蒼天の雲(長編版)

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二部 古河 弐

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 北条と古河公方が姻戚関係になったことにより、再び関東の勢力地図は大きく塗り替えられることになった。

 小弓義明がその後、沈黙を余儀なくされていたのも、一度は傾きかけたに見えた天秤がまた、水平に戻ったからに相違ない。激しかった戦で疲弊したというばかりでなく、彼が頼みにしていた真理谷武田氏も、北条が古河へ志保を嫁入りさせてしまったため、いずれに去就したものか決めかねていたらしい。

 真理谷氏は、先だって述べたように北条一族が滅ぼした三浦氏とも姻戚関係にあった。だが、三浦一族が滅びた折に、武器を捨てて全面降伏したため、存続を「北条氏に許された」という因縁がある。真理谷氏ばかりでなく、当時関東にあった豪族もまた、勢いのある北条の力を図りかねて沈静化してしまったため、

「まこと、静かで良いところですなあ」

 志保が、彼女の言葉にこっくりと頷く幸千代王の小さな手を引いてお拾いに出られるような、危なっかしい均衡の上にある、妙な平和が続いていた。

 周りを林に囲まれて、大山沼はその懐にひっそりと「公方様のお館」を抱いている。その林道を抜ければ、晴れた日にはこの大きな沼の南向こうに関宿城をくっきりと臨み、西に広がる耕作地帯を見ることも出来た。

(おじじ様。本日も一日、我らをお守りくださりませ)

 志保の一日は、小田原より持参した小さな仏壇へ手を合わせることから始まる。遠く小田原の早雲寺に葬られている彼女の祖父は、今や彼女の中では神にも仏にも等しい存在なのだ。

 そして、毎日のように散策に出てくる「母子」の姿は、たちまち下河辺荘一帯の農民の間に広まって、

「今度の公方の奥方様を見たか」

「なんとも気さくそうなお方ではないか」

「この間、切り株を踏み抜いて苦しんでいた娘に、薬を届けて下さったぞな」

「この川向こうの村の流行り病へも、医師を遣わして下さったそうな」

 …さすがは「北条の御方」よと、ここでも好意でもって眺められることになった。

「ほれ、御覧なされ。桜が咲き初めておりまする」

「はい」

 耕地と林道の境目に、二、三の桜が植わっている。それを志保が指すと、また幸千代王はこっくりと頷いて枝を見上げ、志保と顔を見合わせてにこりと笑った。

(ここでも、桜が見られるとはのう)

 嫁いできて、はや一年半が経った頃、志保が幸千代王と供に付近の散策に出るのが、すっかり習慣になっていた。ただ、小田原にいたときのそれと違うのは、その前後を公方家の護衛がびっしりと固めていることである。

「幸千代王様はなあ」

 常に臨戦態勢にあるゆえに致し方ないが、と内心苦笑しながら、志保は、

「いずれこの地を統べるお方。それゆえ、お家の根を支えてくれる民の暮らしをとっくりとご覧になっておかねばなりませぬ。お分かりかの?」

 今日も、頬の赤い継子へ言い聞かせた。

 それをもう何度となく聞かされている公方の家の護衛も、はたしてどう思っているのか、志保は気に留めていない。二人のすぐ後ろに従っている八重もまた、微苦笑を漏らした。

(果たしてしょう様の『戦』、どこまで成功するか…)

 北条が強いのは、志保の言うとおり、従来の封建君主には無い領地経営を施してきたからである。それまで搾り取るばかりで、たれも顧ようとしなかった民の暮らしを、初代早雲が第一に考えたところに、その秘密はあると八重も思っている。

 民と領主が一体に、国が一つになれば、当然ながらその国は強くなる。その当たり前の事を関東の頂点に立つ公方家は気づきもしなかった。というよりも、そういった意識はもともと「公方」には薄い。そこへ持ってきて、公方家の名誉と権威の回復にこだわり過ぎて代を重ねるうち、代々当主の心の根っこから完全にすっぽりと抜け落ちたのだろう。

 大人になってしまえば、人の考えを変えることは難しい。だが、

(『これから』の世代から、変えてゆくことが出来るなら…)

 まだ幼い幸千代王なら出来るかもしれない。そう考えて、志保は毎日のように古河城を出るのだが、

「しょう様」

 古河城で与えられている一室へ戻って一息ついたとき、何かに耐えかねたもののように八重が切り出した。

「今日こそは、お父上様へ告げられませ」

「フム」

 またか、と志保は苦笑する。

「晴氏様と私、夫婦の間でのことじゃ。わざわざお父上へ告げるには及ばぬ」

「しかし、婚礼を挙げられて後、次期様(晴氏)がこちらへお渡りになりまいたことは一度たりともないではござりませぬか。あまりにも北条を…いえ、志保様をないがしろになされすぎておわす。早く次期様としょう様の和子をと、矢のように手蹟で催促される氏綱様のことを思うと、しょう様だけではなくて氏綱様にも我ら、合わせる顔がござりませぬ」

「何も、こなたが済まながることではなかろうに。こなたも存じておろ。公方家はなあ、今お忙しいのじゃ」

 言いながら、左衛門がもしも側にいたなら、やはり同じことを言ったろうと志保は思った。

 事実、晴氏が志保の元を訪れたことは、婚礼の日から一度も無い。小弓公方側になにやら不審な動きが見受けられるのもさることながら、

(よほど、我らを嫌うておわす…)

 ある程度、覚悟をしてはいたものの、やはり内心、忸怩たるものがあるにはある。だが、

(形ばかりの妻でもよいとなあ)

 矛盾したことながら、そうも思う。周りが思うほどに、己自身は苦悩してはいないのかも知れぬと、そっと苦笑を漏らす志保なのだ。なぜなら、己の心の中にはまだ初めて恋うた人物の面影が生きている…。

「それにのう、公方家には幸千代様という跡継ぎがすでにおわす」

 不満げに鼻を鳴らす幼馴染を、反ってなだめる側に回りながら、

「何も次のお子をと急ぐ必要もない…と、私は思うのじゃがなあ」

「やれやれ」

 すると、八重はしようがないと言ったように、しかし溢れる好意の笑いを漏らして、

「今宵はこれにて。志保様もお休みなされませ」

 一礼し、襖を閉めるのである。

(長い長い戦じゃ)

 蝋燭を手元へ引き寄せて、文机の上で父への手蹟を書きながら、志保は大きく息を吐いた。

(晴氏様が御心を開いてくださるように。我らに抱いておわす誤解を解いてみしょう)

 改めて臍を固めなおす思いで、志保は天井を仰ぐ。

 晴氏は晴氏で、

(気に食わぬ)
 
