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第二章
第45話 ミューの言葉と運命的な何か
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パリアペート領都は荒れ果ててはいたが、男爵の屋敷、つまりヒューリアの実家はリングブリム軍の手助けもあり、寝泊まりできるくらいには片付いていた。立ち話も何なので、ひとまずそこに移動しよう、との俺の提案に全員が承諾した。
「おい! 俺はこれから会議に参加してくる。お前ら、不必要な略奪はするなよ。あくまでも借り受けるんだからな!」
「うへーい」
「つっす」
フッツァが部下に注意を促して、こちらに歩いて来る。必要な略奪なら良いのだろうか、とも思ったが、いちいち言葉の綾に突っ込むのも面倒なので止めておいた。
見ればロヴェルとエリモッドも兵の長らしき人物に仕事を委任していた。
「後を頼む」
「はっ!」
「後を頼む」
「はっ!」
……なんか嫌なものを見せられた気がした。育ってきた環境って大事ね。
なんだよ、「つっす」って。
ともあれ、俺たちは領主邸の前に到着した。
「まあ、散らかってるけど、ゆっくりして行って下さいね」
そう言うヒューリアの言葉を受けて、アイシャ達の頭にハテナマークが浮かんだ様だったので、リングブリム家に嫁いだヒューリアはパリアペート男爵家の長女なんだ、と説明をしてやった。
全員が入った広間は、多少の埃は被っていたが、長机も椅子も、そして絨毯もカーテンも綺麗なものだった。
魔物たちは不必要に無機物を破壊したりはしない。魔物が物を破壊するのは、あくまでも人間を襲うその軌道上にある物だけだ。この大広間の様相がそれを証明していた。
各々が思い思いの場所に座る。もちろんアイシャだけは、一人無理やり上座に座らされていたが。
「さて、それでは改めまして、それぞれの自己紹介から参りましょう。私はリングブリム子爵、ロヴェル・リングブリム。こちらは妻のヒューリア・リングブリム。魔法使いであるエミュの両親でございます」
ロヴェルとヒューリアが立ち上がり、アイシャに向かってうやうやしく礼をした。そして今度は隣同士で座っているキュオとスヴァーグに向かって礼をする。さすがは我が親友。こういう配慮を忘れないところは素晴らしいぜ。
「俺はフッツァ。元パリアペート男爵領傭兵団の隊長だ。パリアペートが滅んでからは、トラジアーデ男爵領で戦っていた。ルルとはそこで出会い、レバーシー伯爵領の奪還、リングブリム領の救援に手を貸した。今は客将として、リングブリム領に滞在している」
フッツァらしい自己紹介だ。
貴族とその家臣、魔法使いしかいないこの場で軽んじられることの無いよう、しっかりと、かつ簡潔に自身の武功アピールしていた。これも彼なりの処世術なのだろう。
「あ、えっと、エミュ・リングブリムです。えっと、ルルと一緒に、魔獣ゲージャと戦いました。よろしくお願いします」
フッツァの自己紹介に引っ張られて、過去の戦いを紹介するエミュ。本人に悪気は無いのだろうが、発言にインパクトがあり過ぎて、フッツァの武功がかすんで聞こえてしまう。見ればフッツァは少し苦笑していた。
いや、フッツァの協力の有難さは俺が誰よりも知っているよ。落ち込まないでフッツァ。
まあ、彼も大人なので、いちいちそんな事を気にしてはいないだろうけど。
さて、次はアイシャチームの番である。
一番初めに立ち上がったのは、エリモッドだった。
「イースマリク辺境伯家家臣、エリモッド・リングレーと申します。バザズの砦の太守を務めております。我が砦に潜伏していた魔人ドーディアを聖女様が討ち果たして下さり、その恩をお返しするために、砦の兵を率いてここまでご助力致しました次第です」
「何と、こんな遠くまでお力をお貸しいただけるとは、パリアペート男爵家に変わり、このロヴェル・リングブリム。イースマリク辺境伯家に感謝申し上げます」
「子爵様の有難きお言葉、必ずや我が主にお伝え申し上げましょう」
貸しを作った形になるが、それほど交流の無かったイースマリク辺境伯家との間にパイプが出来たのだ。ヴィ・フェリエラ期になっても、領地の付き合いは継続されるだろう。そう考えると、エリモッドの功績は計り知れないのかもしれなかった。
