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「橋」の管理人
46 俺は戦が嫌いだ
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ヒューは腕を絡め合う中年カップルに連れられて、境内を移動した。
五条天神社という場所には、どうやらまた別の神社があるらしい。そこは日本の伝統宗教には疎いヒューでも溜め息をついてしまうほど静粛としていて、さらに上空から秋の日光がきらきらと降り注いでいる。社殿は決して大きくはないが、自分たちを優しく見守ってくれるような温かさが感じられる。
「ここは花園稲荷神社って言うんだがな。江戸東京の歴史を語る上で、実は欠かせない神社だ」
男はつぶやくような口調でそう解説した。
「兄ちゃん、そのあたりのことは知ってるか?」
「え? あ、いや……知らないです」
「そうか……。ここはな、戦場だったんだ。兵隊が集まってドンパチ繰り広げた場所さね」
「それは戦時中の空襲……ですか?」
「いや、違う。上野戦争だ」
「上野戦争……?」
「江戸時代最後の年の戊辰戦争で、江戸は無血開城したってのは知ってるな? だが、それに反発した幕府軍の一部が銃と大砲を持って上野に立て籠った。……まあ、多勢に無勢だったがな。大砲の性能も新政府軍のほうが上だった。幕府軍は散々っぱらにやられて、最後はここで果てた」
と、男は真下の地面を指差した。
「ここは戦場だったのさ。それも、やらんでもいいドンパチだ」
どこか悲しげな表情で、男はそう告げた。それに対してヒューは、
「……知らなかったです」
とだけ返した。
「まあ、学校じゃ教えてくれないことだろうからな。だが、知っておいて損はないぞ。……銃と大砲の戦争ってなぁ、つまらねぇもんだからな」
「つまらない……?」
「つまらねぇさ。会ったことのねぇ奴を引き金1回引いただけで殺めちまうんだ。それのどこが面白いってんだ」
男は花園稲荷神社の社殿を見つめながら、
「そこに戦車だの飛行機だの戦略核ミサイルだのが加わると、尚更さね。……隅田川の言問橋、兄ちゃんも行ったことあるか? 俺のひい祖父さんと大叔母は、戦時中言問橋の上で丸焼けになっちまった」
「それはB29の爆撃ですか?」
「そうさ。焼夷弾で言問橋は炎の橋になった。俺の親戚の墓場なのさ、あそこはな」
男は今にも泣き出しそうな目で、
「俺はな……戦が嫌いだ。ロクなもんじゃねぇからな。だが、ロクでもねぇ記憶を忘れるともう一度同じことをやらかす。忘れちゃいけねぇんだよ、こういうことは——」
溜め息と共にそう言葉を発した。
「……すまねぇな、兄ちゃん。おっさんの独り言を聞かせちまった。聞き流してくれ」
「あ、いえ……」
「ありがとな、兄ちゃん。俺に声かけてくれただけじゃなく、話にも付き合ってくれて。本当にありがとな」
男はヒューに感謝の言葉を述べた。そこへヒルダも、
「ウチの夫はこんな見た目だから、若い子に外で声をかけられるということがなかなかないの。でも、夫はあなたのような子と話すのが好きなのよ」
と、優しい微笑を浮かべながら話に割り込んだ。
「その代わり、自分より年上の人にはぶっきらぼうだけど」
「そりゃお前ぇ、俺より歳食ってる奴になんか何も言うことはねぇだろ。いつの時代も若者は偉いんだ。永田町もいつまでも生き永らえてるジジイババアより、この青年に年金くれてやるべきなんだ。若者は国の宝さ」
そう言って男は、ヒューの左肩にグローブのような手を乗せた。
力強い意志が籠った感触だった。
五条天神社という場所には、どうやらまた別の神社があるらしい。そこは日本の伝統宗教には疎いヒューでも溜め息をついてしまうほど静粛としていて、さらに上空から秋の日光がきらきらと降り注いでいる。社殿は決して大きくはないが、自分たちを優しく見守ってくれるような温かさが感じられる。
「ここは花園稲荷神社って言うんだがな。江戸東京の歴史を語る上で、実は欠かせない神社だ」
男はつぶやくような口調でそう解説した。
「兄ちゃん、そのあたりのことは知ってるか?」
「え? あ、いや……知らないです」
「そうか……。ここはな、戦場だったんだ。兵隊が集まってドンパチ繰り広げた場所さね」
「それは戦時中の空襲……ですか?」
「いや、違う。上野戦争だ」
「上野戦争……?」
「江戸時代最後の年の戊辰戦争で、江戸は無血開城したってのは知ってるな? だが、それに反発した幕府軍の一部が銃と大砲を持って上野に立て籠った。……まあ、多勢に無勢だったがな。大砲の性能も新政府軍のほうが上だった。幕府軍は散々っぱらにやられて、最後はここで果てた」
と、男は真下の地面を指差した。
「ここは戦場だったのさ。それも、やらんでもいいドンパチだ」
どこか悲しげな表情で、男はそう告げた。それに対してヒューは、
「……知らなかったです」
とだけ返した。
「まあ、学校じゃ教えてくれないことだろうからな。だが、知っておいて損はないぞ。……銃と大砲の戦争ってなぁ、つまらねぇもんだからな」
「つまらない……?」
「つまらねぇさ。会ったことのねぇ奴を引き金1回引いただけで殺めちまうんだ。それのどこが面白いってんだ」
男は花園稲荷神社の社殿を見つめながら、
「そこに戦車だの飛行機だの戦略核ミサイルだのが加わると、尚更さね。……隅田川の言問橋、兄ちゃんも行ったことあるか? 俺のひい祖父さんと大叔母は、戦時中言問橋の上で丸焼けになっちまった」
「それはB29の爆撃ですか?」
「そうさ。焼夷弾で言問橋は炎の橋になった。俺の親戚の墓場なのさ、あそこはな」
男は今にも泣き出しそうな目で、
「俺はな……戦が嫌いだ。ロクなもんじゃねぇからな。だが、ロクでもねぇ記憶を忘れるともう一度同じことをやらかす。忘れちゃいけねぇんだよ、こういうことは——」
溜め息と共にそう言葉を発した。
「……すまねぇな、兄ちゃん。おっさんの独り言を聞かせちまった。聞き流してくれ」
「あ、いえ……」
「ありがとな、兄ちゃん。俺に声かけてくれただけじゃなく、話にも付き合ってくれて。本当にありがとな」
男はヒューに感謝の言葉を述べた。そこへヒルダも、
「ウチの夫はこんな見た目だから、若い子に外で声をかけられるということがなかなかないの。でも、夫はあなたのような子と話すのが好きなのよ」
と、優しい微笑を浮かべながら話に割り込んだ。
「その代わり、自分より年上の人にはぶっきらぼうだけど」
「そりゃお前ぇ、俺より歳食ってる奴になんか何も言うことはねぇだろ。いつの時代も若者は偉いんだ。永田町もいつまでも生き永らえてるジジイババアより、この青年に年金くれてやるべきなんだ。若者は国の宝さ」
そう言って男は、ヒューの左肩にグローブのような手を乗せた。
力強い意志が籠った感触だった。
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