 およそ、武士らしからぬ執念深さで志保を思うのである。

(ちょとからこうてやろうかと思うただけ…じゃのに泣くまいことか)

 晴氏の若さは、夜毎女性を求めさせずにはおかない。「貴種」の血筋ゆえに、彼が望めば館に勤めるどの女でも彼の思うままになった。

 それゆえに、志保が父へ手蹟を書いているその夜のうちにも、女人の一人を組み敷いているのである。だが、

(…クソ)

 今少しで精をもらす、というところで、また晴氏のそれは勢いを失った。怪訝そうな顔をして彼を見つめる女人へ、

「…疾う、去ね」

 今宵も素っ気無く命じて彼は背を向ける。

(あの娘、まこと、気に食わぬ)

 何か粗相をしでかしたのではないかとおろおろする女人へ、

「何をしておる、とっとと去らぬかッ」

 イライラして爪を噛みながら怒鳴りつけて、晴氏の脳裏に浮かぶのは志保の白い顔なのだ。

 襖が慌しくぴしゃりと閉まる音が、妙に空々しく聞こえる。

(泣くか、狼狽いたせば、少しは可愛いとも思うてやったかもしれぬものを)

 初めて会った時、北条の姫は己を見て微笑ったのだ。それゆえに、思わずカッとなって言うまじき言葉まで口に出たが、それをがっきりと受け止め、耳に痛い言葉を返した。まさに鮮やかな「しっぺい返し」を食らったと言ってよい。

 ひょっとして、父や簗田高助がいなければ、志保をその場で斬る、とまではいかずとも、追い返せと命じていたかもしれない。この点、松田左衛門が案じていたように、初対面で「己の立場を弁えず」、あれだけのことを晴氏に言ってのけた志保の態度は、公方家に対して無礼としか言いようがなかったのだ。それが無事で済んだのはひとえに志保が、高基や簗田高助に「面白き姫」として気に入られたからである。

 ともかく彼女は、彼の知っている常の女人とはおよそ違っていて、

(まるでおなごらしからぬおなご…ひょっとすると)
 
 志保が嫁いでくる前から、下河辺荘でも評判の高かった北条氏である。彼女が意識せずとも、彼女の古河での振舞いは自然に民の心も掴んで、それゆえにより一層北条の人気が高まっているようであるし、志保自身も己よりも聡明で人望もあるかもしれぬ、そう思うと余計にイライラは募って、

(泣いて縋れば、少しは情けをかけてやるものを)

 それはより一層、晴氏の妙な意地となって心の中へ沈殿した。

(泣いて、こちらへ来いと申せば行ってやるものを…否、あの八重とかいう娘)

 ごろりと布団の上へ転がった晴氏の脳裏に、いつしか浮かぶようになったのは志保にいつも付き従っている侍女の姿である。

 だが、表面上は晴氏と志保の間にも、関東の情勢にもなんの変わったことの無いまま、志保が古河へ嫁して四年が経った。

「そろそろ、戻りましょうなあ。お天道様の雲行きが怪しゅうなってまいりまいた」

「はい、継母上」

 管弦の催しや歌の詠み合わせなど、正月の行事も一応は滞りなく済んだ、小春日和の正月十日の頃である。志保の言葉に素直に頷いて、幸千代王は笑った。まだまだ背丈は志保に到底及ばぬが、

「継母上のおかげさまを被りまして、この幸千代王」

 志保が微笑むと、この早熟な公方の孫は薄い胸を少し張って、

「下河辺の民が、どのような暮らしをしてまいったのかをつぶさに知りまいた」

「ほう、それは、のう。どのようにお考えか、この母に聞かせて下さりませぬか」

「はい。我らが贅沢をすれば、その分、民は飢える…その恨みは当然、我らがお家に向けられる」

「はい」

 志保は頷いて、幸千代王を促した。

「何も言わぬが民の無言の抵抗…そうなったれば遅い。万一、敵が攻めてきた場合に、民はすべて我らからそっぽを向く。そっぽを向かれては民からの協力は得られず、遠からず我が家は滅びる…継母上は何もおっしゃりませなんだが、幸千代王はこのお拾いの間で、それを学び取りまいた」

「そうでござりましたか。それは嬉しいこと」

 志保が幸千代王と顔を見合わせて、もう一度にっこりと笑いあったところで、

「志保殿! 幸千代王君もおでましでござりまいたか」

「おお、これはお猶父(ちち)上様」

 林道を古河城へ戻りかけたところである。後ろから太い声がかかった。いつになく慌しい声に、何事かと護衛を含めた全員がそちらを振り返る。

「ただ今なあ、志保殿の父御へ急使を差し向ける勅許を得に、古河へ向かおうとしておったところじゃ」

 挨拶もそこそこに、わずかの供回りを引き連れていた簗田高助は言った。

「ああ…左様で」

「それにのう」

 高助は、志保を取り巻く一団に混じっていそいそと歩きながら、

「こなたの弟御がなあ、父御と共に扇谷と一戦交えるやもしれぬそうな」 

「あの、私の弟が」

「左様」

「あのお千代殿が…」

(今年で、ようよう数え十二くらいになったばかりであろうのにのう)

 志保は嘆息して、頷いた猶父の顔を見る。彼女の中では、彼女の弟はいまだに「お千代殿」であり、別れの際に涙を溢れんばかりにためた、幼い頃の彼のままなのだ。

「では志保様。八重めも簗田様へ従うて先に戻っておりまする」

 やはりいつものごとく着いてきていた八重が、軽く頭を下げて、簗田勢の案内に立つ。その後から、幸千代少年の足の運びに合わせてゆるゆると帰りかけながら、志保は、

(戦か…雲行きが怪しいのは、お天道様ばかりではないの…)

 そっとため息を着いた。

 この頃になると、妙な平和を保っていた関東の情勢は、またぞろキナ臭くなり始めている。小弓公方を支持していた安房の里見氏、上総の真理谷武田氏の家中で、二年越しになる家督争いが起き始めていたのだ。

 安房の里見氏の家では、義豊とその甥である義尭が、真理谷武田氏の家では信応と腹違いの兄でその母の身分の低い信隆が、それぞれ争う気配を見せている。協力して古河公方へあたらねばならぬこの時に、里見義豊は真理谷信応と、里見義尭は真理谷信隆と、それぞれが組んでなにやら画策しているらしい。

