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巨人族の足跡
14 コウは私の手下
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幸いにも、天気は快晴である。
ロードスターは東名高速道路を110km/h巡航で走る。ソフトトップはもちろん開放している。身体に強く打ちつける風も心地良いと思えるほど、今日は天候に恵まれた。助手席の真夜は何度も背伸びをして、空梅雨の7月中旬の気温を味わった。
「昔だったら、梅雨がないってのは一大事だったんだがな」
ハンドルを握る孝介はそう苦笑し、
「雨ってのはあまり面白いもんじゃねぇが、降らなんだらそれはそれで大変だ。農業用水が減って米も満足に作れなくなっちまう」
「米ぐらい、別にいいじゃない。私は好きよ、こういう天気。雨が降らないせいで米が作れないというのなら、パンを食べればいいじゃない」
「何言ってやがる!」
孝介は悪態をつき、
「日本人はいついかなる時も米食わねぇと元気が出ねぇんだよ。パンじゃ糞にすらならねぇ」
と、返した。
「……コウの口の悪さって、10年経っても全然変わらないわよね?」
真夜は呆れた目つきと口調で、
「そのあたり、私がどんなに言っても改善すらしてくれないわ」
そう告げた。
「そうか? これでも俺は、昔よりだいぶ丸くなったはずなんだがな」
「嘘! コウは今も昔も、汚いことを平気で口にする下品な男よ。……私と初めて会った時のこと、覚えてる?」
「ああ、よく覚えてらぁな。居酒屋で飲んだ帰りに道歩いてたら、お前がいきなり話しかけてきたんだ。“道に迷ったから駅まで連れてってくれ”とか何とか。ところが、駅まで連れて行ってやったら“飲み足りないからどこか連れてって”とか言い出しやがる。まあ、要は酔っ払った女の逆ナンだな」
「あれは計算した上での行動だったのよ、コウ」
「はっ! 物は言いようだぜ」
孝介はそう笑い飛ばすが、彼との馴れ初めが真夜の計算だったことは事実である。
当時のヒルダは、この世界の人間並木真夜として活動し始めたばかりだった。それも月に1日か2日、闇の地から「橋」を渡って少し覗き見る程度だった。しかし異世界の住人どもとのパイプはあったことに越したことはないから、適当な男を色仕掛けで落としてそいつと仲良くなり、いざとなったら上手いこと利用してやろう……と思った次第である。
繁華街の酒場でハシゴをしながら男を物色しているうち、妙に身体の大きな人間がいた。「身体の大きな」というのは、背が飛び抜けて高いという意味ではない。腕と胸板が恐ろしく分厚かったのだ。
異世界の戦士に違いない、と真夜は一目で悟った。この男の洗脳に成功すれば、のちのち我が方の手先として酷使できるはずだ。この時点で日本酒を4合消費していた真夜はその勢いを活用しつつ、腰をくねらせて「ねぇお兄さん、駅はどこ? 道に迷ってしまったの」と声をかけた。もちろん、その「お兄さん」はたまたま道を歩いていた孝介である。
落ち着いた感じだが、妙に口の悪い男だった。初対面の女に対して「何でぇ、お前さんホストクラブの帰りか? あんまり飲み過ぎると、口から糞が出てくるぜお嬢さん」と言ったのだ。
カチンと来たが、ここはこらえて誘惑に徹する。すると孝介はまんまと誘いに乗った。馬鹿な男……と真夜は孝介を見下した。
ところが、駅まで行って「ねぇ、私まだ飲み足りないの。どこかいい店に連れてってくれる?」と告げて繁華街に引き返したあたりから、真夜の記憶がない。
そして翌朝、どういうわけか孝介が当時住んでいたアパートで布団を被っていた。彼の自宅で一晩を過ごしていたようだ。
この戦士は、もしや強力な睡眠魔術の使い手か!? 真夜の出身世界の睡眠魔術は、初級レベルなら比較的簡単に習得できるものの、大人ひとりをガッツリ熟睡させるレベルまで技能を上げることは極めて難しい。が、松島孝介と名乗ったこの男は、高位魔操師の私を熟睡させた!
