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第三章
第18話 ヤマダヨシミ その2
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高校生活が始まって数か月。
友達らしい友達がヨシミには出来なかった。
結局、遅れての部活動にも参加せず、勇気を出してどこかのグループにも入らなかったヨシミは、ぼんやりと授業を受け、それが終わればそのまま家に直行。部屋に籠ってアニメを観る。そんな生活の繰り返しだった。
「大丈夫ヨシミ? 学校あんまり楽しそうじゃないけど」
たまに訊かれる母親のこの言葉に、
「うーん、もっとレベルの高い学校に行けば良かったかな」
と答える。
ヨシミの日常生活での会話はそれくらいだった。
夏休みも、どこかへ出かけるでもなく、部屋に籠ってアニメや漫画、ラノベをだらだらと観たり読んだりする毎日で費やし、始まった二学期。
ヨシミの耳に一つの会話が飛び込んで来た。
「田村! お前、4組の石神と付き合ってるってホントか!?」
「夏休みの花火大会で、二人でいるの見かけたって奴がいるんだけどさ!」
石神莉愛。事務所に入りモデルの仕事もしている、学年で一番の美少女と噂される彼女は、男子の憧れの的であり、当然ヨシミも見たことがあった。
――夏休みの少し前。
彼女を初めて見た時の衝撃は忘れられない。
可愛い制服に包まれた、黒髪のロングヘアーのその美少女は、まるで小説やアニメの主人公がそのまま現実に現れたかのように思えた。
その余りの衝撃に、ヨシミはトイレに駆け込んでしまった。
そして、少し顔を洗い気持ちを落ち着かせる。
凄い……可愛い。
話をしてみたい。
仲良くなりたい。
そんな感情がヨシミに芽生えたのも束の間。
見てしまった。
正面の鏡に映る自分の姿を。
手入れのされていないごわごわした髪の毛。
ろくに運動もせずに過ごしたせいで膨れ上がった頬の肉。
その肉に押し上げられるように細まった光の無い目。
ウエストサイズを限界まで広げて止めているせいで、プリーツの形が崩れてしまっているスカートから伸びた醜い足。
分かっている。
自分が可愛いなんて思ったことは無い。
もしも魔法少女がいる世界だったとしても、自分が選ばれる訳が無い。
そんな事は分かっている。
しかし、普段見慣れている自分の姿から、いつにも増して目をそむけたくなるのは何故だろう。
「ごめん、ちょっとメイク直してっていい?」
「もう、莉愛はすぐに鏡の前に行きたがる」
「あはは、ごめーん」
外からそんな会話が聞こえた。
(あの子がここに入ってくる)
ヨシミはなぜか慌てて個室に駆け込んでしまった。
先程まで自分がいた場所から会話が聞こえて来る。
「んで? 次の仕事は何なの?」
「えーっと、ビッグサイトのイベントで、コスプレイヤーで参加することになってて」
「えー、凄い! 莉愛そんな事もやってんの?」
「うん、結構自分で衣装作ったりするの、好きなんだ」
盗み聞きをするつもりはなかったが、聞いてしまった以上興味が湧いた。
そのイベントが終了した後、ヨシミは初めて写真投稿アプリをダウンロードし、適当な名前で捨てアカウントを作成した。
そして検索をかける。
夕海莉愛。
芸名で登録された彼女のアカウントはすぐに見つかった。
フォロワー十二万人。
十二万人ものこのアプリの使用者が、莉愛の写真を心待ちにしているという事だ。
ヨシミのこれまでの人生において、コンビニの店員やファストフード店のスタッフも含めて、言葉を交わしたことがある全ての人数を足しても、到底届かない数字である。
そして……。
ヨシミはそこで見てしまった。
自分の大好きな美少女戦士の姿を。
自分の大好きな魔法少女の姿を。
その時のヨシミの複雑な心境を表現するのは難しい。
しかし明らかに、一つの同じベクトルの感情が沸き上がっていた。
仲良くなりたい。
友達になりたい。
以前覚えたその感情を真っ黒に塗りつぶしたその感情。
それは羨望。
絶望。
そして……憎しみだった。
……かといって何をするわけでもない。
