幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

文字の大きさ
2 / 94
第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける

猫柳家の朝支度 1

しおりを挟む
 江戸城にほど近い神田の御徒おかち通り。
 そこからちょいと横道に入った裏通りにみすぼらしい一軒家があった。

 元は白かったであろう土壁は茶色く変色していて、屋根の瓦も何枚か割れている。
 今が明け方でなければ幽霊や妖怪が出ても不思議ではない雰囲気をかもし出しているのだが、その外見に反して家の中からは若い女性の元気な声が聞こえてきた。

「ウリ丸ちゃーん。もうすぐ朝餉あさげの用意ができるから殿を起こしてきてくれるかしら」

 服部百合丸はっとりゆりまるが中庭の井戸で顔を洗って土間に戻ってくると、朝餉の用意をしていた通い女中の菊花きっかから用事を頼まれた。

「拙者はウリ丸ではござらぬ。百合丸でござる。それだとまるでイノシシの子供みたいではござらぬか」

 いつものように訂正しながら百合丸は三尺もない短い廊下を渡ると襖をすらりと空けてこの屋敷(借家)で最も立派な部屋に足を踏み入れた。

 部屋の奥にある明り取りの小窓から差し込む朝の光でほんのりと明るくなっている八畳の簡素な部屋。
 その中央に敷かれた薄い布団には当然のように猫柳家当主の猫柳余三郎ねこやなぎよざぶろうが眠っている。

 割と頻繁ひんぱんにこの部屋に入ることのある百合丸だが、口実があるとはいえ本人がいる状態でこの部屋に入るのは少々緊張した。

 百合丸はそっと足音を忍ばせて布団に近づくと余三郎の顔が見下ろせる位置で座り込んだ。
 そして考える。

『さて、どうしたものか……』

 百合丸は目の前で寝虚仮ねこけている余三郎の寝顔を眺めながら腕を組んだ。

『このまま起こしたのではつまらない』

 何かしら面白いことができないものかと百合丸は腕を組んで思案した。

『殿の顔にいたずら書きをするのはどうだろう』

 よわい十六の少年のわりに顔の油気が少なくてさらりとした肌。
 吹き出物の一つも見当たらない綺麗な頬。

『この綺麗な顔に猫のヒゲのような線を描けば面白いのではなかろうか』

 しかし、百合丸はその案をすぐに取り下げた。
 落書きをするための道具が無い。

 いや、余三郎の文机に筆はあるのだ。硯もあるし墨もある。
 けれど主君の顔に一筆入れるためだけに中庭の井戸へ引き返して片手で一掬い分の水を汲み、硯に注ぎ、墨を磨らなければ墨汁は出来ない。

 そう考えるとこの案はひどく面倒な事に思えてきた。

『では、何をしよう?』

 手軽で、面白くて、殿を驚かせながらも、自分は楽しい。という最高のいたずらをしてみたい。

 百合丸は首をひねって考え続けたが全く思いつかない。

『良い思案を捻り出すために頭にもっと血を集めてみるのが良いかもしれぬ』

 百合丸は理論的にそう考えた。

 そうするには寝転がって頭の位置を低くするのが一番だが、暦では春でも弥生(三月)の朝はまだ寒い。
 このまま畳の上で寝転がっては風邪をひいてしまうかもしれない。

『おお、目の前にちょうど暖かそうな布団があるではござらぬか。中に殿が入っているけれど、風邪をひかないようにするには仕方がないので同衾どうきんするしかないでござるな。いや、本当に仕方がないでござるな。まったく、まったく、困ったものでござる』

 なんておのれ自身に言い訳しながら百合丸はいそいそと余三郎の布団の中に足を差し入れた。

 音も無く余三郎の横に滑り込んだ百合丸は息が掛かるくらいの至近距離で余三郎の寝顔を凝視する。

 余三郎の睫毛をニヤニヤと眺めながら、すぅ~っと肺いっぱいに息を吸い込む百合丸。

 かすかに汗の匂いが混じった余三郎の体臭が百合丸の鼻孔を通り抜ける。

『ふふふっ、臭いでござるな、殿は雄臭いでござるよぉ、まったくもう、臭い、臭い、しかしこの匂いは……何やら妙な気分がたぎってくるでござるなっ!』

 ふー……。はー……。ふー……。はー……。

 まるで盛りのついたメス犬のように百合丸の息が荒くなってくる。
 段々と目も血走ってきている。

 まだ齢十二の童女でありながら百合丸はすでにあやうい性癖に目覚めつつあった。

 そんな百合丸のよこしまな欲望の対象にされている余三郎は真横から漂ってくる不穏な気配を眠りながらでも感じているらしく、苦しそうに顔を歪めて「ううぅぅ……」と呻き声を上げ始めた。

『むっ!? いかん、このままでは殿が起きてしまうでござるな』

 すでにこの部屋に来た当初の目的を忘却の彼方へと捨て去っている百合丸は、そっと布団から出る……のではなく、余三郎の髪を揺らすほどに荒くなっていた息を服部家伝来の呼吸法で整えて、そのままガン見を続行。

「う……ううっ?」

 不穏な気配の圧力がグッと増したのを感じた余三郎がさらに苦しそうに眉根を寄せてうめき声を出して、頬にはうっすらと冷汗がにじみ出てきた。

『おやおやぁ? 拙者がこうして見守っておるというのに殿は悪夢でも見ておいででござるか。ならば家臣としての忠義を示すためにもその頬に滲み出た汗を舐め取るのが道理でござろうなぁ……ひゅふふふ』

 どうして悪夢を見てしまうのかなど考えもせずに百合丸はぺろりと舌なめずりをした後、顔を紅潮させながら舌を突き出して余三郎の頬に顔を寄せて――、
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...