【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵!

ジャワカレー澤田

文字の大きさ
46 / 77
「橋」の管理人

46 俺は戦が嫌いだ

しおりを挟む
 ヒューは腕を絡め合う中年カップルに連れられて、境内を移動した。

 五条天神社という場所には、どうやらまた別の神社があるらしい。そこは日本の伝統宗教には疎いヒューでも溜め息をついてしまうほど静粛としていて、さらに上空から秋の日光がきらきらと降り注いでいる。社殿は決して大きくはないが、自分たちを優しく見守ってくれるような温かさが感じられる。

「ここは花園稲荷神社って言うんだがな。江戸東京の歴史を語る上で、実は欠かせない神社だ」

 男はつぶやくような口調でそう解説した。

「兄ちゃん、そのあたりのことは知ってるか?」

「え? あ、いや……知らないです」

「そうか……。ここはな、戦場だったんだ。兵隊が集まってドンパチ繰り広げた場所さね」

「それは戦時中の空襲……ですか?」

「いや、違う。上野戦争だ」

「上野戦争……?」

「江戸時代最後の年の戊辰戦争で、江戸は無血開城したってのは知ってるな? だが、それに反発した幕府軍の一部が銃と大砲を持って上野に立て籠った。……まあ、多勢に無勢だったがな。大砲の性能も新政府軍のほうが上だった。幕府軍は散々っぱらにやられて、最後はここで果てた」

 と、男は真下の地面を指差した。

「ここは戦場だったのさ。それも、やらんでもいいドンパチだ」

 どこか悲しげな表情で、男はそう告げた。それに対してヒューは、

「……知らなかったです」

 とだけ返した。

「まあ、学校じゃ教えてくれないことだろうからな。だが、知っておいて損はないぞ。……銃と大砲の戦争ってなぁ、つまらねぇもんだからな」

「つまらない……?」

「つまらねぇさ。会ったことのねぇ奴を引き金1回引いただけで殺めちまうんだ。それのどこが面白いってんだ」

 男は花園稲荷神社の社殿を見つめながら、

「そこに戦車だの飛行機だの戦略核ミサイルだのが加わると、尚更さね。……隅田川の言問橋、兄ちゃんも行ったことあるか? 俺のひい祖父さんと大叔母は、戦時中言問橋の上で丸焼けになっちまった」

「それはB29の爆撃ですか?」

「そうさ。焼夷弾で言問橋は炎の橋になった。俺の親戚の墓場なのさ、あそこはな」

 男は今にも泣き出しそうな目で、

「俺はな……戦が嫌いだ。ロクなもんじゃねぇからな。だが、ロクでもねぇ記憶を忘れるともう一度同じことをやらかす。忘れちゃいけねぇんだよ、こういうことは——」

 溜め息と共にそう言葉を発した。

「……すまねぇな、兄ちゃん。おっさんの独り言を聞かせちまった。聞き流してくれ」

「あ、いえ……」

「ありがとな、兄ちゃん。俺に声かけてくれただけじゃなく、話にも付き合ってくれて。本当にありがとな」

 男はヒューに感謝の言葉を述べた。そこへヒルダも、

「ウチの夫はこんな見た目だから、若い子に外で声をかけられるということがなかなかないの。でも、夫はあなたのような子と話すのが好きなのよ」

 と、優しい微笑を浮かべながら話に割り込んだ。

「その代わり、自分より年上の人にはぶっきらぼうだけど」

「そりゃお前ぇ、俺より歳食ってる奴になんか何も言うことはねぇだろ。いつの時代も若者は偉いんだ。永田町もいつまでも生き永らえてるジジイババアより、この青年に年金くれてやるべきなんだ。若者は国の宝さ」

 そう言って男は、ヒューの左肩にグローブのような手を乗せた。

 力強い意志が籠った感触だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

誰でもイイけど、お前は無いわw

猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。 同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。 見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、 「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」 と言われてしまう。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...