幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

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第四幕 みんなが子猫を探して上や下への大騒ぎ

風花も子猫たちに追いついた

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 どうやってこの子猫たちを地上に連れ戻そうかと、雷蔵が思案を巡らせている隙に、たっぷりと悪意と害意を抱えた者たちがすぐ近くまで迫ってきていた。

 位置は雷蔵たちが立ち止まっている場所から五十歩ほど後ろ。

 ポチャンポチャンと鍾乳石からしたたり落ちる水音に紛れさせて小声で言葉を交わしている。

「見ろ、やっぱりあの野郎だった」

 愛姫たちと話している雷蔵の姿を見て風花は忌々しげに唾を吐いた。

 鍾乳洞の緩い曲がり路で風花たち三人は冷たい壁面に体をひっつけるようにして身を隠しながら雷蔵たちの様子を窺っている。

「あぁ面倒ですねぇ、私は雷蔵さんとやりあいたくはないんですが」

 佐吉が心底面倒そうに肩を落としてぼやく。

「おい佐吉。てめぇは男のくせに雷蔵を越えてやろうって気概きがいはないのかい」

 風花がけしかけるように挑発してきたけれど佐吉はヘラリと笑って取り合わない。

「ははっ、よしてくだせぇや姐さん。私ぁ金にならねぇ喧嘩はお断りですぜ。おっと、いくらなら雷蔵さんとやるのかって訊いても無駄ですよ。あの男は別格だ。いくら金を積まれても無理なものは無理。私ぁ金より命が惜しい」

「チッ、根性無しめ。てめぇじゃなく、鮫噛さめがみのおっさんか、土州をこっちに連れてくるんだった。人選を誤ってしまったよ」

「姐さん。わりぃが、おいらも雷蔵とやるのは――」

「大丈夫だ小猿。おめぇにははなから期待しちゃいねぇ」

「……そうですかい」

 小猿が不貞腐れて唇を尖らせながら足先で小石を蹴ると、足先がツッと何かに引っ掛かった。

 チリリン。

 鈴の音が小猿の足元で涼やかに鳴る。

『――っ!』(口パクで『やっちまったー!』と慌てている小猿)
『――っ!!』(口パクで『この馬鹿野郎!!』と怒りながら煙管で小猿の頭を叩く風花)
「くふっ!」(佐吉の鼻から漏れた失笑の音)


 鈴の音が聞こえた瞬間に雷蔵は暗殺者たちが近くに来ていることを愛姫たちに告げた。

「姫! あっしが仕掛けておいた鈴が鳴りやした。敵がすぐそばまで来ています。逃げましょう!」

「え!?」

 愛姫は驚いて聞き返したものの百合丸と霧は「敵はどの辺にいる?」とか「敵は何人?」などの余計な質問は一切口にしなかった。

「承知!」
「なのっ!」

 二人は瞬時と言っていいくらいの早さで立ち止まっていた体勢から逃走行動に移っていた。

 愛姫と青太郎は「え? え!?」と戸惑いながらも、百合丸と霧が逃げ出した動きに釣られて自然と同じ方向に走り出している。

 まるで犬に追われたノラ猫のような瞬発力で洞窟の奥に向かって逃げる子供たち。そんな子供らを守るように雷蔵は最後尾を走った。

『こりゃ驚いた。なんてぇガキどもだい。あっしの警告から逃走行動に移るまでの無駄な間がほとんど無かった。この良さは一朝一夕で身につくようなものじゃねぇ。……恐ろしいな、猫柳家ではこの幼女たちにいったいどんな訓練を仕込んでいるんだ?』

 雷蔵は走りながら感心していたが、まさか猫柳家での極貧生活の中で借金取りから逃げるという行為を日常的に繰り返しているうちに自然と身についてしまった遁走術とんそうじゅつだとはさすがの雷蔵でも思い至ることが出来なかった。

「はぁはぁ、ら、雷蔵。いつまで走ればいいんだい? 私はもぉ脇腹が痛くて吐きそうだよ」

「たったこれだけ走っただけで音を上げるたぁ情けねぇですぜ。男ならせめて今だけでも見栄を張って、みんなの先頭を走るくらいの気概を発揮してみちゃあどうですかい」

「ち、力比べなら少しは自信があるけれど、はぁはぁ、遠駆とおがけは苦手だよぉ、はぁはぁ……」

「お? 青太郎は力比べには自信があるのか。火事場のなんとか力というやつじゃな」

「なるほど、火事場の馬鹿力でござるか」

「『火事場の』って、つけなくても良さそう、なの」

「う、うるさいよ、あんたら! はぁはぁ」

 四人がそんな言い合いをしながら走っている最中、追跡者を警戒していた雷蔵は後方で火が灯るのを見た。

 気配を消して忍び寄って来ていた追跡者たちだが、これからは身を隠す事をせずに全力で追って来る気らしい。

 逃走に移る行動が異様に早かったおかげで追跡者たちをかなり引き離したものの、これからどれほど走れば奴らから逃げきることができるのか不明なので気は抜けない。

 そもそもこの路が江戸城に繋がる秘密の抜け路であるという確証はない。本当にそうなのだとしても正確な道順がわからない。不安要素は数えればきりがないほどに多かった。

『ええぃ、仕方ねぇ!』

 雷蔵は突然立ち止まって青太郎たちに背を向けた。

「雷蔵!?」

 つられて青太郎も足を止めかけたが――、

「そのまま行って下せぇ! あっしが追手の足止めしやす! その間もっと先へ!」

「しかし、雷蔵だけじゃ――」

「青太郎殿、判断を誤ってはいかんでござる。あの番頭はかなりデキる。拙者らが側にいても足手まといにしかならないでござるよ!」

 百合丸が足の止まりかけた青太郎の袖を掴んで引きずるように走らせた。

「雷蔵、感謝するぞ! 無事に逃げ切る事ができたら相応の褒美をやるから必ず城に来い! 必ずじゃぞ!」

 足を止めかけた青太郎とは違い、愛姫たち三人は迷うことなく走り続けた。

『躊躇なく先に行くとはね……ははっ、すげぇじゃねぇか』

 雷蔵は再び感心させられた。

 普通の子供なら青太郎のように躊躇する。今のように危険が迫っている時ほど強い者の側にいて守ってもらおうとする。そうするのは自分の身を護るすべを持たない子供たちが持つ生存本能のようなもので、まだ幼気が抜けていない彼女らが本能に逆らって走り続ける行為は大人が思う以上に怖い事だ。

 それなのに愛姫たちは今何をすべきかを瞬時に判断して行動した。

 おそらく彼女たちには天賦の才があるのだろう。どのような状況にあっても常に己の立ち位置を客観的に把握し、的確な判断をして、迷いなく兵に下知する指揮官『侍大将』としての才能だ。

『こんなところで稀有な才能持ちに出会うとはな……。それもあんな幼女だってんだから何の冗談なのやら……』

 雷蔵は苦笑しながら懐に手を突っ込んで手拭いを取り出した。

『ま、こんな太平の世じゃ無用な才能だけどな。この俺と同じで』

 取り出した手拭いを二つに裂いて拳に巻いた雷蔵は、着物の裾を帯まで捲り上げて大きく足を開いた。
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