戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

文字の大きさ
47 / 155
直江山城、西へ行く

しおりを挟む
 越中に入った直江兼続は、越中をそのまま通り、金沢へと向かう。

 飛騨に行くだけであれば、越中から直接飛騨に入る方が早いが、兼続には別の考えがあった。

 金沢に着くと、堂々と領主前田利常へとの面会を求める。

「それがしは、米沢・上杉家家老である直江山城守兼続と申す。前田筑前守様と交渉がしたくて参った」

 突然の来訪に、取り次ぐ者も慌てて、色々相談をした挙句に結局利常のところまで話をもっていく。



 当然ながら、利常も予想もしない人物の面会要請に面食らう。

「何のために来たのだ?」

 直江兼続のことはもちろん利常も知っていた。より正確に言うと、各地の城主となるような人間で兼続のことを知らないという人間の方が少ない。

(密偵というにはあまりに大物だ。しかし、今の江戸に前田と話すことがあるとも思えぬが…)

 意図が全く分からない。

「いいだろう。通してくれ」



(これが直江山城守か……)

 程なく通されてきた兼続を見て、利常は小さく頷いた。

 かつて徳川家康に対して、『直江状』と呼ばれる堂々とした文を送ったことなどは当然知っている。

「直江山城守兼続と申します。お目通しいただきまして祝着至極でございます」

「前田筑前守利常である。名高き直江殿とお会いできて、私もうれしい。して、本日はどのような用向きで参られたのであろうか?」

「は。それがし、前田様に一つお願いしたいことがございまして参りました」

「何であろう?」

「飛騨・高山城主金森可重の息子重近を、金沢で引き取っていただけないでしょうか?」

 利常は声こそ出さなかったが、思わず「何だと?」と叫びそうになったのを必死で押し殺す。

「突然の申し出で驚いたが、それは一体どのようなことであろうか?」

「恐らく前田様もご存じだとは思いますが、今、飛騨・高山では後継者を巡って可重と重近がもめております。と申しましても、重近が一方的に自らが当主であると主張しているのでございますが」

「それで?」

「当方としては、可重の希望通り重頼を当主としたいと考えております」

「ふむ。それは分かるが、直江殿はそこに関係があるのか?」

「はっ。それがし、徳川家よりこの問題を押さえるように頼まれまして、飛騨に来る途中でございました」

「何と、徳川家が直江殿に?」

 これは利常にとって予想できない動きであった。

「重頼への承継を認めるとした場合、重近をどうするかという問題が出てきます」

「処罰するか、追放するか。追放する場合、徳川領内よりも、そうでない前田家の方がいいということであるか?」

「それもございますし、停戦が明けた後、前田様が飛騨に攻め入るには格好の口実となってよろしいのではないかと」

 兼続の言葉に、利常は笑った。

「中々奇なことを申される。直江殿は徳川の使いで来たのに、我が前田への領土拡張の口実を手配してくれると申すのか?」

「はい。しなければ直接介入してくる可能性がありますからな」

「……ハハハ、違いない」

「よろしいでしょうか?」

「うむ。構わぬ」

 利常はあっさり認めた。兼続の言う通りだと考えたからである。

(発覚している以上、飛騨がすぐに前田に落ちることはない。ならば重近を預かるのが最善ではあるだろうからな。重近派も残る以上、全く目がなくなるわけでもないし。とはいえ、直江兼続が来た以上簡単に落ちることはなくなったのは間違いないだろうが……)

「では、それがしが飛騨に着き次第手配したいと思います」

「承知した」

「もう一つ、これはそれがしの個人的な頼みでありますが、前田安太夫殿と会わせていただければと」

「安太夫? ああ、前田慶次殿の嫡子か」

「はい。上杉家は慶次殿には色々世話になりましたので、その話などもできればしたいと思っております」

「安太夫は今、七尾におるゆえすぐに呼び寄せることは難しい。直江殿が飛騨にいるのであれば、金森重近を引き取る責任者として派遣しよう」

「おお、そうしていただけますと」

「他に何かあるか?」

「いいえ」

「予定がないのなら本日は金沢で泊まられてはいかがか。それがしも、戦国の気風も知る直江殿から色々聞きたいゆえ」

「たいした話はできませぬが、それでもかまわぬとあらば…」

 兼続はその日、前田利常と語らいあい、翌日の朝、金沢を出た。



 9月のはじめ、飛騨についた直江兼続は早速金森可重に迎えられる。

「それがしのせいで直江殿にご足労いただき、大変申し訳ない」

「何、こういうのは相身互いでござる。それで解決策でござるが」

 兼続は、既に金沢の前田利常と話がついており、要請をすれば金沢へ簡単に追放できることを説明する。

「追放のみでよろしいのですか?」

「もちろん、切腹でもさせれば解決は早いのかもしれませんが、反対派が多くいるとなると暴発する可能性もございます。飛騨が内乱状態になってしまっては本末転倒。後々、前田家がそれを口実に攻め寄せてくる可能性もありますが、追放するのが現時点では一番無難な話でございましょう」

