戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥

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征夷大将軍

天下平定へ

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 播磨・姫路。

 松平忠直は毛利輝元の降伏を受けて東進し、ここまで着ていた。

 それを出迎えるは池田利隆である。天守の前で平伏して忠直を待っていた。

「池田利隆にございます」

「うむ。ご苦労」

「謹んで、降伏いたします」

「大儀である。確約はできぬが、播磨と因幡については引き続き、池田家が所有できるよう江戸とも計らいたいと思う」

 忠直の言葉には歯切れがない。

 一年前に池田家があっさり毛利家に降伏したことが、江戸に与えた衝撃の大きさは忠直も知っている。それによって、自分が九州に派遣されたといってもいい。つまり、それだけ報復心が大きいことも考えられる。

 毛利や島津に関しては、元々敵対していた側にいたということもあるが、前田と池田に関しては自分の側についていたにもかかわらず寝返ったのである。それだけ、恨みや怒りが大きいということは考えられた。

(とはいえ、のう)

 池田家は徳川家譜代の家臣というわけではない。織田信長の乳兄弟であった池田恒興から起こった大名家である。確かに家康の娘、督を貰っていたということもあるが、利隆は督の娘というわけではない。

 ということで、忠直としては「なるべく努力する」以上のことは言えない現状があった。



 ともあれ、夜も利隆と食事を共にする。

 そこには松平信綱も同行していた。こちらはというと、「越前様がこのまま日ノ本を支配すれば処分は確定します」と完全に他人事である。

 ただし、その動きがのっぴきならないほど拡大していることに気づかないほど無神経であるわけではない。島津家久、毛利輝元、吉川広家などは完全にその前提で動いている節がある。

(東西決戦などということが、本当にあるのだろうか…)

 九州に来る前に井伊直孝とかわした話を思い出す。あの時感じた危惧、仮にうまくいったとしても、かつての足利家のように自分と家光とが戦うことになるのではないかという危惧が現実化している。



 翌日には、更にそれを現実化する報告が入ってきていた。

「上様、ご報告があります」

 松平信綱が入ってきた。

 忠直は思わず、誰か別の者がいるのかと辺りを見渡した。「うえ様」という別の者が。

「…? どうかなさいましたか?」

「信綱。今、何と言った?」

「上様、ご報告がありますと」

「上様というのはわしのことか?」

 忠直の問いかけに、信綱が笑いをかみ殺すような表情を浮かべた。

「もちろんでございます。来月には征夷大将軍になられるのですから、今から慣れておいた方がよろしいでしょう」

「…おまえ、去年わしが勝手に伊豆守と呼んでいたことの意趣返しをしようとしているのではないだろうな?」

 先ほどの表情は明らかに怪しい。自分が戸惑うことを理解しての呼びかけのように思えてならない。

「それは気の回し過ぎでございます。さて、報告ですが、まず、京極殿から打診の使者を派遣するという報告がありました。こちら、できれば大坂で受けてほしいということですので、本日これから大坂に向かいたいと思います」

