異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第二章

第44話 一人一人の英雄たち

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 翌朝、少し早めに目覚めた。
 ふと目を横にやると、俺の左腕にしがみついたまま眠っている栗毛の美少女がいた。
 ぼんやりした頭を回転させて昨晩の事を思い出す。

「!!」

 夢じゃなかったらしい。
 思い出すだけで恥ずかしさで顔から火が出そうになる。

 いや、そんなの男も女もお互い様だろ、っていう意見が聞こえて来そうだが、俺は昔から思っていたことがある。
 なんていうか、ああいう行為ってさ、女性は乱れても美しく見えるんだけど、男性って情けなく見えない?
 なんか全然お互い様じゃない気がするんだよな。
 俺が男だからそう思うのかな?

 ともあれ、のんびりしていられる状況では無い。

「う……ん」

 いいタイミングでエミュが目覚めてくれた。これで痺れた左腕に何とか血が通いそうである。

「やは、おはやう、ルル」

 寝ぼけて、どっかの究極超人みたいな挨拶をしたエミュは、俺の頬にキスをすると、再び俺の左腕の血行を道連れに夢の世界へ旅立っていった。

「いやいや、旅立つな! エミュ」
「ん……ふぁ?」

 今度こそ目を開いたエミュは、ゆっくり起き上がってあたりを見回した。そして俺と目が合うと、顔を真っ赤にして枕に顔をうずめた。昨晩の事を覆い出したのだろう。

「エミュ、恥ずかしがらなくいてもいいさ。お互い様なんだから」

 いきなり前言を翻す俺。
 ふん、卑劣な男と言いたければ言うがいいさ!

 エミュは俺の言葉に小さく「うん」と言うと、
「でも、とっても幸せだった」
と付け加えた。

 はい、尊い。


 エミュにしてみても、さすがにこのことがロヴェルとヒューリアにばれるのは色々と面倒だったようで、二人だけの秘密、という約束をして、ダッシュで自分の部屋に戻って行った。
 一応、エミュが出る前に廊下をチェックしたので問題ない。うん、こういうところを目撃されるテンプレ展開などごめんである。登校して教室に入ったら噂になってるんだろ? どうせ。


 ともあれ、無事に誰にもバレることなく、俺達は食事の席についた。二人してポーカーフェイスすぎて、逆に「喧嘩でもしたのか?」と心配された時は笑ってしまったが、そこからは普段通りを心掛けた。
 そして何事もなかったかのように出立の準備を整えた俺たちは、ムルスクスの砦をった。

 まあ、とはいえ、俺が単騎で先行。後ろにフッツァを中心とした義勇軍。その後ろに、エミュとロヴェル達、という並びである。
 フッツァ達は、この形でレバーシーを犠牲者無しで攻略したという実績もあるし、大型にさえ出くわさなきゃ大丈夫だろう。

 侵攻ルートは一直線に南。そして、村を二つ抜けヤヴァルの街についたらそのまま東へ向かう。小さな村を一つ越えて、ケルーゼの街を超えれば、後は川を渡って領都、という流れだ。つまりL字型に進むことになる。
 スタートからいきなり東へ向かって南コーラルを制圧しても良かったが、そこはカートライア辺境伯領への入口だ。パリアペート西部、領都のある中部を制圧し、カートライアとの境の南コーラルに向かうのは最後、というのがベストだろう。
 L字ルートよりも南の地域は、一週間近く先に討伐を開始したアイシャ達が何とかしてくれるはずだしね。

 出来れば野営はしたくない。そう思い、進軍初日は、二つ目の村で合流し、各々宿として無人の家屋を拝借した。ちょっと荒れ果てたコテージ風の宿泊施設だと思えば何の問題も無い。
 二日目はヤヴァルの街で合流した。討ち漏らしが無いように、俺は少しルートから外れた前方を、フッツァ達は後ろをくまなく掃討していく。
 そして全軍で数百の魔物を倒しつつ、六日後にはケルーゼの街に辿り着いていた。まあその討伐の八割は俺の手によるものだったが。

 今更だけど改めて思う。
 敵に気づかれないってだけでここまで最強だとは。

「全く、ヴィ・フェリエラ期だったら、馬を飛ばせば一日でつく距離を、六日もかかるなんてね。」

 ヒューリアはそう愚痴っていたが、こればかりは仕方ない。
 とはいえ、本気で愚痴をこぼしたわけでは無いだろう。
 ここケルーゼを出て川を渡れば、次はパリアペート領都である。
 ヒューリアの不敵な表情を見るに、きっと見覚えのある景色を前に、気持ちが高ぶっているのだろう。

