【13万字完結】結婚相手は魔王の尖兵!

ジャワカレー澤田

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ヒルダと大松樹

60 今夜は私と過ごさない?

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 孝介は例の居酒屋チェーン店夢国で熱燗を飲んでいる。

 案の定、左肩に弘子を添えながら。

 この体勢のまま、特に何かしようとするわけでもなくただただ酒を飲む。孝介の左腕に抱き着く弘子は、徳利を傾けて中身を注ぐ。

 ふと弘子は、

「孝介さん、子供欲しい?」

 と、質問した。

「……子供?」

「もう40過ぎなんだから、そろそろ子供くらい持たないとって焦ったりしない?」

「さぁ、どうだかな」

「私、まだ子供産めるかも」

 直後、孝介は明らかに驚いたような目で弘子を見た。だが、

「ふふふ、冗談よ」

 と、弘子は孝介をからかう。

 が、孝介は気が気ではない。この女のからかい癖は昔からのもので、しかもからかいながらもその内容に対して本気だったりする。逆に言えば、本気だからこそからかうのだ。弘子は己の心情を言葉で表現することができない、不器用な女である。

 それに、孝介の左肩に頭を添える仕草も同棲時代から何も変わらない。

 そう、何も変わっていないのだ。弘子は俺に対して、あの頃と同じように接している——。

「孝介さん、今夜まだ時間ある?」

 そう問われた孝介は、

「すまんな、家で嫁が待ってるんだ」

 と、返す。

「あと10分ほどでここを出ねぇと」

「今夜は帰らなきゃダメなの?」

「この前は早く帰らなんだせいで、嫁が機嫌を損ねちまったのさ。次は顔を引っ掻き回されるかもしれねぇ。ここがアメリカだったら、俺のみぞおちに12ゲージを食らわせるんじゃねぇかってほどの怒りっぷりだ」

「日本に銃刀法があってよかったわね」

 弘子は孝介の左腕を強く抱きしめ、

「なら、私と一晩過ごしても命は取られないということでしょ? だったら……今日は私と過ごさない?」

 と、問いかけた。

 *****

 結局、孝介は弘子と一夜を過ごすことはしなかった。

 が、その代わりに帰宅時間がずれ込んでしまった。玄関のドアを開けたのは、午後11時54分。そして案の定、怒りに満ちた顔の真夜が仁王立ちで待っていた。

「……約束破ったわね?」

「ああ、すまなんだ」

「“すまなんだ”じゃないわよ!」

 真夜は大きな足音を立てて孝介に歩み寄り、

「今夜は11時までに帰ってくるって、私と約束したでしょう? なのに1時間も遅くなったって、一体どういうことなの? ねぇ!」

 と、両手で孝介の胸倉を掴んだ。

 その時、彼のワイシャツから嗅ぎ慣れない香りが発生した。

 孝介もたまにオードトワレを使用するが、今日は何もつけていなかったはず。それにこの香りは、紛れもなくレディース用のパルファムだ。

「……コウ」

「何だ?」

「他の女と会ってきたの?」

 そう言われた孝介は、ほんの一瞬だがはっきりと目を大きく見開いた。秘密がバレた、というような表情である。そして、

「……まあな。物書き仲間と一緒に、ちょっくらキャバクラへな。まあ、これも仕事の肥やしだ。文句言うな」

 と、打ち明けた。

「キャバクラ……?」

「カネ払って姉ちゃんと飲むところだ。抱いてはいないから安心しろ」

 孝介は未だワイシャツを掴む真夜の手を優しく解き、

「それよりもシャワー浴びさせてくれ。いい加減汗だくでな」

 そう言いながら、ワイシャツのボタンに手をかけた。

 真夜は耳を疑った。

 この世界の「キャバクラ」というところがどういう店かは、彼女も知っている。が、そんなことはどうでもいい。問題は「他の女と会ってきたの?」と問い詰めた直後の孝介の表情だ。

 彼は図星を突かれたような顔を見せた。

 そしてその後に説明したキャバクラ云々は、明らかに嘘である。もう10年も付き合っているのだ。嘘をついた時の仕草くらい、ちゃんと把握している。

 つまり孝介が今夜会った女は、本当に「女」かもしれないということだ。

<ヒルダと大松樹・終>
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