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第二章
第12話 感謝
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王国歴756年。
俺が魔法使いの力を発現させてから4年後。
もとい、俺が魔法使いの力を発現させた、という嘘のパフォーマンスをしてから4年後。
俺は数えで13歳になっていた。
ラピラの村の大型魔物を倒して以来、俺は一人で周辺地域の魔物を倒し続けた。
勿論、道中、不穏な輩に襲われないとも限らないので、討伐地域の直前までは、ヴェローニかイェルゴが護衛部隊として警護について来てくれた。俺のこのチート設定も、対人間に対しては全く意味をなさないので、正直それは助かった。
そして、周辺に魔物の情報も入って来なくなり、しばしのんびりとした時間を過ごしていたその年の夏の終わりのことである。
ついにその知らせが入って来た。
ドンドンドンッ!
「ルル! ルル!」
「ああ……兄上、どうぞ」
ノックの音で起きた俺は、寝ぼけた頭を振って、無理やり目を覚まさせた。
「なんだ、もう昼だというのに、今まで眠っていたのか?」
俺の部屋に入って来た兄上が、少し呆れたようにそう言った。
だって、早起きしたってトレーニングくらいしかすることないんだもん。
しかし、俺には最強の言い訳がある。
「申し訳ありません、兄上。昨日遅くまで魔法の特訓をしていたので、魔素の回復に時間がかかってしまいまして」
「む、そうなのか。それは仕方ないな。もう少し休んでおくか?」
魔素を消耗した、と言えば、どんなにぐうたらしていても許されてしまう。冬場なんて、いつまでもベッドから出なくてもそっとしておいてくれる。
これぞ魔法使い特権!
地球での生前、〇ろゆき氏が「生活保護を取れば勝ち組」としきりに言っていた理由がわかった気がするぜ。
まあ、あまりやり過ぎると罪悪感が凄いので、そこそこにしておいたが。
「いえ、だいぶ回復致しましたので。それに、今は魔物も落ち着いておりますし、問題ありません。それで、兄上? 何か用事があったのでは?」
「ああ、先ほど王宮から手紙があってな。フィアローディ伯爵領によるサンマリア男爵領の奪還が、ついに目前に迫ったとの事だ。フィアローディ伯爵領から王宮への報告、そこから我が領への早馬の時差を考えれば、もう討伐に成功している事だろう」
「おお、それは何よりの知らせですね」
本当に何よりだった。
これで、フィアローディ伯爵領は当面安泰と言っても差し支えないだろう。
兄上と婚約しているリーシャ・フィアローディ伯爵令嬢が無事公爵家に来られる日も近いはずだ。ヴェローニ兄さまからすれば、これ以上に嬉しい知らせは無いだろう。
まあ、しかし、本題はそこではないだろう。
俺の仮説が正しければ、だが。
「ああ、それでだ。その……だな」
兄上が口ごもった。そりゃそうか。
俺の仮説が確信に変わった。
「フィアローディ伯爵領の聖女様が、近々王宮に召された、と言う訳ですね? そして途中にある我が領に立ち寄る、と」
「な! ルレーフェ、なぜそこまで分かるのだ? まさか、それも魔法なのか?!」
兄上が、驚いて目をひん剥いた。
いや、そんな訳あるか。これは地球前世の俺、つまり広瀬雄介の「推理」という特殊能力だ。
「いえいえ、違いますよ兄上。簡単な話です」
俺は人差し指をたてると、まるで探偵もののクライマックスのように兄上に説明した。
「フィアローディに聖女か魔法使いがいるのは、状況的に見ても間違いないでしょう。どちらにせよ、王宮への状況報告は義務となりますが。
そしてもしもフィアローディ領に聖女が産まれたのであれば、サンマリア男爵領の奪還の後に王宮への招集、という事になるはずです。その場合、仮に途中に魔法使いの存在が報告されている地域があるなら、当然合流すべく聖女様にも知らせが届くはずです。そして、このハーズワート公爵領は、フィアローディから王都に向かう場合、必ず通る地域です。
さらに聖女様の情報は、王に拝謁するまでは外に漏れてはならない国家機密。兄上が、まるで一大事があったかのように入っていらっしゃったにも関わらず、その事をお話しするのに躊躇なさるという事は、そういう事なのでしょう。」
