戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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慶長二十一年

再び江戸へ

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 立花宗茂と真田幸村の二人は、大坂を経った翌日、京に入った。

 もちろん、大坂を出たその日のうちに京に着いたのであるが、朝廷に対して「やってきました」とぶらりと訪れるわけにもいかないので、先に使者を通して訪問の時機を尋ねていたのである。



 朝廷にとっては、ようやくやってきてくれたという思いもあるし、秀頼の指示でもたらされた金子も喉から手が出るほど欲しいものであったが、それでも朝廷としての面子がある。実際には訪れる者など誰もいないのだが、「予定も込み入っているので、明日の朝、朝廷から使節を派遣しよう」という返事を返したのである。

「…誰もいないように見えるのですがなあ」

 幸村が辺りを見渡して言う。実際、京の通りにはほとんど人はいないし、活気もない。

「まあ、そういうことなのでござろう」

 宗茂も合点が行かないような顔はしていたが、一々詮索はしない。二人とも戦場ならともかく、朝廷とのやりとりについてはよく分かっていないので、従うしかないというところもあった。



 ともあれ翌日、関白二条昭実が二条城に出向いて、そこで二人と会う。

 二条昭実は豊臣秀吉に関白職を譲った人物でもあったが、前年、30年ぶりに関白に復帰していた。この昭実と、弟の鷹司信房は武家との折衝が多く、武家社会が混乱している中でやりとりをできる人物として期待されての再任であった。

 従って、二条昭実にとっても、ここで徳川家・豊臣家との間で繋ぎをつけなければいけないという強い希望がある。立花宗茂はともかく、浪人上がりの真田幸村については本来朝廷に上ることができるのかという問題も起きうるが、そこで問題を起こして帰られるのがまずいので、二条昭実本人が訪れることになった。

 という説明を受けるのであるが、真田幸村にとっては「面倒な話である」というような類である。目的は秀頼の官位叙任であるので、宗茂だけでいいのであれば幸村は京を回っていればいいだけであった。

「この度は、秀頼公からの使い誠にご苦労であった」

 いかめしく語る昭実に対して、二人が平伏している。

「朝廷の方で検討した結果、秀頼公にはかつての地位である右大臣を、徳川家光公には秀忠公に倣って内大臣をという話になっている」

「左様でございますか。秀頼公からは大納言以上であれば特に問題はなく受けて参れという話をもらっておりますので、それで問題ないと思います」

「うむ。では、後ほど吏員を送ることにする。時に…」

「何でしょうか?」

「立花殿と真田殿は共に、松平三河守(忠直のこと)と行動を共にされていたと聞く」

「はい。九州では仕えておりました」

「朝廷では松平殿の昇進も考えておるのだが、いかがなものであろうか?」

「いかがなものかと言われましても…」

 幸村には見当がつかない。

「松平様は以前、自身の領国が越前でありますので、越前守を任じてほしいとは申しておりましたが、将軍家との兼ね合いもありますし、どのようなお考えであるのかははっきり分かりません」

「うむ。いや、松平殿には、もう少し勤皇の意思というものを…。あ、いや、もちろん、文句を言いたいわけではないのだが…」

「はあ…」

 大坂での話を思い出す。松平忠直が徳川家と豊臣家の共同戦線を確定してしまった結果、朝廷の重要性が相対的に低くなり、結果、今に至るまで誰も朝廷のことを顧みなくなったということを言いたいのであろう。それは分かるが、別に松平忠直に朝廷に対する悪意があったとも思えない。また、当分の間、忠直は九州にいるだろうから、何らかの連絡をするのも容易ではない。

「ああ、ただ、越前様…、あ、三河守様でしたか。三河守様の下の者を通じてやりとりをしたらいかがかと思いますが。松平信綱殿と申しまして、まだ若いですが、中々の者でございます」