 そしてこれらを仲裁でもするまいことか、小弓義明は里見義豊側に味方すると公言した。当然ながら、小弓公方を支持した扇谷上杉もまた、小弓側へつく。となると、扇谷に敵対している北条としては、里見義尭側に回るだろう。関東管領の片割れである山内上杉はといえば当時、高基の次男で晴氏の弟である憲寛が、跡継ぎのいなかった先代憲房の養嗣子となり、山内家を継いでいた。よって、こちらのほうは当分問題なかろう。

(もしも、お千代殿が出るとなれば)

 考え考え歩いているので、どうしても志保の歩みは遅くなる。

(扇谷上杉の、朝興殿が所有の江戸城付近をまず、抑える戦となろうなあ)

 江戸城は、かつて扇谷上杉を助けた名将、太田道灌が築いた小さな城である。この時点で、相模湾一帯を手中にしていた北条の格好の標的となろう。この付近一帯を抑えれば、関東平野へ攻め入るにも退却するにも、絶好の地を獲得することになる。

 簗田高助が、志保の父、氏綱へ急使を差し向けるというのは、おそらくそのことも含めて事前の打ち合わせをするために相違ない。北条とともに事に当たれば小弓公方を挟撃できるのだ。

 いずれにせよ、まずは小弓公方の出方次第。それによってまた、

(民が泣くことになる…)

 志保が暗いため息をつくと、

「継母上様?」

 先を駆けたり立ち止まったりしていた幸千代王が、ふと彼女の顔を覗きこんだ。

「幸千代様も、簗田のお爺様が今のお言葉、お聞きであろ」

「はい」

 そのあどけない顔へ、志保は真剣な顔をして話しかけた。

「戦をすれば、一番難儀をするのが民なのじゃ。母もこなた様の父上を力の限りお助けする所存にはござりまするが、幸千代様もお父上をお助けくだされ。そして、やはり関東公方よ、将軍家のご連枝よと、その治政を称えられる様におなりくだされ」

「はい」

 すると幸千代王もまた、真剣な顔をして頷いて継母の手を取る。二人が手を取り合いながら古河城へ戻りつつあった頃、

(さてもさても…いよいよ氏綱様へお知らせせねばなるまい)

 一足先に帰って、簗田高助の来訪を高基お付の小姓へ知らせた八重は、自室へ戻って慌しく墨を擦っていた。

 古河へ嫁した志保に従って足掛け五年。めまぐるしく変わる関東の情勢下では、確かにそれどころではないのかもしれないが、

(あまりにも、北条をないがしろにした仕打ち…)

 次期、晴氏が志保へ指一本も触れていないということを、やはり己から氏綱へこっそりと告げておいたほうが良い。ましてや、古河から北条へ向けて、戦の始まりを告げる急使が立つ。戦になると晴氏は、それをよい口実にしてますます志保から遠ざかろう。何より志保自身が「ただ和子をもうけるだけのために公方家へ嫁いだのではない」と、それをさほど気にしていない様子なのが、

(ますます歯がゆく…)

 八重には映る。

 そうして筆へ墨を含ませたところで、襖の外で人の気配がした。

「しょう様? もうお戻りでござりまするか? なんぞ御用で」

 もうそろそろ夕餉前である。しかも今は北条へ急使を立てるか否かで家中の主だったものは皆、広間へ詰めきっているはずである。このような中途半端な時間に北条方の侍女の元を訪れる者といえば、北条に好意を持っている簗田家の家来か、しかも志保お側つきの八重ともなれば、まさにその主である志保くらいしかないのだが、

「これは…!」

 何気なく開けた襖の外に、次期古河公方の姿を見て八重はすくんだ。そのままもつれあうように、八重の部屋の中へ二人の姿が消えると、襖はそのままぴしゃりと締まる。

(…はて、若殿はどこへおいでであるのやら)

 北条の力を大いに利用すべきだという積極派と、これ以上の北条の介入を許せば後々公方家にとってよろしくないという消極派に別れて、軍議は予想外に長引いている。簗田高助もまた、その間に何度となく厠へ立って遠慮のない大きなあくびを漏らすのだが、

(そういえば先ほどから…)

 晴氏の姿が広間に見えぬ。やはり厠へ立つか、どこぞの縁へ出て頭を冷やしているのかもしれぬと思っていたのだが、

「おお?」

 辺りを探り歩いて、高助は、とある廊下の曲がり角から出てくる若殿の姿を見つけた。

「若殿。これはお珍しいところにおられたもの。北条の者に何か御用で?」

 この曲がり角の向こうへ続く廊下には、主に北条から志保についてきた侍女や侍に与えられた部屋が並んでいるのである。

 高助が声をかけると、晴氏は刹那、ぴくりと体を震わせたが、

「戻る」

 短く言い捨てて、荒々しく広間への襖を開ける。

(おかしい?)

 その目は充血したように赤く潤み、吐く息も荒かった。まさかと思いつつ、高助は足早に廊下を曲がって「北条館」といつの間にか呼び習わしていた館の廊下を踏んだ。

(志保殿は、未だ戻ってはおらぬ。北条のものも志保殿にほぼ付き従っておるはずだが)

 自分の「先駆」となった八重は戻ってきているはずだと、全身から血が音を立てて引くような感覚に囚われながら、

「八重殿。入る」

 返事を待たず、高助は襖を開けた。

 彼の目に飛び込んできたのは、無残に踏み荒らされた花である。辛うじて一枚の衣で身を覆っただけの志保の侍女は、高助の姿に目を見張った後、がっくりと顔を伏せた。

「…若殿が?」

「お願いにござりまする!」

 乾いた唇で辛うじてそれだけを問うと、八重は突然身を起こし、高助にすがりつく。

「我らがしょう様には、ご内密に…これが知れたら、あのお方のことゆえ、きっと晴氏様に膝詰め寄せて直談判を言い出される。そうなると、好意を持っておられるお舅の公方様にもご機嫌を損じられるやもしれず、しょう様をこの上のう愛しておいでの父氏綱様には、恐らく烈火のごとくお怒り…どうぞ、どうぞご内密に。このような事態に相成りましたのは、ひとえに八重一人の責にござりますれば、どうぞ平にご容赦を…!」

「…詫びねばならぬはこの高助のほうじゃ」

 ともかく服を整えるようにと言ってから、

「我らが切にと懇望しておきながら、よろずにかまけて若殿へ志保殿のもとへ参られるように強く勧められず…許されよ。内密にと頼みたいのはこちらのほうじゃ」

 これが北条側と高基の双方へ知れたら、八重の言うとおり、関東が手のつけられぬ事態になること必至である。何よりも高助へ一番に北条の恨みは集中しよう。いつしかじっとりと額に汗しながら、