俺の言葉を最後まで聞いた兄上は、ため息をついて言った。
「……そうだったな。魔法使いという肩書ですっかり忘れていたが、お前はハーズワート家の『奇跡の神童』なのであったな」
結局、兄上の要件をピタリと言い当ててしまったので、後は雑談になってしまった。
「恐らく早くて数日、遅くてもひと月以内には、ご到着なさるだろう」
「つまり、それまでに旅支度を整えなくては……ですね」
「……ああ」
椅子に腰掛けた兄上が、若干伏目がちに言った。
俺が、聖女様と合流し魔王フェリエラ討伐の旅に出発してしまえば、恐らく数年は帰って来られないだろう。運が悪ければ、今生の別れになる。情に厚い兄上の事だ。きっとすぐに訪れるその別れの事を考えてしまったのだろう。
「なあ、ルル。俺は、お前の良い兄だっただろうか? お前にきちんと兄らしい事をしてやれただろうか?」
やはりか。
……でもまあ、な。
俺は、ここに来てからの事を思い出していた。
ヴァルクリス・カートライアとしての短い一生を終え、再び生まれ変わって、俺はこのハーズワート公爵家に産まれた。
正直、上手くやれるとは思わなかった。
カートライア辺境伯家での生活が幸せ過ぎたから。
それに。
ミュー、エフィリア……。
最愛の恋人と、最愛の妹の死を引きずっている俺が、新たな土地で、新たな家庭に溶け込めるはずがなかった。
そのはずだったのだが。
本当に、このハーズワート公爵家で良かった。
地球、辺境伯家、どちらの前世でも、俺は一人っ子と長男だった。もしも妹や同年代のお付きのメイドがいたら、上手く接することは出来なかっただろう。
しかし、ハーズワート公爵家では、俺は三兄弟の末っ子、屋敷の使用人も皆、ベテランのオバ……いや、お姉さま方ばかりだ。
前世も含めて、初めての「兄しかいない」「上しかいない」というこの状況は、思ったよりもずっと、精神的に過ごしやすかった。
少なくとも、常に前世の事を思い出してふさぎ込まなくてもよいくらいには。
そして俺の、この末っ子という生活の精神的支柱になり、充実させてくれたのは、本当に、この家族思いで、弟思いの長兄ヴェローニのおかげだった。
全ての人生で、俺の妹は、と問われれば、それはエフィリアただ一人。愛する人は、と訊かれれば、それはミューだけだ。しかし、兄は、と問われれば、それはヴェローニだ。と、そう言えるくらいには、彼は俺の兄上だった。
「兄上。兄上は、私の最高の兄さまですよ。本当に感謝しています。感謝してもし足りないくらいです。私の兄がヴェローニ兄さまで本当に良かった。ありがとうございました」
「……そうか、良かった」
ヴェローニは、うつむいたまま、少し安心したようにそう言った。
俺の言葉に嘘がない事を、俺が世辞でそういったのではないことを感じ取ってくれたようだった。
俺の感謝の本当の理由は決してヴェローニには伝わらない。でも、それでも良かった。俺がこの優秀な兄に心から感謝している事に嘘は無かったのだから。
(ありがとう……ヴェローニ)
「ところで兄上。一つ気がかりなことがあるのですが……」
いつまでも湿っぽいのは嫌なので、俺は話を変える事にした。
「ん、なんだ?」
「フィアローディの聖女が、どこの誰かという情報は王宮から伝わってますか?」
俺は一応聞いた。しかし、恐らくそこまでの情報は知らされてないはずだと思った。
「いや、機密事項だからな、それは知らされてはいない。恐らく父上にも具体的な内容は届いてないだろう。どこに聖女を害そうという人間や幹部魔物がいるかもわからんからな。……それがどうかしたのか?」
やはりか。
いや、多分大丈夫。大丈夫だとは思うんだけど……。
「兄上、もしも、リーシャ嬢が聖女様だったら、兄上はどうしますか?」
「……え?」
いや、ほんと、大丈夫だとは思う。フィアローディ領に、どれだけのフェリエラ期世代の女の子がいると思っているんだ。
しかし、可能性はゼロではない。
いやでも、フィアローディ伯爵家の令嬢がハーズワート公爵家嫡男と婚約を結んでいて、そのフィアローディに聖女が生まれたという展開。
実はその令嬢がその聖女でした、みたいなご都合主義展開なストーリーを、会社時代イヤって程見て来た。それは逆に言えばこの世界では寧ろ当たり前の展開なのではなかろうか?