ただその自分を傷つける姿を視界に入れないようにするため、ヨシミがそのアプリを開くことは無かった。
……のだが。
「馬鹿、付き合ってないって! その、莉愛は事務所にも入ってるしさ、公にそういうのは迷惑になるかもしれないしさ……」
「いやいや、タム、もうソレ付き合ってるって言ってるようなもんじゃねえかよ」
「やめろって、マジで!」
またしても、そんな男子のやり取りが聞こえてきた。
はあ、なんなの、この少女漫画みたいなのは。
ヨシミは食傷気味にため息をついた。
既に田村に興味を失っていたヨシミは、彼のそのやりとりに、羨望の感情は湧かなかった。
しかし一方、田村が莉愛と付き合っているらしいという噂を聞いてしまい、もやもやとした気持ちが沸き上がって来ていた。
家に帰ったヨシミは、何の気なしに久しぶりにアプリを起動した。
相変わらず、充実したプライベートや、仕事の合間の写真が並んでいる。
そしてぼんやりと無心でスライドさせていくうちに、一つの写真が目に飛び込んで来た。
それは、チアリーダーの格好をした莉愛が、高校のチアリーディング部に混じって応援している写真だった。
そしてそこにはこう書かれていた。
『バスケ部の地区決勝! 応援助っ人でお邪魔しちゃいました!』
ポニーテールにした莉愛の、赤と白のチアリーダー姿。
『可愛すぎる!』
『女神!』
『こんな莉愛ちゃんに応援されたら、負けが許されないだろ! 部員が可哀そうだ』
賞賛するコメントが並ぶ。
……何故かはわからない。
ヨシミは気づけばそこに文字を打ち込んでいた。
『彼氏の応援のために、部員でもない人間が混ざるって、良いことだとは思えないんですが?』
……燃えた。
盛大に。
『証拠はあんのか!?』
『適当な事言ってんじゃねえ』
『どうせ莉愛を妬むブスの仕業』
『死ね』
ヨシミを罵倒する投稿。
『気にしないで、莉愛ちゃん』
『これからも投稿待ってるよ!』
莉愛を心配する投稿。
『彼氏いるってホントですか?!』
『嘘であってくれ!』
『ショック!』
彼氏の存在に興味を示す投稿。
そして……。
『もしもこれが本当なら、マジあり得ない』
『顔が良ければ、チア部に出入り自由かよ』
『この衣装を彼氏に見せたかったのか?』
『私はチアリーディング部です。日々トレーニングしているチアを馬鹿にしないでください』
ヨシミに同調するコメント、多数。
……ああ。
……ああああああ。
なんて快感なんだろう!
満たされていく承認欲求。
それは現実世界で何一つ誇れるものを持っていないヨシミが、初めて何かに認められた瞬間だった。
自分の意見に、こんなに同調してくれる人間がいるなんて。
そう、今、私は正義の執行者だ。
しかし、そう思った一方、あまりの反響にヨシミは恐怖を覚えた。
(なんか良く分からないけど、このままではまずい気がする)
そしてヨシミはアカウントとアプリを削除して逃亡した。
……それからの事は良く分からない。
莉愛の事務所の人が色々と大変だったらしい、とか。
どうやら莉愛と田村は別れたらしい、とか。
そんな噂を聞いた。
いや、そもそも付き合っていたのかどうかすら知らない。
しかし、確実なことが一つ。
田村と莉愛が別れたらしい。
その噂を聞いた時。
とても朗らかな気持ちになった。
とても快感だった。
湧き上がるシャーデンフロイデ。
顔だけで得をして来た人間を突き落としてやった喜び。
こうして、ヨシミは道を一つ踏み外した。
それから……。
結局、高校生活の間、ヨシミには友達と呼べるような人間は一人も出来なかった。
正確には、クラス替えで一時期話をするようになる人間が出来ても、常に上から目線で、他人を減点方式で採点するような態度に、皆すぐに離れていったのであったが。
しかし、一つ変わったことがあった。
家に帰り、アニメとマンガばかりの生活のルーティンの中に、SNSやニュースサイトに批判コメントを書く、という日課が増えたのだ。
自己正当化と保身に特化して生きて来た図太いヨシミにとって、自分への反撃のコメントなど屁でもなく、一方、自分への賛同のコメントは、この上ない快感となる。
