異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第三章

第16話 魔王と聖女とルール

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 フェリエラがゆっくりと立ち上がり俺の方に歩きだす。
 そして俺の目の前で止まると、手を差し出した。

『ヴァルクリスよ。お前の話を信じよう。これより我らは、共に聖女を討つ仲間だ』
「ああ」

 よし、これで重要な駒が揃った。
 その嬉しさを表すかのように、俺は力強くその手を取った。

「バルガレウス殿とドーディア殿も、宜しく頼む」

 俺が二人に振り向くと、常に怒ったような顔だったバルガレウスと、常に不機嫌だったドーディアは、意外にも苦笑するかのような表情をたたえ、俺に近づき、握手を求めて来た。

『バルガレウスで構わぬ』
『私のことはドーディアと呼べ』
「ああ、宜しく。俺もヴァルスで構わない」

 その二人の言葉を聞いて、フェリエラが意外そうに、ほう、と漏らした。

『ふふ、我が共闘を申し出ても、おぬしらは不服に思うかと思って負ったがの』
『フェリエラ様のお言葉には逆らえませぬしなぁ』

 ニヤニヤした表情でバルガレウスが答えた。
 いや、逆らえないのは知ってるって。だから、不服そうに嫌々従うんじゃないか、って事を主は言ってるんだと思うぞ、赤鬼のおっさん。

『ヴァルスの話には一貫性があり、反論する隙が無かったですからな』

 バルガレウスの言葉を補足するように、今度は不敵な笑みを浮かべつつフェリエラの問いに返答するドーディア。
 いや、呼べとは言ったけど、初回から既に愛称呼び!
 距離の詰め方とか、馴れ馴れしい呼び方といった概念が無いのだろう。さすがは魔物。

『……それに、面白いではありませんか。人間を一定数殺すためだけの悪として生み出された我々が、まさかこの世界の救世主となろうとは』
『ぐわっはっはっは! なるほど、確かに!』
『ふふふ、はっはっは! なるほど、我々魔王と魔物たちが、この世界の救世主か! 何という馬鹿げた話だ、これは確かに面白いのう!』

 人間を苦しめるために生み出された三人の魔物は、その救世主という言葉が痛くお気に召したようだった。

『ミュー……だったか。おぬしもよろしく頼む』

 急に魔王に振られて、ミューが一瞬テンパった。

「は、はい、魔王さま」
『フェリエラで構わぬ。切り札を持っているのはそなたら二人じゃ。寧ろ我らが願わねばならぬ立場なのだからな』
「はい、では……よろしく頼みます、フェリエラ」
『うむ』

 ……いや、つくづく凄い人生である。
 孤児院で生まれ育ち、幼くして貴族家に使用人として奉公に出された少女が、今では魔王を呼び捨てにして、世界を救おうとしている。
 俺のせいで、ここまで波乱万丈な人生にしてしまったと思おうと申し訳ない。
 しかし、それを押しても、俺はミューについて来てもらいたいし、ミューはそんな波乱の人生を始めから前向きに受け入れている。
 それを考えると、申し訳ないなんて気持ちを持つこと自体に、正に申し訳ない、である。

 俺は、バルガレウスとドーディアと握手を交わしているミューを見てそう思ったのだった。



「さて、では本題に入ろう。聖女のルールに縛られている三人が仲間になってくれたことで、聖女のルールを色々と探ることが出来そうだ」

 五人で円卓に着いてから、改めて俺はそう言った。
 あ、ちなみにやはりルールで魔王はこのホールから出ることが出来なかったため、バルガレウスとドーディアに手伝ってもらって、会議室らしきところの椅子を運んでもらった。
 大人十人がかりでようやく運べそうなテーブルを片手で持ち上げてしまう辺り、さすがはバルガレウスである。

『ほう、そんなことが出来るのか』
「ああ、例えば既に、ここにテーブルを運ぶ、という仕事だけでも、フェリエラがここから出ることが出来なくなっている、というルールの存在が確定できているだろう?」
『なるほど、確かにな』
「他にも、俺がこの世界の仕組みに違和感を覚えたことがいくつかある。それに、同じ世界出身の魂同士、ヤツの考えはある程度予想できるからな」

 もしも俺が犯人だったらどうするか。
 こんなの、推理モノの基本思考である。

 まずはここからだな。

「恐らく今は聖女が生まれて一年目だろう。本来ならば、この時期に……つまり聖女がまともに戦えるようになる前に、魔物総出で世界を滅ぼすことが出来たと思うのだが、何故か過去のあなた方は、数年間姿を現さなくなった。これはどうしてだ?」

 この世界で最も違和感を覚えたことと言っても過言ではない。

 以前ゲージャは、僅か数週間でパリアペートを滅ぼした。
 俺たちは勝手に、幹部魔物の魔素切れ、とか言って理由をつけていたが、いくら何でも都合が良すぎる。恐らくは何らかのルールが施されているに違いない。
 俺はそう睨んでいた。