「ガルダ準男爵領でパーティーに加わりました、魔法使いのキュオです。平民の出ですがよろしくお願いします」
「ランドラルド伯爵領で仲間に加わりました、魔法使いのスヴァーグです。同じく平民の出ですが、よろしくお願いします」
二人が簡単に挨拶をすると、アイシャに全員の視線が注がれた。
それを受けてか、アイシャはゆっくりと立ち上がった。
真打ち登場である。
「フィアローディ侯爵家次女、アイシャ・フィアローディと申します。天より聖女の力と共に、魔王フェリエラを討ち滅ぼす使命を授かりました。聖女の力が無ければ、私自身は何の取り柄もないただの小娘でございますが、多くの人々のお力を借り、何とかここまでやって参りました。魔王討伐はもう目前。どうか最後までお力をお貸しくださいませ」
アイシャはスカートの裾を開いて優雅にカーテシーをすると、そう言った。
どう考えても、国王を除いた大陸最高位であり、絶対の力を有した人間から出るような言葉では無かった。
その言葉に、ロヴェルとヒューリア、フッツァにエミュは勿論、行動を共にしてきたエリモッド、そしてキュオやスヴァーグまでもが、その驕ることなく謙虚で、儚ささえ感じさせる挨拶に心を打たれていた。
「あら、何か言いたそうじゃない? ルル」
アイシャが目ざとくそう言った。
チッ、バレたか。
全員が、「ああ、聖女様」と心の中で唱えているなか、俺一人だけは「嘘つけ」と呟いていた。
「いや、お前に『何の取り柄もない』なんて形容されたら、この世界から『取り柄』という概念が消滅してしまう、と思ってな」
「ふふ、ルルにだけは言われたくないのだけど?」
いやいや、そんな事ねえって。全く、うちの聖女様は俺を買いかぶり過ぎだぞ。
しかし、見るとスヴァーグとキュオが信じられない勢いで首を縦に振っていた。
いや、二人だけじゃない。その場にいる全員が、うんうんと頷いている。
お前ら、こんなところで結託しやがって。
……まあ、俺をダシにして、みんなの気持ちが一つになったのなら、まあそれはそれでいっか。
自己紹介を終えた俺たちは、この後の進軍についての話になったが、これは意外にもすんなりと決まった。
パリアペートで残る領地は、領都の北と東であるが、俺たちは東を無視して北にある、カートライアとの境の南コーラルに向かうことにした。
ちなみにこれは俺のアイデアである。
ぶっちゃけた話、東を放置しても、この領都が再び落とされる前に魔王を倒してしまえばいいのだ。であれば、明日、俺が半日ほど見回りをして、その範囲にいる大型魔物を倒してしまえば、この領都が陥落することは無い。何日も時間を費やして全域を奪還する必要はないと踏んだのだ。
それに、これは俺の私見……というか予想だが、この世界の魔物の侵攻ルールでは、恐らく魔王城以外の地域からの侵攻が優先される。つまり、パリアペートの東を、非奪還地域として残しておけば、魔物はパリアペート領都を目指してくるはずだ。
しかし、もしもパリアペート全域を解放してしまうと、魔物の領域はカートライアだけになってしまう。そうなれば、いきなりリングブリムが襲われる可能性も否めないのだ。
将棋で言えば、敢えて「詰み」にせずに、王将の逃げ道を一手だけ残しておく、みたいな感じか。「詰み」にして「ニューゲーム開始」をさせずに、唯一残った一手だけを打たせる。そういうこと。
なんでそんなゲームみたいなルールになっているかはともかく、それを見破ったからにはせいぜい逆手に取らせて貰おうじゃないか。
そしてみんなの動きについてだが、エリモッドはここでバザズに帰還し、ここの防衛と再建をリングブリム軍が担当する。そして南コーラルまでの掃討部隊にフッツァ達義勇軍が同行する、という形になった。これで、最短で四日もあれば南コーラルにたどり着けるだろう。
カートライア領内は、正直何が起こるか分からない。今は消失しているが、なんてったってあの結界が出来た範囲内に入るのだ。よって、義勇軍もそこで引き返してもらい、パリアペートの防衛に当たってもらう事にした。
……と。
さっきから俺ばっかり喋ってるけど、良いのか?
