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征夷大将軍
前田降伏
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十二月十五日、前田利常が大坂に到着した。
前回同様に、総勢二百名ほどの大規模なものである。そこに江戸から戻ってきた宇喜多秀家と、途中で挨拶をした際に真田幸村から供を命じられていた穴山安治が付き従っていた。
ここに、別行動をとっている利常の正室・珠と、松平忠直の正室・勝がついてきており、二日ほど時を置いて到着する予定である。
滞在のための宿を確保すると、早速、利常は宇喜多秀家、穴山安治、明石全登、本多政重を連れて大坂城へと向かった。
「前田殿か?」
城門の近くに長身の男がいた。
「いかにも。前田筑前守利常である」
「これは久しぶりにござる、拙者、豊臣秀頼と申す」
「何? 豊臣…」
前田利常は一瞬、秀頼を見上げて絶句した。
(これが、豊臣秀頼か…)
かつて、利常は秀頼を「戦場にも出なかった男」と軽蔑していたこともあった。
(しかし、その後はどうだ? わしはほぼずっと金沢にいただけで、この男は四国や中国で戦陣に出ていたという…。今やすっかり、逆転されてしまったのかもしれぬのう)
利常の思惑をよそに、秀頼は慇懃に対応する。
「室のところに、珠様からの書状も届いているようで、よくしてほしいと頼まれております」
「それはかたじけない」
大坂城を案内する様子を見て、利常はふと思う。
(豊臣秀頼は徳川家康と秀忠に勝ち、今尚大坂城の主である。にもかかわらず、弟格にあたる松平忠直に従うつもりなのだろうか?)
隣国にいたとはいえ、利常は松平忠直のことをあまり知らない。顔を合わせたのも一年半前にたまたま帰国の道で鉢合わせになった時くらいである。
(ただ…)
その時、攻撃されるかもしれないと警戒していた利常に対して、忠直は「先に行くも、後から来るもどうぞご自由に」とばかりに堂々としていた。
(あの当時は、無用心な男だと思ったが、それも結果的に違っていたのだろうか…)
考え出すときりがない。
利常はそれ以上考えるのをやめた。
松平忠直は大坂城の大広間で前田利常を待っていた。
とは言っても、大々的な儀礼でもないので待ち合わせているのは、忠直の他には、信綱と長宗我部盛親がいるくらいである。
盛親については、広島まで到着した後、暫定的に石見か出雲を勧めたのであるが、「ここまで来たら、天下が平定される場まで付き合いたい」とついてきていたのである。
所定の時間、秀頼が利常らを連れてきた。後ろに三人の者がついてきている。
「前田利常でござる」
「松平忠直である。さて…何から話したらいいか中々難しいのであるが」
「何からでも構いませんぞ」
「では、一番重要なところから参ろうかの。結論から申すと、切腹やら改易やらといったことは全く考えていない。わしがそうしたいというのではなく、これまで島津もそうだったし、切支丹も、毛利も認める形で従わせてきているゆえ、前田だけを異なる扱いにはできないというのが理由だ」
「…ありがたき措置に感謝の言葉もございません」
「ただまあ、前田殿の場合、前将軍を切腹させたきっかけということがあるので、江戸の感情は非常に悪いものがあると思う。それで存続の措置をひっくり返すということはさせぬが、越中の没収くらいはあるかもしれぬ」
相手の反応を伺う。利常はしばらく考えていたが。
「それはやむをえませぬな」
「うむ。小さくしたうえで潰すというようなことはできぬ。先ほども申したように、それをしてしまうと島津・毛利も安心しておれぬようになるからのう」
「越中の件については了承しました」
「ひとまずそういうことになるかのう。それで、もう一つのことであるのだが」
「何でございましょう?」
前田利常の顔には、怪訝な様子が見えた。「他に何か話すことがあるのだろうか」というような顔をしている。
「そなたの室が、勝を連れ出したという報告が入っているのだが、本当だろうか?」
「…あぁ、どうもそのようでございます。室が言うには姉妹仲良くさせていただいているということでございまして」
「…そういうことは全く聞いておらぬのだが、そうなると、勝も大坂に来るということか」
参ったなぁと忠直は頭をかいた。
面会が終わり、利常は同行していた者達と宿へ戻った。
「ひとまずお家存続は勝ち取れてよかったのう」
秀家が明るい顔で言う。