『う、うむ。初めは体力全開で人間の領地を滅ぼせるのだがな、いつも途中で魔素が切れてしまうのだ。それを回復するために、ここに戻って休んでいる』
「いや、多分それは純粋な魔素切れではないだろう。恐らく、そこに聖女のルールが存在している」

 バルガレウスの言葉に俺はそう断定した。

『どういう事だ?』
「なに、簡単なことだ。聖女からしてみれば、自分が成長する前に人間が滅亡してもらっては困る。
 しかし、逆に聖女として力を目覚めさせた瞬間に、どこの領地も滅んでいないのではつまらない。ある程度ピンチに陥ってなければ人々の心にありがたみが湧かないからな。
 つまり全領地の半分か、三分の一か、そのあたりでこれ以上魔物が領地を滅ぼせなくなるように幹部魔物の行動に制限リミッターをかけているのだろう」
『ぐぬぬ……理解できんな』

 シャルヘィスに会った時、あれだけの魔物を呼び出しておきながら、魔素切れのような様子は全く見られなかった。
 恐らくはその制限リミッターが解除されていたからだろう。
 そしてその解除のスイッチは、聖女の力の行使か、一体目の幹部魔物の討伐か、或いは聖女の王宮への到達か……そんなところだろう。

 俺の説明を聞いて、バルガレウスは拳を握りつつ歯ぎしりをしていたが、他の二人は唖然とした表情をしていた。
 ミューは、聖女のこの思考に慣れたようであったが、さすがに不愉快な表情は隠せない様子だった。

「さらに言えば、『聖女が力を目覚めさせる瞬間』は、過去の例では6歳から10歳くらいまでの間でまちまちだが、これも実は全て聖女の匙加減さじかげんだろう。
 奴は0歳から既に全て聖女の力を使える。全ての記憶を持っているのだからな。
 そして『ここで目覚めるのが一番オイシイ』というシチュエーションが来た時に、あたかも今目覚めたように演技をして、登場しているのだろう」

 不愉快の追い打ちをかけるのは申し訳なかったが、情報の出し惜しみは無しである。
 とはいえ、自分で言っていても反吐が出そうであるが。

『うおおおお! あの小娘! このバルガレウスをたばかりおって!』

 バルガレウスが吠えている。きっと思い当たる節があるのだろう。

「まあ、この件はそんなに重要ではない。得たものと言えば、多分、小型と大型魔物だけでその規定には到達してしまうだろうから、二人が出陣する必要が無くなった、という事が確定したくらいだ。どうせ俺たちが戦うのは、最終戦だからな。……しかし、寧ろ、この聖女対魔王の最終戦。ここに大きな謎がある」

 急に声を低く深刻そうな口調になった俺に、四人の目が注がれた。

「幹部魔物の皆はとても強大な力を持っている。なのに、なぜ過去に一度も、全員がここに留まり最強の布陣で聖女と戦わなかったのか、という事だ。……何らかのルールが設定されているか、或いは……」

 俺は、フェリエラに視線を送った。それに倣い、他の皆も同様に視線を向ける。

『な、なんだ?』
「フェリエラよ。まさかとは思うが、部下に『聖女を見つけ出し、その首をここに持って参れ!』とか、『人間を滅ぼしてこい!』とか、命令したりしてないよな?」

 ……。

 黙った。全員が一斉に。
 バルガレウスとドーディアはバツが悪そうに俯いている。

『う、うむ、いや、しかし、我は魔王であるからな。そういったことも命じる事もあるだろう。いや、寧ろそういう発言を一度もしない方が難しいのではないか?』

 うん、まあ、気持ちは分かるよ。
 しかし、鼓舞するために言ったとしても、彼らに絶対服従のルールが課されている以上容認は出来ない。

「これ以降、そういうのは禁止だ。もしもバルガレウスに『聖女を見つけ出してその首を持ってこい』と言えば、その時点でバルガレウスの聖女との単独戦闘が確定する。そして確実に負ける。仮にバルガレウスが勝ったとしても、聖女は転生を繰り返すだけなので全く意味のない勝利だ」
『な……なんと、確かに。聖女のルールとは恐ろしいな』

 うーん、しかし、なにかの拍子に口走ってしまわないとも限らないし……。

「よし、こうしよう。魔王の命令には、俺かミューの承認が必要という事にしよう」
『なに!?』
「ええ!?」

 まあ待て、落ち着けって赤鬼よ。そしてマイハニーよ。
 でもまあ、脳筋のバルガレウスに関しては、こういうのに一つ一つ論破していく事が後々の信頼につながるタイプだろうから、それまでは脊髄反射で反抗してきたことに対応していけば良いだけの事だ。

「まあ聞け。これはフェリエラの為でもある」
『魔王様の為?』
「この規定を設ける事で、ひとまず魔王は自身の発言にいちいち気を揉む必要がなくなるだろう? 些末な事一つ一つに、『これは発言しても大丈夫だろうか?』と考えなくてはいけないのは、フェリエラの精神衛生にもよろしくない。上司が部下に冗談も言えないような状況を作り出したくはないだろう?」
『う、うむ、なるほどな』