それはヨシミにとっては、最高の時間だった。
しかし、時は過ぎ高校も終わりに近づいた時。
現実の壁という問題がヨシミを襲った。
成績は既に底辺。
このままでは大学なんて夢のまた夢。
しかし高卒で就職なんて、プライドが許さない。
まあでも、定員割れしているような大学でも良いならきっとどこかには入れるだろう。
「将来自分は、早稲田や慶応に入るに違いない」
何故かそう信じて疑わなかった小中学時の記憶など忘却の彼方に置き去って、ヨシミは目標を下方修正し問題を先送りにした。
そしてそれでひと時の安心を得ると、再び目の前の美少女戦士アニメ映像を見つめた。
(仕事……か。イヤだなあ。このまま親の脛をかじって、親が死んだら遺産を食いつぶして生きていければ楽なのに)
ヨシミのこれまでの人生において、なりたいと思ったものは魔法少女や美少女戦士以外に無い。
もちろん、この世界にそんな存在も仕事も無いのはもう分かりきっている。
生まれる世界を間違えた。
こんな世界、くだらない。
いつしかヨシミはそう思うようになっていた。
目の前で流れていたアニメが終わる。
流れていくエンドロール。
これまで数十回、数百回と観て来たその文字の羅列。
それを「将来の仕事」なんてことを考えながら観たのは初めてだった。
だからこそ、ヨシミの脳にその化学反応が起きたのだろう。
ヨシミはそこに映し出された文字に、世界がひっくり返るほどの衝撃を覚えたのだった。
(もしかしたら、私はまだ、魔法少女になれるかもしれない!)
直ぐに立ち上がったヨシミは、階下に居る両親のもとに飛んでいった。
「お父さん、お母さん、私、本気で叶えたい夢が出来た! 専門学校に通わせてほしい!」
「あら、ほんと!? ヨシミ!」
「それはもちろん構わんが、何になりたいんだ?」
ヨシミは一つ深呼吸をすると、意を決して口を開いた。
「私、声優になる!」
ヨシミの目に、人生で初めて光が灯った瞬間だった。
(第19話 『ヤマダヨシミ その3』へつづく)
友達らしい友達がヨシミには出来なかった。
結局、遅れての部活動にも参加せず、勇気を出してどこかのグループにも入らなかったヨシミは、ぼんやりと授業を受け、それが終わればそのまま家に直行。部屋に籠ってアニメを観る。そんな生活の繰り返しだった。
「大丈夫ヨシミ? 学校あんまり楽しそうじゃないけど」
たまに訊かれる母親のこの言葉に、
「うーん、もっとレベルの高い学校に行けば良かったかな」
と答える。
ヨシミの日常生活での会話はそれくらいだった。
夏休みも、どこかへ出かけるでもなく、部屋に籠ってアニメや漫画、ラノベをだらだらと観たり読んだりする毎日で費やし、始まった二学期。
ヨシミの耳に一つの会話が飛び込んで来た。
「田村! お前、4組の石神と付き合ってるってホントか!?」
「夏休みの花火大会で、二人でいるの見かけたって奴がいるんだけどさ!」
石神莉愛。事務所に入りモデルの仕事もしている、学年で一番の美少女と噂される彼女は、男子の憧れの的であり、当然ヨシミも見たことがあった。
――夏休みの少し前。
彼女を初めて見た時の衝撃は忘れられない。
可愛い制服に包まれた、黒髪のロングヘアーのその美少女は、まるで小説やアニメの主人公がそのまま現実に現れたかのように思えた。
その余りの衝撃に、ヨシミはトイレに駆け込んでしまった。
そして、少し顔を洗い気持ちを落ち着かせる。
凄い……可愛い。
話をしてみたい。
仲良くなりたい。
そんな感情がヨシミに芽生えたのも束の間。
見てしまった。
正面の鏡に映る自分の姿を。
手入れのされていないごわごわした髪の毛。
ろくに運動もせずに過ごしたせいで膨れ上がった頬の肉。
その肉に押し上げられるように細まった光の無い目。
ウエストサイズを限界まで広げて止めているせいで、プリーツの形が崩れてしまっているスカートから伸びた醜い足。
分かっている。
自分が可愛いなんて思ったことは無い。
もしも魔法少女がいる世界だったとしても、自分が選ばれる訳が無い。
そんな事は分かっている。
しかし、普段見慣れている自分の姿から、いつにも増して目をそむけたくなるのは何故だろう。