「…こなたのこと、粗略にはせぬ。まこと、済まなんだ」

「それよりも、若殿へ」

 幾分落ち着いてきたらしい八重は、彼女の前へ手を付いた高助の顔を覗きこむように、

「今宵にでも、否、今すぐにでもしょう様のお部屋へお渡り下されますよう、ぜひともお説き下されませ」

「相分かった。それが何よりのこなたへの侘びとなるのじゃな?」

「左様にござりまする」

 高助の目を、先ほどまで理不尽な蹂躙を受けていたとはとても思えぬ強い光を湛えた目で見返して、八重は頷いた。

「どのみち私など、若殿にとっては一度限りの慰み相手。教養もさほどなく、器量もさほどよろしくなく…じゃがしょう様は違いまする。公方家のご重臣に、一介の侍女に過ぎぬ私が申し上げるのも恐れ多いことながら、しょう様こそは、この坂東に安らぎと秩序をもたらされるお方…公方のお家へ、必ず再び信望を集められるお方と我ら、心より思うておりまする」

「ふウむ…」

(これほどまでに、家の子らの心を掴んでいる。変節極まりない我がお家の家臣どもらとは大違いじゃ)

 八重の言葉へ耳を傾けながら、高助は唸った。これが志保に限らず、北条早雲の血を継ぐ者全てに言えることであるならば、

(敵に回せばこれ以上ない脅威)

「後のことは、この高助へ任せよ」

 膝を叩いて、高助は立ち上がった。八重が平伏するのへ、

「無理かも知れぬがよう休め。こなたの身などに変わったことがあれば、遠慮のう申せ」

 言い置いて、八重の部屋を出る。

(まさに、内憂外患よのう)

 苦りきった顔で広間の前の廊下へ戻れば、

「おお、簗田殿」

「原殿か」

 北条へすぐにでも急使を送って、小弓公方を攻めさせるべきである、と、軍議の中で一番の強硬意見を吐いた「積極派」原胤隆が、

「小休止にござる。会議は明日へ持ち越しだそうな」

 苦笑して、彼へ話しかけてきた。

「お気持ち、お察しする。じゃが公方家もなあ、まだまだ戦禍が癒えておらぬゆえ」

「それは重々承知しており申す」

 原胤隆は、下総千葉氏の重臣であり、主家へ強く古河側へつくよう前々から勧めていた。このたびは、主君千葉氏に代わって軍議に出たものらしい。小弓公方にその城を「乗っ取られた」本人で、現在は家老の高城胤吉の居城である根木内城へやむなく身を寄せている。簗田高助に申し訳なさそうに言われて、この四角い顔の持ち主は頭を掻きながら、

「私怨で物申しておると思われても致し方ない、不甲斐なき我ら。この度こそは主ともども高基様に従うて奮戦し、父祖以来の城を取り戻そうと…少々焦っておるやもしれませぬ」

「ウム」

「それゆえ、こたびの里見、真理谷の家督争いはかつてない好機。敵が二つに分かれておる今こそ、外からもゆさぶりをかければ僭称公方も弱りましょう。それゆえに、この時期お見逃しのう…と、申し上げたのじゃが、それはなお早しとのご意見もござってなあ」

「…フウム」

「ありゃ、されど、こたびは出陣せぬ…となりまいても、我らの公方家への忠誠は変わりませぬゆえ」

「それは、こちらとて重々」

 最後の言葉にだけは、高助は心から頷いた。父祖伝来の地に対する思いは、たれしも深い。それを奪われて「小弓公方」などと称された胤隆の恨みは深く、だからこそ高基側へより深くつながっておきたいという気持ちは分からぬでもないし、またそれゆえに何よりも信じられる。

(だが、それとて所詮は『利害関係』…北条の結びつきには遠く及ばぬ)

 軽く頭を下げて去っていく原胤隆を見送りながら、高助は再び嘆息する。その横にある広間への襖がさらりと開いたかと思うと、疲れた表情を露骨に表に出した諸将が、高助へ頭を下げつつ三々五々、散っていく。

 どうやら、高基は主だった家臣へは古河へ泊まる様に申し付けたらしい。それらが立ち去るのと入れ替わるように、高助は広間の畳を踏んだ。

 上段には、これまた高基が疲れた表情で脇息にもたれており、そのすぐ右手の下段には、「若殿」晴氏が扇で口元を隠そうともせず、たれはばかることのない大あくびをしていた。

「高助か。余は休む。いささか疲れたわ」

「は」

 高助の姿を見ると、高基は投げやりのように言い捨て、丸い尻をおっ立てたと思うと大儀そうに広間から出て行く。それにならって腰を上げようとした晴氏の前へ、

「申し上げたき儀がござる。今しばらく」

 広間の襖を閉め終え、高助は強張った顔で平伏した。

「…若殿には、北条のものへお手をつけられまいたな」

 彼ら二人だけになった広間には、まだ諸将の人いきれがこもっている。冬にしては少々暑過ぎるくらいの室温であるはずなのに、晴氏の顔からはみるみるうちに血の気が引き、

「そ…そのようなことまで、こなたに口出しを受けるいわれは無い」

 しばらくしてそう言った時には、再び顔に朱が差していた。

「ご自身が一体何をなさったか、分からぬ年ではもうござりますまい。公方館のものならいざ知らず、一触即発のこの時期、北条まで敵に回しては」

 語りだす高助からは目を伏せて、晴氏はむっつりと腕を組む。

「必ずや、北条は公方家の心強い後ろ盾となりまする。口幅ったいことながら、この高助、これまでに目測を誤ったことはござりませぬ。それゆえに、北条の姫を貴方様の継室へお迎えしたのでござりまする」

「…」

「それを、あろうことか姫君ではのうてその侍女へお手をつけられるとは…」

「気に食わぬ」

「は」

 そこで高助の言葉を突如遮って、晴氏は堰を切ったように話し始めた。

「何もかも、気に食わぬ。北条の後ろ盾がどうじゃというのだ。余が戯れに手をつけたからというてどうじゃと申す。仮にもわが身は公方の次期。それをありがたいと思いこそすれ、口やかましゅう説教されるいわれはない。そもそも何じゃ、領主の奥方ともあろうものが、卑しい民衆に媚びおって」

「ふうむ…」

 高助は嘆息しながら、しかし若殿の言葉の裏にある、やるせないまでの北条の姫への劣等感には気づかない。

(たとえ力に任せて組み伏せたところで、俺は到底、北条の姫には敵わぬ)

 その侍女に手をつけさせたのは、いつしか志保に触れることさえ密かに恐れるようになっていた晴氏の、実は劣等感の裏返しなのだ。

 民の人気は、当然ながら毎日のようにその様子を見て回る志保により多く集中している。当初は志保のふるまいを「公方の正室らしからぬ」と眉を顰めていた家臣でさえ、最近では意外な親しみを民から示されたりするので、満更でもないらしい。