これは見逃してはおけない。その日以来、真夜は世界間を往復しながら、孝介の身元調査及び手下にするための洗脳を始めた。特に洗脳は孝介とのデート、ドライブ、酒場のハシゴ、旅行、そして同棲を始めてからの炊事洗濯、部屋の掃除、買い物等々の地道な方法で10年かかってしまったが、その甲斐あって孝介は真夜の配偶者になった。この世界での偵察活動を続けるための大きな隠れ蓑、そして自分の意のままになる手下を真夜は手にしたのだ。
だが、孝介の口の悪さはあの時から一向に変わっていない。
「そのしゃべり方は矯正したほうがいいと思うわ。目上の人にそんな言葉は失礼にならないの?」
「心配するな。俺にとっての目上の人間っつったら、数えるほどしかいねぇからな」
そう言いながら、孝介はギアを落とした。
もうすぐ足柄SAである。
ロードスターは東名高速道路を110km/h巡航で走る。ソフトトップはもちろん開放している。身体に強く打ちつける風も心地良いと思えるほど、今日は天候に恵まれた。助手席の真夜は何度も背伸びをして、空梅雨の7月中旬の気温を味わった。
「昔だったら、梅雨がないってのは一大事だったんだがな」
ハンドルを握る孝介はそう苦笑し、
「雨ってのはあまり面白いもんじゃねぇが、降らなんだらそれはそれで大変だ。農業用水が減って米も満足に作れなくなっちまう」
「米ぐらい、別にいいじゃない。私は好きよ、こういう天気。雨が降らないせいで米が作れないというのなら、パンを食べればいいじゃない」
「何言ってやがる!」
孝介は悪態をつき、
「日本人はいついかなる時も米食わねぇと元気が出ねぇんだよ。パンじゃ糞にすらならねぇ」
と、返した。
「……コウの口の悪さって、10年経っても全然変わらないわよね?」
真夜は呆れた目つきと口調で、
「そのあたり、私がどんなに言っても改善すらしてくれないわ」
そう告げた。
「そうか? これでも俺は、昔よりだいぶ丸くなったはずなんだがな」
「嘘! コウは今も昔も、汚いことを平気で口にする下品な男よ。……私と初めて会った時のこと、覚えてる?」
「ああ、よく覚えてらぁな。居酒屋で飲んだ帰りに道歩いてたら、お前がいきなり話しかけてきたんだ。“道に迷ったから駅まで連れてってくれ”とか何とか。ところが、駅まで連れて行ってやったら“飲み足りないからどこか連れてって”とか言い出しやがる。まあ、要は酔っ払った女の逆ナンだな」
「あれは計算した上での行動だったのよ、コウ」
「はっ! 物は言いようだぜ」
孝介はそう笑い飛ばすが、彼との馴れ初めが真夜の計算だったことは事実である。
当時のヒルダは、この世界の人間並木真夜として活動し始めたばかりだった。それも月に1日か2日、闇の地から「橋」を渡って少し覗き見る程度だった。しかし異世界の住人どもとのパイプはあったことに越したことはないから、適当な男を色仕掛けで落としてそいつと仲良くなり、いざとなったら上手いこと利用してやろう……と思った次第である。
繁華街の酒場でハシゴをしながら男を物色しているうち、妙に身体の大きな人間がいた。「身体の大きな」というのは、背が飛び抜けて高いという意味ではない。腕と胸板が恐ろしく分厚かったのだ。
異世界の戦士に違いない、と真夜は一目で悟った。この男の洗脳に成功すれば、のちのち我が方の手先として酷使できるはずだ。この時点で日本酒を4合消費していた真夜はその勢いを活用しつつ、腰をくねらせて「ねぇお兄さん、駅はどこ? 道に迷ってしまったの」と声をかけた。もちろん、その「お兄さん」はたまたま道を歩いていた孝介である。
落ち着いた感じだが、妙に口の悪い男だった。初対面の女に対して「何でぇ、お前さんホストクラブの帰りか? あんまり飲み過ぎると、口から糞が出てくるぜお嬢さん」と言ったのだ。
カチンと来たが、ここはこらえて誘惑に徹する。すると孝介はまんまと誘いに乗った。馬鹿な男……と真夜は孝介を見下した。
ところが、駅まで行って「ねぇ、私まだ飲み足りないの。どこかいい店に連れてってくれる?」と告げて繁華街に引き返したあたりから、真夜の記憶がない。
そして翌朝、どういうわけか孝介が当時住んでいたアパートで布団を被っていた。彼の自宅で一晩を過ごしていたようだ。
この戦士は、もしや強力な睡眠魔術の使い手か!? 真夜の出身世界の睡眠魔術は、初級レベルなら比較的簡単に習得できるものの、大人ひとりをガッツリ熟睡させるレベルまで技能を上げることは極めて難しい。が、松島孝介と名乗ったこの男は、高位魔操師の私を熟睡させた!
これは見逃してはおけない。その日以来、真夜は世界間を往復しながら、孝介の身元調査及び手下にするための洗脳を始めた。特に洗脳は孝介とのデート、ドライブ、酒場のハシゴ、旅行、そして同棲を始めてからの炊事洗濯、部屋の掃除、買い物等々の地道な方法で10年かかってしまったが、その甲斐あって孝介は真夜の配偶者になった。この世界での偵察活動を続けるための大きな隠れ蓑、そして自分の意のままになる手下を真夜は手にしたのだ。
だが、孝介の口の悪さはあの時から一向に変わっていない。
「そのしゃべり方は矯正したほうがいいと思うわ。目上の人にそんな言葉は失礼にならないの?」
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