幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

文字の大きさ
10 / 94
第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける

両替商『狐屋』 1

しおりを挟む
 お侍たちがぞろぞろと城に吸い込まれるように登城しているその頃――。

 日本橋の目抜き通りに店を構えている両替商『狐屋きつねや』の中庭で、今年十六歳になる若き主人の狐屋青太郎きつねやあおたろうは上等な絹の手拭いで体を伝う汗を丁寧に拭いていた。

「何をしているんですかい若旦那」

 そういって青太郎に声をかけたのは大番頭の雷蔵らいぞう

 店表で手代たちを相手に開店前の指示をしていたのだが、中庭の方から奇妙な声がするので様子を見に来たのだ。

「あぁ、雷蔵かい。丁度よかった、喉が渇いたので茶を持て。ぬるいのを玉露でな」

「茶は後でお持ちします。それよりも若旦那、あっしは質問をしてんでさぁ、ちゃんと答えてくだせぇまし」

 縁側から庭に降りた雷蔵は、その切れ長の目をキュッと眇めて己の主人の恰好を眺めた。

 青太郎は上半身をはだけてうっすらと汗がにじむ身体を風に当てている。
 まるで武術の鍛錬を終えた直後のような様子だが、青太郎を赤子の頃から見てきている雷蔵は彼に武術の素養が無いのを知っている。

 だからこそ青太郎がこんな朝っぱらから汗をかいてまで何をしていたのかがわからなかった。

「見てわからぬか。ほれ」

 青太郎は庭に植えられた立派な松の木を指差した。

 それほど間口を必要としない両替商であるのに金の力で無理やり店を広げた狐屋は中庭も無駄に広い。

 ひょうたん形の池には目にも鮮やかな錦鯉が回遊し、日当たりのよい蔵の前には四季折々に花をつける花木が植えられている。
 その中でもひと際立派なのが高尾山から運び込んだという松の木だ。

 青太郎はその松の木に女物の帯を巻きつけていた。

 雷蔵はその光景と、先ほど庭の内より聞こえていた「よいではないかー! よいではないかー!」と青太郎が発していた意味不明の掛け声を足してみた……が、その答えは皆目見当もつかなかった。

「見ても分かりませぬな」

「なんと。おぬしも存外ぞんがい想像力が貧困だのぅ。くっくっくっ」

 そんな含み笑いをされて雷蔵はその額にミミズのような青筋を浮かび上がらせた。

「すみませんねぇ。想像力が貧困で」

 阿呆に阿呆と言われる事ほど腹の立つことはない。

 背中で握りしめたこの拳を何処にぶち当ててやろかと雷蔵が思案しているのにも気付かずに青太郎は上機嫌で胸を反らした。

「よいよい、分からねば教えてやろう。実はな、父上のように立派な商人になるように鍛錬をしていたのだ」

「商人の鍛錬……で、ございますか?」

 意外すぎる言葉を聞いて、背中で固く握りしめていた雷蔵の拳が弛んだ。

「……雷蔵、なぜ空を見上げているのだ?」

「いえ、このようにぬくい日でも言い伝え通りに雪は降るのかと」

 雷蔵が見上げた江戸の空は明るく雲も薄いのがわずかに見えるくらいしかなくて雪は降りそうにもなかった。
 そもそも今は弥生(三月)でもう雪が降る時期は過ぎている。

 それにしても珍しい事があるものだと雷蔵は驚いた。

 今まで青太郎が自発的に商人としての何かを習得しようと努力するのは、雷蔵が知る限り初めての事だ。

「大旦那様が生きている頃にそれくらいのやる気を見せてくれたらどんなに……いえ、今更言っても仕方ありやせんな。それにしても殊勝しゅしょうなお心がけですな。この雷蔵、どうやら若旦那を見損なっておりやした」

「見損なうとは?」

「へい。ただの遊び好きな苦労知らずのぼんぼんで狐屋の将来など何一つ考えていないただの阿呆あほうかと思うておりました」

「おまえさん。そんな事を思っていたのか」

「へいっ!」

 憎らしいほどにきっぱりと無遠慮な返事をする雷蔵に青太郎は顔をしかめたが、青太郎に物心がつく前から父の懐刀として辣腕らつわんを振るっていた雷蔵にはどうしても強い事が言えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...