そして今回ばかりはその展開は、兄上の幸せを願う俺には、絶対にあって欲しくない流れなのだから。
「ルル、もしもそうなら……」
きっとその可能性を微塵も予想していなかったのだろう。
俺の言葉に驚いた兄上が、声を絞り出した。
「もしそうなら、俺も旅に同行するぞ!」
いや、そんな事出来る訳ないでしょうが! あんた次期公爵様だよ!?
しかし、目の奥に炎を燃やしてそう言い切るヴェローニは本気っぽかった。
ここで、どのように父上を説得するか、なんて議題が始まったら、朝までかかってしまう。
仮定の話に労力を割いて説得するのも馬鹿馬鹿しいので、俺は適当に笑って誤魔化しておいたのだが……。
どうかそんな展開になりませんように! 絶対! マジで!
そう願わずにはいられなかった。
――それから一週間後。
「ルレーフェ! 聖女様が間もなく到着なさるようだ!」
父上の嬉々としたその知らせで、公爵家の面々は色めきだった。
一団から先行して、一行の到着を知らせに来たフィアローディ伯爵家の使者が公爵家に到着したらしい。
距離にして数キロ、馬車であれば一時間程度で到着するだろう。
俺は両親と兄達と共に、その時を待った。
聖女との対面。
兄上から知らされてからは、たったの一週間だ。
しかし、それは前世ヴァルクリスから数えると、20年以上待ち続けた、裏救世主としての俺の一大イベントであった。
そしてついに、ついにその時がやって来たのである。
(……え?)
一行の姿を見た俺は言葉を失った。
いやいやいや、嘘だろ!?
あれはフィアローディ伯爵家の馬車だ。
この世界の規則で、貴族の家紋がついた馬車には、少なくとも一人以上、その家の者が乗車しなくてはならない決まりがある。盗難や身分詐称を防ぐためだ。
つまり、いくら聖女様でも、フィアローディ伯爵家以外の人間が紋章付きのあの馬車に乗ることはあり得ない。あの馬車には確実にフィアローディ伯爵家の誰かが乗っているのだ。
伯爵家が聖女様に馬車を提供して、付き添いで家の者が乗っているとしたら、それは恐らくは長男のセリウス殿だろう。しかし、そのセリウス様は一団の先頭で馬に跨っている。
いや、考え過ぎだ。
なんてったって聖女様だぞ!
きっと平民か商人かどっかの出身の聖女様が、次男のディアス殿と一緒に乗っているに違いないって。
聖女様御一行のあの馬車から、伯爵令嬢が降りてくることなんて、あってはならない!
一行が屋敷の前に到着し、全員が注目しているその馬車の扉が開いた。
頼む。あの馬車から、次男のディアス殿と、見たこともないどこぞの聖女様が降りてきますように!
そして。
「お会いしとうございました、ヴェローニ様!」
その馬車から降りた、ドレス姿の美しい娘が、こちらを見るなりそう言った。
誰がどう見ても、美しく成長したリーシャ・フィアローディ嬢その人である。
((マジかよ!!))