俺が途中でそんな心配をしたが、アイシャが、
「聖女パーティーの参謀であるルルの作戦に間違いがあるはずないじゃない」
と太鼓判を押してくれたので、異を唱える者はいなかった。有難い、おかげであっさりと決まった。
俺たちの出立は三日後。
明日は俺が、東の魔物を狩ってくる予定があり、その翌日に出発は流石にきついだろう、という事でそうなった。
こうして、きっと最後になるであろう作戦会議が幕を閉じた。
「ねえ、ルル」
会議の後、ふとアイシャに声を掛けられた。
「なんだ?」
「リングブリムの親友を助けに行くって言ってたのって、エミュの事だったんだね?」
あ、そういえばあの時、そんな事を言って出て来たな。
いや、当然ロヴェルの事なんだけど、さすがにここでそれを明かすわけにはいかないし。
でも、エミュが親友と言うのは不自然だ。少なくともエミュが物心つく頃には魔物の侵攻が始まっている。その状況でわざわざ公爵家の子息が、危険地帯に行く理由などあるはずがない。
タイミングを考えると、俺とエミュが出会えるはずがないのだ。
ヤバイ、どう誤魔化そう……。何にも思いつかない。
「ああ、そのことですか」
話を聞いていたらしいロヴェルが間に入ってくれた。
「実は、今は亡き我が父の代の事ですが、ハーズワート公爵家に大きな貸しを作りましてね。それで、その見返りに、リングブリム家に娘が出来たら、公爵家が嫁に向かえてくれる、という話になっていたのです。その事なのではないでしょうか?」
でまかせを並べ立てるロヴェル。
いや、助かったと言えば助かったんだけど。
ん? ……いや、これは助かったのか?
「嫁? ほんとなの? ルル」
「あ、うん。実はその、そうなんだ」
いや、これはなんというか、余計にこじれる方向に行ってないか?
多分だけど、アイシャは俺に好意を持ってくれている、と思う。惚れられてる、とは思わないまでも、かなりアリな位置には分類していると思う。
だってそういえば、こないだ「結婚とか考えてないの?」とか聞かれたし。
いや、あれってよく考えれば、「俺にはお相手はいないの?」って聞いたって事にならないか?
そこに来ていきなりこんな「許嫁情報」が飛び出したらまずいのではないか?
知らんけど。
「そっか、ルルは気を使ってくれたんだね」
「え?」
なんの事だ? 推理マニアの俺でも、何のことか全くもって思い当たらない。
「私だって女の子だもん。例え命の危機だとしても、目の前の女の子を置いて、他の女の子を助けに行くなんて言いにくかったんでしょ?」
「……ああ、すまない。アイシャを無駄に傷つけたくなかったんだ」
俺は全力で乗っかった。
「もう、それならそうと言ってくれればいいのに。でも私、そんなんで傷ついたりしないよ」
「ああ、すまん」
ふう、どうやら乗り切ったようだ。
「それで、するの?」
「え?」
「許嫁なんでしょ? エミュと結婚するの?」
全然乗り切ってなかった。
いや、無理だから、こんなの。
もうこうなったらアレだ。
俺は卑劣な人間になる!
そう。
地球での生前に良く聞いた、卑劣な人間どもがこぞっていうあの言葉。
「回答は差し控える」
これに尽きる!
「いつか言ったろ、戦いが終わった先じゃないと考えられないって。全ては未来の可能性の一つに過ぎないさ」
全く動揺を表情に出さずに、寧ろ、敢えて少し怒ったようにも見えるくらいのテンションで言う俺って凄くないか? そして当然、私はこの自画自賛すらも表には出さないのだよ。残念だったね、明智君。
俺の言葉を聞いたアイシャは、「そっか」と納得してくれた。
そして「じゃあ、戦いが終わったら、ルルのその可能性を聞かせてね」とも。
この世界に来てからはあまり経験ないけどさ。
問題の先延ばしって、ろくなことにならないんだよなあ。
翌日。
半日かけて、東側周辺の魔物をソロで狩りつくした。
まあ、ここまで無敵を誇って来た俺である。こんな作業で問題など起こるはずも無く、寧ろ準備運動くらいのお手軽さで、人類の脅威を排除していった。
「ついに大詰めか……」
休憩がてら、一人でぼんやりと考える。
対魔王戦。
当然ながら、俺は既に作戦を立てていた。もちろんこれは誰にも明かしていない。
というか、明かすことが出来ない。
アイシャはどうなのだろうか?