 貴種の家柄に生まれた者にありがちな傷つきやすい自尊心を、尊大な態度で覆い隠している晴氏が、周りの人間が自分では無くて志保へ寄せる好意に気づかぬわけがない。もともと「公方家の力だけで公方家の名誉回復を」と、北条の協力など要らぬと頑なに思い込んでいる若殿なのである。

 そこへ持ってきて、人物も器量も、次期殿の奥方である北条の姫のほうが「上」である…否、事実はそうでなくとも、周りの人間がそう見ているともはや晴氏は思い込んでいる…となれば、

(意地でも触れてはやらぬ)

 となるのも、若いゆえに無理はないかも知れぬ。

「ともあれ、公方の御身。我侭は効きませぬ。押し付けたのはこの高助ではござりまするが、それもこれも、公方家の御為を思ってこそのこと」

 高助は、しかしそれをただの「わがまま」であると取った。公方の跡継ぎとして、腫れ物に触るように育てられた彼と、身分はさほど変わらぬながら「面白き育ち方…」をした新興勢力側の姫なのである。考えはすれ違って当たり前なのだ。

 しかし、今はそのようなことをあれこれ考えている時ではない。

「侍女へ手をつけられて、ご正室へ手をつけられぬという法はござりますまい。ただちに志保殿の元へ参られませ」

 不満げに何か言いかけた若殿の口をふさぐように、

「北条より姫をお迎えして何年にござりまするか。和子をもうけられぬ兆しとて無いのが、若殿が触れぬゆえで、しかしその侍女には手をつけたと知れば、北条は、怒りの矛先を全力で古河公方家へ向けましょう。悪くすると小弓の叔父御へ味方してしまうやも知れませぬ。さすれば、公方の地位は叔父御、義明様のもの…それでもようござりまするか?」

「…分かったッ」

そ こまで高助が言うと、憤懣に耐えぬもののように晴氏は叫んで、蹴るように席を立った。襖に映る影が、足音荒く北条館へ向かうのを見て、

(…困ったもの…)

 再びじっとりと額に滲み出た汗を、無造作に右の袖で拭いながら、高助は長い息を吐いた。

(猶父のように思えとさんざ督促して、手元へ呼び寄せておきながら、この始末とは…)

 晴氏へはああ言ったが、北条から恨まれるのはやはり、まず第一に己であろう。己の血縁ばかりでなく、その労りを家の子、郎党、果ては地下の民へも示して他国に無い団結力を誇る北条が、その姫をないがしろにされて黙っているわけが無い。

 高助が見たところ、古河公方側にも小弓側にも今はもう、ろくな豪族はいない。原胤隆が仕える下総千葉氏もそうだが、皆、古くから続く家柄というのだけをいたずらに誇っているだけのこと。

(これから、ますます北条の力は必要になる)

 広間から縁側へ出て、とっぷりと暮れた空を見上げながら高助は苦笑した。彼が見たところ、今回の軍議はいつものごとく、消極派のほうが勝っている。この分だとまた、こちらから仕掛けるというような意見は引っ込むかも知れず、だがそうなっても、

(北条は、討って出るであろうなあ)

 それだけの力を有していると高助は見る。事実、里見義尭と真理谷信隆は、これまでの旧怨を忘れて味方して欲しいと、北条氏綱へ再三、懇望しているらしい。北条にとってみても、小弓公方内の重臣が二つに割れた今、小弓公方側で長年の宿敵でもある扇谷上杉を叩く、これはいわば絶好の機会なのだ。

 その北条とより一層の絆を結ぶには、やはり姻戚関係になってしまうのが「手っ取り早かった」のである。

 高助がこうして、寝もやらず広間の縁に腰掛けて呻吟していた夜、

(なんと、のう…慌しかったこと)

 はからずも晴氏の訪問を受けて、志保は苦笑していた。これが世の男性の愛し方なのかは知らぬ。突然部屋へ乱入した晴氏は、驚いた他の侍女が慌てて退出していくのを尻目に、彼女の肌を踏み散らすだけ踏み散らし、ことが終わったあとはそそくさと志保の元を去った。

(だが、これでのう…八重も父上も、少しはうるさくなくなるであろ)

 他人事のように思いながら、気だるい体を起こして衣服を整え、夜具へもぐりこんだ志保は、しかしその少し前に乳姉妹に起きた出来事を知らぬ。

 ともかくこうして、晴氏と志保がようやく夫婦の契りを結んだのが大永四(一五二四)年の正月過ぎ。その頃になって、志保の父氏綱はいよいよ江戸城攻略を開始した。

 そのきっかけになったのが、扇谷現当主である朝興の、川越城にいた山内憲房(高基次男、晴直改め憲寛の養父)訪問である。

 あれからも、古河公方家では「出るべきか出ざるべきか」の軍議がただ繰り返されており、いたずらに月日が費やされていた。小弓公方家でも、里見・真理谷両氏の家督争いが断続的ながら続いており、そのさなかでの扇谷朝興の前山内上杉当主訪問は、古河、北条両家にとって違う意味での緊張をそれぞれもたらした。

 元をただせば同じ血を引く関東管領家でありながら、仲が良いのか悪いのか…仲直りしてはまた争い、を繰り返していた両家は、

「山内の、そこもと、お子をようようもうけられながら、公方の次男を嗣子としていやる。このままでは公方家に山内の家を吸収されよう。それをなんとも思わぬか」

 川越城の一室に通された、扇谷朝興のその言葉で再び急接近したように見えた。

「その時は、我が子と呼べるものがおらなんだゆえ。じゃが今は深く後悔しておる」

「ならば再び手を組もう。小弓義明様が公方として立てば、我らとてそこもとを粗略にせぬ。古河の高基様やその跡継ぎでは、もはやたれもが心服しまいて」

「しかし、扇谷の。われら、代々古河足利家に仕えて参ったもの…正直、我らも高基様や次期様がこの関東を統べるに相応しいかと問われたなら黙らざるを得まいが、これは主家へ弓引くことにならぬかの」

 どこか躊躇している山内憲房へ、

「ならぬ!」

 扇谷朝興は首を振って言った。

「関東を統べる人物が、その任に相応しくなければ変えねばならぬ。これも管領家を勤めるもののお役目ではないかの」

「ふうむ」

「これも、公方家を思うがゆえのもの。なんぞ弓引くことになろうや。小弓義明様も、味方になれば、そこもととお子を必ずや引き立てようと申しておられる」

 重ねて言われて、山内憲房は昨年、ようよう出来た、まさに「目の中に入れても痛くない…」ほどに愛している息子のことを思った。もはや五十八、老いた彼の目に迷いが差す。たとえ主家から預かったとはいえ、養子ではなくて、

