【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵!

ジャワカレー澤田

文字の大きさ
36 / 77
「橋」の管理人

36 関取、私はあんたが嫌いだ

しおりを挟む
「関取、あの嫁は一生涯大事にしたほうがいいぞ」

 2人でフィットネススタジオの中央に陣取りスクワットをする最中、流子がそのようなことを言い出した。

「私は真夜を見て1分で分かったぞ。あのテの女は、極度の寂しがり屋だ」

「……そうかねぇ」

「そんな簡単なことに気づいてないのか?」

 流子は汗を散らしながら呆れがちな口調で、

「あれは執念深いタイプの女だぞ。ひとつのことにどこまでも執着する」

「……そういやそうかもな」

「“そうかもな”じゃねぇぞ。実際にそうなんだよ。……関取、こんなとこで私と遊んでる場合じゃねぇだろうよ?」

 そう言われた孝介は脚の屈伸運動を続けつつ、

「てやんでぇ! 今日ここに俺を誘ったのはマックスだろうが」

 と、返した。しかし流子はすぐさま、

「なら、謝る。あんたを誘うべきじゃなかった」

 まったく悪びれる様子なく、そのように告げた。

「関取の嫁、今頃家で寂しがってるんじゃねぇか? 執念深いってのは、同時に寂しがり屋ってことでもあるから」

「あの女がか?」

「その部分に気づいてねぇってのは、やっぱあんた鈍感だよな関取」

 流子は大きく溜め息をつき、スクワットをやめた。

「ん? どうしたんだマックス」と孝介が声をかけた瞬間、流子の右足が彼の左頬めがけて飛来した。総合格闘技の試合にも参戦したことのある、女子プロレスラーのハイキック。スクワットのために膝を曲げていた孝介の顔面を、ピタリと捉えるものだった。

 が、元関取をこんなところでKOする気はない。足の甲が孝介の頬に接触するかそうでないかのところで、流子はキックを止めた。手慣れた寸止めである。

「……このくらいやらなきゃ頭が冴えねぇか?」

 そう言われた孝介は、

「ああ、そうかもな」

 と、微笑んだ。そして流子の右足を手で払い、素早い摺り足で急接近した。

 孝介は自身の右腕を流子の左脇に潜り込ませる。一方で左腕は流子の右腕に上から巻きつけるように絡めた。流子に左脇をくれてやった、とも表現できる。これは一見すれば相四つだが、実は孝介が圧倒的有利な姿勢である。

 というのも、普段は右利きの孝介は相撲を取る時だけは左手を多用する。現役の頃に得意だったのは、左上手投げと左小手投げ。そして今は、流子の右肘を左腕で絡めながら極めている。

「つぅ……!」

 痛みで声を漏らしてしまう流子。孝介は不敵な笑みを見せながら、

「プロレスラーの中じゃなかなかいい相撲をするぞ、マックス。三段目でなら十分やっていけるくらいだ」

 と、告げた。流子は「ほざけっ!」と言い捨て、左腕を極められた状態のままスタジオの床に背中をつける。

「私は相撲取りじゃねぇ!」

 流子は左腕を抜くと、孝介の胴体を両足で挟んだ。総合格闘技のガードポジションという技術である。そこから脚力で孝介を引き込みつつ、彼の左腕を取ってチキンウイング・アームロックに移行した。流子が得意とする技だ。

 見事に極まった……かに見えたが、孝介もバカではない。両手のクラッチを組んで、流子のアームロックに対する強固な錠をかけた。

「悪いな、マックス。俺もMMAの団体でぼちぼち練習してるのさ。今度、試合に出てみようかと思ってるんだが」

「なら、ここで私が教育してやる!」

「おいおい、もういいじゃねぇか。ここはエアロビだのズンバだのやるところで、グラップリングのスパーやるところじゃねぇんだ」

 そう返されてしまった流子はしばらくアームロックの姿勢を続けていたが、やがて気が抜けたかのようにガードポジションを解いた。その場に大の字になりながら、

「……あんたに喝を入れてやらねぇと気が済まねぇ」

 と、捨て台詞のようにつぶやく。さらに、

「私は関取のような鈍感野郎が嫌いだ。真夜が可哀想過ぎる。あいつは1分1秒でも長くあんたと一緒にいたいんだ。口では何と言おうとな……」

「そうか、マックスは俺が嫌いか」

 孝介は立ち上がり、

「なら、鈍感野郎ともう少しばかりダンベル遊びするか」

 と、流子に右手を差し出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...