魔王とどのように戦うか、ある程度考えているのだろうか?
俺はふと、ミューのいつかの言葉を思い出した。
「今度こそ、魔王は復活しない、と信じて戦うのではないでしょうか」
「その都度、その時の聖女様は、初めて魔王と戦う訳ですよね。ですので、毎回、『私が魔王を永遠に滅ぼす』と信じて戦うと思います」
前世の父、ラルゴス・カートライアの書斎で、ミューはそう言った。
いま、アイシャは、「私が魔王を永遠に滅ぼす」と思って戦っているのだろうか。いや、きっとそうに違いない。
で、あれば、唯一それが可能な俺こそが、アイシャの願いをも叶えてやらなくてはならない。
そんな決意をした瞬間だった。
ミューの言葉が再び頭にリフレインした。
いや、待てよ。
むしろ、だ。
「今度こそ、魔王を永遠に滅ぼすと信じて戦っている」のは、今の俺の方なのではないか?
何の根拠も無く、盲目的に信じて戦っているのは、今の俺の方なのではないか?
「……それが、実は70年前と同じことをしている、と知らずに、か」
そして、父上はあの後こう言った。
考えたくはない。考えたくはないが……。
三回目もありうるのだ。
魔王の討伐の失敗による三回目の可能性は勿論ながら。
それ以外の三回目の可能性も。
であれば、俺は三回目の準備をしておくべきなのではないだろうか。
あくまでも保険、保険としてだ。
この土壇場に来て、昔のミューの言葉に気づかされた俺は、運命的な何かを感じていた。そして一つの決心をしたのだった。
頼れるのはただ二人。
俺の無二の親友たちだけだった。
(第46話 『遺言』へつづく)
「おい! 俺はこれから会議に参加してくる。お前ら、不必要な略奪はするなよ。あくまでも借り受けるんだからな!」
「うへーい」
「つっす」
フッツァが部下に注意を促して、こちらに歩いて来る。必要な略奪なら良いのだろうか、とも思ったが、いちいち言葉の綾に突っ込むのも面倒なので止めておいた。
見ればロヴェルとエリモッドも兵の長らしき人物に仕事を委任していた。
「後を頼む」
「はっ!」
「後を頼む」
「はっ!」
……なんか嫌なものを見せられた気がした。育ってきた環境って大事ね。
なんだよ、「つっす」って。
ともあれ、俺たちは領主邸の前に到着した。
「まあ、散らかってるけど、ゆっくりして行って下さいね」
そう言うヒューリアの言葉を受けて、アイシャ達の頭にハテナマークが浮かんだ様だったので、リングブリム家に嫁いだヒューリアはパリアペート男爵家の長女なんだ、と説明をしてやった。
全員が入った広間は、多少の埃は被っていたが、長机も椅子も、そして絨毯もカーテンも綺麗なものだった。
魔物たちは不必要に無機物を破壊したりはしない。魔物が物を破壊するのは、あくまでも人間を襲うその軌道上にある物だけだ。この大広間の様相がそれを証明していた。
各々が思い思いの場所に座る。もちろんアイシャだけは、一人無理やり上座に座らされていたが。
「さて、それでは改めまして、それぞれの自己紹介から参りましょう。私はリングブリム子爵、ロヴェル・リングブリム。こちらは妻のヒューリア・リングブリム。魔法使いであるエミュの両親でございます」
ロヴェルとヒューリアが立ち上がり、アイシャに向かってうやうやしく礼をした。そして今度は隣同士で座っているキュオとスヴァーグに向かって礼をする。さすがは我が親友。こういう配慮を忘れないところは素晴らしいぜ。
「俺はフッツァ。元パリアペート男爵領傭兵団の隊長だ。パリアペートが滅んでからは、トラジアーデ男爵領で戦っていた。ルルとはそこで出会い、レバーシー伯爵領の奪還、リングブリム領の救援に手を貸した。今は客将として、リングブリム領に滞在している」
フッツァらしい自己紹介だ。