「…分かった」

「そしてもう一つ、前田筑前守からも使者が来ております。大坂に上るので、改めて沙汰を受けたいとのこと」

「前田が…」

 忠直は唾をのんだ。

 新たに沙汰を受けたい、ということは、すなわち松平忠直の下での処分を受けるということである。

「前田も我々の下につくということか」

「左様にございます。江戸の面々は認めないでしょうが、会津が平定され次第、日ノ本は徳川家の下にまとまるということになります」

「…そうか。そうなんじゃのう…」

「実感がないですか?」

「ない。おまえにはあるのか?」

「ありませんね。正直、目の前の人が本当に上様になっていいのかどうか、私すら疑わしく思います」

「むしろ、これから先の方がまだまだ大変だ、としか思えぬ」

「それが分かるくらいには成長されたようで、喜ばしい限りです」

「こやつ…」

 忠直は苦笑して応じた。



 その日のうちに忠直と信綱は大坂に移った。

 京から戻ってきていた豊臣秀頼が二人を出迎える。

「おお、将軍殿と筆頭老中殿ではないか」

 笑いを浮かべて、冗談めいた口調で言う。

「義兄上までそういうことを」

「来月にもなるとこういうやりとりはできぬようになるだろうからな。正式に将軍になったとなると、兄弟風を吹かせるわけにもいかぬ」

「で、朝廷の者はいつ来るのです?」

「明後日」

「明後日? 京から大坂に来るのに、そんなに時間がかかるのか?」

 正式な使者ともなると、何かしら下賜品や返礼のやりとりがあるのかもしれないが、打診の段階でそんなにもったいぶる理由が分からない。

「打診をした後、できるだけ長く金の催促でもしたいのであろう」

「…その対応は頼んだぞ」

 忠直は、松平信綱の肩を叩いた。秀頼が続ける。

「その代わりと言っては何だが、前田利常が明日やってくる」

「…ふむ。先に前田の件を扱わなければならぬわけだな」

「その場には立ち会わせてもらいたいが、良いだろうか?」

「もちろん。構いませんよ」



 越前・北ノ庄の茶屋。

「何を考えているのだ! 姉上は?」

 甲高い叫び声が中から聞こえてくる。

 叫んでいるのは松平忠直の正室の勝であった。叫ばれている相手は前田利常の正室であり、勝の姉でもある珠である。

 この日、珠は越前までやってきていて、前に一度あったように妹の勝を茶屋に呼び出したのである。その場で、「前田家のとりなしを夫にしてほしい」と頼み、勝の大爆発を受けたのであった。

「そんなに怒らなくてもいいじゃない?」

 珠は肩をすくめて、やや上目遣いに妹を見る。

「以前も申したではないですか? 私と姉上はもはや敵なのだと。それなのに、前田をとりなしてくれとは正気なのか?」

「もちろん。正気も正気。大正気よ」

 勝は額に左手をあて、大きな溜息をついた。

「我が姉ながら、そこまで厚顔無恥だったとは」

「お勝ちゃんこそ、自分の夫を助けようという気はないの?」

「なれなれしく呼ぶな!」

 と叫んでから、首を捻る。

「我が夫を助けるとはどういうことだ?」

「だって、私の夫が越前殿に降伏したら、天下平定になるでしょ? そうしたら、お勝ちゃんは将軍様の正室! 御台所様になれるじゃない」

「み、御台所?」

 勝は目を丸くした。

「もしかして、分かってないの? 家光はまだ子供でしょ。西日本を平定したのは越前殿。だから前田家も越前殿に降伏するわけだし、当然、越前殿が将軍様になるのが筋だと思わない?」

「…ま、まさか」

 と答えたものの、勝も何も全く分からないわけではない。

「…殿が、将軍に?」

「そのためには、前田も越前殿に降ったということが必要じゃない? 前田家が徹底抗戦したら、負けるかもしれないけど、徳川もただでは済まさないわよ」

「お、脅す気か?」

「うん。大坂で圧倒的に優位だったのにおじい様も父上も亡くなられたでしょ?」

「祖父はともかく、父は貴様らが!」

「でも、再度そうなる可能性もあるわよ? それに、前田のとりなしを頼む相手はお勝ちゃんだけじゃないわよ。姉上にも頼むし。もし、お勝ちゃんだけ反対して、他の人達が前田を許してくれって頼んできたら、越前様はお勝ちゃんのことをどう思うかしらねぇ?」

「……」

「ね。お勝ちゃんだけが頼りなのよ…」

「先程、姉上にも頼むと申していたではないか?」

「細かいことは言わないの。姉がこれだけ頭を低くして頼んでいるのよ、妹が無視していいの?」

「…全然頭を低くしているように見えないのですが…。ただ、姉上の言わんとすることは分かりました。殿にも、前田の家くらいは存続させてくれとお願いいたしましょう」

 勝の言葉に珠は「ケチねぇ」と口を尖らせつつも。

「それなら、一緒に大坂まで行くわよ。どうせ越前殿とも会っていないんでしょ。久しぶりに夫婦で過ごさないとね」

 半ば無理矢理、勝を大坂まで連れ出すのであった。
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