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第一幕 子猫は勝手気ままに散歩に出かける
愛姫(めごひめ)2
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「そもそも、どういった次第でこのような事になったのでございますか姫様」
下手をすればこのまま打ち首という未来が有り得る状態で、余三郎の額には冷や汗が滲んでいる。
真剣な顔をした余三郎は座りながら掌一つ分だけ愛姫ににじり寄って事の次第を問うのだが、当の愛姫はまるで湯治に来ているかのようにくつろいだ様子で眉尻を下げている。
「なぁに、簡単なこと。この二人が大奥の庭に入り込んでいるのを見つけたので侍女に捉えさせて話をしていたら……」
「していたら?」
「ノリでこうなった」
「……」
「いや、待て。そんな怖い顔をするな叔父上。この者らが叔父上の家臣だと聞いてな、最後に叔父上と会ったのは妾が六つの時だから顔を忘れてしまわぬように久しぶりに会ってみたいと思うての。事実、叔父上は妾の顔を忘れておったではないか」
「確かに愛姫はずいぶんと成長なされていてすぐには分かりませなんだ。……で、城を出た本当の理由は?」
当然これが本当の理由ではないと看破している余三郎は、もうひと押し愛姫に理由を聞いた。
「お琴の習練にほとほと飽いていたところにこの二人が大奥に忍び込んで来ての。これは良い暇つぶしのネタが転がり込んできたものだと侍女たちに捕らえさせて尋問してみれば、幼女の身でありながら叔父上のところの家臣だという」
どうやら寺子屋に入り込んで来た野良犬のように百合丸たちは易々と捕縛されたらしい。
「で、妾は考えたのじゃ。この者らを叔父上のところに送り返すという理由をつければ、城を抜け出す途中で見つかってもそんなに怒られないじゃろうなー、と」
「つまり、百合丸たちを口実にして城外に出ようと試みてみた。と?」
そして運良く(余三郎にとっては運悪く)愛姫は城外へ出ることに成功してしまった。
「途中で見つかって怒られるのは嫌じゃからな。怒られるにしてもこの者たちがいれば妾に向けられる叱責の度合いも少しは軽くなるじゃろうし」
「姫にとっては怒られるかどうかの問題でも、わしにとっては生きるか死ぬかの問題ですが?」
「だからそんなに怖い顔をするなと言うに。そもそも叔父上の家臣どもが大奥に忍び込んできた時点で叔父上は相応の罰が下されるところだったのだぞ? それをこうして――」
「それをこうして大事にしてしまったのが姫なのです」
愛姫の話を遮って余三郎が言葉を被せると、愛姫はきょとんと目を瞬かせて口元を扇子で押さえた。
「ふうむ、この話の流れではそういうことになるな。……いかん、妾としたことが話の持って行き方を間違えた。『皆それぞれに悪い点があった』『お互いにそれを言い合ってもしかたあるまい』な感じの話にして責任の所在を有耶無耶にしつつ煙に巻こうとしたのじゃが……変なところに話が落ちてしまったのう。いや、まいった。まいった」
「老中会議に出ている月宗兄者みたいに口先だけでどうにかしようとしないでくだされ。姫はまだ十になったばかりでしょうに。今からそのような詭弁を弄するようようでは先が思いやられます。せっかく義姉上に似た正統派の美人になりつつあるのですから、性格の方も真っ直ぐな王道ど真ん中の美少女を目指したほうが良かろうと思います」
「そういうものかのう……うん? どうした百合丸殿、霧殿。まるで氷漬けにでもされたように固まって」
百合丸と霧がまるで目の前で紙風船を叩き割られた猫のように目を大きく見開いている。
「あー、もしや叔父上が妾を褒めたことに驚いてるのか? それとも今の一言で妾がちょろりと叔父上に惚れるとでも? ふははは、おぬしらは可愛いのう。何も驚くことはない。古今無双の色好みであったお爺様の子である父上や叔父上たちは、お爺様(先代将軍)の影響で呼吸をするように女を褒めるのじゃ。そういった親族に囲まれて育った妾がこれくらいの褒め言葉で心を動かすとでも思うか?」