貴族とその家臣、魔法使いしかいないこの場で軽んじられることの無いよう、しっかりと、かつ簡潔に自身の武功アピールしていた。これも彼なりの処世術なのだろう。
「あ、えっと、エミュ・リングブリムです。えっと、ルルと一緒に、魔獣ゲージャと戦いました。よろしくお願いします」
フッツァの自己紹介に引っ張られて、過去の戦いを紹介するエミュ。本人に悪気は無いのだろうが、発言にインパクトがあり過ぎて、フッツァの武功がかすんで聞こえてしまう。見ればフッツァは少し苦笑していた。
いや、フッツァの協力の有難さは俺が誰よりも知っているよ。落ち込まないでフッツァ。
まあ、彼も大人なので、いちいちそんな事を気にしてはいないだろうけど。
さて、次はアイシャチームの番である。
一番初めに立ち上がったのは、エリモッドだった。
「イースマリク辺境伯家家臣、エリモッド・リングレーと申します。バザズの砦の太守を務めております。我が砦に潜伏していた魔人ドーディアを聖女様が討ち果たして下さり、その恩をお返しするために、砦の兵を率いてここまでご助力致しました次第です」
「何と、こんな遠くまでお力をお貸しいただけるとは、パリアペート男爵家に変わり、このロヴェル・リングブリム。イースマリク辺境伯家に感謝申し上げます」
「子爵様の有難きお言葉、必ずや我が主にお伝え申し上げましょう」
貸しを作った形になるが、それほど交流の無かったイースマリク辺境伯家との間にパイプが出来たのだ。ヴィ・フェリエラ期になっても、領地の付き合いは継続されるだろう。そう考えると、エリモッドの功績は計り知れないのかもしれなかった。
「ガルダ準男爵領でパーティーに加わりました、魔法使いのキュオです。平民の出ですがよろしくお願いします」
「ランドラルド伯爵領で仲間に加わりました、魔法使いのスヴァーグです。同じく平民の出ですが、よろしくお願いします」
二人が簡単に挨拶をすると、アイシャに全員の視線が注がれた。
それを受けてか、アイシャはゆっくりと立ち上がった。
真打ち登場である。
「フィアローディ侯爵家次女、アイシャ・フィアローディと申します。天より聖女の力と共に、魔王フェリエラを討ち滅ぼす使命を授かりました。聖女の力が無ければ、私自身は何の取り柄もないただの小娘でございますが、多くの人々のお力を借り、何とかここまでやって参りました。魔王討伐はもう目前。どうか最後までお力をお貸しくださいませ」
アイシャはスカートの裾を開いて優雅にカーテシーをすると、そう言った。
どう考えても、国王を除いた大陸最高位であり、絶対の力を有した人間から出るような言葉では無かった。
その言葉に、ロヴェルとヒューリア、フッツァにエミュは勿論、行動を共にしてきたエリモッド、そしてキュオやスヴァーグまでもが、その驕ることなく謙虚で、儚ささえ感じさせる挨拶に心を打たれていた。
「あら、何か言いたそうじゃない? ルル」
アイシャが目ざとくそう言った。
チッ、バレたか。
全員が、「ああ、聖女様」と心の中で唱えているなか、俺一人だけは「嘘つけ」と呟いていた。
「いや、お前に『何の取り柄もない』なんて形容されたら、この世界から『取り柄』という概念が消滅してしまう、と思ってな」
「ふふ、ルルにだけは言われたくないのだけど?」
いやいや、そんな事ねえって。全く、うちの聖女様は俺を買いかぶり過ぎだぞ。
しかし、見るとスヴァーグとキュオが信じられない勢いで首を縦に振っていた。
いや、二人だけじゃない。その場にいる全員が、うんうんと頷いている。
お前ら、こんなところで結託しやがって。
……まあ、俺をダシにして、みんなの気持ちが一つになったのなら、まあそれはそれでいっか。
自己紹介を終えた俺たちは、この後の進軍についての話になったが、これは意外にもすんなりと決まった。