 納得してくれたようで何より。
 一方、これまで自身の不用意な発言で部下を無駄死にさせていた事実にフェリエラが落ち込んでいる。きっと部下思いなのだろう。
 だんだん魔王が、炎上を怖がっているSNS担当社員みたいに見えて来たな。

『よし、我は納得したぞ。ヴェルクリスよ。どのようにすればいい?』

 フェリエラが決心して俺にそう告げた。一応ドーディアの方を見るが、既に彼は納得していたらしく、無言で頷いてくれた。

「では、二人に命令してくれ。『以後、我の命令は、ヴァルクリスかミューの承認が確認できたもののみに従うように』と。
 なに、これで魔王が命令できなくなるわけでも、二人が命令に従わなくなるわけでもない。これは聖女のルールを躱すためのものだ。これでフェリエラは寧ろ気兼ねなく二人に命令できるし、二人は自分で考えて行動できるようになる、というだけなのだからな」
『よし、分かった。バルガレウスにドーディアよ。以後の我の命令には、ヴァルクリスかミューの承認が確認できたもののみに従うように!』
「その命令、承認した」

 一応、念のためね。以後▪▪だからこの命令も含まれるかもしれないし。
 ともあれ、これで二人が不用意に単騎で出撃し、聖女にやられることは無くなっただろう。

 ミューが、めっちゃ不安そうに俺を見ている。
 いや、俺としては当然の保険だ。
 もしも何らかのミスで俺が先に死んでしまって、その後に魔王が絶対的な命令権を発動したい状況が来ないとも限らない。
 それに、ミューの頭脳であれば、この裁量権を持っていても何ら心配はないだろう。
 まあ、きっとミューの事だ。そんなことは分かっているだろうから、俺は一言「信頼しているよ」とだけ伝えた。



 ……さて、しかし困った。

 まだすべきことはあるが、さすがに今は時期尚早。いかんせん今まだ聖女は0歳だ。本格的な陰謀は早くても十年後くらいだろう。
 それまでどう過ごすべきか……。

 聖女を探そうにも、聖女の存在は秘匿される。聖女が力を使ったその場に居合わせない限り、幼い聖女を発見するのは不可能だ。なんせフィアローディで軍を指揮していたアイシャの情報さえ、ハーズワート公爵領に流れてこなかったくらいなのだから。

 一度カートライアに戻ろうか。リングブリム領の事も気になるし。
 しかし、今回は幹部魔物がいない上に、リングブリムはここから遠く離れている。それほど心配する必要も無さそうだ。

 俺が悩んでいると、フェリエラが声を掛けて来た。

『ヴァルクリスよ。どうかしたのか?』
「ん、ああ。今、聖女は産まれたばかりだ。聖女が本格的に活動を開始するまで、こちらとしても打つ手がない。それまでどうしようかと思ってな」

 カートライアに戻るにしても、途中数多くの魔物に滅ぼされそうな地域を目にするだろう。
 さすがに手を組んだ以上、必要以上に魔物を殺して回るわけにもいかない。フェリエラの心象も良くないだろうし。

『なんだ、そんな事か。であれば、我が何とかしよう』
「なんとか、とは?」
『我が魔法で、我が結界の中にいる者達の時間を未来に飛ばすことが出来るぞ』

 ええ!!? なんだそりゃ!?

 いや、それはありがたいけど、そんなご都合主義に便利な魔法を使えて良いのか?
 魔王の力は一体どのように決定されているのだろうか?

「なあ、その魔法は初めから使えたのか?」
『いや? 確か、時間を未来に飛ばせるようになったのは、聖女と戦い始めて、四度目以降……であったかな? それまでは毎回、ずっとここで10年以上待ち続けなくてはならなかったからな、苦労したぞ』

 フェリエラが心底しんどそうな思い出にふけるように顔をしかめた。

 う……。
 なんか、嫌な想像をしてしまった。

 最初の三回、フェリエラが聖女に『本当に本当に本当に待ちくたびれたぞぉ!! 聖女よ!』と、血の涙を流す勢いで言っていたのだとしたら。
 この魔法の追加はきっと聖女によるルール改変。
 ボス部屋から動けない魔王への、大切な「やられ役」という仕事を全うしてもらうための福利厚生というか、慈悲というか。なんかそんな感じなのかもしれない。

 さすがにこんな話をしてはフェリエラのプライドもズタズタだろうから、俺の心に生涯しまっておくことにした。

 ともあれ、今はその聖女による福利厚生に感謝せねばなるまいて。
 じゃあ、早速行こうじゃないか。最終戦の始まりの時間へ。

「よし、ではフェリエラよ。ここの時間を、聖女が動き始める付近。十二年後まで飛ばしてくれ」



(第17話  『ヤマダヨシミ その1』へつづく)
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