生涯において、ここまで俺とヴェローニ兄さまの心がシンクロしたのははじめてだったことだろう。
(第13話『聖女との対面』へつづく)
俺が魔法使いの力を発現させてから4年後。
もとい、俺が魔法使いの力を発現させた、という嘘のパフォーマンスをしてから4年後。
俺は数えで13歳になっていた。
ラピラの村の大型魔物を倒して以来、俺は一人で周辺地域の魔物を倒し続けた。
勿論、道中、不穏な輩に襲われないとも限らないので、討伐地域の直前までは、ヴェローニかイェルゴが護衛部隊として警護について来てくれた。俺のこのチート設定も、対人間に対しては全く意味をなさないので、正直それは助かった。
そして、周辺に魔物の情報も入って来なくなり、しばしのんびりとした時間を過ごしていたその年の夏の終わりのことである。
ついにその知らせが入って来た。
ドンドンドンッ!
「ルル! ルル!」
「ああ……兄上、どうぞ」
ノックの音で起きた俺は、寝ぼけた頭を振って、無理やり目を覚まさせた。
「なんだ、もう昼だというのに、今まで眠っていたのか?」
俺の部屋に入って来た兄上が、少し呆れたようにそう言った。
だって、早起きしたってトレーニングくらいしかすることないんだもん。
しかし、俺には最強の言い訳がある。
「申し訳ありません、兄上。昨日遅くまで魔法の特訓をしていたので、魔素の回復に時間がかかってしまいまして」
「む、そうなのか。それは仕方ないな。もう少し休んでおくか?」
魔素を消耗した、と言えば、どんなにぐうたらしていても許されてしまう。冬場なんて、いつまでもベッドから出なくてもそっとしておいてくれる。
これぞ魔法使い特権!
地球での生前、〇ろゆき氏が「生活保護を取れば勝ち組」としきりに言っていた理由がわかった気がするぜ。
まあ、あまりやり過ぎると罪悪感が凄いので、そこそこにしておいたが。
「いえ、だいぶ回復致しましたので。それに、今は魔物も落ち着いておりますし、問題ありません。それで、兄上? 何か用事があったのでは?」
「ああ、先ほど王宮から手紙があってな。フィアローディ伯爵領によるサンマリア男爵領の奪還が、ついに目前に迫ったとの事だ。フィアローディ伯爵領から王宮への報告、そこから我が領への早馬の時差を考えれば、もう討伐に成功している事だろう」
「おお、それは何よりの知らせですね」
本当に何よりだった。
これで、フィアローディ伯爵領は当面安泰と言っても差し支えないだろう。
兄上と婚約しているリーシャ・フィアローディ伯爵令嬢が無事公爵家に来られる日も近いはずだ。ヴェローニ兄さまからすれば、これ以上に嬉しい知らせは無いだろう。
まあ、しかし、本題はそこではないだろう。
俺の仮説が正しければ、だが。
「ああ、それでだ。その……だな」
兄上が口ごもった。そりゃそうか。
俺の仮説が確信に変わった。
「フィアローディ伯爵領の聖女様が、近々王宮に召された、と言う訳ですね? そして途中にある我が領に立ち寄る、と」
「な! ルレーフェ、なぜそこまで分かるのだ? まさか、それも魔法なのか?!」
兄上が、驚いて目をひん剥いた。
いや、そんな訳あるか。これは地球前世の俺、つまり広瀬雄介の「推理」という特殊能力だ。
「いえいえ、違いますよ兄上。簡単な話です」
俺は人差し指をたてると、まるで探偵もののクライマックスのように兄上に説明した。
「フィアローディに聖女か魔法使いがいるのは、状況的に見ても間違いないでしょう。どちらにせよ、王宮への状況報告は義務となりますが。
そしてもしもフィアローディ領に聖女が産まれたのであれば、サンマリア男爵領の奪還の後に王宮への招集、という事になるはずです。その場合、仮に途中に魔法使いの存在が報告されている地域があるなら、当然合流すべく聖女様にも知らせが届くはずです。そして、このハーズワート公爵領は、フィアローディから王都に向かう場合、必ず通る地域です。
さらに聖女様の情報は、王に拝謁するまでは外に漏れてはならない国家機密。兄上が、まるで一大事があったかのように入っていらっしゃったにも関わらず、その事をお話しするのに躊躇なさるという事は、そういう事なのでしょう。」
俺の言葉を最後まで聞いた兄上は、ため息をついて言った。