(血の繋がった我が子に家を継がせたい…)

 そう思うのも人情としては当然なことであったろう。

 そこへ、

「申し上げまする!」

 山内上杉家の郎党の一人が慌しく駆け込んできた。

「江戸城の大田資高殿、北条側に寝返られました!」

 その叫びに、両上杉の主はさっと顔色を変えた。しかし、

「山内の。今日はこれにてご免つかまつる。さりながら我ら、腹中をあますことなく語りまいたゆえ」

 立ち上がって退出しながら振り返り、

「これより、そこもとが我らへお味方すると思うてよいのでござるな?」

 釘を一本、刺すところはさすがに扇谷の当主である。

「思うてくれてよい」

 山内憲房が頷くと、扇谷朝興は満足したように頷いて姿を消した。



 江戸城は、先述のように当時は江戸湾に直接面している。三浦半島から臨めば手につかめるような近さであり、扇谷上杉定正に謀殺された名将、太田道灌が築いた、小さいながら堅固な城であった。

 今では、道灌の孫の資高が城主として納まっているが、氏綱がまず目をつけたのが、この太田資高である。道灌は、その才能に危惧を抱かれたのか、嫉妬されたのかは分からぬが、当時の主であった扇谷定正によって謀殺されており、その後太田氏は主家(扇谷上杉)へ事あるごとに忠誠心を示すことを余儀なくされていた。それを常々不満に思っていたので、資高は北条へ簡単に寝返ったのかも知れぬ。

 氏綱は、資高と、やはり太田一族であった太田資頼を寝返らせた。

「汚し」

 川越から退出しながら、そう扇谷朝興は罵ったというが…。

(これは、なあ…)

 そして戦が始まり三週間余りが経った同年二月二日のこと。扇谷上杉と北条の開戦の報せを、志保は古河城の北条館、己に与えられている部屋の一つである詰の間で受け取った。その後の経過を含めて報せて来たのは松田左衛門の孫、左衛門憲秀である。

(おじじ様のやり方じゃ)

 戦を始める前に、必ず「敵の側の味方」を作っておく。そしていざというときにこちらへ寝返らせる。だが、それはやむを得ぬ場合を除いてあくまで「民百姓」を嘆かせぬ農閑期。それが出来ぬ場合は耕作地以外へ敵を誘い込んで戦いへ持ち込め…それが故早雲入道より北条の者へ徹底的に叩き込まれた戦術の一つなのである。どうやらそれを、「真面目な氏綱殿」は律儀に守り通しているらしい。

「千代丸君は、まだ元服するにも幼くおわすゆえ、殿のご命令にてこたびは出陣されてはおりませぬ。我が軍は、江戸城の太田資高殿と語らって武蔵野を駆け、扇谷側の諸将を板橋にて討ち取りまいた。はい、さすがは我らが殿、破竹の快進撃にて、それゆえに、ここまで来れば『ついで』じゃから、ちょと参って知らせよと申し付けられまいた。あくまでも古河公方家へのご報告優先で、志保様は『ついで』じゃと、繰り返し仰せられて。ですが多目殿らご家老の御歴々は、『ありゃ、必ずや志保様の様子を伺って参れ、と申されておわす』と笑っておられまいた」

「ふふ」

(これも父上らしい)

 志保よりも二つ三つ年下らしい憲秀は、勤めを果たさねばならぬと青年らしく、気張った顔で志保の前に平伏して告げた。彼の体からはほのかに、嗅ぐことのなくなって久しい潮の香りがする。それが部屋に活けられている寒椿の香とあいまって、えもいわれぬ風情をかもし出している。

「こたびの戦は、ようよう故殿の夢へ大きく飛躍する一歩じゃとて、氏綱様ご舎弟幻庵長綱様、多目殿、我が父は申すまでも無いことながら、大道寺殿その他『北条由緒七本槍』を筆頭に、御歴々、張り切られておいででござりまする」

「菊兄様もか、懐かしいのう…して、父上はお元気であろうかの。いや、戦にお出になるくらいじゃゆえ、ますますご壮健に遊ばすであろうの」

 父氏綱は、今年四十歳を越えた男盛り。憲秀の口から飛び出す「旧臣」や叔父の名もなんとも懐かしく、顔も自然にほころぶ。志保の左右に居並ぶ北条のものどもも、懐かしそうに彼を見やっている。

「左衛門も、息災かの」

「いえ、祖父は」

 そこで志保が「じい」の安否を尋ねると、憲秀は口ごもった。

「お言いやれ」

「は…これは、しかし、志保様には告げるなと祖父から固く…いえ、はい、承知いたしました」

 だが、志保の眼光に耐え切れず、憲秀はすぐに口を割る。

「実は祖父は、昨年暮れより臥せっておりまする。志保様の息災と、和子をもうけられたとの報せを聞くまでは何のこれしきと気張っておりますものの…」

「気張っておりますものの?」

「医師の見立てでは、春までは保つまいと…はい」

「そうか…おじじ様にお祈りして、回復を祈らねばのう」

 それを聞いて、志保はホーッと息を吐いて眉を曇らせた。

「ですがわが軍は、平、利根、渡良瀬の三川を自在に駆け巡っており申す。これより岩付へ向かいまいて…志保様」

 慌てて話題をそらそうと、懸命に話していた憲秀は、

「お顔色がすぐれぬようでおざりまするが?」

 そこで話をやめ、心配そうに志保の顔をうかがった。

「ふむ…」

 すると志保は微苦笑を浮かべて、

「このところ、朝晩けだるうての。あれほど好きであった食べ物の匂いも、嗅いだだけで時折吐き気がするのじゃ」

 それを聞いて、そばに控えていた八重の顔色が変わったのに気づいた者は、しかし誰もいなかった。

 周りのものへ軽く頭を下げて、まるで厠へでも行くように席を立つ。八重が襖を閉めると、部屋の中からは、「正室様ご懐妊」の歓喜の声が沸いた。

「おお、侍女殿。こちらからも、北条の使者殿にそろそろご挨拶をと思うておったところじゃ」

 そのまま、急ぎ足で北条館から出ると、ちょうど探していた簗田高助が向こうからやってくるのが見えて、

「高基様にも、手前からくれぐれもよろしゅう言うておけと申されての」

「すみませぬ。こちらへ」

 八重はその袖を軽く引いた。すると高助は、後ろについていた二、三の供へしばらく待っているように告げ、彼女とともに少し離れた廊下の隅へ足を運ぶ。

「しょう様、ご懐妊にござりまする」

 八重が強張った顔でそう告げれば、

「ありゃ、それは」

 喜ばしいこと、と言いかけた高助の顔は、

「私にも、しょう様と同じ症状が出ておりまする」

 彼女が続けた言葉に、さっと青ざめた。

 八重から目をそらしてしばし天井を仰ぎ、嘆息した後、

「こなた、ひとまず我が関宿城へ移れ。志保殿には、伝染させるといけぬ病にかかったとでも、手前から申しておく」

 高助は苦渋に満ちた声でそう言ったのである。

(ありえぬことでは無かったが…)