「ヒューリア。この先はついにパリアペート領都、君の実家だな」
「ええ、長かったわ」

 感慨深くヒューリアは目を細めた。

「ヒューリアやフッツァに一番乗りをさせてあげたいところだが、さすがに、それは難しい。俺が先に入ってあらかたの魔物は片付けておかなくてはみんなの身に危険が及ぶからな」
「そんなの分かってるわよ。私達はチーム。大事なのは私たちのチームが手ずから奪還したという事実なのよ。苦労をかけるけど、宜しく頼むわね、ヴァルス」

 一番乗りに拘っていたヒューリアに念のためと釘を刺しておいたが、いらん心配だったようだ。

 その二日後の朝、俺はパリアペートの領都に突入した。
 魔物は、人口が多かった街にたむろする傾向がある。さすがに、パリアペート領都にはそれなりの魔物がいるだろうとは思っていたが、数は大したことは無かった。
 面倒なのは大型が二体。獣型とトカゲ型だ。いや、本来ならばこいつらだけで領地が一つ滅ぶくらいの戦力なんだけどさ。
 言うなれば俺の能力は、絶対先制攻撃である。無防備な相手に確実に先制攻撃を食らわせられる。
 つまりその一撃を致死ダメージにしてしまえばいいだけの事なのだ。

 トカゲ型の首を、最初の一撃で切り落とす。獣タイプは、かがんでいる時は首を、立っていて首まで届かない時は心臓を一突きする。これが俺の必勝パターンだ。

「よし!」

 数時間かけてあらかたの魔物を片付けた俺は、広場の大型魔物の死体に火をつけた。これで、ロヴェル達とアイシャへの合図になるだろう。

 これで王手である。
 後は、緩やかに迂回しつつ南コーラルを奪還すれば、残るはカートライア辺境伯領のみ。カートライア攻略は全域を回る必要はない。一直線に領都に向かい、フェリエラを倒せばそれで俺たちの勝ちだ。
 そう言えば、以前、父上……つまり、ラルゴス・カートライア辺境伯との会話で、「過去の聖女様たちは魔王の出現から大体22、3年で討伐した」という話をしたのを思い出した。
 今は、二年の結界期間を含めても魔王の復活から、16、7年くらいである。そう考えると随分と早い。

 いや、恐らく、俺が原因なんだろうけど。

 単身で何千体の魔物を狩り続け、中ボスをことごとく不意打ちして倒し、領地を奪還してきた。それがこの6年の短縮という事実なのだろう。
 なんかインチキをしているようで申し訳なかった。
 でもまあ、多くの失われるはずの命を守るだけでなく、今回の聖女であるアイシャの負担を大幅に減らせたのだ。文句を言われる筋合いはないだろう。

 そうこうしていると、数時間後にフッツァ一行が領都に入って来た。
 手を挙げる俺に、あちらも応えて手を挙げたが、明らかに感極まっている。
 入り口付近の建物を一つ一つ見回している彼の仕草が、それを物語っていた。

「よし、お前ら! 五人ずつに分かれて領都内の魔物ををくまなく探索しろ! ルルが倒してくれているだろうが、討伐漏れがあるかもしれん。小型の単体ならその場で処理。それ以上の魔物は引き返して、ルルかエミュお嬢様と共に対処せよ!」
「おう!」

 さすがフッツァである。
 自身の感激を隠して、部下たちに的確に指示を出している。
 義勇兵たちも、意気揚々とそれらの指示に従って領都中に散らばっていった。

 彼らは、レバーシー伯爵領を奪還し、リングブリムを救った英雄たちである。きっと後世に語り継がれるに違いない。
 俺が無事に魔王をブレイクした暁には、きっとこの先フィアローディに出来るであろう聖女博物館に、その功績を讃えた内容を記してもらうとしよう。もちろん、フッツァやマビューズ・レバーシーの名前と共に。
 まあ、俺が過去に戻って歴史をやり直したとしたら、それも無用の長物になるかもしれない。でも、そういうのは関係ない。例え世界線とか並行世界とか、そう言う概念が存在しなかったとしても、今この時を生きた俺が、今この時に戦った英雄たちの栄光を称える。それが筋というものだ。

