちらへは参らぬと臍を曲げておったではないか」

「これはいつもの気まぐれにて、平にご容赦を…さても」

 そして、黒い烏帽子に上等な青い水干姿のこの若者が、次代公方、晴氏らしい。制止しようと勤めたらしい数人の供が、一斉にその後ろ地面へ膝をつく。

 晴氏は、手にした扇をぴたりと口元につけ、頭を下げている志保をじろりと見やった。

「北条の故入道は、一にも二にも節約を説いておざったそうなが、嫁入りにも金をかけぬ習わしか」

「これ、控えぬかッ」

 こちらは、あまりといえばあまりな初対面の挨拶である。高基が思わず腰を浮かしかけて叱咤しても、晴氏は平然とした顔で、

「公方家へ嫁入るにしては、長持ちその他、手土産や付いておる家来の者どもらまで地味じゃのうと思いましたゆえ。我らではのうて、我等に仕える家の子のたれぞに嫁に参られたか」

「晴氏っ! 良い加減にせぬと」

「晴氏様」

 暴言を吐き続ける息子を再び叱り付けようと、高基が口を開きかけた時、志保がすっと顔を上げ、にこ、と笑った。

「お初にお目もじ致しまする。北条の志保にござりまする」

「…ふむ」

 きっと泣くか、ただ涙を堪えて俯くか、どちらかであろうと思っていた晴氏は、彼が今まで接したことのある「常のおなご」とは違う意外な反応に、毒気を抜かれたらしい。辛うじて鼻で返事をすると、

「晴氏様は、賑やかさがお好きでござりましたか。そこまでは私ども、気づきませなんだ。お許しくださりませ」

「…」

「上に立つもの、華美に走って民を苦しめてはならぬ…これは北条初代、早雲の訓示。ですが、我らが古河へ持ち運びましたこれらの道具は、すべて父氏綱が小田原へ招いた京職人に新たに作らせまいたもの。将軍家のご連枝に嫁入っても恥ずかしゅうないものをと、職人どもも張り切って作ってくれました。金銀綾などで飾りたててはおりませぬが、手間と心は存分に込めておりますつもりにおざりまする」

 志保は、あくまでにこやかに話し続ける。息子の暴言にハラハラしていた高基は、少しホッとしたような顔をして腕組みをし、志保の言葉に頷いていた。張り詰めていた空気も、再び少しだけ緩む。

「…成り上がりじゃに、にくいことを申す」

 いかな北条との縁組に乗り気でなかった晴氏とて、このように父や相手、そして両家の家臣が居並ぶ面前で、本気でさきほどの言葉を吐いたわけではない。ただ、

(父でさえ、己の正室を己自身で決めたものを)

 自分には、それが慣わしだからと簗田の娘を押し付けた。そしてそれが死ねばまた、勝手に探してきた娘をお家のためだからと押し付ける。新興勢力の力など借りずとも、公方と公方に従う古くからの味方の力だけで、公方家の名誉や権威回復はなるという己の主張は、北条の姫を迎え入れることで返事とされてしまった。北条の姫自身に何らこだわりも恨みも無いが、ただ己の言い分に耳を貸されぬことがまことに気に食わぬ…彼の胸のうちに澱のように積もった意地が、そう言わせたのである。

「北条は、民とともに生きる…これもまた、故早雲より受け継いだ教え」

 しかし、志保は怒らない。

(短気になってはならぬ。焦らずに待て…)

 ましてや、己は公方の家の心をしっかと北条へ向けねばならぬ重責を負っているのだ。

(力任せに押せばよいだけの戦ではない。人の心を獲る為の戦ゆえ。焦ってはならぬ) 

 祖父の言葉を胸のうちで繰り返しながら、

「我らが民のことを考えると、民もまた、それに応えてくれまする。民とともに生き、汗を流す、それが北条の強さ…それを成り上がりとおっしゃられるのなら、志保が晴氏様へ差し上ぐることの出来る一番の土産は、志保が祖父早雲よりこの身に受け継いだ『成り上がり精神』かと存知上げまする」

