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第二幕 みんなが子猫を探してる
風神風花 1
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「丁!」「半っ!」と賭け札を張る声でざわめく博打場と襖一枚で分かれている座敷に人相の悪い六人の男どもがたむろしていた。
「おや? 集まったのはこれだけかい」
すらりと襖を開けて薄暗いその部屋に入って来たのは二十代半ばの女性。
黒くて艶のある江戸小紋を男のように着流して、派手な赤い羽織を肩に引っかけている。猫柳家女中の菊花ほどではないものの十分に大きな胸を下から掬い上げるように腕を組み、右目には斜めに走る大きな刀傷があってその上に眼帯をつけている。
「声が掛かってほんの一刻(二時間)だ。こんなもんだろ」
四十代半ばくらいの男が黄色い乱ぐい歯を剥き出して「へへへへ」と笑った。
「楽なうえに実入りのいい仕事なんだけどねぇ、勿体ない」
「それなら頭数が少ない方が一人あたりの貰いが多くなって好都合だろうに。へへへへ」
眼帯の女、風花は上座の敷物の上に腰を降ろして手近なところにあった酒瓶をとって無造作に煽った。
「今回の依頼は人手があったほうが有り難いんだよ。……しっかし、ここの酒は相変わらずひどいね、まるで犬の小便だ」
風花は顔をしかめて酒瓶を隣にいる猿面をつけた男に押しつけた。
「姐さんは普段からいい酒を呑んでいるから不味く感じるんさね。これだって呑み慣れれば甘露ですぜ?」
酒瓶を渡された男は顔につけていた猿面をずらして風花が残した酒を旨そうに啜る。
「ふん、なら小猿は酒を呑まずに小便でも呑んでいればいい」
「あぁ、姐さんのでしたら喜んで呑ませてもらいますぜ」
「変態め……」
風花は心底嫌そうに顔を歪めて小猿と呼ばれている猿面の男を突き放すように小突いた。
「それでお嬢。人手が必要だということだが、どこかの大店に押し込みでもするのかい」
鼻が際立って大きな異相の男が黒い法衣の中に手を突っ込んで体をボリボリと掻きながら風花に訊く。
「いんや、小娘を一人見つけ出して殺すだけの簡単なお仕事さ」
「ほぉ? で、報酬は?」
「娘を見つけ出して首尾よく殺せた者には白餅一つ」
「おほっ!?」
小猿は面の下で息を呑み、中年盗賊の『鮫噛み』は黄色い乱ぐい歯をカチカチと鳴らして笑った。
「白餅……二十五両か。悪くねぇ」
二十五枚の小判を白紙で包んだその様子から隠語で二十五両の包みを『白餅』という。
「小娘一人に随分と豪勢なお代だな」
鮮やかな碧色の派手な打掛をひっかけた垂れ目の剣士が胡散臭そうに目を眇めた。
どうやら話が美味すぎるので話を持ってきた風花を疑い始めたらしい。
良い心地のしない目つきで睨まれた風花は芝居じみた様子で肩をすくめながらフフッと鼻を鳴らした。
「ま、ご祝儀相場ってやつさ。なにしろ的は将軍の一人娘だからな」
「将軍の娘だと!?」
「ってこたぁ、江戸城に忍び込めと?」
悪人どもの間に小さなどよめきが流れた。
「おや? 集まったのはこれだけかい」
すらりと襖を開けて薄暗いその部屋に入って来たのは二十代半ばの女性。
黒くて艶のある江戸小紋を男のように着流して、派手な赤い羽織を肩に引っかけている。猫柳家女中の菊花ほどではないものの十分に大きな胸を下から掬い上げるように腕を組み、右目には斜めに走る大きな刀傷があってその上に眼帯をつけている。
「声が掛かってほんの一刻(二時間)だ。こんなもんだろ」
四十代半ばくらいの男が黄色い乱ぐい歯を剥き出して「へへへへ」と笑った。
「楽なうえに実入りのいい仕事なんだけどねぇ、勿体ない」
「それなら頭数が少ない方が一人あたりの貰いが多くなって好都合だろうに。へへへへ」
眼帯の女、風花は上座の敷物の上に腰を降ろして手近なところにあった酒瓶をとって無造作に煽った。
「今回の依頼は人手があったほうが有り難いんだよ。……しっかし、ここの酒は相変わらずひどいね、まるで犬の小便だ」
風花は顔をしかめて酒瓶を隣にいる猿面をつけた男に押しつけた。
「姐さんは普段からいい酒を呑んでいるから不味く感じるんさね。これだって呑み慣れれば甘露ですぜ?」
酒瓶を渡された男は顔につけていた猿面をずらして風花が残した酒を旨そうに啜る。
「ふん、なら小猿は酒を呑まずに小便でも呑んでいればいい」
「あぁ、姐さんのでしたら喜んで呑ませてもらいますぜ」
「変態め……」
風花は心底嫌そうに顔を歪めて小猿と呼ばれている猿面の男を突き放すように小突いた。
「それでお嬢。人手が必要だということだが、どこかの大店に押し込みでもするのかい」
鼻が際立って大きな異相の男が黒い法衣の中に手を突っ込んで体をボリボリと掻きながら風花に訊く。
「いんや、小娘を一人見つけ出して殺すだけの簡単なお仕事さ」
「ほぉ? で、報酬は?」
「娘を見つけ出して首尾よく殺せた者には白餅一つ」
「おほっ!?」
小猿は面の下で息を呑み、中年盗賊の『鮫噛み』は黄色い乱ぐい歯をカチカチと鳴らして笑った。
「白餅……二十五両か。悪くねぇ」
二十五枚の小判を白紙で包んだその様子から隠語で二十五両の包みを『白餅』という。
「小娘一人に随分と豪勢なお代だな」
鮮やかな碧色の派手な打掛をひっかけた垂れ目の剣士が胡散臭そうに目を眇めた。
どうやら話が美味すぎるので話を持ってきた風花を疑い始めたらしい。
良い心地のしない目つきで睨まれた風花は芝居じみた様子で肩をすくめながらフフッと鼻を鳴らした。
「ま、ご祝儀相場ってやつさ。なにしろ的は将軍の一人娘だからな」
「将軍の娘だと!?」
「ってこたぁ、江戸城に忍び込めと?」
悪人どもの間に小さなどよめきが流れた。
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