「……そうだったな。魔法使いという肩書ですっかり忘れていたが、お前はハーズワート家の『奇跡の神童』なのであったな」
結局、兄上の要件をピタリと言い当ててしまったので、後は雑談になってしまった。
「恐らく早くて数日、遅くてもひと月以内には、ご到着なさるだろう」
「つまり、それまでに旅支度を整えなくては……ですね」
「……ああ」
椅子に腰掛けた兄上が、若干伏目がちに言った。
俺が、聖女様と合流し魔王フェリエラ討伐の旅に出発してしまえば、恐らく数年は帰って来られないだろう。運が悪ければ、今生の別れになる。情に厚い兄上の事だ。きっとすぐに訪れるその別れの事を考えてしまったのだろう。
「なあ、ルル。俺は、お前の良い兄だっただろうか? お前にきちんと兄らしい事をしてやれただろうか?」
やはりか。
……でもまあ、な。
俺は、ここに来てからの事を思い出していた。
ヴァルクリス・カートライアとしての短い一生を終え、再び生まれ変わって、俺はこのハーズワート公爵家に産まれた。
正直、上手くやれるとは思わなかった。
カートライア辺境伯家での生活が幸せ過ぎたから。
それに。
ミュー、エフィリア……。
最愛の恋人と、最愛の妹の死を引きずっている俺が、新たな土地で、新たな家庭に溶け込めるはずがなかった。
そのはずだったのだが。
本当に、このハーズワート公爵家で良かった。
地球、辺境伯家、どちらの前世でも、俺は一人っ子と長男だった。もしも妹や同年代のお付きのメイドがいたら、上手く接することは出来なかっただろう。
しかし、ハーズワート公爵家では、俺は三兄弟の末っ子、屋敷の使用人も皆、ベテランのオバ……いや、お姉さま方ばかりだ。
前世も含めて、初めての「兄しかいない」「上しかいない」というこの状況は、思ったよりもずっと、精神的に過ごしやすかった。
少なくとも、常に前世の事を思い出してふさぎ込まなくてもよいくらいには。
そして俺の、この末っ子という生活の精神的支柱になり、充実させてくれたのは、本当に、この家族思いで、弟思いの長兄ヴェローニのおかげだった。
全ての人生で、俺の妹は、と問われれば、それはエフィリアただ一人。愛する人は、と訊かれれば、それはミューだけだ。しかし、兄は、と問われれば、それはヴェローニだ。と、そう言えるくらいには、彼は俺の兄上だった。
「兄上。兄上は、私の最高の兄さまですよ。本当に感謝しています。感謝してもし足りないくらいです。私の兄がヴェローニ兄さまで本当に良かった。ありがとうございました」
「……そうか、良かった」
ヴェローニは、うつむいたまま、少し安心したようにそう言った。
俺の言葉に嘘がない事を、俺が世辞でそういったのではないことを感じ取ってくれたようだった。
俺の感謝の本当の理由は決してヴェローニには伝わらない。でも、それでも良かった。俺がこの優秀な兄に心から感謝している事に嘘は無かったのだから。
(ありがとう……ヴェローニ)
「ところで兄上。一つ気がかりなことがあるのですが……」
いつまでも湿っぽいのは嫌なので、俺は話を変える事にした。
「ん、なんだ?」
「フィアローディの聖女が、どこの誰かという情報は王宮から伝わってますか?」
俺は一応聞いた。しかし、恐らくそこまでの情報は知らされてないはずだと思った。
「いや、機密事項だからな、それは知らされてはいない。恐らく父上にも具体的な内容は届いてないだろう。どこに聖女を害そうという人間や幹部魔物がいるかもわからんからな。……それがどうかしたのか?」
やはりか。
いや、多分大丈夫。大丈夫だとは思うんだけど……。
「兄上、もしも、リーシャ嬢が聖女様だったら、兄上はどうしますか?」
「……え?」
いや、ほんと、大丈夫だとは思う。フィアローディ領に、どれだけのフェリエラ期世代の女の子がいると思っているんだ。
しかし、可能性はゼロではない。
いやでも、フィアローディ伯爵家の令嬢がハーズワート公爵家嫡男と婚約を結んでいて、そのフィアローディに聖女が生まれたという展開。
実はその令嬢がその聖女でした、みたいなご都合主義展開なストーリーを、会社時代イヤって程見て来た。それは逆に言えばこの世界では寧ろ当たり前の展開なのではなかろうか?
