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ヒルダと大松樹
59 孝介の憂鬱
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「素晴らしい人だったわ、品山さん! あれこそこの世の頂点に君臨する神、という感じね」
上野のホテルに戻ってからも、真夜の感動は冷めていない。
今夜、真夜は魔王を超えるオーラの持ち主を初めて見てしまった。しかもそれは、闇の地ではなく日本での出来事。孝介が度々話していた「横綱」と知り合えたことは、己の任務を抜きにしても貴重な体験だ。
さらに真夜は、品山親方とその女将の連絡先をも手に入れた。「もしもマツに関して何か悩むようなことがあったら、いつでも連絡をください」とまで告げた。品山夫妻はどこまでも懐深く、初対面の真夜に対しても木漏れ日のような温かさを向けてくれた。
「コウも品山さんを見習って、もっと上品な男になりなさい」
シャワー上がりの真夜は、胴体にバスタオルを巻きながらベッドに腰掛ける孝介に説教した。
が、孝介はどういうわけか上の空だ。
「コウ? ……コウ?」
「ん? あ、ああ……」
「どうしたの?」
「いや、何でもない。少し飲み過ぎた」
孝介はそう言うが、
「そう? 今夜のコウ、そこまで飲んでなかったような気がするけど」
「……少し体調が悪くなっちまった」
「熱でも出したの?」
「どうかねぇ」
「もしかしたら疲れたのかも」
真夜は孝介の左隣に密着するように座り、
「考えてみたら、7月からずっと何かしらの取材やら調査やらで動き回ってたわね。その疲れが今出てしまったのかもしれないわね。……コウ、今夜はそのまま寝ていいわよ」
「ああ、そうする」
孝介と真夜は、そのままふたりでベッドに潜り込んだ。
ただし、まぐわいは一切行わない。
*****
ここは魔王城の書斎。何百冊もの魔導書が詰まった本棚と、それを目前にする巨大な机、そして天狗に関する報告書を読む魔王デルガド。
ヒルダはデルガドの机の前で片膝をついて首を垂れ、主人の読了をひたすら待った。
デルガドは今日も、全身から黒く漏れ出るような圧を放っている。これを刺激すれば、彼の臣下に過ぎないヒルダなどたちまちのうちに消されるだろう。
が、以前のようにデルガドの気配を「極上の畏れ」と感じなくなったのも事実だ。
さらに付け足すと、あの日の御徒町で知り合った品山親方のほうが威厳と畏れ、そして存在の大きさに満ちている。富士山のようなあの圧に比較したら——正直、デルガドは修行不足ではないかと思えるほどだ。
「ヒルダよ」
報告書を読み終えたデルガドは、目前に跪くヒルダを呼んだ。
「お前はよくやっている。この報告書も興味深いものであった」
「魔王様のお褒めに与り、光栄の至極でございます」
「そこで、だ——」
デルガドは椅子から立ち上がり、
「この世界でのお前の任をすべて解く」
と、ヒルダに告げた。
「……は?」
「お前は異世界の魔物や異世界人共の風習、文化、兵力を調べよ。今まで以上にその任に打ち込むのだ。余に報告する時を除いて、この世界にいてはならぬ。異世界へ行けるのはお前しかおらぬのだ、ヒルダよ」
それを聞いたヒルダは、目先がパッと明るくなるような感覚を覚えた。
つまり、偵察任務のために極力日本で暮らせということだ。この世界で光の地の連中と戦う必要はなくなる。
いつまでもコウと一緒にいることができる!
