盗品目録

天鳥そら

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笑う福助

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「商売繁盛!商売繁盛!」

大きな声が丑三つ時の長屋に響きます。ぐっすり寝ていた源助が慌てて飛び起きて福助人形の口をおさえました。からくりがあるらしのですが、どうしたら声が止むのか源助にはさっぱりわかりません。右往左往している内にぴたりと声がやみ、暗闇と同じ静けさがあたりを包みました。

「これで三晩か、害はねえけどこうも毎晩じゃ参るな」

源助は闇の中足音を忍ばせて心張棒を外すと、通りをそっとうかがいました。長屋の端っに住んでいる源助は、隣三部屋、向かい四部屋から何の物音もしないことにため息をつきました。この声はどうやら源助にしか聞こえていないらしいのです。騒ぎにならないことに助かったと思うものの不気味でした。

「やっかいなもの盗んじまったな。何か憑りついてんのかね」

そっと薄い戸を閉めて心張棒を元に戻し、右腕をぐるりと回して福助人形を睨みつけました。源助はしがないコソ泥です。盗られても困らそうな店に夜中忍び込み、これまた盗られても困らなそうな物や金子をかすめとっていきます。それなりのお店になりますと、この程度の金子を盗んで騒いだと言われたら、店の沽券に関わるというのでお上に届けないこともありました。源助もあまり欲をかかない方でしたので、役人に目をつけられてはいても、目こぼしを受けているようなところがありました。

源助に盗みの才能があるのかないのか、その評判は真っ二つに分かれます。

「あいつは物の価値なんてわかっとらんね。今回盗んだ物なんか二束三文にもならんよ」

「いやいや、あいつの盗んでくるものは珍しいものが多い。蔵の奥に転がっていた汚い石像が、有名な仏師のものだったらしくてな。良い塩梅に値がついたよ」

今回源助が盗んだ福助人形は、出来心から盗んだものでした。いつもなら盗むと決めた物以外には目もくれないのに、たまたま目についた薄汚れた福助人形をひょいっと手にして持って行ったのです。源助のような盗人相手に、物の売買を請け負う店に持って行けば小銭になるだろうという算段でした。

盗んだものはその日に引き取り手が見つかりましたが、薄汚れた福助人形はそうはいきませんでした。木でできている上に、どうやらからくりがあるからと店が引き取るのを渋ったのです。それならしばらく家に置いて様子を見ようと思ったその日の夜、けたたましい声があたりに響き渡りました。

口がカタカタ鳴りながら商売繁盛と叫ぶ様子は、縁起物というより呪われた物のようで薄気味悪く盗んだことを後悔したほどです。大声が響いたというのに、長屋の住人は誰一人として気がついていませんでした。

「やっぱり返してくるか」

商家になら必ずあるといって良い縁起物。招き猫や大きな熊手、それに福助人形。ふっくらとした顔に笑みを浮かべ、深々と首を垂れる姿は人を引き寄せ、客を誘う縁起物です。源助は大きくため息をついてさっさと支度をしました。

長屋からすりと抜け出すと音もなく町の中を走って行きます。盗人仲間に見つからぬよう、役人に目をつけられぬよう。どこにでもいる男で取るに足りない、目立たなくて気にもとめられないよう細心の注意を払います。走り抜ける時に犬がむっくり顔をあげ、猫が光る目を源助に向けますが何も気がつかなかったかのように、すいっと視線をそらしました。


三日前とはいえ盗みに入ったばかりの家にもう一度忍び込むのに源助は用心します。もしかしたら警戒されているのではないかという源助の心配は、まったく入りませんでした。忍び込んだ部屋の中はしんと静まり返り、誰も源助が忍び込んだことには気づいていません。

懐に抱えた福助人形を手に、古い物置に向かおうとした時、ぽうっと闇夜に小さな明かりが浮かび上がりました。明かりが宙に浮くわけはありません。一人の老婆がろうそくを手に、源助をじっと見ていたのです。源助は飛び上がらんばかりに驚きました。声は上げないものの、冷や汗が背中を流れ落ちます。誰にも見られていないという源助の目論見が外れました。

白い夜着が暗い中でぼんやりと浮かび上がり、老婆の#単語ルビ__ルビ__#手にしたろうそくが赤々と燃えています。

「盗人かね?」

部屋の中に見慣れない男がいるというのに、老婆の声はしっかりしていました。まるで通りがかりの人に声を書けるような気楽さだったので、源助が肩の力を抜きました。

「そうだと言ったら誰か呼ぶかい?」

顔がろうそくの明かりに照らされてしまわないよう、源助は音もなく動いて闇の中に身を隠します。老婆は明かりを掲げて笑いました。

「私の命は長くない。悪さをしないなら、見逃してやっても良いよ」

肝が据わっているのかただ呆けているのか、老婆の声音は明るく面白がっている風でした。

「体が悪いなら寝ていた方が良いんじゃないかい?」

源助が口元に布をあててくぐもった声で答えると、老婆はそうだねえと間延びした声を出した。ゆらりと揺れたろうそくの火から逃れるように源助は後ずさります。福助人形を置いてさっさと逃げようとしていました。