 志保が再びそこで、にこ、と笑って結ぶと、

「いや、面白い。まこと、面白きことを聞いたものかな」

 高基がそこで、はたと膝を叩いた。

「我ら、公方という関東を統べるものの頂点に立ちながら、今、志保殿が申されたことは思いもよらなんだ。これは志保殿に一本取られたの。やはりこれで決まった!」

 晴氏の口を封じるように叫んで立ち上がりながら、

「やはり晴氏の嫁は北条の姫でなければならぬ。三日後、古河で式を挙げる…これに変更は無い」

 父の言葉に、晴氏はしかしそのままぷいと顔を背けて庭から去っていった。息子の後ろ姿を嘆息と苦笑で見送りながら、

「志保殿」

「はい」

「あれ、あのように難しくはあるが、根は単純な子なのじゃ。よろしゅう頼む」

「はい」

 高基が言うのへ、志保は神妙に頭を下げた。左衛門もまた、一連の様子をただ黙って見守っていたのだが…。



 古河城へは、関宿からさらに渡良瀬川を遡る。先述のように、関宿城から、さらに大山沼、釈迦沼など大きな沼を経るこの川と、源流の赤麻沼とのほとりに公方の館であるその城は位置していた。

 現在、古河城を囲む沼は御所沼となっており、半島状の台地が突き出している。当時もほぼ同じような地形のこの半島の上に古河城、別名古河公方館はある。この城の周りにはまた、うっそうと茂る林が城を護るように囲んでいて、

(静かなところじゃの…つい先だってまで争いがあったなど信じられぬ)

 城の奥で晴氏とともに左右に並び、何とも退屈な家臣たちの祝賀を受けた後、ようよう寝所へ案内されて布団の側へぽつりと座った志保は、晴氏を待ちながら木立のざわめきに耳を傾けていた。

 宴の合間、志保が時折ちらりと横を見ても、新たな花嫁のほうを伺いもしなかった晴氏の、ぶすりとした表情を思い出すだに、微笑が漏れる。

(これが女の戦いであるならば、何とも難しいのう。こればかりは人の心が相手ゆえ)

 新たな「夫」晴氏は腹いせのように痛飲していたが、ひょっとしてもう今夜は志保の待つ部屋へは訪れぬかも知れぬ。

(それならば、それでよい。まだまだこれからのこと)

 志保はふと思い立って、縁へ出た。襖を開けると、途端に室外の冷たい空気が足元から忍び寄ってくる。

 ようよう生き返ったような心持ちで、胸いっぱいにその空気を吸い込んでいると、

「左衛門かの?」

「おお、気づかれてしまいましたか」

 冴え冴えと光る月の下、庭先に人影が見えた。声をかけるとその人物は、頭を掻きながら姿を現し、志保の前に平伏する。

「こうやって、おひい様をお守りするのも今宵が最後ゆえ…無礼、お許しくださりませ」

「何を申す」

 志保は縁から降り立って、地についている彼の手を取った。

「じいの心遣い、志保はいつもありがたく思うておった」

「おひい様」

「私のわがままで、城を留守にさせてしもうたの…八重の家も、私の供で八重がはるばる古河へ参ったので心配させておるのではないかや」

「なんの」

 すると、この「源平合戦以来から伊豆に土着している古い家柄」の城主は、志保の手を年老いた両手で包んで首を振るのである。

「松田の城は、じいの不肖の息子…盛秀だけでのうて、市右の弟めも左衛門憲秀を名乗うてしっかと護うておりまする。また、八重のお家、多目殿の元にも、八重の弟御(後の多目元忠)がおいでじゃによって、そのようなご心配は無用にござる」

「ああ、そうであったの…」

 事実、松田家は北条家臣団の中でも最高の所領を与えられており、この後北条の『御由緒七家』に数えられるほどの家柄になっていく。志保の幼馴染であり、先の三浦との戦いで彼女を護って死んだ市右衛門の弟、松田左衛門憲秀が家督を継ぐ頃になると、松田家は北条の筆頭家老になるのである。

