どうやら魔王様と噂の皇太子殿下の溺愛から逃げられない運命にあるようです

珀空

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◆1章.永遠の微睡みを揺蕩う

005.現実逃避以外では逃げられない

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「……は?」


 婚約式まであと2週間とちょっとになった。

 私の体質や向こうの都合もあり、少々通例とは違う婚約式となるらしいと聞いて、先日届いた婚約式の詳細が書かれている紙を確認した。

 一日のうちに何度かある一人にしてもらう時間を利用して、内容をさっと上から流し読み、「ふむふむ、まあこんなものだよね」なんて思っていたが、次の瞬間出てきた"その言葉"に私の思考は停止した。

 それから数秒後、ようやく思考が動き出す。また上から婚約式の段取りを見て、それから下からも見て、3度見ほどしたあとようやく私の口から驚きの声が漏れ出た。


「__……ええっ!?」


(なにこれ、なにこれぇー!)

 
 誓約書へのサインだとか、記念品の交換だとか、挨拶だとかはまあ分かる。向こうは特に国でも1番上の身分なので、偉い人のお話的なのも多くあるかと思えば、思ったよりも少ない。まあ、それはいい。そう、いいのだが……。

 もしかして誤訳か?と一瞬考えたが、よく考えたら隣国とは話し言葉も書き言葉も同じだ。少々イントネーションやら独自の言葉もあるけれど、まあ感覚的には軽い方言のようなものでコミュニケーションには支障はない。

 ならば夢かとも考えるが、どちらかというと先程昼寝から起きたばかりだし、軽く抓った手の甲が痛いので現実だ。


(誰だ、この段取りにした人……)


 しばらく呆然としていればドアがノックされる。入室を促すとヴィルデが入ってきた。


「お嬢。お茶を持ってきましたよー」
「ヴィ、ヴィル!!」


 彼が来たということは一人になる時間は終わりである。寧ろちょうどこのタイミングで入ってきてくれて良かったとも思った。どんな状況でも割と呑気な彼の声に少し安堵しながら、私は部屋に入ってきたヴィルデに声をかける。


「どうしたんです?」


 ぱちくりと真っ赤な猫目を瞬かせたヴィルデは、お茶やらケーキが乗っているトレーをテーブルに置いて近寄ってきた。私は、手に握っている紙を彼に差し出す。


「これは……、お嬢の婚約式の日程?」


 差し出された紙を受け取ったヴィルデは内容を目で追っていく。


「ふーん、お嬢の体質のこともあってか結構配慮されてますね。相手は皇太子だから普通もっと小難しい話を延々と聞かされたりしそうなのに。……お嬢の体質を言い訳に簡素化できて絶対に喜んでますよ?」
「いや、それじゃなくて!」
「ん?」


 私の見て欲しかったところには全く注目していないヴィルデ。私はそんな彼を見て口を開く。


「その、ここ!……ほら、"キスする"って書いてあるの!」
「キス?……ああ、確かに日程に入ってますね」


 言葉に出してみたら思ったよりも普通に恥ずかしかった。

 ちなみにもちろんお魚の鱚じゃない。接吻のキスである。お魚の方は残念ながらこちらの世界には存在しないので、よく考えたら勘違いのしようがなかった。


「なんでキスが婚約式でいるの?普通結婚式でしない?」
「……たしかに。……で、でもまあ、基本的に相当のことがない限りは婚約はなくならないから、早くても遅くても変わらないでしょ」


 ちょっと投げやり気味に言われたが、私は割と混乱している。これくらいで狼狽えるなんて意外と純情だったらしい。遠い未来の話だとか他人事だと思っていたので、自分が誰かとキスをするなんて考えてみたら、顔から火が吹きでそうだ。


(おかしいなぁ。他人の話に関してはニマニマ聞けるのに……)


「うーん……、でも……」
「お嬢、この流れで決まってるみたいですし……」


(キスだよ?人の目の前でしないといけないんだよ?……てか、結婚式でもするとしたら、もしかして2回も人前でしないといけないの?え、普通にムリ……)


 何回か親戚や知り合いの婚約式に参加したことがあるが、彼ら彼女らは婚約式ではキスなんてしてなかった。結婚式を挙げた人はしてた人も居たけれど。

 前世みたいに恋人からの婚約からの結婚的な流れならなくはないかもしれないのだが、私と皇太子殿下は初対面であるし、恋人でもない。

 まあ余程のことがない限り結婚するだろうから、ヴィルデの言うように確かに変わらないかもしれないけれど普通に狼狽える案件だ。


「……あ、あと2週間で婚約式なのよ?……私の心の準備は?ねえ、どうしよう?仮病使っちゃダメかしら!」
「いや、お嬢。貴女は参列する側じゃなくて、主役ですからねっ!?」


 前世で言う運動会とか発表会などの行事とかに参加したくない子どものように思わずそう言うと、いつも余裕そうなヴィルデがさすがに慌てた。私の表情がわりと鬼気迫っていたから「やりかねない」と思ったのかもしれない。


「そ、そうだけど……!」
「むしろ思いっきりやっちゃいましょ!こう、ぶちゅーっと!俺のこの無駄に良い視力でしーーっかりと見届けて差し上げますから?」
「……っ、ヴィルのアホ!」


 なんてこと言いやがるんだ。この侍従は!と更に顔が赤くなる。彼は人を揶揄うのが好きな人だが、今はやめてくれ。私を茹でダコにでもしたいのだろうか。


「はは、顔が真っ赤ですね」
「ご主人様を敬ってそこは慰めるとか何かないの?」
「あー、……えっと、んんー?……当たって砕けてくださいませ!」
「いや、砕けちゃダメでしょ!」


 なんて言い合っているうちにはお茶が冷めそうになったので、いつものティータイムを始めた。もぐっと甘いケーキ、美味しいお茶。それでも癒されない心をそのまま表情に出して思わずムスッとしてしまう。


「……私の侍従兼護衛なら"そんなにいやなら国外へでも一緒に逃げませんか?"くらい言ってよ」
「えーー?お嬢、逃げる気ないくせに」
「まあもちろんこれは冗談だけどね」


 逃亡理由が「結婚式ならまだしも婚約式でのキスはちょっと……」はないよなあ。それではこの家も向こうの王家もなんとも言えないし、色々と怒られちゃうだろう。下手したらお家が終わる。


「んー、国外逃亡に協力するくらいなら、面白そうだから"魔王様"の元に連れて行っちゃいそう。何なら今から行きます?お嬢が寝てても俺頑張っちゃいますよ!」
「ふ ざ け な い で !」
「はいはい、怒った顔も素敵ですよー」


 ヴィルデことだから「面白そう」という理由だけで本当に色々としでかしてくれそうだ。ガチで「お昼寝から起きたら隣国でした」なんてことも有り得そうである。

 そんなことしたら「めちゃくちゃ婚約に前向きなご令嬢が何故か侍従に担がれて随分早く入国してきた」と張り切ってるように見られるか、凄い変人扱いされてしまう。

 何かどっちも嫌なのでやっぱり予定通りでいいや、うん。
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