「とりあえず、秀頼公を通じて伊豆守…あ、正式な任命はなかったでしたか。とにかく、信綱殿に朝廷に連絡をとるようには進めてみますよ」

「うむ。そうしてくれると有難い。はっきり言ってしまうが、朝廷は置いて行かれると非常に苦しくなってしまってのう…」

「はぁ…」

「あまりにも強いと困るが、多少我儘を言ってくるくらいの方がいいのじゃ。無視されてしまうと我々は死んでしまう」

「大変でございますな」

 と言葉はかけるものの、幸村は何も思うところがない。「勝手にすればいいではないか」くらいの思いである。

「ではでは、右大臣と松平殿への連絡のほど、よろしく頼みましたぞ」

 二条昭実にくどいくらいに念を押されて、二人は二条城を出た。



「いやはや、朝廷の殿上人というから、どういうものかと思いきや、堺の商人もかくやというくらい利害ばかり唱える人でしたな」

 城を出て、通りを歩きながら幸村が苦笑する。

「確かにそうでしたな」

 二人は大坂への書状を書き連ねると、東海道を東に向かう。その途上、尾張・名古屋に立ち寄った。

 現在、名古屋には対毛利のために集められた兵力が集まっており、3月頃に但馬・豊岡へと向かう準備をしている最中であった。

 その指揮をとるのは徳川家康の九男義直であった。とはいえ、現在、16歳の義直が総指揮をとるのは無理であるので、補佐役として近くにいる津藩の藤堂高虎がついている。

「浅野殿をつければいいのではないかと思うのだが…」

 立花宗茂と会った藤堂高虎が愚痴をこぼす。

 義直の妻は、浅野長晨の姪にあたる春である。高虎の言う通り、姻族にあたる浅野家が支援をした方が良さそうではあった。

「今回は譜代の者が多いので、大御所様の信任が厚かった藤堂殿の方がいいという配慮なのでは?」

「…そういうものかのう。まあ、どうせ但馬に軍を張るだけであるから、それほどの苦労はないはずであるが」

「毛利は仕掛けてこないと?」

「本気で仕掛けることはないだろう。本気で仕掛けるのならこの冬に無理矢理にでも攻め込んできたはずだ。山陰の冬も厳しいとはいえ、豪雪というわけでもないのだし。冬のうちならば徳川方も防戦体制が整っていなかったから、容易に攻め込めたはずであろうに」

「確かに…。とすると、毛利側には別の狙いがあると?」

「あるいは領土を広げ過ぎて、次の作戦が決まっておらぬのかもしれぬのう」

「それはさすがにないであろう」

「どうであろう? 九州の件がほぼ終わったということであるが、四国と九州がここまで早く片付くというのは想定していなかったのではないか? 毛利だけでは徳川を相手にできぬからのう」

「まあ、そういうこともあるかもしれぬが、戦場で油断は禁物でござるぞ」

「うむ、そこは分かっておる。まあ、悪いことにはならぬよういたす。立花殿が真田殿とともに奥州を片付けてくれば、どうにか片が付くかのう」

「そうあってくれればいいのであるが…」

 そのような話を半日した後、宗茂は高虎と別れ、そのまま江戸へと向かった。



 2月18日。

 江戸についた二人を伊達政宗が出迎えた。

「いやあ、話には聞いていたが、本当に真田殿が越前様の下についていたとはのう」

「あの方は中々興味深い御仁でござる」

「うむ。わしもそれは理解しているが、立花殿と真田殿と東西きっての名将が揃ったとなると、まさに天下無敵ともいうか…」

「伊達殿、まさか世辞を言うために出迎えに来たのではあるまい」

「うむ。今回のことはあるいは些末な話なのかもしれぬが、そうでなかった場合、徳川の将来に大きくかかわることであるかもしれぬ。それゆえ、心して聞いてもらいたい」

 と江戸城を歩きながら、政宗が最上家の一件を説明する。

 話を聞いているうちに、幸村が小さく頷く。

「どうされた?」

「うむ。ひと月ほど時間を与えていただけぬでしょうか?」

「構わぬが、真田殿には何か妙案があるのか?」

「はい。一つ手を打ってみて、それで難しいならば、伊達殿の言うように肚をくくるしかないものと思います」

「分かった。任せてみよう」

「はい」

 幸村は政宗から出された菓子や茶などを食すると、江戸を出る。

 そのまま北への道を進んでいった。
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