ふははははと鷹揚に笑ってみせる十歳児。
余三郎に褒められたことよりも百合丸と霧に驚かれていることのほうが嬉しかったらしい。
下手をすればこのまま打ち首という未来が有り得る状態で、余三郎の額には冷や汗が滲んでいる。
真剣な顔をした余三郎は座りながら掌一つ分だけ愛姫ににじり寄って事の次第を問うのだが、当の愛姫はまるで湯治に来ているかのようにくつろいだ様子で眉尻を下げている。
「なぁに、簡単なこと。この二人が大奥の庭に入り込んでいるのを見つけたので侍女に捉えさせて話をしていたら……」
「していたら?」
「ノリでこうなった」
「……」
「いや、待て。そんな怖い顔をするな叔父上。この者らが叔父上の家臣だと聞いてな、最後に叔父上と会ったのは妾が六つの時だから顔を忘れてしまわぬように久しぶりに会ってみたいと思うての。事実、叔父上は妾の顔を忘れておったではないか」
「確かに愛姫はずいぶんと成長なされていてすぐには分かりませなんだ。……で、城を出た本当の理由は?」
当然これが本当の理由ではないと看破している余三郎は、もうひと押し愛姫に理由を聞いた。
「お琴の習練にほとほと飽いていたところにこの二人が大奥に忍び込んで来ての。これは良い暇つぶしのネタが転がり込んできたものだと侍女たちに捕らえさせて尋問してみれば、幼女の身でありながら叔父上のところの家臣だという」
どうやら寺子屋に入り込んで来た野良犬のように百合丸たちは易々と捕縛されたらしい。
「で、妾は考えたのじゃ。この者らを叔父上のところに送り返すという理由をつければ、城を抜け出す途中で見つかってもそんなに怒られないじゃろうなー、と」
「つまり、百合丸たちを口実にして城外に出ようと試みてみた。と?」
そして運良く(余三郎にとっては運悪く)愛姫は城外へ出ることに成功してしまった。
「途中で見つかって怒られるのは嫌じゃからな。怒られるにしてもこの者たちがいれば妾に向けられる叱責の度合いも少しは軽くなるじゃろうし」
「姫にとっては怒られるかどうかの問題でも、わしにとっては生きるか死ぬかの問題ですが?」
「だからそんなに怖い顔をするなと言うに。そもそも叔父上の家臣どもが大奥に忍び込んできた時点で叔父上は相応の罰が下されるところだったのだぞ? それをこうして――」
「それをこうして大事にしてしまったのが姫なのです」
愛姫の話を遮って余三郎が言葉を被せると、愛姫はきょとんと目を瞬かせて口元を扇子で押さえた。
「ふうむ、この話の流れではそういうことになるな。……いかん、妾としたことが話の持って行き方を間違えた。『皆それぞれに悪い点があった』『お互いにそれを言い合ってもしかたあるまい』な感じの話にして責任の所在を有耶無耶にしつつ煙に巻こうとしたのじゃが……変なところに話が落ちてしまったのう。いや、まいった。まいった」
「老中会議に出ている月宗兄者みたいに口先だけでどうにかしようとしないでくだされ。姫はまだ十になったばかりでしょうに。今からそのような詭弁を弄するようようでは先が思いやられます。せっかく義姉上に似た正統派の美人になりつつあるのですから、性格の方も真っ直ぐな王道ど真ん中の美少女を目指したほうが良かろうと思います」
「そういうものかのう……うん? どうした百合丸殿、霧殿。まるで氷漬けにでもされたように固まって」
百合丸と霧がまるで目の前で紙風船を叩き割られた猫のように目を大きく見開いている。
「あー、もしや叔父上が妾を褒めたことに驚いてるのか? それとも今の一言で妾がちょろりと叔父上に惚れるとでも? ふははは、おぬしらは可愛いのう。何も驚くことはない。古今無双の色好みであったお爺様の子である父上や叔父上たちは、お爺様(先代将軍)の影響で呼吸をするように女を褒めるのじゃ。そういった親族に囲まれて育った妾がこれくらいの褒め言葉で心を動かすとでも思うか?」
ふははははと鷹揚に笑ってみせる十歳児。
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