「ああああ!!」

 その上がった声に我に返る。
 見れば、遅れて入場したヒューリアが、目の前に広がる、変わり果ててはいるが確かに見覚えのある故郷の姿に、口を押えて涙を流していた。

「やっと、やっと帰って来たわ。私のパリアペートに」
「ああ」

 馬を降りたヒューリアをロヴェルが抱きしめる。その姿をエミュがはにかみつつ微笑ましそうに見ていた。
 ふとエミュの口が動いた。その口は俺に「ありがとう」と言っていた。おれはその音にならない言葉に親指を立て笑顔を返した。
 しかし、そうも言っていられない。

「ロヴェル、今フッツァの部隊が、領都の完全制圧に動いている」

 俺が彼に近づきそう言うと、ハッとした表情になったロヴェルは慌てて後ろの部隊に指示を送った。

「リングブリム軍はすぐに小隊で散らばり、領都を制圧している義勇軍の手助けに当たれ!」
「「「はっ!」」」

 それで良い。
 こういうところをしっかりしておかないと、後に義勇兵たちから不平が上がらないとも限らないからな。

 地球に居た時、俺が感じていた最も恐ろしい感情。

 それは承認欲求である。

 人は承認欲求を満たすために、自分の力や功績を喧伝する。
 人は承認欲求を満たすために、自分と近い立場の人間を貶める。
 人は承認欲求を満たすために、自ら進んで被害者ぶる。
 人は承認欲求を満たすために、進んで炎上する。
 人は承認欲求を満たすために、正義の名のもとに悪を攻撃する。

 仮に義勇兵たちから、「リングブリムの兵たちが、領都に到着しても何もしなかった」という不平不満が上がった場合、実はそれは不公平を訴えるものではない。

 「自分たちはこれだけ仕事をしたのだ。だから自分たちは偉い。だから自分たちは正しい。だからあいつらは間違っている」という承認欲求を満たすためなのだ。

 まあ、この世界にはそんな人間は少ないから大丈夫だとは思うけどね。一応念のために、体裁を繕っておくことは大事なのだ。


 その後、俺たちは、領都入口付近の広場に、近くの店から残っていた椅子とテーブルを引っ張り出して配置し、領都制圧本部を作っていた。
 俺やフッツァ達だけなら、そんなものを設置する必要も無いのだが、今回は隣の領主と、その妻でありここの領主の娘がいる。現在動いている部下たちにしても、きちんとボスの居場所が分かるというのもとても重要な要素なのだ。
 なんか、オープンカフェみたいな佇まいになってしまっているのは申し訳ないけどね。

 ちなみに俺だって完璧じゃない。ちょいちょい、打ち漏らした魔物の報告は上がって来た。
 その度に、俺とエミュが交互に出撃して行った。いや、一緒に行きたかったけど、一緒に行った時点で俺の能力は半減だからね。それぞれが、ぞれぞれの不在の際の控え戦力になっていたほうが効率が良いのだ。

 そしてもうそろそろ日も落ちようとし始めた時分に、領都の完全制圧が完了し、俺たちは、戻って来た兵たちをそれぞれ労った。
 強行軍の上に、領都中を走り回っての探索で疲れただろうと思ったが、兵たちの顔は清々しいものだった。それだけパリアペートの奪還が嬉しいのだろうか?

 いや、違う。この顔はきっとあれだ。
 そう。

 「やりがい」って奴だ。

 地球では、多くの人間が搾取され続ける、その感情。
 しかし、この世界の人々における、その偽りのない感情を目の前にしたとき。

 俺にはただただ眩しく感じた。

 ロヴェルも、ヒューリアも。ジェイク・フィアローディ侯爵も、セリウス殿も、ヴェローニ兄さまも。マビューズもフッツァも。そして一緒に戦ったあらゆる領主軍や傭兵、義勇兵たちも。
 俺にとってはこの表情をする一人一人が英雄だった。


「さて、今後の予定だが、ロヴェル様、ルル、どうしようか?」

 フッツァが俺とロヴェルに指示を仰いだ。
 そうだな。ひとまずしばらくはここに待機することになりそうだ。
 ならばどうせなら義勇軍には、徴発した家や店をあてがってもらい、領地復興のための作業に当たってもらうのが良いだろう。領主邸の掃除も必要だが、それはリングブリムの兵たちに任せればいいか。
 食料が少し不安だったが、リングブリムから送って貰えば問題ない。アイシャ達が到着すれば、南の森や川での狩りは問題なく出来るだろうし。