「お前が異世界で養っているという奴隷も酷使し、余の期待に応えよ。決して怠るでないぞ」
「仰せのままに!」
そう返答したヒルダは、そのまま「橋」を渡った。
私はなんて幸運な女なんだ! 「橋」を渡る最中、ヒルダは躍る旨を抱えながら今夜の夕食について考えた。そうだ、今夜はみかみに連れてってもらおう——。
*****
「ミアよ、面を上げよ」
「橋」を渡ったヒルダと入れ替わるように書斎に入室したミアは、デルガドの言葉を聞いて顔を上げた。
「キシロヌ王国の例のパーティーだが、お前もよく知っているであろう」
「はい、魔王様」
「異世界からの転移者レイト……いや、ヒューとかいう光の魔操師であったな。“橋”を持つ者は」
デルガドは躊躇いの様子を一切見せず、
「明日のうちに殺せ」
と、ミアに告げた。さらに、
「“橋”を渡れる光の魔操師など、邪魔でしかなかろう。あのパーティーはヒルダを殺し、余が異世界に覇を唱えることを阻止しようとしている。……こちらの計画が既に光の地の者に知られているということだが、ならば尚更だ。ヒルダを今失えば、誰も異世界には行けなくなる」
デルガドはミアの胸を突き刺すような口調で、
「お前にはアンデッドの小隊を授けよう。躊躇はいらぬ。ヒューを抹殺せよ」
非情な命令を下した。
「仰せのままに、魔王様」
上野のホテルに戻ってからも、真夜の感動は冷めていない。
今夜、真夜は魔王を超えるオーラの持ち主を初めて見てしまった。しかもそれは、闇の地ではなく日本での出来事。孝介が度々話していた「横綱」と知り合えたことは、己の任務を抜きにしても貴重な体験だ。
さらに真夜は、品山親方とその女将の連絡先をも手に入れた。「もしもマツに関して何か悩むようなことがあったら、いつでも連絡をください」とまで告げた。品山夫妻はどこまでも懐深く、初対面の真夜に対しても木漏れ日のような温かさを向けてくれた。
「コウも品山さんを見習って、もっと上品な男になりなさい」
シャワー上がりの真夜は、胴体にバスタオルを巻きながらベッドに腰掛ける孝介に説教した。
が、孝介はどういうわけか上の空だ。
「コウ? ……コウ?」
「ん? あ、ああ……」
「どうしたの?」
「いや、何でもない。少し飲み過ぎた」
孝介はそう言うが、
「そう? 今夜のコウ、そこまで飲んでなかったような気がするけど」
「……少し体調が悪くなっちまった」
「熱でも出したの?」
「どうかねぇ」
「もしかしたら疲れたのかも」
真夜は孝介の左隣に密着するように座り、
「考えてみたら、7月からずっと何かしらの取材やら調査やらで動き回ってたわね。その疲れが今出てしまったのかもしれないわね。……コウ、今夜はそのまま寝ていいわよ」
「ああ、そうする」
孝介と真夜は、そのままふたりでベッドに潜り込んだ。
ただし、まぐわいは一切行わない。
*****
ここは魔王城の書斎。何百冊もの魔導書が詰まった本棚と、それを目前にする巨大な机、そして天狗に関する報告書を読む魔王デルガド。
ヒルダはデルガドの机の前で片膝をついて首を垂れ、主人の読了をひたすら待った。
デルガドは今日も、全身から黒く漏れ出るような圧を放っている。これを刺激すれば、彼の臣下に過ぎないヒルダなどたちまちのうちに消されるだろう。
が、以前のようにデルガドの気配を「極上の畏れ」と感じなくなったのも事実だ。
さらに付け足すと、あの日の御徒町で知り合った品山親方のほうが威厳と畏れ、そして存在の大きさに満ちている。富士山のようなあの圧に比較したら——正直、デルガドは修行不足ではないかと思えるほどだ。
「ヒルダよ」
報告書を読み終えたデルガドは、目前に跪くヒルダを呼んだ。
「お前はよくやっている。この報告書も興味深いものであった」
「魔王様のお褒めに与り、光栄の至極でございます」
「そこで、だ——」
デルガドは椅子から立ち上がり、
「この世界でのお前の任をすべて解く」
と、ヒルダに告げた。
「……は?」
「お前は異世界の魔物や異世界人共の風習、文化、兵力を調べよ。今まで以上にその任に打ち込むのだ。余に報告する時を除いて、この世界にいてはならぬ。異世界へ行けるのはお前しかおらぬのだ、ヒルダよ」
それを聞いたヒルダは、目先がパッと明るくなるような感覚を覚えた。
つまり、偵察任務のために極力日本で暮らせということだ。この世界で光の地の連中と戦う必要はなくなる。
いつまでもコウと一緒にいることができる!
「お前が異世界で養っているという奴隷も酷使し、余の期待に応えよ。決して怠るでないぞ」
「仰せのままに!」
そう返答したヒルダは、そのまま「橋」を渡った。
私はなんて幸運な女なんだ! 「橋」を渡る最中、ヒルダは躍る旨を抱えながら今夜の夕食について考えた。そうだ、今夜はみかみに連れてってもらおう——。
*****
「ミアよ、面を上げよ」
「橋」を渡ったヒルダと入れ替わるように書斎に入室したミアは、デルガドの言葉を聞いて顔を上げた。
「キシロヌ王国の例のパーティーだが、お前もよく知っているであろう」
「はい、魔王様」
「異世界からの転移者レイト……いや、ヒューとかいう光の魔操師であったな。“橋”を持つ者は」
デルガドは躊躇いの様子を一切見せず、
「明日のうちに殺せ」
と、ミアに告げた。さらに、
「“橋”を渡れる光の魔操師など、邪魔でしかなかろう。あのパーティーはヒルダを殺し、余が異世界に覇を唱えることを阻止しようとしている。……こちらの計画が既に光の地の者に知られているということだが、ならば尚更だ。ヒルダを今失えば、誰も異世界には行けなくなる」
デルガドはミアの胸を突き刺すような口調で、
「お前にはアンデッドの小隊を授けよう。躊躇はいらぬ。ヒューを抹殺せよ」
非情な命令を下した。
「仰せのままに、魔王様」
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