「承知いたしました。しかし、もう前田家と話をつけていたとは」

「何、重近派が強気なのはいざとなれば前田家に頼ればいいと考えていたこともあるからでございましょう。それならばあらかじめ前田家に引き取るよう頼むのが楽でございます。あとは、可重殿と重頼殿の頑張り如何になりますな」

「ははっ」

「それでは重近殿を呼んでいただきましょうか」

 兼続の要請に従い、すぐに使いが重近を呼びにやった。

 二刻後、登城してきた重近を見て、兼続は思わず溜息をつく。

(うむ……、これは見事な風流人だ。慶次殿が見れば喜んだだろうなぁ…)

 重近は茶を千利休に師事しており、当代屈指という評判を取っていた。その見立て通りの洗練された様子である。

(なるほど。これだと洗練されていると嫡男云々をさておき、重近を当主にしたいという者が多くいるのも頷ける)

 前に座った重近に兼続が、金沢に追放という処分になったことを伝える。

「反論したきこともあるかもしれないが、徳川家の裁定としては、切腹も辞さずという部分もあったのだし、命があるだけ、後々再起の可能性があるだけ有難いと思っていただきたい」

 重近は丁寧な仕草で頭を下げる。

「……委細は分かりましたが、追放ということであれば金沢でなく、京ということにしていただきたいのですが」

「京? 京には、貴殿の後ろ盾がおらぬのではないか?」

「後ろ盾などはいりませぬ」

 重近がはっきりと言う。

「もちろん、私も武家の嫡男として家督が欲しいとは思っておりました。しかし、直江殿まで来られて、私の家督継承がならぬというのであれば、それでも尚どうこうするまでの執着はございません。私には他にもやりたいことがありますし、武家として身を立てることがならないというのなら、京で好きなことをやり、道を究めたいと考えております」

「なるほど。しかし、前田殿から引き取りに来るという話もつけてしまったので、な。京に行くということについては前田殿と話をしていただけないだろうか? もちろん、それがしからも口添えはするが」

「……承知いたしました」

 重近が承諾した。兼続は拍子抜けしたように溜息をつく。

(あまりにうまくいきすぎているが、何か企んでいるのであろうか。高田の姫君のような殺気や邪念は感じられないが……)

「重頼を呼んでくれぬか」

 話が通ったと思ったのか、可重が後継候補の重頼を呼びに行かせた。程なく現れた重頼は20歳であるが、しっかりとした顔立ちをしている。

「重頼、今日この日より、そなたが金森家の当主だ」

 重頼は兄のいる前で突然後継と言われ、やや戸惑うが、兄の重近が。

「重頼。そのように話が決まった。わしは金沢に向かうことになる」

 と答えると、分かりましたと頷いた。

「わしは多分高山には戻らないだろうが、金森家のことは任せたぞ」

「はい。兄上の期待に応えられるよう粉骨砕身いたします」

(ま、ひとまず、うまくいったようじゃ)

 兼続も安心した。



 かくして、重頼の家督継承が決まり、重近が金沢へ行く使者を待つだけとなったところで事件が起こった。

「直江殿! 大変です。父上が」

 金森重頼が直江兼続のいる屋敷へと駆け込んでくる。

「どうされたのだ?」

「父上が……、腹を切りました!」

「何!? 何かいさかいでもあったのか?」

「いえ……、兄上への手紙を残していて、自らの部屋で…」

「何ということだ…」

 兼続が急いで可重の屋敷へと向かうと、玄関に重近の姿がある。

「おお、重近殿」

 重近は悄然とした様子で立っていた。兼続の姿を認めると、無言のまま書状を渡した。兼続が開いて読むと、そこには可重から重近への家督を譲れぬことへの詫びと今後の健勝を祈る旨、更には家臣団へのけじめとして責任をとって切腹する旨が書かれてあった。

「何ということだ……」

「直江殿、家をまとめるというのは……、大変なことなのですな」

 重近はぽつりと言って、肩を落としたまま屋敷を離れていった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

処理中です...