「ごめん、ちょっとメイク直してっていい?」
「もう、莉愛はすぐに鏡の前に行きたがる」
「あはは、ごめーん」
外からそんな会話が聞こえた。
(あの子がここに入ってくる)
ヨシミはなぜか慌てて個室に駆け込んでしまった。
先程まで自分がいた場所から会話が聞こえて来る。
「んで? 次の仕事は何なの?」
「えーっと、ビッグサイトのイベントで、コスプレイヤーで参加することになってて」
「えー、凄い! 莉愛そんな事もやってんの?」
「うん、結構自分で衣装作ったりするの、好きなんだ」
盗み聞きをするつもりはなかったが、聞いてしまった以上興味が湧いた。
そのイベントが終了した後、ヨシミは初めて写真投稿アプリをダウンロードし、適当な名前で捨てアカウントを作成した。
そして検索をかける。
夕海莉愛。
芸名で登録された彼女のアカウントはすぐに見つかった。
フォロワー十二万人。
十二万人ものこのアプリの使用者が、莉愛の写真を心待ちにしているという事だ。
ヨシミのこれまでの人生において、コンビニの店員やファストフード店のスタッフも含めて、言葉を交わしたことがある全ての人数を足しても、到底届かない数字である。
そして……。
ヨシミはそこで見てしまった。
自分の大好きな美少女戦士の姿を。
自分の大好きな魔法少女の姿を。
その時のヨシミの複雑な心境を表現するのは難しい。
しかし明らかに、一つの同じベクトルの感情が沸き上がっていた。
仲良くなりたい。
友達になりたい。
以前覚えたその感情を真っ黒に塗りつぶしたその感情。
それは羨望。
絶望。
そして……憎しみだった。
……かといって何をするわけでもない。
ただその自分を傷つける姿を視界に入れないようにするため、ヨシミがそのアプリを開くことは無かった。
……のだが。
「馬鹿、付き合ってないって! その、莉愛は事務所にも入ってるしさ、公にそういうのは迷惑になるかもしれないしさ……」
「いやいや、タム、もうソレ付き合ってるって言ってるようなもんじゃねえかよ」
「やめろって、マジで!」
またしても、そんな男子のやり取りが聞こえてきた。
はあ、なんなの、この少女漫画みたいなのは。
ヨシミは食傷気味にため息をついた。
既に田村に興味を失っていたヨシミは、彼のそのやりとりに、羨望の感情は湧かなかった。
しかし一方、田村が莉愛と付き合っているらしいという噂を聞いてしまい、もやもやとした気持ちが沸き上がって来ていた。
家に帰ったヨシミは、何の気なしに久しぶりにアプリを起動した。
相変わらず、充実したプライベートや、仕事の合間の写真が並んでいる。
そしてぼんやりと無心でスライドさせていくうちに、一つの写真が目に飛び込んで来た。
それは、チアリーダーの格好をした莉愛が、高校のチアリーディング部に混じって応援している写真だった。
そしてそこにはこう書かれていた。
『バスケ部の地区決勝! 応援助っ人でお邪魔しちゃいました!』
ポニーテールにした莉愛の、赤と白のチアリーダー姿。
『可愛すぎる!』
『女神!』
『こんな莉愛ちゃんに応援されたら、負けが許されないだろ! 部員が可哀そうだ』
賞賛するコメントが並ぶ。
……何故かはわからない。
ヨシミは気づけばそこに文字を打ち込んでいた。
『彼氏の応援のために、部員でもない人間が混ざるって、良いことだとは思えないんですが?』
……燃えた。
盛大に。
『証拠はあんのか!?』
『適当な事言ってんじゃねえ』
『どうせ莉愛を妬むブスの仕業』
『死ね』
ヨシミを罵倒する投稿。
『気にしないで、莉愛ちゃん』
『これからも投稿待ってるよ!』
莉愛を心配する投稿。
『彼氏いるってホントですか?!』
『嘘であってくれ!』
『ショック!』
彼氏の存在に興味を示す投稿。
そして……。
『もしもこれが本当なら、マジあり得ない』
『顔が良ければ、チア部に出入り自由かよ』
『この衣装を彼氏に見せたかったのか?』
『私はチアリーディング部です。日々トレーニングしているチアを馬鹿にしないでください』
ヨシミに同調するコメント、多数。
……ああ。
……ああああああ。
なんて快感なんだろう!
