幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

文字の大きさ
12 / 94
第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける

子猫は勝手気ままに散歩に出かける 1

しおりを挟む
 江戸城に登城した余三郎は大手門で百合丸たちと別れると、不愛想な茶坊主の案内で菊の間へ連れていかれた(ちなみに菊の間は七つある大名の詰め所の中で最下位の席次にあたる)。

 それから既に二刻半(五時間)が過ぎている。

『……毎回思うが、何もせずにじっとしているというのは中々につらいものだな』

 余三郎は溜息混じりに肩をならして首をめぐらせた。

『昔は良かったなぁ……』

 余三郎は目の前の畳を眺めながら思う。そこには何もない。

 余三郎がまだ『将軍の子』という身分にあった頃は大奥の内に自分の部屋があって、手を伸ばせば甘い菓子もあったし、喉を潤す茶もあった。

『子供の頃は好きなだけ饅頭や餅が食べれたのになぁ……』

 自分の事は良いとしても、ここよりも窮屈な家臣詰め所に押し込められている霧や百合丸に、ご褒美として甘い物の一つでも上げたいところだが……菓子なぞ余三郎の収入で買えるはずがない。

 砂糖がたっぷりと使われた菓子は貧乏旗本にとって贅沢品以外のなにものでもないのだ。

『恵まれた生活っていうのは失って初めて気がつくものなのだな……』

 まるで晩年を迎えた老人の如く妙に悟った事を心中で呟いていると、ふわりと梅の香りが漂ってきた。

 茶坊主の一人が襖を開けて出入りした拍子に弥生の風が中庭の梅の香りが入り込んで来たらしい。

 座敷の中で煮凝にこごりのように溜まっていた人の熱気が一時に薄れて皆がホッとした顔つきになる。

 余三郎も同じような表情でホッとしながら何気なく中庭へ目線を向けると――。

『――っ!?』

 余三郎は一瞬自分の目を疑った。

 家臣たちの詰め所で大人しく待っているはずの霧と百合丸が、こそこそと白壁の下の植木の陰を伝ってどこかに向かおうとしているのが見えた。

「あ、うあぁ!?」

 思わず声を上げた。

「いかがいたした猫柳殿!?」

 茶坊主の一人が神経質そうに額の青筋を浮かべて余三郎の側ににじり寄ってきた。

「い、いや。なんでもない。少し風邪気味での……ごほん」

 うろんな目つきで余三郎の顔を覗き込む茶坊主。
 まるで遠慮のないその視線は無礼で腹立たしいものだったが我慢しなければならない。

「猫柳殿。武士たるもの体調を管理するのもご奉公の一つでありますぞ」

 接待役という名目ながら、実際はこの場の管理者である茶坊主は詰め所にいる旗本たちに粗相がないかを細かく監視する役目を負っている。

 たかが茶坊主と侮って彼らに見下した態度をとっていた旗本が彼らの讒言のせいでお家取潰しの憂き目に遭った例もある。そうならないためには彼らの袖を小金で重くしてやるのが一番なのだが、そんな余力のない余三郎としては唯々ただただ平服するのみである。

「いや、まったくもってそのとおり。面目ない」

 素直に頭を下げたせいか茶坊主は嫌味な顔をしながらもそれ以上は何も言わずもとの席に戻った。

「大丈夫ですかな? 猫柳殿。顔が真っ青ですぞ」

 余三郎の隣に座っていた気の良さそうな年配の侍が少しだけ顔を寄せて声をかけてくれた。

「は、ははは……だ、大丈夫でござる……」

 そう応えながらも余三郎は生きた心地がしなかった。

『あやつら……いったい何処へ行くつもりだ?』

 詰め所で放屁しただけで士道不覚悟と難癖をつけられて領地没収になるこのご時世。

 食うや食わずの旗本という身分であるよりも、いっそ士籍しせき剥奪はくだつされて町人にでもしてくれたほうが清々するのだが、そんな処罰だけでは済まされずに切腹を命じられたらそこで全てが追ってしまう。

 命あればこそ浮かぶもあれ、だ。

『何事も起きませんように。何事も起きませんようにっ! 南無阿弥陀仏っ! 南無八幡っ!』

 必死の思いで祈る余三郎。

 まだ梅の花が咲き始めたばかりの季節でありながら、余三郎の額からは雑巾を絞ったように汗がとめどなく流れ落ちていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...