「もし、流刑なら、八丈島のわしの家を特別に使わせてもらえるよう頼んでみるつもりであったが」
冗談とも本気ともつかない言葉で言い、利常も苦笑するしかない。
「ははは…。それは安心できる話でございましたな」
「それにしても、もう少し厳しい話でもあるのかと思いましたが、意外とすんなりと行きましたな」
本多政重が残念そうな顔をしている。
「うむ。ただ、だからこそ松平忠直が支持されているところもあるのだろう」
「御しやすいというところがあるからですか?」
「御しやすいと言うのも間違いではないが…。まず、一年半前の時点で内府の路線を続けるか、続けないかということを考えてみる。諸藩には金がない。余裕がない。内府が大坂で勝てば問題ではなかったが、内府は負けてしまった。新しくするにも修正するにしても、金も産めぬ、余裕もない。ところが厳しいという路線がうまくいくはずがない。去年、切支丹が一揆を起こし、毛利が一気に勢力を拡張できたのは内府の問題点が限界を超えてしまい、爆発したわけじゃ」
「左様でございますな」
「ただし、島津や毛利、前田が何かを目指すことができるかというとそこにも問題がある。義弟殿に聞いてみたいが、仮にうまくいっていたとして、毛利や島津とどう折り合いをつけた?」
秀家の問いかけに、利常も答えが出ない。
「お互いが徳川家の言葉を借りると外様大名であって、同格である。そうなると優劣をつけるに戦いしかない。金を埋めぬ、余裕がないのに、路線を変えるために金も余裕も費やして戦わなければならないというのは矛盾しておるだろう?」
「徳川の身内から出てきて、全く違う路線の越前家はそういう意味で特殊である、と?」
「そうだ。皆、一度は徳川家に従っていたのだから、その親戚である越前家に対して頭を下げることはさほど苦にならない。また、越前家は内府の方針とは完全に一線を画している。これなら、金も産めるし、余裕も出てこようというものじゃ。加藤明成のような狂人は別として、誰だってそういう路線がいいに決まっておる」
「なるほどですなぁ」
本多政重が頷いている。
「だからこそ、安泰を確定にするためにはここからの松平忠直と徳川家光の勝負を越前方の勝利にもっていく必要がある。しかも、できれば戦いがない形で屈服させたいということじゃ」
「…左様ですな。前田家の安全のためにも」
徳川家光にとっては、前田家は自分の父親である秀忠の仇筋にあたる。
その処遇が厳しいものに変えられる可能性も否定できない。
「しかし、それは内府もできなかったことだからのう」
秀家の言葉に、利常がまた頷いた。
「最後の戦いがある場合には、そこで内府のように失敗する可能性もある、と」
「全くその通りじゃ」
「何かこれはという策はありますか?」
「残念ながら、ない。松平忠直が征夷大将軍になったとしても、江戸の方は認めようとはしないだろう。かえって、裏切り者だと敵対心を強めてまとまる可能性すらある」
「まさしく、かつての豊臣家と同じような状況になるわけですな」
「そうなのだ。中々に気が重いのう」
秀家が溜息をついた。
彼以上の考えがあるわけでない、残りの者達はその溜息を受けとめることもできなかった。
前回同様に、総勢二百名ほどの大規模なものである。そこに江戸から戻ってきた宇喜多秀家と、途中で挨拶をした際に真田幸村から供を命じられていた穴山安治が付き従っていた。
ここに、別行動をとっている利常の正室・珠と、松平忠直の正室・勝がついてきており、二日ほど時を置いて到着する予定である。
滞在のための宿を確保すると、早速、利常は宇喜多秀家、穴山安治、明石全登、本多政重を連れて大坂城へと向かった。
「前田殿か?」
城門の近くに長身の男がいた。
「いかにも。前田筑前守利常である」
「これは久しぶりにござる、拙者、豊臣秀頼と申す」
「何? 豊臣…」
前田利常は一瞬、秀頼を見上げて絶句した。
(これが、豊臣秀頼か…)
かつて、利常は秀頼を「戦場にも出なかった男」と軽蔑していたこともあった。
(しかし、その後はどうだ? わしはほぼずっと金沢にいただけで、この男は四国や中国で戦陣に出ていたという…。今やすっかり、逆転されてしまったのかもしれぬのう)
利常の思惑をよそに、秀頼は慇懃に対応する。
「室のところに、珠様からの書状も届いているようで、よくしてほしいと頼まれております」
「それはかたじけない」
大坂城を案内する様子を見て、利常はふと思う。
(豊臣秀頼は徳川家康と秀忠に勝ち、今尚大坂城の主である。にもかかわらず、弟格にあたる松平忠直に従うつもりなのだろうか?)
