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◆第1章.誰かが決めつけた運命に翻弄されて
001."運命"なんて嫌いだ
しおりを挟む「運命なんて嫌いだ」
レイチェルはぽつりと呟きながら、薄暗い森をとぼとぼと歩く。
__運命よ、それは。誰も貴女を信じない。運命を呪いなさい!
彼女の声が酷く頭に響く。もうあれから何時間も経つというのに、未だにそれは執拗に鼓膜を震わせているような錯覚にレイチェルは陥った。
「......私は何もしていないのに」
誰も聞き入れてくれなかったその言葉を吐き出した。今日、何回その言葉を言っただろう。
身に覚えのないことを追及され、下手くそな泣き真似を見せられ、婚約者には堂々と浮気されていた。
(散々だった.....)
着慣れた無地のシンプルなワンピースの生地を掴んで力を入れた。皺になることなんか気にもならない。とぼとぼと宛もなくさすらうレイチェルは素足だった。
しかし、足から血が出ていることなど気にもならない。数時間前の記憶が鮮明に目蓋の裏にこびりついていて、どこにも追いやれない怒りやら悲しみでいっぱいだったのだ。
「言ってくれれば、こんな形じゃなくて婚約解消とかできたかもしれないのに」
ただその人が婚約者だっただけ。それだけなのに横から入り込んできた彼女は、彼を奪い取るだけでなく唐突にレイチェルを蹴落とした。
「誰もいじめたことなんてないし、脅したこともないわ。......そんなことできる性格じゃないことくらい知ってるじゃない」
散々「顔はいい癖にパッとしない」だの「弱気令嬢」だの「臆病女」だの言ってきたくせに。
引っ込み思案でオドオドしていてパッとしない美人。それがレイチェルの自他ともに認める評価だ。
レイチェルは顔は美しいらしい。両親はどちらかというと地味だ。兄も弟も妹も2人に似ている。レイチェルは誰に似てしまったのか、本当に美しい少女だった。
だからこそ、お金のある格上の貴族の子息が婚約者になり、それを喜んだ家族からこんな風に扱われてしまったのだ。
レイチェルは頼まれたことを断れない。他の令嬢みたいにのほほんともできなければ、ワガママにもなれず、その場の流れに従って生きてきただけだった。というかそうなるように"躾"をしてきたのは家族だ。
彼女を散々罵り、嫌がっても言うことを聞かせていた。全ては彼女が嫁いだ後に裏から操りたいがため。操りやすく、嫌がっても痛めつければ言うことを聞く人間に無理やりさせたのだ。
(最後まで酷い人達だった......)
今日の態度は婚約者も彼女も周りも酷かったが、何より酷かったのはやはりレイチェルの家族だった。
話を半分も聞かずして、「お前が悪い」と言った。そして次に言った言葉は「勘当する」だ。
レイチェルは何も持っていなかった。持たせて貰えなかった。誰も話など聞いてくれず、視線は合わず罵声を浴せられ、そして放り出された。
ひたすらに自分は惨めで、哀れで、価値のないあやつり人形だと思わせるためなのか、令嬢らしい服装も食事も家の中では殆どしたことがない。
それなのに作法や教育には熱心と言うより最早暴力的であった。そのためか身なりは地味だが動き方は一流というチグハグな女が完成してしまっていた。
そんな風な扱いをしておいて、結局こんな風に捨てるのだ。もっと反発すれば良かったのか?見切りをつけてこちらから逃げ出してやれば良かったのか?そんなことばかりついつい考えてため息をついた。
「さむい」
彼女の身体に冷たい風が当たり、通り抜けて行った。もうすぐ冬が始まるためか、薄暗い森の中は心底冷える。
魔法で火を出して温まろうか。そんなことを思ったが直ぐにやめた。
「.....どうせこの先行き着くのは"死"だけじゃない」
今は温まろうが、いずれは死にゆくだろう。最近はメイドたちからの扱いも雑になり、3日ほど家ではまともな食事を食べていない。学園のランチも今日は騒動のせいで食べられなかった。
まともに食事も食べておらず、こんな寒い森の中に身一つで放り出されたのだ。
(今更足掻いたって意味なんてない。苦しみが増すだけよ)
死ぬのなら安らかに死にたかった。川のせせらぎが近くて、花があって、太陽が眩しくなくて.....__。
そんな理想の場所が見つかったらそこで命の灯火が消えるのを待とうか。
既に何もかも諦めたレイチェルの思考はそんなことばかりだった。
「ただ普通に生きてきただけなのに、何もしていなのにどうして私は悪者になってしまったの」
(何が運命よ。勝手に行く道を決めて嘲笑って、そして彼らは私を捨てた)
今頃は暖かい部屋で、綺麗な服を着て、温かい料理を食べたり、身を寄せあったりしてレイチェルがいたことすら忘れて穏やかに過ごしているのだろう。
そんな想像をしてしまうと足取りがさらに重くなった。全く感じていなかったハズの痛みが急に現れてきて、足が縺れて転んでしまった。
「っ!」
小さな悲鳴が森に響く。体がひたすらに重い。先程まで寒かったのに、いつの間にか身体が熱かった。それを自覚すると途端に意識が曖昧になっていく。
そんな現状に泣きたくなったが、幼い頃から「泣くな」と色々な方法で躾られてきたせいで、目にゴミが入ったりなど生理的に出てくる時以外では、涙の1つも出てこない。そのせいで更に惨めになった。
「何が"運命"よ。そんなもの、嫌い。大嫌い.....」
誰かの作ったレールの上を辿る人生を生きることを強要され、そして反抗する意思すら持てなかった自分が1番嫌いだった。
「私だって、本当は.......」
___普通に幸せになりたかった。
"普通"も"幸せ"もどういうものかは分からないけれど、誰かが語るように自分だってそれを手に入れて生きていくのだと信じていたのに。
家族はあんな人達だったけれど、婚約者の彼は真面目な人だからきっと...。そんな風に思っていた自分すら信じられない。
レイチェルは胸を渦巻く悲しみやら怒りやらを吐露しながら、冷たい地面に伏せている。身体が全く動かないし、熱いし、きつい。本当に死ぬ寸前まで散々だ、と自嘲気味に笑った時だった。
「ニンゲン。こんな所で居眠りか?」
「.......」
上から誰かの声が降ってくる。こんな所に誰か居るわけないだろうから、きっと幻聴だ。そう考えながらレイチェルはゆっくり目を閉じた。
「生きてる?.....熱いな。熱か?」
「.......だれ」
しかし、声は相変わらず降ってくる。しかもレイチェルの背中に軽く手を当ててきた。それにより幻聴出ないことを気づいたレイチェルは目を閉じたまま口を開いた。
「良かった、生きてる」
「ぉ、ねがい」
「ん?」
「どこかへ行ってちょうだい」
惨めに死んでいく姿を誰かに見られたくはなかった。だからレイチェルはどうにか最後の気力を振り絞ってそう言ったのだ。
「なんで?」
「.......ひとり」
「ひとり?」
「ひとりで、死にたいの」
本当に意識のなくなる寸前、どうにかそれだけ伝えた。それに続けるはずだった「だから、私のことは放っておいて」という言葉は言わなくても伝わるはずだ。
どうか彼がお人好しでないことを祈りながらレイチェルは熱くて暗い世界に意識を落とした。
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