「それよりも、おひい様。僭越ながらこの松田左衛門頼秀、申し上げたき儀がござる」

 手に取った志保の手を、慈しむように皺深い手は撫でる。

「聞かせてくだされ。粗略にはしませぬ」

「は」

 志保が頷くと、左衛門はその顔をしみじみと見やりながら、

「おひい様。先だっての公方家とのご対面の折は、見事でござりました」

「…うむ」

「この左衛門、やり取りの一部始終をハラハラと拝見しながら、しかしさすがは故殿の孫姫よと心中喝采しておりまいた」

 そこで、左衛門はつ、と手を伸ばし、志保の髪の毛をそっと撫でた。

「故殿のご訓示…故殿が改めておひい様へ言葉で伝えられたこともありませなんだ。じゃが、故殿の想いは確かに、おひい様の中に息づいておいでじゃ。故殿は、おひい様の中で確かに今も生きてござる」

「…そう思うか」

「はい」

 志保が嬉しそうに言うと、左衛門は頷いて、

「しかし…それゆえにじいは案じてもおりまする」

 再びとつとつと語り始める。

「常のおなごらしからぬ、はきはきと物申すご気性…たれに対しても物怖じせぬ据わった肝をお持ちのお方…公方を変えたいと思うておられる簗田殿や、高基様もそれを面白いと愛でては下されましたが、きっとあのお方々にも、我ら北条の『成り上がり精神』をその半分もご理解は頂けませぬ」

「…それは、のう…」

「故殿も仰せでありました。おひい様は古河へ嫁げば四方全てが敵。北条は新しく、古河は未だ古い。きっとおひい様は、北条の理念そのままに、公方家の目を民へ向けようとなさる。だが、それはまだまだ時期尚早にござりまする。何よりも、古くより公方家に従う郎党どもから反発を食らいましょう」

「…」

「晴氏様もなあ…まだまだお若い。学もあり、人の意見をまるきり容れぬほど狭量なお方ではないとは思われまするが、しかしやはり耳に痛い言葉を容れる幅は狭い。先の奥方様を亡くされたばかりが原因にあらず、やはり、我ら『成り上がり』北条が公方家へ介入して参ったのが気に食わぬ…それが大半でありましょう」

「うむ」

「おひい様。この左衛門が申すのもまこと、僭越なことながら…晴氏様の心を獲るのは至難の技とお見受けいたす。北条がこれまでに『買った』戦の中で何より難しい戦…おひい様にだけ押し付けて、真に相済みませぬ。無礼を承知でさらに申し上げるなら」

「…」

「今宵、きっと晴氏様はもう、こちらへは参られぬでしょう。じゃが、おひい様の戦いはまだまだこれからにござる。なにごとも晴氏様のお心に波風を立てられぬよう。媚びへつらえとまでは申しておりませぬ。少しずつでも良い、晴氏様の御心を溶かす工夫をなされるのが…それがまず、おひい様の戦においては第一かと存ずる」

「…」

「いや、これは出すぎたことを申しました」

 そこで、志保の頬が硬く強張っているのに気づいたらしい。左衛門は慌てて彼女の手を離し、再び平伏した。

「どうか…どうか、晴氏様とお幸せに…突き詰めれば、じいの願いはただそれだけにござりまする」

「左衛門。顔を上げてくだされ」

「は」

「…泣いておいやる」

「こ、これは、粗相を」

 顔を上げた左衛門の頬に、白い筋が幾つも見える。それを指摘されて慌てた彼の頬へ、志保はそっと白い布を当てて微笑った。

「こなたはなあ、私の第二の祖父じゃ」

「…」

 志保が言うと、今度は左衛門が押し黙って、涙ながらに彼女の顔を見た。

「口やかましい『おじじ様』がいのうなると、寂しゅうなるのう。左衛門」

「は、はっ」

「体を、厭えや」

「は、ははは、は…」

 皺深い頬に流れる涙を志保の震える手が拭くに任せ、左衛門は泣き笑いをした。

「じいも、大切な孫をまた一人、我が側から失くしてしもうたような心地にござる」

 冴え冴えと光を放つ月が、手を取り合った二人を照らしている。今宵は、ひょっとすると北条の者たちは誰一人、まんじりともせずに夜を明かしたかもしれない。

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