パリアペートで残る領地は、領都の北と東であるが、俺たちは東を無視して北にある、カートライアとの境の南コーラルに向かうことにした。
ちなみにこれは俺のアイデアである。
ぶっちゃけた話、東を放置しても、この領都が再び落とされる前に魔王を倒してしまえばいいのだ。であれば、明日、俺が半日ほど見回りをして、その範囲にいる大型魔物を倒してしまえば、この領都が陥落することは無い。何日も時間を費やして全域を奪還する必要はないと踏んだのだ。
それに、これは俺の私見……というか予想だが、この世界の魔物の侵攻ルールでは、恐らく魔王城以外の地域からの侵攻が優先される。つまり、パリアペートの東を、非奪還地域として残しておけば、魔物はパリアペート領都を目指してくるはずだ。
しかし、もしもパリアペート全域を解放してしまうと、魔物の領域はカートライアだけになってしまう。そうなれば、いきなりリングブリムが襲われる可能性も否めないのだ。
将棋で言えば、敢えて「詰み」にせずに、王将の逃げ道を一手だけ残しておく、みたいな感じか。「詰み」にして「ニューゲーム開始」をさせずに、唯一残った一手だけを打たせる。そういうこと。
なんでそんなゲームみたいなルールになっているかはともかく、それを見破ったからにはせいぜい逆手に取らせて貰おうじゃないか。
そしてみんなの動きについてだが、エリモッドはここでバザズに帰還し、ここの防衛と再建をリングブリム軍が担当する。そして南コーラルまでの掃討部隊にフッツァ達義勇軍が同行する、という形になった。これで、最短で四日もあれば南コーラルにたどり着けるだろう。
カートライア領内は、正直何が起こるか分からない。今は消失しているが、なんてったってあの結界が出来た範囲内に入るのだ。よって、義勇軍もそこで引き返してもらい、パリアペートの防衛に当たってもらう事にした。
……と。
さっきから俺ばっかり喋ってるけど、良いのか?
俺が途中でそんな心配をしたが、アイシャが、
「聖女パーティーの参謀であるルルの作戦に間違いがあるはずないじゃない」
と太鼓判を押してくれたので、異を唱える者はいなかった。有難い、おかげであっさりと決まった。
俺たちの出立は三日後。
明日は俺が、東の魔物を狩ってくる予定があり、その翌日に出発は流石にきついだろう、という事でそうなった。
こうして、きっと最後になるであろう作戦会議が幕を閉じた。
「ねえ、ルル」
会議の後、ふとアイシャに声を掛けられた。
「なんだ?」
「リングブリムの親友を助けに行くって言ってたのって、エミュの事だったんだね?」
あ、そういえばあの時、そんな事を言って出て来たな。
いや、当然ロヴェルの事なんだけど、さすがにここでそれを明かすわけにはいかないし。
でも、エミュが親友と言うのは不自然だ。少なくともエミュが物心つく頃には魔物の侵攻が始まっている。その状況でわざわざ公爵家の子息が、危険地帯に行く理由などあるはずがない。
タイミングを考えると、俺とエミュが出会えるはずがないのだ。
ヤバイ、どう誤魔化そう……。何にも思いつかない。
「ああ、そのことですか」
話を聞いていたらしいロヴェルが間に入ってくれた。
「実は、今は亡き我が父の代の事ですが、ハーズワート公爵家に大きな貸しを作りましてね。それで、その見返りに、リングブリム家に娘が出来たら、公爵家が嫁に向かえてくれる、という話になっていたのです。その事なのではないでしょうか?」
でまかせを並べ立てるロヴェル。
いや、助かったと言えば助かったんだけど。
ん? ……いや、これは助かったのか?
「嫁? ほんとなの? ルル」
「あ、うん。実はその、そうなんだ」
いや、これはなんというか、余計にこじれる方向に行ってないか?
