ズルいチート勇者なんか好きになってあげないんだから!

せんのあすむ

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総員撤退

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 ティアンカに何かされて床に倒れたドゥケに、リリナが駆け寄って手を触れた。その途端に、ドゥケが体を起こして、
「ありがとう」
 とリリナに向かって言ったけど、改めて魔王の方に視線を向けて悔しそうに唇を噛みしめた。
 逆にアリスリスは床に倒れたままだった。動けるようになるとまた無茶をするのが分かってたから、リリナが敢えて休ませてたんだろうなって察してしまった。
 だって、床に倒れたまま、燃えるみたいな目でカッセルを睨み付けてたから。
 その時、それまでまどろんでるみたいに目をつぶっていた魔王が目を開いた。大きさはおかしいけど、でも、その目もただの赤ん坊のように無垢で澄み切ってるように私には見えた。
 だけど、すぐ、あどけない顔がくしゃくしゃって歪んで、
「う…あ、あ、ぅおぎゃああああああ~っっ!!」
 って泣き声を上げ始める。まるで火が点いたように泣き叫ぶ魔王を見たカッセルがふっと笑った。
「いよいよか…」
 魔王の泣き声に掻き消されそうになりながらも辛うじて届いてきたその言葉に、私の背筋が凍りつく。なにが『いよいよ』なのかは分からないけど、何かとんでもないことが起ころうとしてるってだけは分かってしまった。
「やめて…やめて……」
 勝手にそんな言葉が私の口を吐いて出てきても、もちろん収まるはずがない。
「おぎゃあああああああああ~っっ!!」
 泣き叫びながら手足をばたつかせていた魔王の体が、みるみる大きく、って言うか、<成長>していく。
『なんなの、これ……!?』
 私はもう訳が分からなくて呆然とするしかできなかった。大きくなった魔王の体が洞窟に収まりきらなくなり、崩し始めていたのに。
「ここは危険だ! みんな逃げろ!!」
 いつの間にかアリスリスを抱きかかえたドゥケが叫ぶ。他のみんなはリリナに導かれるように一斉に通路の方へと走り出したのに、私は頭が真っ白になって動けなかった。すると、
「逃げるぞ!」
 ドゥケがそう言って、私のことも抱き上げた。私の体の上にアリスリスを置くようにして、二人まとめて。
 崩れ落ちてくる岩から私とアリスリスをかばったドゥケの頭から血が……!
「ドゥケ…!」
「黙ってろ! このままの方が早い!!」
 確かに、私を下ろしてってしてる暇もなかった。落ちてきた岩を撥ね飛ばしながらドゥケが走る。だけど本当の全力で走れば前を走ってる巫女達も追い越してしまうだろうから、敢えて抑えて殿しんがりを務めつつ。
「逃げろ!! 城が崩れる!!」
 先を走ってた二人の勇者が、退路を確保してくれてた青菫あおすみれ騎士団や、自分たちが属してた部隊のみんなに向かって叫ぶと、ライアーネ様たちも「総員撤退!! 急げ!!」と声を上げつつ、躊躇うことなく城の外へと走り出したのだった。

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