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第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける

猫柳家の朝支度 2

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「ウリ丸ちゃーん? 殿はまだ起きないのー?」

 朝餉の用意がほぼ終わって、菊花は奥の部屋に声をかけた。

 余三郎を起こすために百合丸を向かわせてからそれなりの時間が経っているのに、まだ二人とも部屋から出てこない。

「まったくもぅ、何をしているのかしら」

 袖を上げていたたすきを解いて余三郎の部屋の襖を開けると――、

「……ウリ丸ちゃん。何してるの?」

 寝ている余三郎の枕元で不自然なくらいに真っ直ぐ背筋を伸ばして正座している百合丸の姿があった。

「な、何でござるか? 拙者は殿の寝顔を見ておっただけでござるよ?」

 目で小笠原流泳法をやっているのかと思うくらいに百合丸は目を泳がせて菊花から目を逸らした。

 ―― 絶対に何かしていた ――

 そう思わせるには充分な挙動の怪しさだったし、この部屋の明り取りの窓からの差し込んでいる数本の光の帯が、部屋の中で激しく動く埃を照らしていて、襖を開ける直前に百合丸が大きく動いていたことを示していた。

『ウリ丸ちゃんったら、いったい何をしていたのかしら……』

 菊花は聞き出したかったけれど、そうすると色々と知らなくてもいいことをあばいてしまいそうなので、あえて何も気づかなかったフリをした。

「あのねぇウリ丸ちゃん、私は殿を起こすように頼んだのよ。それなのにずっと殿の寝顔を見ていてどうするの?」

「あ、あぁ、そうでござるな。拙者としたことがつい……。いや、お恥ずかしい。殿ぉー、起きて下されー。朝餉の用意ができたそうでござるよー」

 百合丸は大根役者の棒読み台詞のような白々しさで声をかけながら余三郎の肩を揺すった。

「ん……この声……百合丸かい? もう少し……」

 目を瞑ったまま眉間に皺を寄せた余三郎は、起きるのを嫌がって百合丸に背を向けるように寝返りをうった。

 すると、まるで心太ところてんが押し出されるかのように、薄い布団の間から一人の幼女が転がり出てきた。

「あら、きりちゃんもここに来てたの?」

 菊花は驚いたが、それ以上に驚いたのが百合丸だった。

「なんで霧殿が!? さっき拙者が布団に潜ったときにはいなかったでござるよ?」

「え? ウリ丸ちゃん、今なんて?」

「だから拙者がさっき……あ、いや。何でもござらぬ」

 菊花に疑惑の目を向けられた百合丸は慌てて目を逸らしてごまかした。

 布団からはみ出した幼女はまだ覚醒しきっていないぼんやりとした表情で左右の様子を見て、朝の肌寒さにぷるっと身震いすると、再び余三郎の布団の中に潜り込もうとした。

「いやいやいや、行かせぬでござるよ霧殿。そもそも、いつから潜んでいたでござるか!?」

 こたつの中に潜ろうとしている猫を引きずり出すかのように百合丸は霧の兵児帯へこおびを掴んで引っ張った。

「霧ちゃん、もう朝餉の用意が出来ているから起きなさい。ほら、殿も。早く起きて顔を洗って来なさいな」
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