幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

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第四幕 みんなが子猫を探して上や下への大騒ぎ

動き出す猟犬たち

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 狐屋の裏口で雷蔵はまた一組の武士の客を見送っていた。

 静かに木戸を占めてきびすを返すと、雷蔵は急ぎ足で店表に戻りながら眉間に不機嫌な皺を刻んでいた。

 雷蔵はここ数日で叫び出したいほどの鬱憤を胸の中に溜め込んでいる。

 鬱憤が溜まる原因ははっきりわかっている。風花だ。

 今回の愛姫に関する仕事で、彼女は雷蔵と競合状態になっているとわかった途端にこの仕事に関わる報酬を倍に引き上げた。このせいでこれまで雷蔵が裏の仕事に使っていた小者たちの半数近くが風花のほうについたのだ。

『くそっ、風花め……』

 雷蔵にとって風花は子供の頃からの顔馴染みで、雷蔵が狐屋の先代に引き抜かれた後でも何かと突っかかってくる女だった。

 ただ、その絡み方はまるで背くらべをして張り合う子供のようで奇妙に愛嬌があったものだから今まで放っておいたのだが……、

『よりにもよってこんな大事な仕事の時に本気で牙を剥いてくるとはな……』

 雷蔵は唇を噛んで自分の甘さを悔いた。お互いに『悪党』であることは分かっていたはずなのだ。

『やはりどんな些細なことでもこちらに敵対する態度を見せた奴は、徹底して消しておくべきだった……』

 苦い顔つきで廊下を歩いていた雷蔵は店表に出る直前の角で足を止めて顔の筋肉を揉んだ。

 険のある顔で店には出ない。先代からしつこく教えられて身に沁み込んだ商人の心得をこんな時でも雷蔵はきっちりと守って表情を商人のそれに戻し、そっと足を踏み出して店に出た。

「あ、大番頭。丁度良いところに。今この方が――」

 店頭で接客をしていた手代が取次とりつぎの言葉を全て言い終わる前に雷蔵は店の上がりから降りて、無言のまま訪問してきた客と一緒に外に出た。

「すみません雷蔵の旦那。急ぎの知らせがあったもので、表の店にまで来させてもらいました」

 雷蔵は店の横手にある細い路地にその男を連れ込んで話を聞いた。

 漁師のように日焼けした肌と、腕に生々しい傷のあるその男は雷蔵が裏の仕事をするときに使う土蜘蛛という名の情報屋だった。

「それはいい。急ぎで来たのだろう、ならば早く内容を言え」

「へいっ。愛姫の潜伏先がわかりました。猫柳という旗本の幼女家臣の一人として行動しているそうですぜ」

 雷蔵はグッと奥歯を噛んだ。

 昨夜遅くに雷蔵のところにやってきた別の情報屋の話では、猫柳家の家臣にそれらしい幼女がいるがそれは似ているだけの偽物ということだった。その幼女は北町奉行の天野と直接面識のある子供で、その子が愛姫でない事は確定している。

 情報はきが命であるのに、昼を過ぎた時刻になってこんな話を持ってくるようでは情報屋として致命的な遅さだ。

「土蜘蛛。いつも活きが良くて正確な情報を持ってくるおまえにしては――」

「おっと旦那、早とちりは無しですぜ。もっとも、これを最初に早とちりしたのは北町の天野様なんですがね。ひっひっひっ」

「……どういうことだ?」

「実はですね――」


 土蜘蛛がもたらした情報は雷蔵にとってたちの悪い冗談にしか思えなかった。

 誰もが怪しいと思っていた子供が何のひねりもなく愛姫本人だったのに、北町奉行の勘違いがそれを無駄にこじらせて多く関係者に無駄足を踏ませて余計な時間をとらせた。

「ってな事で、今は町中のかたどもがやっきになって猫柳の幼女らを捜索中ですぜ。ついでに言えば、ほんの一刻前には日本橋付近で見かけた奴がいるそうです。急いで探せばまだ間に合うかもしれませんぜ。ひっひっひっ」

 雷蔵は土蜘蛛が得意顔で差し出している掌にズシリと重い白餅(小判の包み)を握らせると急いで店の中に戻った。

『くそっ! 猫柳の幼女たちだと!? 今日ウチの阿保太郎が握り飯を持って一緒に遊びに行っている相手じゃないか。先にこの話を知っていれば無駄な苦労をせずに済んだものを! 風花の事とか、この間抜けな行き違いとか、運に見放されたとしか思えねぇ!』

 雷蔵は心の奥で愚痴を吐きながらかしに向かった。朝早くに握り飯を作らされたお都留なら青太郎がどこに遊びに向かう予定なのか聞き出しているかもしれないからだ。

 雷蔵が炊ぎ場に足を踏み入れた丁度その時――、

「猫を入れるカゴだって?」

「へい。出先で若旦那に頼まれまして。猫を入れるためのカゴを持ってこいって」

 お都留は丁稚の蘭助とそんな話をしていた。

 思わず炊ぎ場の入り口で立ち止まった雷蔵。このまま二人の会話を聞かせてもらいたいところだったが、雷蔵の存在感は二人の会話を止めるには十分すぎるくらいに強いものだった。

「あ、雷蔵様。頼まれていた文はきちんと全部届けてきましたよ!」

 上手に芸が出来たことを褒めてもらいたがっている犬のように蘭助は満面の笑顔で雷蔵の前に飛んできた。

「そうかい、ありがとよ。それよりもおまえ、若旦那に頼まれたと言っていなかったかい?」

「へいっ。雷蔵様の文を届けに行った帰りに若旦那に出くわしまして、そしたら猫を入れるためのカゴを持って来るようにって」

「よし、それを詳しく、手早く、簡潔に、話してくんねぇか」

 雷蔵は蘭助に対してやんわりと微笑みながら、心の中でニタリとほくそ笑んだ。

『やれやれ、あっしはまだ運に見放されちゃいなかったようだ』
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