【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵!

ジャワカレー澤田

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ヒルダと大松樹

55 木漏れ日輝く山林の国で

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 常緑樹の葉が9月の日光に照らされている。その光はいささか強い日差しではあるが、まばゆいばかりの緑がそれを中和し、優しい程合いの木漏れ日に変えていた。

 木々の真上を1羽のトビが呑気に滑空する。秋空はどこまでも青く、そして澄み渡っている。様々な色が繊細に交差し合い、永遠とも思える静粛の空間を創造していた。

 聞こえる音は、枝葉のさえずりのみ。

 ここは魔物の住処のはずなのに、どういうわけか恐怖は一切感じない。不安もまったくない。真夜の胸の内には、ただただ目前の景色に対する感動だけが広がっている。

 同時に真夜は、ようやくながら気づいてしまった。

 自分が山林の只中に立っているという事実に。

 そして日本は「山林の国」であるということも。

 デイラボッチの調査の時、真夜と孝介は静岡県静岡市にあるダイラボウという山に登った。そこはかつてデイラボッチが踏みしめた跡がはっきり残っている場所だった。山林に囲まれた広場である。言い換えれば、日本人は山林の中で暮らしてきたからこそ「その中の異常な空間」に大きな価値を見出したのだ。

 そんな日本を、真夜は好きになっている。

 ここまで複雑でそれ故に美しい景色を持つ国に、私たちは攻撃を仕掛けるのか?

 できれば……いや、何が何でも穏便に済ませたい。この国の人々が私たち「異世界人」の存在を認知した時、それでも衝突を起こさずに共存できる方法を何とか探したい。コウは「俺は戦が嫌いだ」と言ったことがあるが、私だってコウと同じ国の人々と戦いたくなんかない。

 一番いいのは、「橋」を封印してしまうことでないか?

 現状、闇の魔操師はヒルダを除いて「橋」を作り出すことはできない。研究はされているが、それも唯一の使い手であるヒルダがいなくなれば停滞するだろう。つまりヒルダが今後闇の地へ戻らず、頭頂部からつま先まで神奈川県在住の日本人・松島真夜になってしまえば全てが丸く収まるはずだ。

 無論それは、魔王デルガドを裏切るということでもある。彼は裏切り者を絶対に許さない。「橋」を作ることができなければ日本にいるヒルダに手を出すこともできないはずだが、あのデルガドがそれで裏切り者の処刑を諦めるのか?

 その上で、光の魔操師ヒューがヒルダを上回る「橋」の使い手という事実も忘れるわけにはいかない。

 ヒューの所属するパーティーが、既にヒルダの討伐に動いている。ミアの話によると、彼らは異世界即ち日本でヒルダの行方を捜しているそうだ。相手の魔力を察知する行為は、日本での日常生活に支障が出るから今もしていない。従って、ミアの話が事実が否かは今も分からない。が、どのみち今のヒルダは追われているのだ。そのような状態で魔王を裏切るのか? という話になると、やはりそれは無理筋である。

 結局、ヒルダは今後も魔王の尖兵として働かなければならない。

 日本の恐るべき妖怪について記載されている自分の報告書が、デルガドの決断を鈍らせていることを願いながら。

「……真夜、考え事か?」

「え? ……ええ、まあ、そんなとこね」

「だんだんと顔が俯いてきたからな。そういう時のお前は、必ず何かを思案している」

 孝介にそう言われてしまった真夜は、

「あのね、コウ」

「ん?」

「……コウ、あなたにひとつ言っておきたいことがあるの」

「何だ?」

「私は——」

 真夜は肺の中の空気を全て吐き出すように、

「私はこれからもコウの主人よ。つまりコウは私の奴隷なの。分かる? コウは死ぬまで私に使役されるのよ。覚悟なさい!」

 と、告げた。すると孝介は照れくさそうに笑いながら、

「あいよ、俺の可愛い嫁さん」

 と返し、真夜の右頬に掌を被せた。
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