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ヒルダと大松樹
56 愛宕山の十三天狗
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愛宕神社の社殿の裏手に、また別の神社がある。
飯綱神社は、いわゆる「奥社」。そしてこの飯綱神社の社殿の後方に、六角殿と十三天狗祠が建てられている。寅吉が平田篤胤の前で証言したように、ここ愛宕山には13人の天狗が腰を下ろしているのだ。
六角殿を守るように、コの字型に並ぶ石造りの祠。その中でも中央に立つそれは、他の12柱よりも明らかに大きい。
もしかして、これが異世界へつながる「橋」?
真夜は中央の祠の中を覗いてみた。が、何も見えない。そこで右手を差し出し、祠の中を直接探ろうとした。
「穴があったらとりあえず手ぇ突っ込むってなぁ、人間の習性だな」
隣で孝介がそう冷やかしているが、ここは無視する。
しかし真夜の右手は、祠の入り口に差しかかる寸前でピタリと止まった。
孝介の左手が、祠への侵入を阻止したのだ。
「やめとけ。習性には逆らえねぇってのは分かるが、あまり行儀のいいもんじゃねぇぞ」
「別にいいでしょ? 私が調査したところで、この祠が壊れるってわけでもなし」
「他所宅の玄関をピッキングして冷蔵庫の中身を勝手に漁る奴がそんなことぬかしたら、家主にぶん殴られると思うがな」
「そんなことしないわよ」
「そんなようなもんさ」
孝介は真夜の右手を引き、
「天狗にだって、他人に見られたくないもんがあらぁな。もしかしたら、この中で天狗の夫婦が伽をしてるかもしれねぇぞ」
「えっ!?」
「お前、見てみてぇか?」
そう言われてしまった真夜は「ばっ、バカ!」と返し、
「するわけないでしょう、そんな悪趣味なこと」
「そうだな。俺たちにそんな覗き趣味はねぇからな」
孝介は真夜の肩に腕を回し、
「今日のところはこの辺にしてやろうぜ」
と、耳元で告げた。
*****
「私、これからもコウと一緒にいろんなところへ出かけるつもりよ」
帰りの常磐道で、真夜は突然そんなことを口にした。
「だからコウ、ずっと私と一緒にいてね。約束よ?」
「……いきなりどうした?」
「え?」
「お前がいきなりそんなこと言い出すってのは、何か深刻な悩みでもあるのか?」
「そうじゃないわよ」
助手席の真夜は夕方に近づいた秋空を見上げながら、
「ただ、人というのはいつ死ぬのか分からないわ。もしかしたらこのクルマが事故を起こして、私は助かったけどコウはペシャンコになったということだってあり得るし」
「縁起でもねぇ。これでも俺の免許は金色だぞ」
孝介はそう笑いながら、
「まあ、お前の言いたいことは分からんでもないがな。いくらゴールド免許ったってぇ、もらい事故に巻き込まれるってこともあらぁな。そうなったら俺もお前も三途の川に行くかもしれねぇし、俺だけが骸になるかもしれねぇ。……お前の言う通り、人間ってなぁいつくたばるか分からねぇさ」
「私が先に死ぬ可能性もあるわよ」
「そうだな。だったら、今のうちに六文銭でも用意しとくかね」
「六文銭?」
「三途の川の渡し賃だ」
孝介はギアを1段落とし、
「いずれにせよ、俺とお前が同時にあの世へ行くってこたぁ滅多にねぇさ。遅かれ早かれ、どちらかが先に向こうへ行く。……その時までに、できるだけお前といろいろなところに行っていろいろな景色を見ておきたいってことは俺も思案してるさ」
「これからもよろしくね、コウ」
「ああ、こんなロクデナシの相撲取り崩れで良けりゃあな」
「愛してるわ、心の底から」
真夜は自身の右手を孝介の左大腿に乗せ、
「愛してるわ」
念を押すように言った。
飯綱神社は、いわゆる「奥社」。そしてこの飯綱神社の社殿の後方に、六角殿と十三天狗祠が建てられている。寅吉が平田篤胤の前で証言したように、ここ愛宕山には13人の天狗が腰を下ろしているのだ。
六角殿を守るように、コの字型に並ぶ石造りの祠。その中でも中央に立つそれは、他の12柱よりも明らかに大きい。
もしかして、これが異世界へつながる「橋」?
真夜は中央の祠の中を覗いてみた。が、何も見えない。そこで右手を差し出し、祠の中を直接探ろうとした。
「穴があったらとりあえず手ぇ突っ込むってなぁ、人間の習性だな」
隣で孝介がそう冷やかしているが、ここは無視する。
しかし真夜の右手は、祠の入り口に差しかかる寸前でピタリと止まった。
孝介の左手が、祠への侵入を阻止したのだ。
「やめとけ。習性には逆らえねぇってのは分かるが、あまり行儀のいいもんじゃねぇぞ」
「別にいいでしょ? 私が調査したところで、この祠が壊れるってわけでもなし」
「他所宅の玄関をピッキングして冷蔵庫の中身を勝手に漁る奴がそんなことぬかしたら、家主にぶん殴られると思うがな」
「そんなことしないわよ」
「そんなようなもんさ」
孝介は真夜の右手を引き、
「天狗にだって、他人に見られたくないもんがあらぁな。もしかしたら、この中で天狗の夫婦が伽をしてるかもしれねぇぞ」
「えっ!?」
「お前、見てみてぇか?」
そう言われてしまった真夜は「ばっ、バカ!」と返し、
「するわけないでしょう、そんな悪趣味なこと」
「そうだな。俺たちにそんな覗き趣味はねぇからな」
孝介は真夜の肩に腕を回し、
「今日のところはこの辺にしてやろうぜ」
と、耳元で告げた。
*****
「私、これからもコウと一緒にいろんなところへ出かけるつもりよ」
帰りの常磐道で、真夜は突然そんなことを口にした。
「だからコウ、ずっと私と一緒にいてね。約束よ?」
「……いきなりどうした?」
「え?」
「お前がいきなりそんなこと言い出すってのは、何か深刻な悩みでもあるのか?」
「そうじゃないわよ」
助手席の真夜は夕方に近づいた秋空を見上げながら、
「ただ、人というのはいつ死ぬのか分からないわ。もしかしたらこのクルマが事故を起こして、私は助かったけどコウはペシャンコになったということだってあり得るし」
「縁起でもねぇ。これでも俺の免許は金色だぞ」
孝介はそう笑いながら、
「まあ、お前の言いたいことは分からんでもないがな。いくらゴールド免許ったってぇ、もらい事故に巻き込まれるってこともあらぁな。そうなったら俺もお前も三途の川に行くかもしれねぇし、俺だけが骸になるかもしれねぇ。……お前の言う通り、人間ってなぁいつくたばるか分からねぇさ」
「私が先に死ぬ可能性もあるわよ」
「そうだな。だったら、今のうちに六文銭でも用意しとくかね」
「六文銭?」
「三途の川の渡し賃だ」
孝介はギアを1段落とし、
「いずれにせよ、俺とお前が同時にあの世へ行くってこたぁ滅多にねぇさ。遅かれ早かれ、どちらかが先に向こうへ行く。……その時までに、できるだけお前といろいろなところに行っていろいろな景色を見ておきたいってことは俺も思案してるさ」
「これからもよろしくね、コウ」
「ああ、こんなロクデナシの相撲取り崩れで良けりゃあな」
「愛してるわ、心の底から」
真夜は自身の右手を孝介の左大腿に乗せ、
「愛してるわ」
念を押すように言った。
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