そして今回ばかりはその展開は、兄上の幸せを願う俺には、絶対にあって欲しくない流れなのだから。
「ルル、もしもそうなら……」
きっとその可能性を微塵も予想していなかったのだろう。
俺の言葉に驚いた兄上が、声を絞り出した。
「もしそうなら、俺も旅に同行するぞ!」
いや、そんな事出来る訳ないでしょうが! あんた次期公爵様だよ!?
しかし、目の奥に炎を燃やしてそう言い切るヴェローニは本気っぽかった。
ここで、どのように父上を説得するか、なんて議題が始まったら、朝までかかってしまう。
仮定の話に労力を割いて説得するのも馬鹿馬鹿しいので、俺は適当に笑って誤魔化しておいたのだが……。
どうかそんな展開になりませんように! 絶対! マジで!
そう願わずにはいられなかった。
――それから一週間後。
「ルレーフェ! 聖女様が間もなく到着なさるようだ!」
父上の嬉々としたその知らせで、公爵家の面々は色めきだった。
一団から先行して、一行の到着を知らせに来たフィアローディ伯爵家の使者が公爵家に到着したらしい。
距離にして数キロ、馬車であれば一時間程度で到着するだろう。
俺は両親と兄達と共に、その時を待った。
聖女との対面。
兄上から知らされてからは、たったの一週間だ。
しかし、それは前世ヴァルクリスから数えると、20年以上待ち続けた、裏救世主としての俺の一大イベントであった。
そしてついに、ついにその時がやって来たのである。
(……え?)
一行の姿を見た俺は言葉を失った。
いやいやいや、嘘だろ!?
あれはフィアローディ伯爵家の馬車だ。
この世界の規則で、貴族の家紋がついた馬車には、少なくとも一人以上、その家の者が乗車しなくてはならない決まりがある。盗難や身分詐称を防ぐためだ。
つまり、いくら聖女様でも、フィアローディ伯爵家以外の人間が紋章付きのあの馬車に乗ることはあり得ない。あの馬車には確実にフィアローディ伯爵家の誰かが乗っているのだ。
伯爵家が聖女様に馬車を提供して、付き添いで家の者が乗っているとしたら、それは恐らくは長男のセリウス殿だろう。しかし、そのセリウス様は一団の先頭で馬に跨っている。
いや、考え過ぎだ。
なんてったって聖女様だぞ!
きっと平民か商人かどっかの出身の聖女様が、次男のディアス殿と一緒に乗っているに違いないって。
聖女様御一行のあの馬車から、伯爵令嬢が降りてくることなんて、あってはならない!
一行が屋敷の前に到着し、全員が注目しているその馬車の扉が開いた。
頼む。あの馬車から、次男のディアス殿と、見たこともないどこぞの聖女様が降りてきますように!
そして。
「お会いしとうございました、ヴェローニ様!」
その馬車から降りた、ドレス姿の美しい娘が、こちらを見るなりそう言った。
誰がどう見ても、美しく成長したリーシャ・フィアローディ嬢その人である。
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生涯において、ここまで俺とヴェローニ兄さまの心がシンクロしたのははじめてだったことだろう。
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