幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

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第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける

愛姫(めごひめ)1

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「殿が霧の求婚を本気にしてくれないのでばららしでやった。反省も後悔もしていない、なの」

 猫柳家江戸上屋敷(借家)の大広間(囲炉裏のある板間)。

 どうして愛姫を大奥から連れ出してきたのか。そんな余三郎の問いに霧はふて腐れた様子でそう答えた。

「霧っ! これがどれほど大変な事か分かっているのか!?」

 顔を真っ青にして声を大きくする余三郎に、霧はぷぅ~っと紙風船のように頬を膨らませてそっぽを向く。

 家に帰ってきた余三郎は勢いで連れてきてしまった愛姫を上座に座らせて、大奥を抜け出す手引きをした家臣二人を詰問していた。

「まぁまぁ叔父上。そう怒るでない。わらわがこの者たちに城下を見たいと頼んだのじゃ。せきは妾にある」

 余三郎の記憶では今年で齢が十になる愛姫が脇息きょうそく(肘置き)に体を寄り掛からせながら手の中でパシリパシリと扇子を弄んでいる。

「し、しかし!」

 城外で出る事がたとえ愛姫本人の希望であっても愛姫の父である亀宗が許すはずもない。

 亀宗はネズミのように子供を増やした先代とは違って愛姫の他に子がいないのだ。その愛姫に万一のことがあれば……。

 クラッ。

 その先を想像した余三郎の頭から血の気が引いて危うく気を失いそうになった。

 畳に指を着いてなんとか堪えたが、暗くなった瞼の裏に芳しくない未来が映るのを見た気がした。

 余三郎が亀宗の実弟であろうがこの事件が公(おおやけ)になってしまうと、事の重大さから考えれば良くて切腹、悪くすれば首が飛ぶ。……どちらにしても命がない。

 余三郎が死なずに済ませるためには、この件が公になる前に姫を帰して事を収めなければならない。

「まぁまぁいいじゃないですか殿ぉ。この年頃になりますといろんなことに興味を持つようになるものですわ」

 ほとんど色がついていないくらい薄いお茶を皆に配りながら菊花がとりなす。

 艶やかな花が咲いたような笑顔で言われては何でも許してしまいたくなるのだが、今回ばかりは命が懸かっているだけに「そうですよね」と簡単に受け入れられない。

「ううむ……こうなってしまったからには是非も無し。一刻も早く愛姫を城中へと帰して、関係各所へ事を荒立てず穏便おんびんに済ます手段をこうじなくては……」

 明日も生きていられるようにどう手回しをするのが一番かと余三郎が頭を悩ませていると、ツイと霧に袖を引かれた。

「ん、なんだ?」

「お餅。食べていい? なの」

 見ると霧と百合丸の二人は茶請けに出された牡丹餅を爛々とした目で凝視している。

 門番の片桐から貰ったを余三郎はそのまま菊花に渡し、菊花は愛姫のもてなしとしてそのまま茶請けに使って皆の前に出したのだ。

 ここにいるのが猫柳家の者だけならば出された瞬間に遠慮なくかっ喰らう二人なのだが、一応この者たちにも武家としての自覚があるらしく、愛姫の居る前で先に手を伸ばすのを我慢しているようだった。

 幸い包みに入っていた牡丹餅は五つ。一人に一つずつ配られていて久しぶりに目にした甘味に霧と百合丸の二人はおあずけをされているわんこのようにハァハァしている。そんな姿を客に晒していては礼節も何もあったものではなかったが、我慢しようとしている姿勢だけは褒めるべきだろう。

 できれば普段の飯時にわしへ対してもそのように振る舞ってくれるといいのだが……。

 余三郎がそう内心で思いつつ愛姫に視線を向けると、すました顔で茶を啜っていた愛姫は二人の様子を見て苦笑しながら頷いて許諾の意を示した。

「いいよ。お『ばっ!』べ。……って、おまえら、反応が早すぎるぞ!?」

 まるで居合抜きのような素早さで二人は餅に手を伸ばした。

 獣のような勢いで牡丹餅に食らいついた二人は一口目を口の中に入れた直後、急に口の動きを遅くさせて、まるで牛が草をんでいるかようにモッチャモッチャと口全体を動かし始めた。

 猫柳家で暮らしているうちに二人が独自に編み出した、美味しいものを長く味わうための術、その名も『牛喰うしくいの術』だ。

「二人は変わった食べ方をするのだのう。それともわらわが知らぬだけで、町方ではこのような食べ方をするのが普通なのか?」

「いえ、この二人が変なのです。お恥ずかしいかぎりで……」

 まるで謙遜しているかのように頭を下げた余三郎だが、割と本気で恥ずかしかった。

 何はともあれ、落ち着きのない二人がこれで暫くの間は静かにしていてくれるので余三郎は今のうちに愛姫からここに来るまでに何があったのかを聞き出すことができるだろう。
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