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直江山城、西へ行く
③
直江兼続にとっては伊達政宗も最上義光同様、関ケ原の戦いの際に戦った因縁の相手である。
(あまり一対一で話したくはない相手ではあるが……)
全ての恩讐を水に流した主君の景勝ほど、兼続は潔くはなれない。長谷堂での戦いや、その後の撤退戦で死んだ家内の者達のことがどうしても思い出される。
「おお、直江殿。もう江戸に参られていたのか?」
そうした一瞬の考えが、伊達政宗の挨拶で打ち切られる。
「若くはないのだから、あまり無理はなさらぬほうがよいかと」
「ハハハ、何を言われるか、伊達殿。伊達殿はそれがしより若いではないか?」
「いやあ、そのつもりではおったが、ここ数か月の目まぐるしい変化についていけず、歳をとったと思うことしきりですわい」
政宗の表情には暗い部分はない。そうである以上、兼続だけが感情を引きずるわけにもいかない。
「ま、ま、少し茶でも飲みながら…」
政宗は勝手知ったる様子で江戸城の中を回り、空いている茶の間に入った。
「左近衛少将殿はいかがですかな?」
「いや、全く変わるところはござらぬ。最近では若いそれがしの方が体を崩しがちでな」
「左様でござるか」
「先ほど、井伊殿から飛騨の件については伺って参った」
「よろしくお願い申す」
「しかし、正直申して、意外ではあった。今更、我々の出番でもなかろうとも」
「人がいないのでござるよ」
伊達政宗は手慣れた手つきで茶を差し出す。
「人がいない?」
直江兼続には意外なことであった。確かに少し前に面会したお江与も「頼れる者がいない」と嘆いていて、その時には「徳川家には優秀な若者が多くいるはずでございます」と激励していたのであるが。
「人はいるかもしれない。しかし、それは大御所が想定していた時代に即した人がいるのでござる。関ヶ原から15年、15年経って、時が逆に触れ始めたのでござる。今の30、40。一番男盛りの者達の中に、対応できる者がほとんどおらぬのじゃ。今、いるのは松平越前、井伊掃部のような若い者達か」
政宗が扇子を取り出して、風を送る。
「わしや直江殿のような、生き残りのみでござるよ。そして、我々にはもう、かつてのような働きはできぬ」
「……確かに」
上杉家にしても、30から40の世代にはこれと言った人間が少ない。それを兼続は上杉家が縮小したからと考えていた。
(そうか。時代の逆行か……)
「あの時を知る者も少なくなった。今の多くの者は、少なくとも太閤が日ノ本を統一してから以降の者だ。駆け引きばかりでござる。まあ、これについては人のことを言えたものではないが」
政宗はそう言って笑う。
「時には勝敗を度外視して、武門のために戦うといった、そうしたものはもうほとんどないのでござる。それが良いと思った時もあった。しかし、今、大御所が死んだ後を見ると、わしらが忘れたものは忘れて良いものではなかった、とも思えてきまして」
「仕方ありませぬよ。大御所と前将軍が大坂で相次いで討死するなどということ、誰も想像できない話でござる」
「とはいえ、よくよく考えれば、それがしが摺上原で戦ったことや、左近衛少将殿とともに上杉家の家督を取ったときというのは、あの時の大坂と同様、決して楽とは言えない、むしろ不利な状況ではごさらなかったか?」
「それは、まあ……」
上杉謙信の死後、養子同士で相争った二年間もまた、直江兼続には苦い記憶である。
(あれがなければ、上杉家が弱体化することなく、織田家とももう少しいい勝負ができたであろうし、新発田ごときにてこずることもなかったであろう)
「それがいつしか、戦いは数で行うような風潮となり、知らず知らずのうちに我々もその中に入り込んでいたのでござる。はあ、あの男がおれば、どう思っておったかのう」
「あの男とは?」
「蒲生氏郷でござるよ」
「ああ、ちょうど、江戸に来るまでに会津にも寄ってまいりました」
「暗い雰囲気でありませんでしたか?」
「全くもって同じことを思いました」
「氏郷は、会津に来る前にそんな大身でなくていいから西国が欲しいと言ったそうです」
「聞いたことがあります。事が起こるなら西国であろうから、常に最前線にいたいと」
「左様。それでも太閤が会津をと言ったので、武芸に秀でた者を召し抱えることを条件に許されたそうで、事実、蒲生氏郷は大勢の勇猛な配下を雇いました」
「そうでしたな……」
「しかし、それらの臣下は蒲生氏郷にしか抑えきれず、氏郷亡き後、家臣共が全くまとまらなくなっております。まあ、それは余談ですが、氏郷のような常在戦場の精神をもつ男がもう少し徳川方におれば、全く変わったでありましょう」
「しかし、蒲生氏郷がまだ生きておれば、伊達殿も上杉家も相当痛い目に遭わされたでしょう、な」
「違いありません」