 そして控えていた供へ、八重の身柄を引き渡して関宿へ移すよう言いつけ、

「くれぐれも、丁重に扱うよう」

 言い置いて、彼はそのまま北条館側の詰の間へ向かった。

「賑やかでござるな」

 そして襖の前で一呼吸、言いながらさらりと襖を開けると、

「お猶父上様」

 志保が苦笑でもって彼を見上げ、一同の者とともに平伏する。

「公方家に、二人目のお子が出来られまいた」

「おお、これは左衛門殿の孫息子殿か。して、それはまことかの? まことなら、早速医師を遣わさねばならぬ」

 早速、咳き込んで報告したのは松田左衛門憲秀である。うわべはにこにこと、不自然に見えぬように笑顔を繕いながら、高助が案内された席へ着いて尋ねると、

「はい、こちらの侍女方が間違いないとおっしゃるもので」

「憲秀、まだよう分からぬものを」

 志保が苦笑して憲秀をたしなめた。

「いやいや。これは高基様や氏綱殿へ早速ご報告申し上げねばならぬこと。よう分からぬのであれば、なおさら早く医師の手配をなあ。ありゃ、それは手前にお任せあれ。確かなことが分かりまいたら、すぐに岩付の北条殿の陣へ使者を走らせよう」

 言いながら、高助は、

(八重にも早急に医師が必要じゃ)

 そう思い、八重が無事に出産できたなら、己の子として育ててもいいと覚悟を決めていたのである。

「では我ら、これにて」

「息災でのう」

 志保の言葉に嬉しそうに平伏して頭を下げ、左衛門憲秀やその他、彼に付き従ってきた者はあたふたと去っていく。

 そしてこの大永二年二月二日。北条勢は攻撃していた岩付城を落とし、城を守っていた太田資頼の兄である太田備中守を討ち取った。それと見て敵わぬと思ったのか、その先にあった毛呂城城主の、毛呂太郎とその将、岡本将監が北条へ降伏したのがその一週間の後。これにより、北条勢は一時的にせよ、毛呂から石戸までをその勢力下においた。

 このことは、結果的に扇谷側の松山城と川越城(山内憲房が守っている)との連絡を絶ったということになる。北条勢が出陣してからの行動の素早さに、

「さすがは北条よ」

 と、簗田高助は再び舌を巻くのであるが、

(事前に、綿密に計画を立てられたもの…)

 志保はすぐにそれと察して、しかし黙っていた。

 父氏綱や北条のものだけではなく、戦乱に巻き込まれる無辜の民や、そして、

(おじじ様、それら全てをお守りくだされ)

 敵となった扇谷のためにも香を焚き、部屋に据えた小さな仏壇へ朝な夕な、志保は手を合わせ続けている。

 聞こえてくるものは当面、北条側の快進撃のみであった。

「ときに、のう」

 今朝も仏壇への読経を終わって、志保は神妙に控えている侍女を振り返る。戦いが始まってはや四ヶ月。悪阻が激しく、幸千代王と散策にも出られなかった春はあっという間に過ぎた。

「八重の具合は、まだようならぬのかや」

「はい…私どもにも、詳しいことは聞かせていただいてはおりませぬ」

「ふむ」

指の先が凍りつくような冬がいつの間にか去り、ようよう春らしく日差しが和らいできたと思えば、すぐに梅雨に襲われる。それが終われば霜月上旬までは暑く、いきなり寒くなる。つまり一年の半分は寒く、半分は暑いという古河の気候にもやっと慣れて来たと思っていたのだが、

「八重にも、心労を重ねさせたゆえ」

「そのようなこと」
 
 申し訳なく、ぽつりと呟くように言うと、その侍女は大仰に首を振る。

 伝染させるかもしれぬ病気かもしれぬと分かったゆえ、大事をとって関宿城へ移した、と、猶父の簗田高助には聞かされている。志保の気持ちとしては、今すぐにでも乳姉妹の見舞いに出たいところなのだが、

「伝染させるかもしれぬ、と言われてはのう」

「腹におわすお子に大事があってはなりませぬ。石戸の氏綱様からも気遣われる手蹟がありまいたこと、ここは身二つになられてから、ゆるりと八重をお見舞いなされませ」

「…うむ」

 ため息をついて、志保は縁へ出る。今日も古河は鬱陶しい梅雨空である。

(北条のものも、これで冷えねばよいがなア)

 海の近くであれば蒸し暑くもある梅雨時の雨は、内陸へ入ると芯まで凍えるような冷たさのそれに変わる。その空に向かってもう一度、志保が手を合わせている頃に、

「資頼殿、扇谷朝興殿側へ寝返り!」

 古河から南へ半日ほど離れた石戸の北条本陣では、その報せを聞いて浮き足立った。

(まずここまで来れば)

 と、これ以上の進攻を控え、氏綱が付近の足固めに入ろうとしていたまさにその時である。これが大永四年六月十八日のこと。

 太田資頼には、兄の城であった岩付城を守らせている。それが寝返ったとなると、逆にこちら側が扇谷側に挟撃される恐れが出てくる。

 太田資頼はその少し前に、扇谷朝興が甲斐の武田信虎(信玄の父)に協力を要請しているのを知ったのだ。それが本当ならば、

(挟み撃ちになるのはこちらだ…)

 とばかりに、名将道灌の孫らしからぬこの武将は、北条を離れて扇谷側へ帰参してしまったのだ…。

 まさかに越せまいと思っていた信州の険しい山を、甲斐武田氏は一ヶ月で越えて武蔵国までやってきた。七月二十日には岩付城付近でまだ交戦の構えを見せていた北条の「別働隊」を蹴散らし、岩付城を攻め落としてしまったのである。

 それゆえに、せっかく石戸まで出ておきながら、北条勢は相模国の小沢城まで退却を余儀なくされた。岩付城には、太田資頼が扇谷朝興より命じられて城主として納まったそうな。

