幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

文字の大きさ
41 / 94
第三幕 子猫はもっと遊びたい

秘密の抜け路 4

しおりを挟む
「えー、兄者たちの事はまぁ、あれとして……。少し考え方を変えてみましょう。亀宗兄者が愛姫に鉄下駄で歩けるようになれと言ったのが『足腰を鍛える』という目的のためじゃないとします。だとすると何が目的でそのように言ったのか、ということなんですが」

「体を鍛えることが目的じゃない場合ですか……。もしかして秘密の抜け路には鉄下駄を履かないと通れないような所があるとか? 地下から熱泉が噴き出ていてものすごく熱くなっている部分があるのかも?」

「熱ですか……でも、それだとむしろ鉄下駄を履いている方が熱くなる気がしますね。鉄は熱をすぐ通しますし」

「そうですわねぇ」

「鉄下駄を履かないと通れない場所があるのだとすれば……鉄下駄で足を守らないと通れない針山のような場所があるとか? ……いや、違うな。秘密の抜け路は緊急時の脱出用として作られたものだ。それなのに途中で針山のような罠を仕掛けていたのでは脱出するのに不都合が生じる。それでは本来の用途に使えない、本末転倒じゃ」

「針山ですか……もしかして罠として針山を作ったのじゃなくて、歴代の将軍様が底を放置しているうちに自然に針が生えちゃっただけかもしれませんよ?」

「自然に針が生えるって、どんな状態ですかそれ」

「なんとなく言ってみただけです」

 菊花はぺろっと舌を出しておどけてみせた。どうやら張り詰めた状態の余三郎の心をほぐそうとしてわざと冗談を言ったようだ。

 年上だけれど相変わらず可愛い人だなぁ……。

 あざといほどの可愛らしさに余三郎は心を丸ごと持っていかれそうになったが、ハッと我に返った余三郎はブンブンと頭を振って慌てて気を引き締め直した。

「もぉ……菊花さん真面目に考えて下され。わし、命を拾えるかどうかの崖っぷちなんですよこれでも」

「そうでしたわね。でも、私思ったんですけど、どのように話が繋がるかもわからない鉄下駄の意味を考え続けるより、殿がよく知っている江戸城の歴史から推理した方がよろしいんじゃないでしょうか」

「江戸城の歴史ですか……」

 そういえば愛姫の証言と江戸城の歴史を照らし合わせたことで、秘密の抜け路が城の東側に向かっているという推理をしたけれど、そこから先を考えもせずに話を次に移していた。

 一つの答えを得たことで、余三郎はこの手掛かりから導き出せる解はもう無いものだと錯覚していた。

「確かにもっと考えられる事はあるやもしれませんね。うっかしりてました」

「そうでしょう? じゃあ、一度話を整理しますね」

 そう言って菊花は思い出しながら語り出した。

「江戸城に秘密の抜け路を作らせたのはまず間違いなく権現ごんげん様(徳川家康)でしょう。ですから、時期は殿がさっき仰っていた江戸城大改築の『天下普請』のときで確定ですね」

「うむ、城から脱出するための路を作るのは天下普請の時以外に有り得ない。もし城が完成して徳川家の執政が始まった後になってコッソリ抜け路を作るようなことは不可能だ。大勢の人が出入りする城内でそんな工事をしていれば、どれほど隠そうとしても即座に露見してしまう」

「そうですわね。そして、先ほど殿はその抜け路は東に向かっていると断定しました」

「『潮臭くなる』の一言が決め手ですね」

「で、殿はこうも言ってましたわよね? 昔は江戸の東はほとんどが湿地だったと。東側の土地は天下普請の時に作られた埋め立て地だと……。秘密の抜け路の出口は城の東側がまだ湿地だった時に作られたのでしょうか? それとも埋め立てられた後?」

「わしが読んだ史書では江戸城の大改築と湿地の埋め立ては同時に行われたと書いてありましたね。改めて考えれば、秘密の抜け路を作るのも天下普請の一環だったと考えた方が自然ですね」

「大事業に紛れて秘密の工事も並行してやっていた。と?」

 余三郎は大きく頷いた。 

「だとすればですよ? 埋め立て地の完成と、抜け路の完成も同時になるはずですわよね」

「そうなりますね」

「じゃあ、埋め立てが終わったばかりの更地さらちに秘密の抜け路の出口はポッカリと口を開けて野晒のざらしにされていたのでしょうか?」

「そんなはずはないですね。当然どこかの建物の敷地内にこっそりと隠されているはずです」

「それこそ『そんなはずはない』ですよ。殿」

「え?」

「だってそこは埋め立てが終わったばかりの更地なんですよ? まだ建物が一つもない広大な空き地なんです」

「あ、そうか……、いや、まてよ……」

 余三郎は菊花と会話をしているうちに段々と推理の筋道が見えてきて目を見開いた。

「そうだ。元々土地がない所に抜け路の出口を作ったのだから、そこに目をつけて考えればいいのか……」

 余三郎は腕を組んで独り言のように呟きながらこれまでの推論を整理した。

「天下普請が行われたときに城の東側が埋め立てられた。同時に秘密の抜け路が作られた。逆に言えば抜け路が作られるよりも前に、城の東側で建物が建てられるほどしっかりした土地なんて存在していなかった」