満たされていく承認欲求。
それは現実世界で何一つ誇れるものを持っていないヨシミが、初めて何かに認められた瞬間だった。
自分の意見に、こんなに同調してくれる人間がいるなんて。
そう、今、私は正義の執行者だ。
しかし、そう思った一方、あまりの反響にヨシミは恐怖を覚えた。
(なんか良く分からないけど、このままではまずい気がする)
そしてヨシミはアカウントとアプリを削除して逃亡した。
……それからの事は良く分からない。
莉愛の事務所の人が色々と大変だったらしい、とか。
どうやら莉愛と田村は別れたらしい、とか。
そんな噂を聞いた。
いや、そもそも付き合っていたのかどうかすら知らない。
しかし、確実なことが一つ。
田村と莉愛が別れたらしい。
その噂を聞いた時。
とても朗らかな気持ちになった。
とても快感だった。
湧き上がるシャーデンフロイデ。
顔だけで得をして来た人間を突き落としてやった喜び。
こうして、ヨシミは道を一つ踏み外した。
それから……。
結局、高校生活の間、ヨシミには友達と呼べるような人間は一人も出来なかった。
正確には、クラス替えで一時期話をするようになる人間が出来ても、常に上から目線で、他人を減点方式で採点するような態度に、皆すぐに離れていったのであったが。
しかし、一つ変わったことがあった。
家に帰り、アニメとマンガばかりの生活のルーティンの中に、SNSやニュースサイトに批判コメントを書く、という日課が増えたのだ。
自己正当化と保身に特化して生きて来た図太いヨシミにとって、自分への反撃のコメントなど屁でもなく、一方、自分への賛同のコメントは、この上ない快感となる。
それはヨシミにとっては、最高の時間だった。
しかし、時は過ぎ高校も終わりに近づいた時。
現実の壁という問題がヨシミを襲った。
成績は既に底辺。
このままでは大学なんて夢のまた夢。
しかし高卒で就職なんて、プライドが許さない。
まあでも、定員割れしているような大学でも良いならきっとどこかには入れるだろう。
「将来自分は、早稲田や慶応に入るに違いない」
何故かそう信じて疑わなかった小中学時の記憶など忘却の彼方に置き去って、ヨシミは目標を下方修正し問題を先送りにした。
そしてそれでひと時の安心を得ると、再び目の前の美少女戦士アニメ映像を見つめた。
(仕事……か。イヤだなあ。このまま親の脛をかじって、親が死んだら遺産を食いつぶして生きていければ楽なのに)
ヨシミのこれまでの人生において、なりたいと思ったものは魔法少女や美少女戦士以外に無い。
もちろん、この世界にそんな存在も仕事も無いのはもう分かりきっている。
生まれる世界を間違えた。
こんな世界、くだらない。
いつしかヨシミはそう思うようになっていた。
目の前で流れていたアニメが終わる。
流れていくエンドロール。
これまで数十回、数百回と観て来たその文字の羅列。
それを「将来の仕事」なんてことを考えながら観たのは初めてだった。
だからこそ、ヨシミの脳にその化学反応が起きたのだろう。
ヨシミはそこに映し出された文字に、世界がひっくり返るほどの衝撃を覚えたのだった。
(もしかしたら、私はまだ、魔法少女になれるかもしれない!)
直ぐに立ち上がったヨシミは、階下に居る両親のもとに飛んでいった。
「お父さん、お母さん、私、本気で叶えたい夢が出来た! 専門学校に通わせてほしい!」
「あら、ほんと!? ヨシミ!」
「それはもちろん構わんが、何になりたいんだ?」
ヨシミは一つ深呼吸をすると、意を決して口を開いた。
「私、声優になる!」
ヨシミの目に、人生で初めて光が灯った瞬間だった。
(第19話 『ヤマダヨシミ その3』へつづく)
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