二人は揃って笑う。
「宿敵であった蒲生殿を懐かしむということは、確かに歳をとられましたな……」
兼続が茶を仕立てて、政宗に差し出す。
「左様、最近、伯父(最上義光)のことや父のことを思い出す機会も増えました」
「それはいけませんな。伊達殿は徳川家を支えねばならぬ立場。あまり昔を懐かしんでばかりおられると、我々も困ります」
「ハハハ、まだ隠居することはありませんが、今後は随時若い者に譲っていく方がいいのかもしれないと考えております。本音を申すと、大御所が死んだ時、それがしが天下を制するのではないか思った時もありましたが、どうやら自分の家内もしっかりしていなかったようで、まずは後進の指導をしっかりせねばと思うようになりました」
(高田にいる上総介のことか……)
直江兼続は思い当たるが、敢えて口にはしない。
「飛騨の件は大変かと思いますが、何卒お願いいたします」
「承知しております」
兼続は頭を下げた。
翌日、家光に面会し、正式に飛騨金森家の付家老としての任命を受けると、兼続は一路飛騨へと向かう。
(若い者を導かねばならぬというのはその通りだろうなあ)
政宗との話が思い起こされる。
(仮に今回の件で首尾よくいって領地が増えるとしても、逆に最上家や蒲生家のように維持できる範囲を超えてしまっては、結局無意味となるわけだからのう。しかし…伊達はどうするのだろうな)
仮に山形や会津の領地を削減するとなると、上杉にも与える余地はあるが、他ならぬ伊達も領地が接しているので、伊達に与えるという方法もある。もちろん、幕政の最高決定者の一人である伊達政宗が自分の領土を加増するというのは不公平な措置ではある。ゆえに不満も出てくるかもしれないが、大坂の陣後の伊達政宗の働きぶりを見る限り、決して不当な加増ともいえない。
(まあ、そのあたりまでわしの考えるところではないか)
兼続は初日の宿でふと、思い付き書状をしたため、日野宿で幕吏に渡す。
「すまぬが、これを江戸の伊達陸奥守殿まで届けてもらいたい」
翌日。江戸城に出仕した政宗の下に兼続の書状が届けられる。
「何でございますか?」
片倉重長が尋ねる。上杉家老の直江兼続からの書状というのが気を引いたらしい。
「たいしたものではない。見舞の手紙でも書いてほしいと言うておる」
「見舞いの手紙?」
「途中、高田に寄るゆえ、見舞の手紙でも渡してもらえればそれを口実に忠輝や娘の様子を見てくるというものだ。ふふ、おせっかいなことよ」
と言いつつも、政宗は上機嫌な様子で見舞状を書き始めた。
(あまり一対一で話したくはない相手ではあるが……)
全ての恩讐を水に流した主君の景勝ほど、兼続は潔くはなれない。長谷堂での戦いや、その後の撤退戦で死んだ家内の者達のことがどうしても思い出される。
「おお、直江殿。もう江戸に参られていたのか?」
そうした一瞬の考えが、伊達政宗の挨拶で打ち切られる。
「若くはないのだから、あまり無理はなさらぬほうがよいかと」
「ハハハ、何を言われるか、伊達殿。伊達殿はそれがしより若いではないか?」
「いやあ、そのつもりではおったが、ここ数か月の目まぐるしい変化についていけず、歳をとったと思うことしきりですわい」
政宗の表情には暗い部分はない。そうである以上、兼続だけが感情を引きずるわけにもいかない。
「ま、ま、少し茶でも飲みながら…」
政宗は勝手知ったる様子で江戸城の中を回り、空いている茶の間に入った。
「左近衛少将殿はいかがですかな?」
「いや、全く変わるところはござらぬ。最近では若いそれがしの方が体を崩しがちでな」
「左様でござるか」
「先ほど、井伊殿から飛騨の件については伺って参った」
「よろしくお願い申す」
「しかし、正直申して、意外ではあった。今更、我々の出番でもなかろうとも」
「人がいないのでござるよ」
伊達政宗は手慣れた手つきで茶を差し出す。
「人がいない?」
直江兼続には意外なことであった。確かに少し前に面会したお江与も「頼れる者がいない」と嘆いていて、その時には「徳川家には優秀な若者が多くいるはずでございます」と激励していたのであるが。
「人はいるかもしれない。しかし、それは大御所が想定していた時代に即した人がいるのでござる。関ヶ原から15年、15年経って、時が逆に触れ始めたのでござる。今の30、40。一番男盛りの者達の中に、対応できる者がほとんどおらぬのじゃ。今、いるのは松平越前、井伊掃部のような若い者達か」
政宗が扇子を取り出して、風を送る。
「わしや直江殿のような、生き残りのみでござるよ。そして、我々にはもう、かつてのような働きはできぬ」
「……確かに」
上杉家にしても、30から40の世代にはこれと言った人間が少ない。それを兼続は上杉家が縮小したからと考えていた。
(そうか。時代の逆行か……)
