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◆第1章.誰かが決めつけた運命に翻弄されて
002.もう居ない"運命"
しおりを挟む__お前の番は死んでいるよ。
もう何十年、いや、もしかしたら百年以上経っているかもしれないが、それくらい昔に"誰か"がディーンに言った。
それは占い師だったか、魔法使いだったか、将又知り合いの竜であったかは正直覚えていない。
その"誰か"からあまりに唐突に告げられた"それ"に呆然としてしまい、それから暫くの記憶はなかった。
ディーンは竜族だった。この世界で最強とさえ謳われる種族の者であった。他の者達と同じように龍の姿や人型に姿を変えながら、番と巡り会うのを夢見る普通の竜だった。
___しかし、彼の"運命"は彼と巡り会う前に死んでしまったのだ。
ディーンは呆然としたが、他人の言葉には半信半疑だった。己の目で確認するまでは、とその"運命"の居場所を探し回り、見つけ、墓まで確認した。
粗末で石が積んであるだけの墓だったが、ほんの僅かに"番の気配"のような"それ"を感じた。
「彼女の知り合いかい?」
「.....そんな所です」
墓の前でディーンは膝を着いた。"その気配"を見つけられることは、竜にとって至福なことだ。しかし、ディーンにとっては決して喜べるものではなかった。
そんなディーンに話しかけてくる人がいた。墓参りに来ていた恰幅の良い女性だ。彼女はどうやらこの墓に眠る人を知っているらしかった。
「可哀想にねえ。親兄弟みんな流行病で亡くしちまって...、でも懸命に生きてたんだよ。明るくてとても可愛い子だったから、金持ちが愛人に彼女を欲しがってね」
「愛人、ですか?」
「ええ。金はやるから屋敷に来いと言われてたんだけど、彼女断っちまったのさ。で、それからが散々だ」
「散々?」
一体何が?とディーンはその女性を見やる。彼女は続けて言った。
__家の周りを彷徨くようになり、見かければ金品を無理やり渡し、家の中のものを勝手に豪華なものに変える。それを嫌がれば、次は暴力や罵声を浴びせるようになった。
「酷い話だ。いくら可愛い子で手に入れたかったとはいえ、金持ちだろうとやっていいことと悪いことがある。.....そんなことをされて彼女は日に日に心身ともに弱っていった」
「.....そんな酷いことが...」
「結局1人で死んでしまったよ。弱りきって食事も食べられなかったみたいだ。私らに会うときには笑顔を見せてくれたから、油断した」
「.......」
「あまりにも酷いから、あのボンクラ男を撃退するために、って伝手の伝手がそいつよりも地位の高い人を紹介してくれてね。あと少しで助けられたんだ...」
それなのに、そう言いかけてその人は泣き出した。ディーンは、彼女を追い詰めた人間に対し怒りを覚えつつも自身を呪った。
__もっと早く居場所が分かれば助けられた。竜であるディーンからしてみれば、人なんて簡単にどうにかできたのに。
ディーンはそれから暫くその女性に彼女の話を聞いた。そして、冷たい石の墓の横に魔法で花を作ると供えた。そして周りにもささやかだがそれを植える。
1人で死んでしまったという彼女が、ここでもずっと1人にならないように。そう願って唱えた魔法で咲かせた花は、普通の花と違いずっと咲き続ける。
流石に人から見たら気味悪い光景になるだろうから、ちゃんと枯れてはいく。でもいくつかが枯れれば、また別の花が咲くよう調整した。
「さようなら。俺の運命。.....機会があればまたいずれ」
強い強い喪失感。顔を合わせることも言葉を交わすこともなく、死んで行った番。
大抵「番が死んだ」と分かれば竜族は狂ってしまう。我を忘れてしまうというのに、ディーンは狂えなかった。
まだ出会ってもないかったからなのだろうか。大抵はいつか出会えことを信じて生きていく。自分だっていつかで会えると思っていた。
生きてるか死んでいるかなんて知らずに、他の者達と同じように自分だって望みを捨てずに生きていきたかったのに。
___ああ、運命なんて嫌いだ。運命ばかりを信じて生きてきた自分が嫌いだった。
◆◇
それから色々あり、ディーンはさすらいの旅を始めた。番を失ったことで我を忘れ狂い死ぬことすらできない中途半端な竜は、宛もなく色々な場所を彷徨った。
あれからもう随分と時が経っていた。故郷には1度も帰らず、"彼女"の所へも近づけず、ディーンは亡霊のようにもなりきれず彷徨う。
その日だっていつもと変わらずに歩いていた。
深い深い森だ。竜で、それなりに力もあるディーンからしてみれば、なんてことはない森だった。しかし、弱い者が入れば忽ち森に住む魔獣たちの餌になってしまうだろう。
「何か落ちてる」
ディーンは"それ"を見つけると、一瞬足を止めた。しかし、それが人型をしていることに気付いて近寄る。魔獣に襲われたのだろうか、そう思って見下ろす。そこに落ちていたのは人間の少女だ。しかもまだ生きている。
「ニンゲン。こんな所で居眠りか?」
「.......」
辛うじて意識があるようなので声をかけてみたが、返事はない。ディーンは彼女の傍らに膝をつき、抱き起こすべきかと背中に手を置いた。触れた場所が燃えるような熱さを持っていてディーンはまた声を掛ける。
「生きてる?.....熱いな。熱か?」
「.......だれ」
生きていることは分かっていたが、それでも思わず問うてしまっていた。ディーンの質問に反応はしなかったものの、声は聞こえてきたので、それにほっとする。
「良かった、生きてる」
「ぉ、ねがい」
「ん?」
「どこかへ行ってちょうだい」
森を抜けて医者の元へ運ぶか、と考えていると彼女はそんなことを言った。
しかし、こんな状態で放っておけば魔獣の餌になってしまうし、なによりこの寒さの中、不調の体で横たわっていれば弱い人間のことだから死んでしまうだろうに。
「なんで?」
「.......ひとり」
「ひとり?」
「ひとりで、死にたいの」
意識をなくす直前、彼女はそう言った。
「1人で死にたい、か」
__彼女は1人で死んでしまった。
あの日のその言葉がディーンの耳にまた聞こえた気がする。それを思い出すと、彼女の言う通りに1人で死なせてしまうことができなかった。
「.....ごめん。"僕"を許さくていいからね」
ディーンはぽつりとそう呟くと、彼女の顔に自分の顔を近づけた。
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