「三日前に盗人が入ったのはわかったんだけど、何を盗まれたかがわからなくてね。何を盗んだか教えてくれないかい?私以外誰も気づいちゃいないんだよ」

おっとりと笑った老婆がその場にすっと座って、お茶でもして一緒に話しましょうというそぶりを見せました。源助は迷ったものの顔を見られないようにしながら、そろりそろりとろうそくの火のそばににじり寄りました。

「盗んだ物、返して欲しいのか?」

もう遠くに売り飛ばしてしまった後だから、返せと言われても返せないと素直に言うと、老婆は声を押し隠してころころ笑います。

「構やしないよ。盗られたことに気がつかないくらいだ。勝手におし。ただ、盗んでいくぐらいだから大事な物かもしれないだろう?気になってね」

さすがはこの商家を支えてきた女主人だっただけあると源助は感心しました。今は息子夫婦に店を譲っていますが、今も店への影響はあると噂されていました。老婆の主人は2年前に亡くなっています。ほっそりとした手足に、優し気な笑みの中に強いまなざし。若い頃はさぞかし美人だったろうと思いました。源助は懐から福助人形を取り出して、すっと老婆の元へと押し出しました。老婆は人形を取り上げると、まあ、懐かしいことと目を細めます。老婆の手の中の福助人形は、子どもが親元に帰ってきたかのようにほっとした表情を浮かべているようでした。

「福助人形だけ持っていて、何かあったんだろう?だからこうして返しに来た。違うかい?」

しばらく嬉し気に撫でてから、笑いをかみ殺すように老婆が聞いてきました。源助は顔をしかめてから、ぽつりと呟きます。

「商売繁盛とうるさかった」


源助の心底参ったという声音に、ほほほほっと袂を口に当てて笑った老婆は、福助人形を置きました。

「福助人形を持っていくなら、座布団も持って行かなきゃならないよ。一緒にしておかないと、福助さんの機嫌が悪くなる」

からくり人形ではあるが、口元が動くくらいで本来は声など出ないと笑いました。いつからあるかわからないが、自分が嫁いできた時に、うっかり座布団と福助人形を離してしまったことがあると懐かしそうな声音を出しました。商売繁盛と叫ぶ福助人形の声に肝をつぶさんばかりに驚き、困っている老婆に主人が福助人形の話を教えてくれたのだと嬉し気に語ります。

「どうして声が出るんだい?俺以外に誰も声を聞いていないようなんだ」

「福助さんの声が聴けるのは、この家では私ぐらいのもんさ。この福助さんの声が聴こえる人間は、商才があり富と繁栄をもたらすと言われているのさ。主人は聴けなかったようだけど、主人の父親が聴いたそうだよ」

「商才ねぇ。俺はしがない盗人だけどな」

「やってみたら良いじゃないか、商売でもなんでも」

説教臭くなってきたので源助はそろそろと老婆から離れました。すっくと立ちあがると、逃げる道を確認して老婆ににっと笑います。

「福助人形はついでさ。目当ては、火伏のお札。蔵の奥に貼ってあった古い古いお札をもらったのさ。もう返せないけどな」

老婆ははっとしたように源助の方を見ました。

「この家、一度も火にまかれたことがなかったろう?欲しがるヤツ、いるんだよ」

たんっというかすかな音ともに、源助の気配が消え去ります。体はどこにもないのに、声だけが老婆のいる部屋に響きます。

「新しい火伏の守り、貼った方が良いかもな」


「お待ち、福助さんの話は本当だよ。もし気が向いたら足を洗って真っ当な仕事しな」

老婆の声はろうそくの火がゆらゆら揺れる中、暗闇の中に吸い込まれて返事などまったく返ってきませんでした。


まだ暗闇が町を覆う中、源助は音もたてずに走って行きます。見事な手さばきで上着を裏返すと、酔っぱらって道に迷い酔いがさめてきた男を装いました。源助は先ほどの老婆との会話を思い出して首を振ります。

「真っ当な仕事ね。そういうことはもっと早く教えて欲しかったものだ」

暗がりの中、歩を緩めて笑います。夜の風が源助の頬をそっと撫でていきました。









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