「あの時を知る者も少なくなった。今の多くの者は、少なくとも太閤が日ノ本を統一してから以降の者だ。駆け引きばかりでござる。まあ、これについては人のことを言えたものではないが」
政宗はそう言って笑う。
「時には勝敗を度外視して、武門のために戦うといった、そうしたものはもうほとんどないのでござる。それが良いと思った時もあった。しかし、今、大御所が死んだ後を見ると、わしらが忘れたものは忘れて良いものではなかった、とも思えてきまして」
「仕方ありませぬよ。大御所と前将軍が大坂で相次いで討死するなどということ、誰も想像できない話でござる」
「とはいえ、よくよく考えれば、それがしが摺上原で戦ったことや、左近衛少将殿とともに上杉家の家督を取ったときというのは、あの時の大坂と同様、決して楽とは言えない、むしろ不利な状況ではごさらなかったか?」
「それは、まあ……」
上杉謙信の死後、養子同士で相争った二年間もまた、直江兼続には苦い記憶である。
(あれがなければ、上杉家が弱体化することなく、織田家とももう少しいい勝負ができたであろうし、新発田ごときにてこずることもなかったであろう)
「それがいつしか、戦いは数で行うような風潮となり、知らず知らずのうちに我々もその中に入り込んでいたのでござる。はあ、あの男がおれば、どう思っておったかのう」
「あの男とは?」
「蒲生氏郷でござるよ」
「ああ、ちょうど、江戸に来るまでに会津にも寄ってまいりました」
「暗い雰囲気でありませんでしたか?」
「全くもって同じことを思いました」
「氏郷は、会津に来る前にそんな大身でなくていいから西国が欲しいと言ったそうです」
「聞いたことがあります。事が起こるなら西国であろうから、常に最前線にいたいと」
「左様。それでも太閤が会津をと言ったので、武芸に秀でた者を召し抱えることを条件に許されたそうで、事実、蒲生氏郷は大勢の勇猛な配下を雇いました」
「そうでしたな……」
「しかし、それらの臣下は蒲生氏郷にしか抑えきれず、氏郷亡き後、家臣共が全くまとまらなくなっております。まあ、それは余談ですが、氏郷のような常在戦場の精神をもつ男がもう少し徳川方におれば、全く変わったでありましょう」
「しかし、蒲生氏郷がまだ生きておれば、伊達殿も上杉家も相当痛い目に遭わされたでしょう、な」
「違いありません」
二人は揃って笑う。
「宿敵であった蒲生殿を懐かしむということは、確かに歳をとられましたな……」
兼続が茶を仕立てて、政宗に差し出す。
「左様、最近、伯父(最上義光)のことや父のことを思い出す機会も増えました」
「それはいけませんな。伊達殿は徳川家を支えねばならぬ立場。あまり昔を懐かしんでばかりおられると、我々も困ります」
「ハハハ、まだ隠居することはありませんが、今後は随時若い者に譲っていく方がいいのかもしれないと考えております。本音を申すと、大御所が死んだ時、それがしが天下を制するのではないか思った時もありましたが、どうやら自分の家内もしっかりしていなかったようで、まずは後進の指導をしっかりせねばと思うようになりました」
(高田にいる上総介のことか……)
直江兼続は思い当たるが、敢えて口にはしない。
「飛騨の件は大変かと思いますが、何卒お願いいたします」
「承知しております」
兼続は頭を下げた。
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政宗との話が思い起こされる。
(仮に今回の件で首尾よくいって領地が増えるとしても、逆に最上家や蒲生家のように維持できる範囲を超えてしまっては、結局無意味となるわけだからのう。しかし…伊達はどうするのだろうな)
仮に山形や会津の領地を削減するとなると、上杉にも与える余地はあるが、他ならぬ伊達も領地が接しているので、伊達に与えるという方法もある。もちろん、幕政の最高決定者の一人である伊達政宗が自分の領土を加増するというのは不公平な措置ではある。ゆえに不満も出てくるかもしれないが、大坂の陣後の伊達政宗の働きぶりを見る限り、決して不当な加増ともいえない。
(まあ、そのあたりまでわしの考えるところではないか)
兼続は初日の宿でふと、思い付き書状をしたため、日野宿で幕吏に渡す。
「すまぬが、これを江戸の伊達陸奥守殿まで届けてもらいたい」
翌日。江戸城に出仕した政宗の下に兼続の書状が届けられる。
「何でございますか?」
片倉重長が尋ねる。上杉家老の直江兼続からの書状というのが気を引いたらしい。
「たいしたものではない。見舞の手紙でも書いてほしいと言うておる」
「見舞いの手紙?」
「途中、高田に寄るゆえ、見舞の手紙でも渡してもらえればそれを口実に忠輝や娘の様子を見てくるというものだ。ふふ、おせっかいなことよ」
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