多分だけど、アイシャは俺に好意を持ってくれている、と思う。惚れられてる、とは思わないまでも、かなりアリな位置には分類していると思う。
だってそういえば、こないだ「結婚とか考えてないの?」とか聞かれたし。
いや、あれってよく考えれば、「俺にはお相手はいないの?」って聞いたって事にならないか?
そこに来ていきなりこんな「許嫁情報」が飛び出したらまずいのではないか?
知らんけど。
「そっか、ルルは気を使ってくれたんだね」
「え?」
なんの事だ? 推理マニアの俺でも、何のことか全くもって思い当たらない。
「私だって女の子だもん。例え命の危機だとしても、目の前の女の子を置いて、他の女の子を助けに行くなんて言いにくかったんでしょ?」
「……ああ、すまない。アイシャを無駄に傷つけたくなかったんだ」
俺は全力で乗っかった。
「もう、それならそうと言ってくれればいいのに。でも私、そんなんで傷ついたりしないよ」
「ああ、すまん」
ふう、どうやら乗り切ったようだ。
「それで、するの?」
「え?」
「許嫁なんでしょ? エミュと結婚するの?」
全然乗り切ってなかった。
いや、無理だから、こんなの。
もうこうなったらアレだ。
俺は卑劣な人間になる!
そう。
地球での生前に良く聞いた、卑劣な人間どもがこぞっていうあの言葉。
「回答は差し控える」
これに尽きる!
「いつか言ったろ、戦いが終わった先じゃないと考えられないって。全ては未来の可能性の一つに過ぎないさ」
全く動揺を表情に出さずに、寧ろ、敢えて少し怒ったようにも見えるくらいのテンションで言う俺って凄くないか? そして当然、私はこの自画自賛すらも表には出さないのだよ。残念だったね、明智君。
俺の言葉を聞いたアイシャは、「そっか」と納得してくれた。
そして「じゃあ、戦いが終わったら、ルルのその可能性を聞かせてね」とも。
この世界に来てからはあまり経験ないけどさ。
問題の先延ばしって、ろくなことにならないんだよなあ。
翌日。
半日かけて、東側周辺の魔物をソロで狩りつくした。
まあ、ここまで無敵を誇って来た俺である。こんな作業で問題など起こるはずも無く、寧ろ準備運動くらいのお手軽さで、人類の脅威を排除していった。
「ついに大詰めか……」
休憩がてら、一人でぼんやりと考える。
対魔王戦。
当然ながら、俺は既に作戦を立てていた。もちろんこれは誰にも明かしていない。
というか、明かすことが出来ない。
アイシャはどうなのだろうか?
魔王とどのように戦うか、ある程度考えているのだろうか?
俺はふと、ミューのいつかの言葉を思い出した。
「今度こそ、魔王は復活しない、と信じて戦うのではないでしょうか」
「その都度、その時の聖女様は、初めて魔王と戦う訳ですよね。ですので、毎回、『私が魔王を永遠に滅ぼす』と信じて戦うと思います」
前世の父、ラルゴス・カートライアの書斎で、ミューはそう言った。
いま、アイシャは、「私が魔王を永遠に滅ぼす」と思って戦っているのだろうか。いや、きっとそうに違いない。
で、あれば、唯一それが可能な俺こそが、アイシャの願いをも叶えてやらなくてはならない。
そんな決意をした瞬間だった。
ミューの言葉が再び頭にリフレインした。
いや、待てよ。
むしろ、だ。
「今度こそ、魔王を永遠に滅ぼすと信じて戦っている」のは、今の俺の方なのではないか?
何の根拠も無く、盲目的に信じて戦っているのは、今の俺の方なのではないか?
「……それが、実は70年前と同じことをしている、と知らずに、か」
そして、父上はあの後こう言った。
考えたくはない。考えたくはないが……。
三回目もありうるのだ。
魔王の討伐の失敗による三回目の可能性は勿論ながら。
それ以外の三回目の可能性も。
であれば、俺は三回目の準備をしておくべきなのではないだろうか。
あくまでも保険、保険としてだ。
この土壇場に来て、昔のミューの言葉に気づかされた俺は、運命的な何かを感じていた。そして一つの決心をしたのだった。
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【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
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ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
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【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
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過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
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前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
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