 この「痛手」で、もともと慎重派であった氏綱自身は、

「しゃッ面下げおって…」

 と、資頼へ普段の彼らしからぬ痛罵を吐きながら、再び小田原へ引っ込んだ。まだまだ関東管領上杉一族の力は侮れぬと深く反省しているらしい。

 これら一連の動きを、信じられぬが古河側はただ静観していたのである。北条の力は欲しいものの、やはり「新参者」にあまり介入されるのは望ましくない。山内憲房が扇谷側へついたと言っても、山内上杉の跡継ぎには古河高基の次男が養子に入っている。小弓公方側についた扇谷と北条とが、勝手に争うのであれば、どちらにしてもその分だけ両者の力が削がれることになるので、北条の台頭を好まぬ消極派には都合がよいのだ。

 ともかく、こうして北条が撤退したので、再び戦いは膠着状態に入った。それが大永四年の暮れのこと…。

「八重…こなた、どうしてこのようになるまで私に告げなんだのじゃ…」

 寒風吹きつける中、大山沼を渡って久々に訪れた関宿城で、志保は八重を罵っていた。

 二週間ほど前に、志保は青ざめて物言わぬ肉塊を出産したのである。初めて身ごもった赤子は、死産であった。この上なく嘆き悲しんでいる周囲とは裏腹に、

(なぜ泣けぬのであろうなア)

 志保は嫌に澄み切った瞳をして褥に横たわっていたのだが、

「お話がござる」

 硬く強張った猶父の訪問を受けて、褥を片付けさせる。

「人払いを」

「はい」

 その顔色から、なにやらもっと重大事が起きたらしいと察し、志保は火鉢を手元に引き寄せながら、侍女どもへ下がるように命じた。久々に褥を上げた志保と向かい合うと、

「志保殿には、これより関宿へお越しいただかねばならぬ」

「はて、何ゆえ」

 高助はその固い表情のまま、彼女へ切り出した。

「八重がことにござる」

「八重が、いかがしました。まさか」

「お察しに近い状態に陥りまいた」

「それは…また一体、何ゆえに!?」

「全てはお会いになってから…全てはこの高助の咎にござる。ありゃ、色々と他にお話申し上げたき儀もござるゆえ、なんとしてもご足労願わねばならぬ」

「申されずとも、八重は私の実の姉妹同然。参りまする」

 こうして傷ついた体と心を引きずりながら、志保は高助とともに関宿へやってきたのだ。

「…こうなるまで、なにゆえ私に申さなんだ…」

 今や青ざめきった頬に黒い唇をした八重は、主が枕元に来たのにも気づかず、懇々と眠り続けている。

「難産であったのじゃ」

「…はい…」

 高助の正室だという女性が、白い産着に大事そうに包んだ赤子を志保へ示す。恐る恐るそれを受け取って、初めてそこで志保は涙を零した。

「お子は無事じゃ。じゃが、八重はのう…」

「助かりませぬのか」

「それゆえ、お呼びした。非情とも思えるが、曲げてお頼み申し上げる。ここにおるのは、信頼できるものばかりゆえ、遠慮は要らぬ」

 抱いた赤子を何ともいえぬ面持ちで眺める志保の前に、高助は両手を付く。

「志保殿のお子はお亡くなり…じゃが、八重の…若殿のもう一人のお子はこうして無事にお生まれやった。それゆえ、このお子を、志保殿のお子として育てては下さらぬか」

「…」

「もちろん、このことは漏れぬよう、この高助が差配いたす。今の志保殿へお頼み申し上げるのはこの上なき残酷なこと。それは重々承知しておる…じゃが、これが考え得る最善の手立てなのじゃ」

 そこまで高助が話し終えたとき、

「しょう様…なにゆえ、ここへおいでやったのでござりまするか」

「八重ッ!」

 八重が、重そうに瞼を上げて志保へ微笑みかける。その前に赤子をかざすようにして、

「これ、こなたの子は健やかじゃ! それゆえ、こなたもしっかりいたせ」

「申し訳ござりませぬ、しょう様」

「八重…」

 すると八重は一刹那、瞼を閉じる。青ざめた頬へ一筋の涙が流れた。

「どうか、お子を…」

「分かっておる。こなたは私の姉妹。こなたの子は私の子同然じゃ。この晴氏様のお子、私が確かにお預かりした」

「…はい」

「それゆえ、これからも私を助けてたも…これ、これ、八重ッ!」

「市右がなあ」

 主の叫びに、八重は再びうっすらと目を開け、微笑む。

「なに、市右が?」

「昔の姿のままで、しょう様のお側におりまする。どうやら私を迎えに参りまいたものと…申し訳ござりませぬ。もはやこれ以上は、故殿の見られまいた夢、しょう様と一緒に追うことは出来ますまいかと」

「市右ッ、松田市右衛門ッ!」

 そこまで聞いて、赤子を抱いたまま志保は立ち上がって虚空を睨んだ。

「そこにおるならば、この志保の命を聞きやッ! 八重を連れてゆくなッ! どうあっても連れてゆくと申すならば、志保が罰を食らわしまするぞえッ!」

「フフ…」

 その主君の言葉に周りは一斉に泣き笑いをし、八重は神々しいとも取れる笑みを浮かべる。

「志保様は甘いように見えてその実、酸い…まこと、桜というより梅のようなお方。その梅を、八重はこの上なく慕うておりました。まこと、毎年変わらず酸い実をつける梅のように、変わられませぬなあ…嫁がれて、少しはお転婆が治られるかと思うておりましたが…」

「そうじゃ、私は変わらぬ!」

 八重を見下ろす志保の頬へ、涙が幾筋も流れ落ちていく。

「変わることが出来ぬゆえ、こなたが側にいてくれねばのう…」

 呟くように話しかけた乳姉妹からは、もう返事は帰ってこなかった。北条より松田左衛門頼秀死亡の報せがもたらされたのは、それと同じ頃である…。



 八重が産んだ晴氏の子は、梅千代王丸と名づけられ、これより正式に古河晴氏の次男、志保の実子として扱われることになる。高助の配慮により、志保死産を知らせるために北条へ立った使いが、関宿城に留められていたことも、志保はこの時初めて知った。

 晴氏もまた、父として当然のごとく右のことを知らされてはいるが、彼にとっては北条の侍女など、まさに「己の前を吹きすぎて行った塵」に等しかったのかもしれぬ。その時は「フン」と苦々しげに鼻を鳴らして、それきりこのことを口の端にも上せなかった。

 志保に従う北条館の者も皆沈黙を守り、梅千代王出自の秘密は永遠に守られるかのように見えたのだが、簗田高助や古河晴氏にはこのことが後々、思いがけぬ重大な報復となって帰ってくるのである。

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