幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

文字の大きさ
42 / 94
第三幕 子猫はもっと遊びたい

子猫たちは猫探しを始める 1

しおりを挟む
「おおっ!? おおおぉー!?」

 杵柄きねつか神社の境内けいだい感嘆かんたんの声を上げている一人の少女がいた。

 昨日は緊張もあって百合丸と霧から離れることはなかった愛姫だが、慣れた途端にふらっと離れてしまって、あっさり迷子になった。

 普通の子供なら連れの者とはぐれてしまうと不安になるものだけれど、生まれた時から『奉仕される側』として育ってきた愛姫にそんな感覚はない。

 連れの二人の姿が見えなくなっても「そのうち見つけてくれるじゃろ」と、勝手に右へ左へと歩き回り、今は甘い香りのするべっこう飴売りの屋台の前でちんまりと座り込んで、職人が作る琥珀色の飴人形をキラキラした目で見上げている。

 職人は坩堝るつぼの中で鼈甲べっこう色に溶けた飴を二本の菜箸さいばしでみょーんと伸ばしては、くるくると丸め、時々ちょんちょんと細工鋏さいくばさみで切って形を整えながら箸の先に小さな動物を作っている。

 愛姫はそれが面白いらしくて、さっきから一つ出来上がるたびに大はしゃぎしていた。

 見目みめの良い少女が人目もはばからずにとても楽しそうな声を上げているので、祭りの物見客はそれほど凄い技を持っている職人なのかと一人、二人、通り過ぎようとしていた足を曲げて集まり始めている。

 大まかな形を作った職人は、飴が冷めて固まらないうちにヘラでちまちまと形を整えると、最後に兎の耳をとりつけてぱちんと鋏を入れた。

 少しばかり左右の耳の太さが違う兎の完成だ。

「す、凄いなお主。そのような箸の先で、ようもこんなちんまりとした愛らしい兎が作れるとは! まるで運慶うんけいの再来じゃな!」

 愛姫は有名な仏師の名を引き合いに出して褒める褒める。その天井知らずな褒めように周囲にいた者たちからどっと笑いが起きた。

 物見高い江戸の町人たちからしたらその職人の腕はさほどのものでもなかった。むしろその程度の細工で感激している女の子の方が面白かった。

 これが皮肉なら職人はとんでもない恥をかかされた事になるのだけれど、食い入るように目をまん丸に開いて瞳を輝かせている少女は本気で凄いと思っているらしく、頬を僅かに紅潮させている。

「いやなに。これくらいは誰にでも……」

 実際この職人はこの商売を始めてまだ半年程度の駆け出しで誇れるような技術など習得していない。

 それは職人自身が嫌と言うほどに分かっている。

 それなのにふらっとやって来た少女から過剰な絶賛を受けてどうしたものかと困惑していた。

「次は? 次は何を作ってくれるのじゃ?」

「あ……その。作った物が売れたらまた作るから……作りすぎても無駄になるし」

 思わず「見せ物じゃないんだから帰ってくんねぇか」と言いそうになったが、自分が見せ物で商売していることを思い出して、言うに言えなかった。

 この職人、元々は伝統ある和菓子屋で修行をしていた身。それが一月の間に三度も大鍋の餡を焦がしてしまい店から放逐ほうちくされていた。

 男は食っていくために手元にあるわずかな銭で砂糖をあがなうと、見よう見まねでべっこう飴細工の辻売りを始めて、その日その日を手元の銭とにらめっこしながら生きる綱渡りでどうにか生活をしていた。

 気が進まないままにべっこう飴を作っては売っているものの、商売を替えて半年が過ぎた今になってもこの老舗菓子店の職人だったという中途半端な自尊心がこの男の心から消えず、芸人のように技を披露して物を売るべっこう飴売りという職を見下していて、飴細工の技を磨くことはしなかったし、売るための口上こうじょう(売り文句)を工夫くふうしようともしなかった。

『困った。こんなにもたくさんの客に囲まれて自分のつたない技を見られるなんて……。ちくしょうめ、まるで針のむしろに座らされている心地だ』

 背中から冷たい汗が流れる。男は思う。どこで生きていくみちを間違えてしまったのやら、と。

 本当なら今頃俺は菓子店の奥の厨房で黙々と和菓子を作っているはずなんだ。こんな子供の無垢な目で見つめられながら冷や汗を流してこんな不細工な飴を晒すなんて……どうしてこうなったんだコンチクショウ。

 わりと因果応報な仕打ちを喰らっているだけなことを棚に上げて、男は客寄せの元になっている愛姫を追い払いにかかった。

「さ、お嬢さん。買わないなら帰っておくれ。こっちも商売でしていることなんでね」

「そうか。これが売れないと作るところはもう見られないのか……しかたないのう」

 餌を取り上げられてしまった猫のようにしょぼんと顔を曇らせる愛姫。

 その姿を見ていた恰幅かっぷくの良い商人らしき男が懐から太い銭袋を出して飴売りに声を掛けた。

「ええぃ、江戸っ子がしみったれたことをするもんじゃねぇや。おう、飴売り。こしらえてあんの全部俺が買ってやらぁ! だからこのお嬢ちゃんにどんどん作ってやんな!」

 歪な飴細工が並ぶ板の上に小判を一枚、パシッと将棋の駒を打つように叩きつけたものだからドッと周囲の見物客が湧いた。

「よっ! いきだねぃ旦那!」
「あたぼうよ! これが江戸っ子ってもんだ!」

 周囲からやんややんやと歓声が起きる。

「おおっ! そちはなかなか良い奴じゃな。気に入ったぞ」

 愛姫のわくわくした目を向けられて商人はさらに鼻を高くした。

「さぁさぁどうしたい。この子にあんたのとっておきの技を見せてやんな!」

 見物客たちの拍手喝采につられ、さらに人が「なんだ。どうした」と集まってくる。

 なんてこった!

 飴売りの顔から血の気が退く。

 こんな事になるなら不貞腐れてないでちゃんと飴細工の修練をしておくんだった!

 祭りの真っ最中に不真面目でいた過去の自分を呪っても、それこそ後の祭りというもの。

「さぁさぁ、どうした飴売り! どうせなら景気よく、でっけぇ鳳凰ほうおうでも作ってやんな!」

「おおっ! それはいかにも凄そうじゃ。是非見てみたいぞ!」

「か、勘弁して下さいぃー!」

 飴売りがそんな悲鳴を上げても、まだまだ祭りは続く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

処理中です...