幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

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第四幕 みんなが子猫を探して上や下への大騒ぎ

小猿が子猫たちを追い詰めた

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 追跡者の迎撃を雷蔵に任せた愛姫たちは全力で奥へと進んでいた。

 奥へ進むほど広かった道は段々と狭くなり、地面は潮臭い砂地から砂岩状のものへと変わった。やがて――、

「む? もしやこの先は行き止まりなのでござろうか」

 百合丸が提灯を掲げて照らした前方に大きな岩肌が見えてきた。

 進んでいる道には選択できるような岐路はなく、ただ真っ直ぐにその岩へと向かっているので愛姫一行は道なりに進んでみる。

 結論を先に言えば、行き止まりに見えた道はちゃんと続いていた。

「なんという巨大な岩、いや、岩山と言った方がよいかの」

 愛姫は首を垂直に上げて感嘆の息を吐く。

 上も横もどこまで続いているのかが視認できないほどの巨岩だ。

 彼女たちが辿ってきた道はこの巨岩の表面をざっくりと削って作った坂道に繋がっていた。

「ここを登れということか。骨が折れそうじゃのぉ……」

「ここは位置的にここは江戸城の真下ぐらいでござろう。ということは、この岩の頂上が江戸城のどこかと繋がっている可能性が高いでござる。大変な道のりになりそうでござるが、出口は近いでござるよ」

「うへぇ……ここを登るのかい? 上まで登ったところでつるっと足を滑らせたら骨折りどころかそのまま地獄へ直行しちまいそうだよ」

 青太郎が指摘した通り、岩肌の表面を削って作られた坂道は道幅が大人二人が並んで歩ける程度には広かったけれど、手摺などの安全柵のない剥き出しの道なので道縁から少しでも足を踏み外せば……おそらく本当に死んでしまうだろう。

 決して安全とは言い難い作りの道に青太郎が尻込みをしていたら霧にパシンと尻を叩かれた。

「それなら足を滑らせなければいいだけ、なの。早く行く、なの」

「わ、わかったよ。ちょ、そんな勢いをつけて押さないでくれな、余計に危ないじゃないか」

 四人が坂を上り始めてそれほど経たないうちに皆の息が上がり始めた。

 普通に歩く速度で進むのであればそれほど息苦しくはならなかったかもしれないけれど、正体のわからぬ者に追われている最中では足を緩めるわけにはいかない。

「さ、坂道を急ぎ足で上るというのは、な、なんとも、苦しいものじゃの……」

 坂道を登り始めて判明したことだが、この道は山と言って差し支えが無いくらいに巨大な円錐状の岩の表面をグルグルと螺旋状に削りながら頂上に向かって続いているようだ。

 ただ、この岩山は少しだけ他の地層に埋まっている場所があって、その場所に至ると坂道は急角度で折り返しになって、さらに上へと上っていくようになっている。

「ただでさえ、上るのが、キツイ、のに……な、なんで、道が、濡れてるんだ、ろうね」

 すでに顔が真っ青になっている青太郎が指摘したように坂道は所々に濡れている部分があった。

 岩石の表面を削って作られた道なので材質的にけっこう滑りやすくできていることもあり、水に濡れた場所は滑落の危険性が跳ね上がる。

「意図して、水が、流れるよ、うに、作ったのでは、なかろう、単に、地中の水が、岩盤の、裂け目から、漏れている、だけじゃろ」

「姫様。一々、答えなくて、良いでござる、い、息が余計に、苦しくなるで、ござるよ……」

 そう言う百合丸もかなり辛そうで、この四人の中で最も余裕があるのは一番体重の軽い霧だった。

 その霧が何の前兆も無く突然前に飛んで青太郎と愛姫を押し倒した。

「な、なにをするんだいチビっ子!?」

 危うく道の縁から外れて崖下に落ちかけた青太郎が悲鳴に似た声で叫ぶと、青太郎と一緒に倒された愛姫の横でキンッと金属音が鳴って小さな飛刀がクルクル回りながら落ちてきた。

「な、なんじゃ、これは……」

 倒れた愛姫は目の前に落ちた飛刀を見ておののく。

「追手、来た、なの」

 霧がそう言った直後、百合丸は足を滑らせながら愛姫の側に移動して刀に手を掛けた。

「二人とも早く立つでござる!」

 そう言いながら持っていた提灯を青太郎に押し付ける。

「え? 追手? じゃ、じゃあ雷蔵は? 雷蔵はどうなったんだい? まさか――」

 青太郎の動揺がそのまま提灯に伝わって薄暗い灯がブルブル揺れた。その揺れた光の中にぬうぅと姿を現したのは猿顔の貧相な小男だった。

「んん? 雷蔵の旦那かい? 今頃うちの姐御あねごとじゃれ合ってるよ」

 猿顔の男は両手の指の間に何本もの飛刀を挟んでいる。先ほどの攻撃は間違いなくこの男の仕業だった。

「なるほど。あの番頭は『姐御』一人しか足止め出来なかったということでござるか。強そうに見えたから二、三人くらいは足止め出来るんじゃないかと期待していたのでござるが、見込みが甘かったでござるな」

