春を待つ

安達夷三郎

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第一章、花冷え

三話

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一旦学校に戻った後、ツユ、文、エツ子、柳子と並んで坂道を歩いていた。
女学校の裏手には小高い丘があり、そこに立つと町も海も一望できる。
よく、放課後に行って遊んだりするのが日課だった。
「あー、早く雪溶けないかな~」
ツユが足元の雪を踏みしめながら呟く。雪玉を丸めては、小さな雪だるまを作っていた。
「春が待ち遠しいよね」
「雪掻きとか、腰が痛くて」
岩の上に積もった雪を手で払う。冷たい雪が手袋越しに指先に伝わり、思わず息を吐いた。
「仕方ない。雪掻きを頑張っている君達に良い物をあげよう!」
「柳子は朝弱いから雪掻きしないもんね」
「まーね」
柳子は自分が持って来た包みを広げると、少し焦げ目の付いたトチ餅が数個入っていた。
「わぁ、ありがと!」
真っ先に目を輝かせたのはエツ子だ。餅に手を伸ばしかけ、柳子の顔を見る。
「良いの?」
「いーの、いーの。保存効かないし」
本人のゴーサインが出たので、みんな礼を言って餅を手に取る。
「柳子、これ、どうしたの?」
「うちの隣のおばあさんが作ってくれたの。近所の人達に“おすそ分け”だって」
「ありがとう!」
礼を言ってから、トチ餅を頬張る。
もちもちと弾力がありながらも、柔らかいあの食感。味付けをしなくても口の中に残る甘さと独特の苦さ。
そして、もちろん頬っぺたが落ちるほど美味しいのだ。
「美味しい!」
「でしょー。でも、アク抜きが大変なんだよね~。おばあさん、朝早くから山行って拾ってくるんだって」
柳子が誇らしげに言うと、文が感心したように頷いた。
「凄いね。あんな寒い日に外出たら、鼻が取れるよ」
「文は寒がりだもんね」
足元には、小さな白い花が咲いている。
ツユがそれを摘んで、器用に花冠を編み上げる。
(手先が器用で羨ましいなぁ)
そして、その冠をエツ子の頭に乗っける。
「はい、お兄さんの帰りを待つエッちゃんに」
「ありがとう」
エツ子が笑いながら、頭に乗せられた花冠を撫でる。
「千代にも」
「え、私にも?」
ツユは私の髪に小さな花を挿した。
「春馬さん、きっと喜ぶよ」
「ち、ちち違うよ!別にそういうのじゃなくて…ただの幼馴染っていうか…」
「え~、本当かな~?」
ぱっと顔を上げると、柳子はニヤリと笑み浮かべた。
「も、もうこの話はやめよ。ね?」
何故か、じわじわと耳の付け根が熱くなる。

それから三週間。家に帰ると、居間の机に封筒が一通置かれていた。
裏の差出人を見れば、鹿児島県〇〇町〇〇航空隊二号兵舎  小林春馬。
そっと腰を下ろし、封筒の角を指で押さえながら、慎重に封を切った。白い便箋びんせんが現れる。
折り目の跡は丁寧に付けられており、手紙を開く指先が少し震えたのは、期待と不安が入り混じったせいだろう。
『日頃よりお元気にお過ごしのことと存じます。
さて、先日絵葉書えはがきを頂き、心より感謝申し上げます。
こちらの生活は規則正しく、起床・点呼・訓練・食事・就寝の繰り返しで、日々は短くも長く感じられます。毎朝の行軍はなかなかに堪えますが、訓練に励んでおります。皆で声を掛け合い、励まし合いながら過ごしておりますので、どうかご安心ください。
朝夕はまだ冷え込みますが、日中は日差しもやわらぎ、南国の春の気配を感じます。
そちらは雪もまだ深い頃でしょう。どうかお身体をお大事にお過ごしください。
もうすぐ千代は学徒動員として東京に行ってしまわれるとのこと、遠く鹿児島より無事をお祈り申し上げます。
休暇が頂けました折には、ぜひお顔を拝見致したく存じます。』
手紙を握ったまま、しばらく動けなかった。
(良かった、遺書じゃなかった…)
小さく息を吐き、肩の力を抜く。
手紙の文字はいつも通りの春馬らしい丁寧さで、だがどこか硬さもあり、彼なりに自分を抑えつつ書いているのが分かる。
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