 余三郎の独白を菊花は黙って聞いている。

「埋め立ての直後は土が馴染むのを待つのにある程度の時間が必要。しかし、それくらいの期間なら建築資材を積み上げて隠しておくことも出来る。そして、土が馴染んで建築しても良い時期に入れば出来上がったばかりの広大な更地で一斉に建築が始まる。あちこちで競うように建築しているのだから、その中で一ヵ所くらいおかしな作業をしていても人目を惹くような事にはならないはずだ」

 余三郎の目が爛々と輝き出す。

「埋め立て直後に建てられた建物と言うことは、言い換えればその地で最も古い建物だということだ。つまり、これまでの推理を総合するとこうなる……」

 ようやく正当に辿り着いた。その嬉しさが込み上げてきて心地良い緊張が体を駆け巡った。

「秘密の抜け路の出口は、天下普請の折の埋め立て地である日本橋から銀座にかけての地域。そこで最も古い建造物の中に隠されている!」

「おめでとうございます、殿。少ない手がかりを元によくぞここまで。偉い、偉い」

 菊花がにっこりと微笑む。そんな彼女の笑顔に余三郎は感激で目を潤ませた。

「わしの考えが行き詰っていたところを菊花さんが別の角度から考えるように助言してくれたおかげですよ。菊花さんのおかげで助かった。あぁ、優しく微笑んで導いてくれる菊花さんはまるで菩薩のようだ……ありがたや、ありがたや」

「いやですわ殿ぉ、そんなに拝まれても何も出ませんわよ。……頑張ればお乳くらい出るかもですけど」

「え、出るんですか?」

「殿が私を愛してくだされば出るようになるかもしれませんよ?」

 菊花が目を細めて意味深な笑顔を向けてきた。それで余三郎はようやく菊花にからかわれたのだと気が付く。

「えっ、その……わしは……」

 そこで気の利いた返し文句でも言えれば『いき』な男のだろうが、色恋本を読んだことすらない余三郎に綺麗な返しを求めるのはいささか無理な注文である。

 余三郎はパシリと自分の膝を叩いて、菊花から視線を逸らせながら強引に話を元に戻した。

「さ、さぁて、ここまで分かれば後は行動するだけだな! 推理した条件に該当する建造物を片っ端から見て回らなくては! ぐずぐずはしておれぬ!」

 あからさまな話の逸らし方に菊花はクスリと笑った。もうちょっとからかってみたいという欲求もあったけれど、これ以上突っつくと泣くか怒るかしそうな気がしたので追い打ちはやめておいた。

「それでしたら、殿。古い建物を全部見て回らなくても、候補はもっと絞れるんじゃありませんか? 例えばその時期に作られた建物であっても、個人の邸宅やどこかの大名屋敷は候補として有り得ませんわよね。そんな施設の中に幕府の心臓部へ直接繋がる路を作るわけがないですもの」

「そ、そうですな。そうなると幕府直轄の施設……金座や銀座などの鋳造所か、奉行所とか?」

「そうですわね。その他の候補としては徳川家がその時期に勧進かんじんしたお寺や神社という線もありますわ。むしろこっちのほうが有力な候補だと思いますけど」

「なるほどなるほど! うむ! なんとかなりそうな気がしてきました! 菊花さん、心から感謝します。今から早速探索してきます!」

 すでに半分ほど見つけた気分になった余三郎は興奮して顔を上気させながらおっとり刀で飛び出していった。

「いってらっしゃーい。お気をつけてー」

 見送りの声をかけたばかりだというのに、余三郎はすぐに帰ってきた。

「あら、何か忘れものですか?」

「えぇ、言うのを忘れていました。今日は帰るのが遅くなるかもしれませんが、わしの分の飯は用意しておいて下され」

「わかりましたわ」

「あと、もう一つ。さっき菊花さんが舌を出しておどけた仕草が凄く可愛らしくて良かったです。色っぽい笑顔よりも可愛く微笑んでる方の菊花さんのほうがわしは好きですよ。では、行ってきます!」

 それだけ言い残すと余三郎は再び背を向けて走り去った。

「……好きって。……もう、殿ったら。さっきの仕返しかしら」

 誰もいなくなった家の中で菊花は珍しく眉を八の字にして頬を赤く染めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...