 そう言いながら百合丸は刀を抜いて正眼に構える。

「おや、手厳しいねぇお嬢ちゃん。言っておくがウチの姐御と互角以上にやれる奴ぁ江戸中探してもそんなにはいないんだぜ? そしてお嬢ちゃんは重大な勘違いをしている」

「勘違い?」

「足止めをされているのは姐御の方じゃなくて雷蔵の旦那のほうさ。今頃姐御は必死こいて時間稼ぎをしているんだよ。俺がお姫さんを――」

 会話の最中にキラリと小猿の手元が光る。百合丸は脊髄反射のような素早さで空を斬るように刀を振るった。

 キンッ。と軽い金属音。

 鋭利な飛刀が煌めきながら左側の崖下の闇へ消えていった。

「ほぉ? あえて会話中を狙って飛ばしたんだが、今のに反応するたぁガキのくせにやるねぇ。背後からの一投を察知したそっちのガキもそうだが、恐ろしいくれぇの才能を持ってやがる……」

 小猿はダラリと膝まで下ろした手から手首の力だけで愛姫に向かって飛刀を投げていた。

 相対していてもほとんど死角となる膝の位置から、投げの動作を省いた不意打ちだったのだが、日々の暮らしの中で膳の上のおかずを奪い奪われながら飯を食べている百合丸にとって、この程度の不意打ちなど文字通りの日常茶飯事である。

「ふん。これで感心されるほどヌルい日々を過ごしてはおらぬでござるよ。朝飯時の霧のほうがよほど狡猾こうかつで素早い動きをするでござる」

「朝飯時? 自慢をするなら『朝飯前』と言うところだが……まぁどうでもいいか。ともかくこの距離での不意打ちも通用しないのなら腕力で押し切れば良いだけのことよ。どれほど才能があろうが所詮は子供と大人。筋力の差がそのまま殺し合いの結果に直結するってことを分からせてやるぜぇ……」

 飛刀で攻撃されるだけならば速さに自信のある百合丸にもまだ勝機はあったのかもしれないけれど、猿顔の男は弱そうに見えてもこの道の玄人らしく、たった一度の攻撃でどうすればこの百合丸に勝てるのかを看破した。

 性分的に小猿は力任せの攻撃をするくちは好まない。けれどこの女児が相手なら自分の流儀を変えてでも力尽くのほうが有効だと判断して飛刀をしっかりと握り込んだ。

「くっ……」

 百合丸は経験の差を見せつけられたような気がした。

 小猿の選択はどうしようもなく正しい。成人男性としては矮小と言える体格の小猿でも、百合丸よりも大きいし筋力に至っては言わずもがな、だ。

 このまま打ち合って刀の押し合いになれば一瞬で負ける。

 小猿がジリジリと足をりながら間合いを詰めてくる。

 にたぁと気味の悪い笑みを浮かべながら迫ってくる小猿に百合丸は生理的な嫌悪感を抱いて思わず足を引く。

 一見すれば弱そうな小男だけれど、彼が身に纏う禍々しい雰囲気は明らかに百合丸を圧倒している。

「まずい、なの。あの猿、タダ者じゃない、なの」

「あ、青太郎、おぬし先ほど力比べなら自信があると言うておったじゃろう、ほら、今こそ出番ぞ! あ奴をなんとか致せ! ねじ伏せてみせよ!」

 青太郎に引き起こされた愛姫がそのまま青太郎の後ろに回ってぐいぐいと背中を押した。

「じょ、冗談じゃない! 腕相撲ならともかく刃物を持ったあんな怖そうなのを私が素手でなんとかできるとでも!?」

「大丈夫、青太郎は出来る子。霧は信じてる、なの」

「そんな信頼いらないよ! この場面で私にできる事なんて何もないよ!」

「青太郎でも出来ることある、なの。具体的には『肉の盾作戦』、なの」

「非道が過ぎるよチビっ子! こ、こら、やめろ! 危なっ! ちょ、本気でやめ――」

 思いのほか力の強い霧に背中を押されて前面に押し出されそうになった青太郎は、鼻水を垂らしながら叫んだ。

「無理無理無理! 本当に無理だから! 神様、仏様、あわわ、誰でもいいから助けてー!」

 青太郎が命の危険を感じて心の底から助けを求めたその瞬間、奇跡が起きた。

 今にも百合丸に襲い掛かろうとしていた刺客の姿が消えて、代わりにデブ猫を抱えた余三郎が現れた。

「……え?」

 皆の頭の上に「?」の文字が浮かんだ。
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