隣国にいたとはいえ、利常は松平忠直のことをあまり知らない。顔を合わせたのも一年半前にたまたま帰国の道で鉢合わせになった時くらいである。
(ただ…)
その時、攻撃されるかもしれないと警戒していた利常に対して、忠直は「先に行くも、後から来るもどうぞご自由に」とばかりに堂々としていた。
(あの当時は、無用心な男だと思ったが、それも結果的に違っていたのだろうか…)
考え出すときりがない。
利常はそれ以上考えるのをやめた。
松平忠直は大坂城の大広間で前田利常を待っていた。
とは言っても、大々的な儀礼でもないので待ち合わせているのは、忠直の他には、信綱と長宗我部盛親がいるくらいである。
盛親については、広島まで到着した後、暫定的に石見か出雲を勧めたのであるが、「ここまで来たら、天下が平定される場まで付き合いたい」とついてきていたのである。
所定の時間、秀頼が利常らを連れてきた。後ろに三人の者がついてきている。
「前田利常でござる」
「松平忠直である。さて…何から話したらいいか中々難しいのであるが」
「何からでも構いませんぞ」
「では、一番重要なところから参ろうかの。結論から申すと、切腹やら改易やらといったことは全く考えていない。わしがそうしたいというのではなく、これまで島津もそうだったし、切支丹も、毛利も認める形で従わせてきているゆえ、前田だけを異なる扱いにはできないというのが理由だ」
「…ありがたき措置に感謝の言葉もございません」
「ただまあ、前田殿の場合、前将軍を切腹させたきっかけということがあるので、江戸の感情は非常に悪いものがあると思う。それで存続の措置をひっくり返すということはさせぬが、越中の没収くらいはあるかもしれぬ」
相手の反応を伺う。利常はしばらく考えていたが。
「それはやむをえませぬな」
「うむ。小さくしたうえで潰すというようなことはできぬ。先ほども申したように、それをしてしまうと島津・毛利も安心しておれぬようになるからのう」
「越中の件については了承しました」
「ひとまずそういうことになるかのう。それで、もう一つのことであるのだが」
「何でございましょう?」
前田利常の顔には、怪訝な様子が見えた。「他に何か話すことがあるのだろうか」というような顔をしている。
「そなたの室が、勝を連れ出したという報告が入っているのだが、本当だろうか?」
「…あぁ、どうもそのようでございます。室が言うには姉妹仲良くさせていただいているということでございまして」
「…そういうことは全く聞いておらぬのだが、そうなると、勝も大坂に来るということか」
参ったなぁと忠直は頭をかいた。
面会が終わり、利常は同行していた者達と宿へ戻った。
「ひとまずお家存続は勝ち取れてよかったのう」
秀家が明るい顔で言う。
「もし、流刑なら、八丈島のわしの家を特別に使わせてもらえるよう頼んでみるつもりであったが」
冗談とも本気ともつかない言葉で言い、利常も苦笑するしかない。
「ははは…。それは安心できる話でございましたな」
「それにしても、もう少し厳しい話でもあるのかと思いましたが、意外とすんなりと行きましたな」
本多政重が残念そうな顔をしている。
「うむ。ただ、だからこそ松平忠直が支持されているところもあるのだろう」
「御しやすいというところがあるからですか?」
「御しやすいと言うのも間違いではないが…。まず、一年半前の時点で内府の路線を続けるか、続けないかということを考えてみる。諸藩には金がない。余裕がない。内府が大坂で勝てば問題ではなかったが、内府は負けてしまった。新しくするにも修正するにしても、金も産めぬ、余裕もない。ところが厳しいという路線がうまくいくはずがない。去年、切支丹が一揆を起こし、毛利が一気に勢力を拡張できたのは内府の問題点が限界を超えてしまい、爆発したわけじゃ」
「左様でございますな」
「ただし、島津や毛利、前田が何かを目指すことができるかというとそこにも問題がある。義弟殿に聞いてみたいが、仮にうまくいっていたとして、毛利や島津とどう折り合いをつけた?」
秀家の問いかけに、利常も答えが出ない。
「お互いが徳川家の言葉を借りると外様大名であって、同格である。そうなると優劣をつけるに戦いしかない。金を埋めぬ、余裕がないのに、路線を変えるために金も余裕も費やして戦わなければならないというのは矛盾しておるだろう?」
「徳川の身内から出てきて、全く違う路線の越前家はそういう意味で特殊である、と?」
「そうだ。皆、一度は徳川家に従っていたのだから、その親戚である越前家に対して頭を下げることはさほど苦にならない。また、越前家は内府の方針とは完全に一線を画している。これなら、金も産めるし、余裕も出てこようというものじゃ。加藤明成のような狂人は別として、誰だってそういう路線がいいに決まっておる」
「なるほどですなぁ」
本多政重が頷いている。
「だからこそ、安泰を確定にするためにはここからの松平忠直と徳川家光の勝負を越前方の勝利にもっていく必要がある。しかも、できれば戦いがない形で屈服させたいということじゃ」
「…左様ですな。前田家の安全のためにも」
徳川家光にとっては、前田家は自分の父親である秀忠の仇筋にあたる。
その処遇が厳しいものに変えられる可能性も否定できない。
「しかし、それは内府もできなかったことだからのう」
秀家の言葉に、利常がまた頷いた。
「最後の戦いがある場合には、そこで内府のように失敗する可能性もある、と」
「全くその通りじゃ」
「何かこれはという策はありますか?」
「残念ながら、ない。松平忠直が征夷大将軍になったとしても、江戸の方は認めようとはしないだろう。かえって、裏切り者だと敵対心を強めてまとまる可能性すらある」
「まさしく、かつての豊臣家と同じような状況になるわけですな」
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