 俺がそんな事を考えていた矢先だった。
 空から流れ星が流れた。
 いや、正確には流れ星が下から空へ▪▪▪▪▪流れて行った。

「な、なんだ、今のは?」

 ロヴェルを筆頭にそれを目撃した全員がざわつき始める。

 しかし、俺の感想だけは全くその場にいた者たちのものとは異なっていた。

(やれやれ、派手にやっているようだな)

 今のはアイシャの天啓の槍レヴェレーションスピアだろう。あの感じからして放たれたのは一キロくらい先ってところだ。アイシャ達も日が暮れる前にここまでたどり着く予定で動いているに違いないだろうし、となれば、順調に行けば、数十分で到着するはずだ。

「どうやら聖女の到着が近いようです。それを待って、これからの事はそれからでも遅くはないでしょう」

 うおおおおおお!

 俺の言葉に、リングブリム兵と義勇兵たちが湧いた。
 そりゃあそうだろう。救世主の姿を拝めるんだから。
 いや、みんなアイシャのあの救世主然とした、最強ヒロインの姿に度肝を抜かれるに違いない。

 エミュだけは少し緊張している様だったが、同年代の女の子が二人もいるのだ。二人とも性格は良いし、エミュが上手くやれないことは無いだろう。


 そしてきっかり二十分後。

 アイシャ達がパリアペート領都にその姿を現した。

 既にせっせと動き回っている兵たちの姿を見たアイシャは、全ての事情を察したようだった。
 エリモッドに何かを口走っている。そしてそれを聞いたエリモッドとスヴァーグ、キュオが笑っている。
 きっと、「ルルに先を越された」とでも言っているのだろう。

 見慣れない一団が入って来たことで、それを目撃したリングブリム兵たちが色めきだった。そして、どこからともなく発せられた
「聖女様がご到着なされたぞ!」
という一言を皮切りに、一気に全員が、領都の入口に集結した。

「あ、あれが聖女様……」
「凄い……美しい」
「まるで光の女神の様だ……」

 口々にアイシャに向けての賛辞が漏れ出す。
 ほら見ろ。やっぱり度肝を抜かれていやがる。

「ぐぬぬぬぬ……」

 見れば義勇兵のシュフィだけが、その美しさに分かり易い嫉妬を抱いていた。
 おお、いいね。俺はそのチミの人間臭さも嫌いじゃないぜ。

「よう、アイシャ。もうここまで来るなんてさすがだな。驚いたよ」

 ここで「よう、遅かったな」なんて、ジョークでも言うべきではない。
 少なくとも、アイシャ達とエリモッドの軍の方が、パリアペートの制圧地域は多いのだ。
 彼女たちのお陰で、こちらの軍の危険が減ったのだから、素直にその労は労うべきだろう。

「本当はパリアペートの領都まで奪還したかったんだけどね。やっぱりルルの方が早いわよね」

 アイシャはそう言ったが、満更でも無さそうである。
 うん、からかわないで良かった。

 順序的にはロヴェルが挨拶をすべきなのだろう。
 でも、ロヴェルもヒューリアも、アイシャのその圧倒的な存在感に完全に気圧されている。
 このアイシャに、臆さずにニコニコと近寄り「こんにちは」と挨拶が出来る人間なんて、エフィリアくらいのものだろう。
 じゃあ、先にこっちから済ませてしまおう。

「エミュ、こちらへ」
「あ、は、はい」

 俺に呼ばれて、エミュがおずおずと前に出た。

「アイシャ、この子がエミュ。俺たちの最後の仲間だ」

 俺の紹介を聞いて、慌てて馬を降りたアイシャは、にこやかにエミュに近づいた。

「初めまして。私は聖女アイシャ・フィアローディ。よろしくお願いしますね、エミュ」
「は、はい。わ、私はエミュ、エミュ・リングブリムです。よろしくお願いいたします。アイシャ様」

 こうして、魔王フェリエラの決戦を目の前にして、初めて聖女と魔法使い達が集結したのだった。



(第45話 『ミューの言葉と運命的な何か』へつづく)
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