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中世のけ者譚

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 俺の名前は奥洲天成。
 俺の人生は、ある日の夜、駅の中で唐突に終わりを告げた。
「こんな世の中生きていてもつまらねえんだよ!」
 いきなりプラットホームでナイフを抜いて暴れだす男がいた。酒に酔っているという風ではない。完全に目がイってしまっている。
「おい、何をしているんだ! こんなところで、うわー!」


『……で、社会に恨みを持つ男と共にホームに転落して、二人揃って撥ねられてしまったというわけか……』
「俺は何も悪くないのに、酷すぎる!」
「いーや! お前も悪い!」
 何と、目の前に先ほどまでもみ合いになっていた男がいるではないか。
「てめえ! さっきはよくもやってくれたな!」
 俺はカッとなって殴りかかろうとしたが。
『天界でのもめごとは勘弁してくれ』
 天使達が大量に割って入って、俺達は切り離される。
「俺は社会からつまはじき者にされたんだ! お前個人には恨みはないが、お前だって社会の一員だろ! だから、俺に対する加害者だ!」
「訳分かんねえこと言ってんじゃねーよ!」
 天使達を引きずり、再度ファイトしようとする俺達に神がキレてしまった。
『あー! そこまでやりたいなら、続きは中世でやってくれ!』

 続きは中世でやってくれ。
 何だかすごい言葉だ。

 俺は、ヨーロッパのとある小さな都市の衛兵として転生した。
 特に楽しい生活というわけではない。朝の5時に起きて、準備をして門まで出かけて開門。そのまま夕方近くまでいて、閉門して帰るという生活だ。
『テンセー、楽しんでいるか?』
 おっと、神の奴が学者に扮してここまでやってきたぞ。
「楽しくはないが、前世もサラリーマンだったし、そんなに変わらないかなぁ……」
『そうか。負け犬太郎も転生しているから気をつけろよ』
「負け犬太郎?」
 って、あの社会に恨みを持っている奴か?
 ウーン、俺にとっては最低でとんでもない奴ではあったが、あんたは神様なんだから、そういう奴にも愛をもって応えるべきなんじゃないのか。
『違う。槇犬太郎《まきいぬ たろう》だ。そういう名前の男だ。まあ、負け犬太郎の方が覚えやすいがな』
 だから、あんたは神様なんだから……

 しかし、あいつも転生しているとなると、ちょっと困るな。

 そんなこんなで数日が過ぎた。
 最初は緊張していたが、空疎な一日が続くと段々警戒心も抜けてくる。
 しかも、この街の近郊で反乱が起きたなんていう知らせが舞い込んできた。
 反乱か……。
 負け犬太郎は社会に恨みを抱いていたというから、ひょっとしたら反乱軍なんかは居心地がいいのではないだろうか。
 恐らくその中にいるんだろうな。
 俺はそう思った。

 一か月が過ぎた。
 反乱軍は数日前に正規軍によって壊滅されて、首謀者は死刑になったのだと言う。おそらく奴も死刑になったのだろう。
 憎い奴ではあるが、まあ、公開処刑を見に行きたいと思うほど荒んではいない。
 俺は毎日の仕事を行う。開門しようと門に向かったところ、不審な男が門の前に座り込んでいる。
「何をしている?」
 と呼びかけたところ、相手が顔をあげた。俺はその顔を見て仰天してひっくり返ってしまった。
「き、貴様は負け犬太郎!? 反乱軍にいたのではないのか?」
「誰が負け犬太郎だ! みんなして、俺をのけ者にしやがって!」
「いや、だから、反乱軍にいたんじゃないのか?」
「反乱軍の奴ら、『こんな見たこともない奴、仲間にはできない』と言いやがった! 反乱軍まで俺をニートと馬鹿にしやがって! いい気味だ!」
 なるほど。
 反乱軍の中にも社会があるからな……
 そこにも適応できなかったというわけか。
「前の世界だとクレーム電話をかけられたが、この世界には電話もない! 役所に行けば暴れられたが、役所もねえ! 通行証がないから街の中にも入れねえ! 最低だ! こんなところは!」
 あぁ、まあ、確かに電話はないな。
 役所もないな。中世だと、国は領民の生活に責任を持っていないからな。
 というか、クレーム電話をかけるな。役所で暴れるな。
 読者のみんなはやっちゃダメだぞ。
「最低だ! こんな社会ぶっ潰してやる! 幸せそうな奴らから殺してやる!」
「あ、待て!」
 走り去る負け犬太郎。俺はひっくり返った分、反応が遅れて距離が離されていく。


"神様の一言"
 そもそも中世ではニートが生き残れる素地がなかったと言っていいだろうな。
 天成が言っているように、中世にはそもそも国民という概念がないから、きちんと保護しようという意識がない。だから地域で団結するわけで、そうなると余所者は受け入れられない。
 こういう連中の行く先は冒険者しかないんだろうな。

 と言っても、新大陸への冒険などではなく、クレームへの冒険、暴れるという冒険などが主になるのだろうが。

「おい、神よ?」
『何だ?』
「結末がないんだが、どういうことなんだ?」
『そんなことは決まっているだろう。次回へ続く、だ』
「この暗澹な話が、次回に続くのか!?」
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